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いつか、清き者と呼ばれるまで  作者: ずび
第2章 クソ野郎のシムリ
24/29

24. 愛を込めて花束を

 もしも冒険に出る気があるのなら、明日の朝に、町の南門出口に来てくれ。


 カッツェの言葉は、シムリがやって来る事を確信したような口ぶりだった。

 シムリは悩んだようで、心の奥底ではとっくに答えが決まっていた。

 冒険に出る時に必要なものは、正直よく分かっていない。それでも、毒沼にいた頃の自分の装備を必死に思い出した。武器となる程のものではないが、野歩き用に使用していた鉈と小振りのナイフを携える。

 靴は丈夫さが売りの革製。恐らく必要になるだろう治療の為の包帯と煮沸水を多めにカバンに入れて肩にかける。防具となるような重い装備では歩けないので、革製の胸当てだけを普段の麻製の服の上に着込む。


 今日から僕も冒険者デビューだ。


 今は『クソ野郎のシムリ』なんて呼ばれているけれど、きっとダンジョンの最深層での活躍が認められれば別の渾名も付くだろう。

 『癒し手のシムリ』だろうか。『毒知らずのシムリ』、『毒抜きのシムリ』……どれもイマイチだ。まぁ、それでも『クソ野郎』よりは遥かにマシだ。

 次にギィと会う時に驚かせてやろう。一体彼女はどんな顔をするだろうか。

 半ば既に成功したかのように浮かれているシムリだったが、道の反対側で妙な者をみて、足を止めた。


「……何やってるんですか、ボスカさん」

「ん? お、おぅ、シムリか」


 ボスカは返事をしながらも、どこか上の空だった。そしてボスカが立っていたのは、開店作業中の花屋の脇なのだ。まるで花屋の開店を待っている様子。『野蛮なボスカ』が花を買う。腹がよじれるジョークだと笑う者もいる状況だった。


「花屋に用事ですか?」

「まぁ、な……。ん? 今なんか言ったか? 『お前なんかが花なんて似合わないんだよ』とか」

「言ってません。空耳ですよ」

「ん〜? ならいいか……そうそう、この花な。一応、手向けの花って奴になるのか」


 手向けの花。一体誰に向けた者だろう。シムリは嫌な予感がした。

 カバリのパーティ曰く、ボスカのパーティは『動く金鉱』の攻略を断念したらしい。

 冷や汗を垂らすシムリの脇で、ボスカは大輪の花を購入している。「三つに分けてくれませんか?」とえらく沈んだ殊勝な声色で。


 まさか、ボスカのパーティは……彼を残して全滅してしまったのか。


 いつも恥ずかしそうで声が小さいフルプレートメイルの『臆病者のシロック』の忍び笑いを思い出す。

 『天を突くマリオ』の、その巨体からは想像もできない程穏やかで柔らかい歌声を思い出す。

 体格が良く、シムリを軽々と持ち上げる『女騎士崩れのメア』の得意げな笑顔を、思い出す。

 そんな気の良い彼らが、いったいいつの間に……。

 さっきまで浮かれていた自分を、シムリは恥じた。冒険に出ると言うのは、死と隣り合わせだと言う事。今更ながら再認識した。


「……ボスカさん、僕も付いて行っていいですか?」

「ん……おう、そうか? ……まぁ、アイツらも喜ぶだろう。シロックは特にお前の事を気に入ってたからな」


 自分の魔術による鎮魂まで行う必要はないかもしれないが、それでもせめて彼らの冥福を祈ろう。カッツェさんには後で謝ろう。いくらライバルのパーティとは言え、その死を悼む事をとがめられる謂れは無い筈だ。

 シムリはエルフの集落で死者が出た時にやっていたように、喪主……ボスカの後ろを手を合わせながら付いて行った。

 そうして墓場に差し掛かった辺りでシムリの目に涙が浮かんだのだが……。


「おい、シムリどうした。早く来いよ」

「……え? 墓地はこっちですよ?」

「何で墓場なんだよ。誰か死んだのか?」


 シムリはボスカの言っている事の意味が理解出来なかったが、やがて納得した。ボスカはかつて『被害妄想のボスカ』と言われていた程に思い込みが激しい。きっとまだ、仲間達の死を受け入れられないのだろう。今日は、一日彼に付き合って、慰めて、少しずつ現実を受け入れてもらうしか無い。

