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いつか、清き者と呼ばれるまで  作者: ずび
第2章 クソ野郎のシムリ
23/29

23. 予期せぬ勧誘

 それから数日経った頃。

 シムリは心を削りながらも下水清掃員として従事し、ギィはまた別パーティとつるんで冒険に行っている。喧嘩別れをして以来、シムリはギィと言葉を交わしていなかった。酒場ですれ違う事はあれど、お互いに目を合わせない。

 何でこんな風になったんだろう、とシムリはその度に溜め息を零すが、誤解しているのはギィなのだから、自分が謝る気にもなれない。


 シムリはシムリで、別のコミュニティを築き始めていた。

 町の食堂で下水清掃の同僚と夕食を取っていた時に、偶然カバリの所属するパーティが居合わせた。魔術師のカバリと、軽装の男女の戦士が二人。弓を担いだ猟師風装備の男が一人の四人パーティだった。カバリはそのチームの副リーダーだった。

 ここは値段が安い事で有名で、実入りの良い、実力のある冒険者達の姿はあまり見かけない。カバリが現れたのは意外だった。


「まだまだひよっこなのよ、私達」


 カバリは頭の黒いとんがり帽子を外しながら、シムリ達の隣のテーブルに、気負う事も無く腰掛けた。同僚の顔が一斉にシムリに向く。

 あの女っけの無いシムリにこんな美女が!

 視線が驚愕を訴えていた。


「あなた、そう言えば下水清掃員だったわね……」

「はあ……まぁ……」

「嬢ちゃん、コイツはな、俺達の便所掃除屋の救世主なんだぜ!」

「そう、下水を掃除する為だけに生まれてきたような、天性の下水掃除屋だ!」


 シムリの同僚達はこれでもシムリを応援しているつもりのようだが、完全に逆効果だ。これから食事をとる人にあまり便所便所と言うものではない。

 カバリも困ったのか、返事をせずに愛想笑いをするに留まった。


 しかしその日以来、カバリのパーティの酒盛りに誘われる事が増えた。

 カバリ曰く『回復専任の魔術師って結構貴重なのよね』。つまり、冒険者仲間として勧誘をかけられているらしい。それどころかシムリは、冒険で傷を負ったカバリのパーティが町に帰ってきた時は再生術により彼らの手助けを始めていた。


「シムリン、このまま冒険者やっちゃえばー? そこらの無名な冒険者よりよっぽど良い腕してるじゃん」


 軽装の女戦士、『傷だらけのリタ』が酒の席であっけらかんとそんな事を言う。あどけなさの残る表情をしているが、手にした厳つい大斧を軽々と振り回す力強い戦士だ。だが、渾名の通り守備が疎かになりがちで、生傷が耐えない。

 モンスターとの傷を負って町に戻ってきた彼女を手当てしているうちに、シムリはすっかりリタに懐かれていた。

 弓戦士(レンジャー、と名乗った)である『猟師のノース』も、静かに頷いて同調する。


「シムリ君は、癒しの魔術だけじゃない。解毒と鎮魂の心得もある。もう少し無限大陸を進んだ所にあるセカンドの町の周辺には、ゴーストやゾンビが蔓延るダンジョンもあるそうだぞ。君だって活躍できるだろう」

「カバリも、君の事を随分と気に入っているようだしな。シムリ君さえよければ、僕達はいつでも歓迎するよ」


 パーティのリーダー、火の魔術と剣術を巧に使いこなす『操火のカッツェ』は、シムリの頼りない表情を真っすぐに見つめてそう言っている。気負いのない爽やかな美少年だった。自信に満ち溢れた彼の真っ赤に燃える炎のような瞳の輝きに、シムリは吸い込まれてしまいそうになる。


「ちょっと、シムリは冒険者としては本当に初心者なのよ? まずはもっと、簡単なフィールドワークから始めなきゃ」


 カバリが声を弾ませて言った。シムリは返答に詰まり、曖昧に微笑むのみであった。

 下水清掃員の仕事は、もはやシムリ無しでは回らない程にその依存度を高めていた。非番の日に宿舎に押し掛けられて、病人の治癒やら猛毒の除去を頼まれる事も多くなっていた。

 それらは無償奉仕と言う形になっている。元々、危険手当込みで高賃金であるため生活には全く困らないのだが、シムリの自由時間は徐々に仕事に奪われ始めており、最近では仕事への忌避感を抱き始めていた。

 とは言え、自分が職を辞すれば下水道清掃員達は再び地獄の業務へと逆戻りだ。気の良い同僚達を見捨てるのも後味が悪い。

 冒険者と言う職をスタートするのに、既に十分な蓄えがあるのかも分からない。それとも、冒険で一山当てるなら、そんな不安も不要なのだろうか。

 シムリは揺れ動いていた。


「カバリ、シムリ君が冒険初心者なのは僕も知っているけど、今の状況を考えようよ。このチャンスを逃す訳には……」

「チャンス……?」


 シムリがポツリと零すと、隣に座っていたカバリがシムリの肩を叩き、周囲を眺めるように促した。ここはいつもの酒場であり、周囲には他の冒険者パーティや仕事上がりの労働者達が酒宴を催している。

 だが、いつもなら酒場の中央に陣取って我が物顔で晩餐をしている『野蛮なボスカ』のパーティがいない。それに気づいたシムリは、カバリを見つめ直す。カバリは小さく頷いた。リタが言葉を引き継いだ。


「『野蛮なボスカ』は『動く金鉱』の攻略を断念したの。詳しくは知らないけど……」

「他の有力なパーティもいない。リタもノースもカバリも、カンが良いし、真剣で真面目な勉強家だ。今はまだ、僕も含め未熟だが……潜在能力は熟練者にも劣らない筈だ。今こそこのパーティが先陣に立てるチャンスなんだ」

「最下層も近いと言われているの。深層に近づくにつれてマグタイト鉱の鉱脈も増えて、純度も上がってる。厄介な事に、凶悪なモンスターが最下層を根城にしているわ。それを討伐して開拓できた暁には相当額の報酬が出る。とにかく、少しでも戦力を増強して、一刻も早く最下層に辿り着きたいのよ」


 テーブル正面のカッツェは力強くシムリの手を握り、隣のカバリは熱い視線を送る。本当に、この人は僕を必要としてくれてるのか。

 シムリの心は一気に冒険者に傾いた。


「わ、分かりました、考えさせて下さい……」


 弱気なシムリの返事に、一同はしかし落胆を見せなかった。恐らくは、シムリの心を見透かしていたのだろう。

 シムリの口端には、僅かな微笑みが残っていたのだから。

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