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いつか、清き者と呼ばれるまで  作者: ずび
第2章 クソ野郎のシムリ
25/29

25. 凄惨

 『動く金鉱』の坑道を駆け抜ける。モンスターも録にいない坑道には、冒険者達が我先に進もうとしていた。

 岩石で出来た化け物『ゴーレムリザード』、群れをなす『吸血コウモリ』、素早い動きで攻撃してくる『鉤爪モグラ』。シムリは数少ないそれらを見た気がしたが、どう攻略したか覚えていなかった。

 周りの冒険者達と協力して討伐したか、もしくは単独で無視して突っ切ったか、或は踏みつけにしていたかもしれない。

 とにかく前へ、前へと突き進んだ。『操火のカッツェ』のパーティは、まだか。


「おい、シムリ!」


 聞き覚えのある声に、思わずシムリは立ち止まる。振り返ると、ギィがそこに居た。怒るような表情ではなく、何故か眉尻を下げていた。こちらを心配しているのだろうか。


「ギィさん……いつの間にそこに?」

「それはこっちの台詞だよ。アタシは単に、他の連中とパーティ組んで来てたんだよ。お前こそ、一人か? こんな所までどうやって来た?」

「今はそれよりも、とにかくカバリさんに。会って問いつめなければならない事があるんです!」

「それは分かった……でも、そうか……」


 ギィは言い淀んで目を伏せた。何が言いたい、と問う前に、シムリは辺りを見回した。一際明るい広間となっていたそこでは、幾人もの冒険者達がたむろしていた。表情は疲れ切っていて、絶望している。

 一体何故、と視線を走らせるシムリは、一人で肩に毛布をかけて、広間の隅に座り込むカバリを見つけた。

 顔を手で覆うカバリは大粒の涙をこぼしながら震えていた。周囲の冒険者達が、慰めるように彼女に声をかけている。


「……ここから先は、このダンジョン、『動く金鉱』の主がいる」

「ダンジョンの……主?」

「このダンジョンで一番強いモンスターだよ。最奥を縄張りにしている化け物だ。『土喰い巨獣』……最初にそいつに会った奴が、そう名付けた。巨大なモグラだ。人間も構わず襲いかかって、もう何人か喰われてる」


 シムリはギィの言わんとしている事が分かった。

 カバリの周囲には、パーティのメンバーが誰もいない。『操火のカッツェ』も、『傷だらけのリタ』も、『猟師のノース』も。カバリは、ひたすらに呟いていた。そのつぶやきは静まり返った坑道に反響していた。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。


「アイツらのパーティは、『野蛮なボスカ』以外では一番有力だったんだがな。『土食い巨獣』に全員喰われたんだとよ。『ガリ勉のカバリ』だけが、命からがら逃げ延びた。ああなっちまったら、もう終わりだ」

「終わり……?」

「別の仲間とパーティを組んでまで冒険を続ける事は出来ねぇだろうって事だよ。無限大陸に住むにしても、ソー国に帰るとしても……三人分の十字架、背負って生きるには重過ぎる」


 シムリは僅かに同情の心をにじませたが、すぐに頭を振って振り払うと、周囲の冒険者を押しのけるようにしてカバリの前に立ち、膝をついて目を合わせた。

 カバリはシムリに気がついて、気まずそうに目を伏せる。


「さっき、『野蛮なボスカ』に会いましたよ。彼らのパーティの見舞いもね」

「……そう。私のした事はバレてるのね」

「僕から、鉱毒の結晶を奪って、彼らに飲ませた。……そうですね?」


 カバリは黙って頷いた。鉱毒の結晶を盗める程シムリと接触したのは、『野蛮なボスカ』一行以外ではカバリだけだ。

 ならば、彼女がそれを奪い、そして悪用したのは明白だろう。

 どのようにして『野蛮なボスカ』のパーティに摂取させたのかは分からない。だが、飲み物か、食べ物に混ぜたのだろうとは容易に想像出来る。

 だが、カバリの答えは意外なものだった。


「残念。それより前よ。浄化作戦に参加した時、軽い地震を起こして、意図的にガスを噴出させたのも私だもの」

「……あれも、貴方だったのか」

「土の魔術は得意なのよ。そして、貴方が一人残って、毒を全て吸収し切る事も、予測出来ていたわ。だってその魔力量、相当イカレてるんだもの」


 カバリは淡々と、諦めたように全てを素直に吐いた。シムリは心底複雑な気持ちだ。本当に、出会ってすぐ。始めからずっと、彼女に転がされていたと言う事だ。


「彼らを殺すつもりだったんですか?」

「……殺すつもりはなかったわ。匂いがしないよう、相当薄めたもの。まぁでも……死んでもいい、とは思っていた」

「同じ冒険者でしょう……彼らは、そんなに邪魔だったんですか……!?」


 静かに、しかし激昂に震えるシムリを見て、徐々にカバリは冷静さを取り戻し始めていた。


「邪魔、だった。粗野で下品で騒がしい。味も分からない酒を浴びて、金で買った女を侍らせるだらしない連中。なのに、冒険上手。全員生き残り続けて怪我も無し。成果も輝かしい。……彼らのような連中が、いつかどこかで、御伽話の英雄として史実に残り続ける。そう思うと、どうしても嫉妬心と敵愾心が抑えられなかった」