 シムリは優しい気持ちで、ボスカの後を付いて行く。


 やがて二人は、病院に辿り着いた。そうか、きっと三人は病院で亡くなったんだ。ボスカは受付の看護婦に「すみません、面会時間ちょっと前倒しなんですけど……」と謙虚に尋ねていた。


「あらボスカさん、今日も来たの?」

「他に行く所もないんで……」

「後ろの方は?」

「三人の友人です。彼も、良いですか?」

「もちろんですよ」


 看護師に通されて、ボスカとシムリは入院病棟に移る。

 105号室の大部屋。三つのベッドに三つの姿。

 ベッドからはみ出す巨体の男はぼんやりと天井を眺めている。包帯で全身を覆った男は、ボスカの来室に一瞬身を強張らせたが、すぐに態度を軟化させた。退屈そうに雑誌を捲る女は、ボスカに一瞥さえもくれなかった。

 あれ?

 シムリは目が点になった。『臆病者のシロック』『天を突くマリオ』『女騎士崩れのメア』……三人とも健在ではないか。


「おうおうおう、お前ら。今日も来てやったぞこの野郎」

「……また来たのかいボスカ。アンタ、こんなとこ来る暇があったらバイトの一つでもしてきなよ」

「そんな冷たい事言うなよメア。おう、マリオは調子どうだ?」

「ちょっと、良くなった……ボス、アナタ、ずっと、元気」

「身体のデキが違うからな! シロック、相変わらずシケた面してんなぁ」

「か、隠してるのに、し、しシケてるかなんて、わか、らない、だろ!」

「んなもんお前、顔が見えなくてもな、分かるもんなんだよ! 長い付き合いじゃねぇか!」


 言いながらボスカは全員に力強くハグをして、手の花束を渡していく。俄に騒がしくなる病室。幸い他の入院患者もいないので、周囲の迷惑にはならないだろうが。

 事態について行けず、啞然とするシムリは、未だ置いてけぼりだった。

 最初に彼に気づいたメアがシムリに手を振る。


「おう、シムリ、元気してたかい? よそ行きの格好だねぇ、どうした?」

「え、えぇと……冒険に行こうとしたんですが……」

「俺がお前ら用の『手向けの花』を買ってる最中にすれ違ったんだ。付いてくるって言うから連れてきたんだよ」

「『手向けの花』? おいおい、誰が死んだんだい?」

「メア、ボス、また言葉、間違えた?」

「そ、それ、それを言うなら、『見舞いの花』だよ、ボス」

「あぁ? 似たようなもんだろ」


 すっとぼけるボスカ。シムリはその場でうずくまって叫びたくなるのを必死で抑え込んでいた。

 この三人は死んでなどいない。それはそれで、とても良い事だ。だが、勘違いと言い間違い巻き込まれた自分はたまったものではない。日は既に高くなりつつあり、恐らくカバリ達のパーティは既に出発しているだろう。

 折角冒険者になる決心をしたのに!

 そんなシムリの様子を見て、メアが何かを察したらしい。

 シムリに「すまないねぇ」と苦笑いをした。


「それでもまぁ、私らにしてみれば見舞客が増えるのはありがたいよ。毎日毎日、この肉だるましか見舞いに来ちゃくれないからね」

「しかし、どうして皆さん揃いも揃って入院を?」

「鉱毒だよ。ガス対策も碌にしないで連日『動く金鉱』に通っていたからね。身体に蓄積していた毒が少し遅れて今更になって一気に牙を向いたって訳さ」

「の、喉と胃。だから、し、しししばらくは酒も我慢さ」

「今頃、金鉱、攻略されてる。『操火のカッツェ』、多分今日にも。ボクら、頑張ってたのに……」

「そう腐るなよマリオ! 命あっての物種だ。『無限大陸では何だって起こる。だからこそ、まずは命』って。航海士マックの格言だぜ」


 豪快に笑い飛ばすボスカをよそに、シムリはメアの言葉に違和感を覚える。

 吸い込んだ毒ガスが体内に蓄積して、やられたのは喉と胃?


「肺は?」

「ん?」

「肺ですよ。普通、ガスから毒が体内に侵入するんなら、真っ先にやられるのが肺でしょう?」

「まぁ、それもそうだが、肺は何ともないからねぇ……。医者も首傾げてたけど」

「……症状が出たのはいつ頃ですか?」

「全員、一週間前、朝、全く同じようなタイミング。確か、朝飯前」

「全く同じタイミングで? ……ちなみに、ボスカさんは?」

「俺か? 俺は何ともないぞ! コイツらとは鍛え方が違う!」


 シムリの違和感は強くなる。笑うボスカの肩に手を置いてみる。

 解毒の魔術を体得して以来、シムリには毒物の偏在を感じる力がある。

 ボスカの体内には、肺を中心に、鉱毒が全身に薄く回っている。しかし、人体に悪影響が起こるレベルには至っていない。

 そう、普通はこうなのだ。肺で吸い込んだ空気が全身に回っていく。入り口である肺に毒が残りやすい。

 次にメアの肩に触れる。毒はこの一週間でほぼ抜けたのだろう。浄化の魔術も施されている。それでもシムリは、僅かに残る鉱毒の残滓を感知していた。

 肺の鉱毒濃度は薄い。替わりに、口から喉、食道、そして胃から腸にかけて、鉱毒が足跡を残しながら進んでいるのが見えた。

 まるで、濃厚な毒物の塊を経口接種したかのようだ。

 マリオとシロックも、メアと同じ状況だ。口から飲み込んだようにしか見えない。ハッとシムリは気がついた。これは、大変にマズい事が起こっているのかもしれない。


「症状が出る前、なにか変わった事は無かったですか?」

「変わった事ねぇ……なんか、あったか?」

「一週間よりもっと前だけど……ボスカ、アンタやたらと『操火のカッツェ』のパーティに絡みに行くようになったよね」

「特に、やたら、『ガリ勉のカバリ』、絡んでた。皆、迷惑そうだった」

「そ、それは……」


 ボスカはシムリを気まずそうに見ると、やがて溜め息混じりに零した。


「シムリの野郎がカバリに惚れてるからよ……それを、手助けしてやろうかと……」

「うっ……ま、まぁ……あ、ありがとう? で良いんですかね……別に惚れたとかではないんですけど……」

「う、うう嘘だ。あれは、絶対、そうだ。お、俺も気がついた」

「まぁ、お互いダンジョン内ではライバルだけど、酒の席でまでそんな事いうのは無粋だろう? 連中とは良く飲むようになって……」

「もうじき、攻略完了。前祝い、一週間前、やった。その日も、一緒に飲んだ」

「あぁ、ボスカは遅れたね。珍しい事もあると思ったもんだよ」

「その日は道具の補充と剣の磨き直しがあったからなぁ。俺が酒場に着いた頃にはもう、解散してたろ」


 一週間前、ボスカ達のパーティは『操火のカッツェ』のパーティと酒盛りを繰り広げた。

 酒を飲まなかったボスカだけが、症状が出ていない。

 そしてシムリは思い出していた。以前金鉱で仕事をした時に集めていた鉱毒の結晶、それを紛失した。

 そして、彼らがそれを飲んだ。飲まされた。

 鉱毒の結晶は悪意あるものに奪われたのだ。そのチャンスがあったのは誰だ。あの日酒を飲むまでの間に、自分の身体に触れるような事があったのは。

 カバリの優しい微笑みが脳裏を掠めた。


「……皆さん、本当に申し訳ございませんでした!」


 シムリは全力で頭を下げた。一同が訝しむ中、シムリは病室を駆け出した。

 悔しくて涙が出た。そして、同時に激しい怒りが沸き起こった。

 自分は利用されたのだ。そしてそのせいで、友が傷ついた。

 許せない。自分に甘い顔をして近づいたカバリ。自分の魔術に興味を示していたカバリ。


 始めから、自分の持つ毒の結晶が目当てだったのか。


 シムリはとにかく駆けた。その足は金鉱に向かっていた。

 行った所で何をするつもりなのか、シムリは分からなかった。しかしそれでも、行って、顔を見ずにはいられない。

 自分でも驚く程、シムリは軽やかに、朝の『ファースト』の町を駆け抜けていた。

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