「そんな……彼らはそんな酷い人たちじゃないですよ! ボスカさんだって、仲間の為に毎日見舞いに行ってるし! 仲間の皆さんだって、ボスカさんに恩を感じて……本当に、家族みたいに良いパーティなのに!」

「家族みたいなパーティ……? そんなの私達だって一緒だった!」


 カバリは叫んだ。


「リタは私の幼馴染み。無限大陸の冒険潭が大好きで、毎日冒険者になる夢を語っていた。魔術の才能がないと分かっても諦めないで、小さい身体でも一生懸命鍛え上げた」


 リタの無邪気な笑顔を、シムリも思い出していた。思えば、冒険者に一番に勧誘してくれたのは、彼女だった。


「ノースは、元々は冒険者ギルドの職員だったのよ。それで、無限大陸に渡って来て伸び悩む私とリタを見かねて、ソー国で有名な兵士だった知り合いのカッツェに声をかけてくれた。しかもノースは、その後私達の世話焼きの為に冒険者になってくれたのよ。カッツェの紹介の責任もある、とかいってね」


 ノースは、少し年上で、理知的だった。話が長いが、おもしろおかしく笑い話を作るのも上手く、シムリは彼の話を聞くのが好きだった。


「カッツェは……本当に、自分の私財を投げ打って、私達パーティの装備を立て直した。ダンジョンの情報収集に余念がなくて、いつだって私達の作戦を考えてくれて……本当に、頼りになるリーダーだったのよ」


 カッツェはいつも自信に満ち溢れていた。それでも驕り高ぶりはなく、自身の戦力分析とダンジョンの攻略難度を比較して、無茶はさせずに成果を上げていた。シムリは端から見ても、カッツェには人を惹き付ける魅力がある事を知っていた。


「私だって、魔術講義のバイトだって……貴方みたいに下水清掃だってやったわよ。そうやってなんとか生活が安定して、冒険でも活躍するようになって……。冒険の毎日は驚きの連続。見た事も無いモンスターにちょっかい出して危ない目にあったり、苦労して手に入れた宝物が二束三文だったと思ったら、命からがら逃げ回ってる時に髪の毛に引っかかった虫がコレクターに高く売れたりね」


 カバリが何を思い出しているのか、シムリには分からない。それでも、彼女の語り口から、それらが如何に美しい思い出なのか、容易に想像できた。


「そうやって泣いて笑って過ごした、大切な仲間なのよ! ねぇ、貴方知ってる? リタってね、ノースに惚れてたのよ。ノースもそれに気づいてたみたい。だから、ここで一山当てたら、二人で結婚して、そうしたら少しの間冒険稼業を休もうか、なんて内緒話してたのよ。私だって……私だってカッツェの事……分かる、シムリ? ねぇ! アンタなんかに! 『クソ野郎のシムリ』なんかに、一体何が分かるの!」

「……今更、僕が何を言っても、きっと貴方は受け入れてくれない」


 肩に掴み掛かり、目を吊り上げるカバリ。シムリは、静かに、だが冷徹にそう答えた。その視線にある哀れみの情に、カバリは再び目に涙を浮かべた。


「だって……貴方はもう、後悔しているでしょう。自分達で先陣を切って、『土喰らう巨獣』に負けて……。『野蛮なボスカ』と協力して挑んでいれば、きっと仲間は死なずに済んだ。そう思ったから……自分の傲慢のせいで仲間が死んだって思ったから、貴方は彼らに謝っていたんでしょう?」


 シムリの言葉にカバリは力無く頷いた。それきり項垂れてしまったカバリは、それ以上何も話す事はなかった。


「幸い、ボスカさん達もかなり元気になって来ています。だから、一度帰りましょう。それで、ボスカさん達に謝罪して下さい」

「もちろん、おとがめ無しって事はないだろうけどな」


 ギィが鋭く口を挟んだ。


「冒険者同士の争いの取り締まりは、ギルドの仕事だ。悪ければ懲役だが、裁量はどうなるか……」

「……もう、どうにでもすれば良いわ。私の夢は、もう終わり」


 自嘲しながら立ち上がるカバリは、一度軽くふらついた。おや、と思った次の瞬間、坑道内が激しく揺れた。全員の視線がカバリに向くが、彼女は首を横に振る。この地震は、私じゃない!

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