21. さぁ、酒の時間だ!
シムリが金鉱を出て来た時、皆は盛大に出迎えてくれた。
無事で良かった! とカバリ始め護衛の冒険者達も駆け寄って来てくれたが、ギィの姿はそこになかった。
そしてシムリの「ガスは、さっきの噴出で抜け切ったようです」と言う言葉を信じ、ギルドの案内役が護衛を数人伴って再度鉱山に入っていく。
それを待つ間、シムリは金鉱前に築かれていたベースキャンプのテントにてコーヒーを啜っていた。
既に時刻は夕刻を迎えている。空を見上げて星の瞬きを見ていると、ふとエルフの森で過ごしていたときの事を思い出す。
あの空とここは、繋がってるんだと思うと急にマリの事を思い出した。大したお別れも言わずにここまで来てしまって、マリはどう思っているのだろう。元気でいてさえいれば、それでいいけれど。
他の面々も思い思いに過ごしている中、カバリが近くに寄って来た。
キャンプの火に照らされる彼女の優しい笑顔が、妙に美しく見えた。ギィの悪魔の笑顔を見た直後だったからか。
「シムリ、無事だったんだね」
カバリはシムリの隣に腰掛けた。肩が触れ合うような至近距離で。
シムリは僅かに、カバリに背を向けるように体勢を変える。しかし、尻に温い感触を感じ、諦めて正面に向き直った。
カバリの顔は先程よりいっそう近くなっていた。
改めてカバリを見ると、端正な顔立ちをしていた。大きな飴色の瞳と、右目脇にある小さな泣きぼくろ、細く高い鼻筋、薄い唇に雪のような白い肌。
次々目を滑らせていくシムリは、最後に視界の隅に映る、薄いローブを突き上げる彼女の胸を見ないよう、必死に視線を彼女の目に遭わせた。
しばし見つめ合ってしまった二人。唾を飲みそうになったシムリは、慌ててコーヒーを啜って誤摩化した。
「カ……カバリさんも、無事で良かった、です」
「ま、私は真っ先に逃げちゃったから。あなたは最後まで残ったんだなーって」
「そ、そんな格好良いものじゃないですよ……単に逃げ後れただけで……」
「あなたの解毒の魔術、私はちゃんと見てたわよ」
シムリは一瞬背筋に冷たいものを感じた。まさか、彼女まで僕がガス噴出の犯人だと疑っているのだろうか。
凍り付いた表情のシムリを見て、カバリは困ったように小首を傾げた。
「毒ガスが噴出した時、皆が慌てる中で一人だけ、倒れた魔術師の事助けて上げてたじゃない」
「それは……僕が、毒に強い体質っていうだけですよ」
「それにしても、独特で驚いたわ。身体の中の毒物だけを選んで抜き出す、か……『無限大陸』の主流はそっちなの?」
「いや、僕も詳しくはないんですよ。魔術は自己流なので……」
「自己流……へぇ、俄然興味が出てきた」
カバリはさらにシムリに顔を寄せる。髪のツバキ油の匂いがほんのりと香る。
その瞳には『ガリ勉』らしい、知的好奇心に満ち溢れていたが、女性経験のないシムリは、それどころではない。既にまともに頭が働いていなかった。視線ばかりがあたふたと泳ぐ。
無意識的に視線は頼る相手……ギィを探している。とっくにかえっていたんだ、とすぐに思い出した。カバリの瑞々しい薄桃色の唇が動く。シムリはこれ程心音が五月蝿いと思った事は、かつて一度も無かった。
「ね、どうせこの後はもう、報酬貰って解散でしょ? 私の泊まってる宿、良い酒置いてるの。飲みに来ない?」
「ちょ、ちょっと急にそんな事言われても……」
カバリの誘いが意味する所はどっちだ。ガリ勉としてか、女冒険者としてか。
結論はすぐに出た。これは酒場で傍目に良く見かけた光景だ。飲みに来ない、なんてのは誘い文句以外の何物でもない。死と隣り合わせで刹那的に生きる冒険者達には、貞操観念なんてものは往々にして無いのだ。
……しかし、冒険者って、もしかして、これが普通なのか?
それじゃ……ギィさんも、そうなんだろうか?
ギィが蠱惑的な笑顔で、屈強な男冒険者にしなだれかかるのを想像して、シムリは頭を左右に激しく振って、まだ熱いコーヒーを一気に飲み込んだ。複雑な自分の感情丸ごと合わせて。
口の中の火傷も再生される自分の力に少し感謝した。
「連れの子、もう帰っちゃったんでしょ?」
「……そうですね」
「だったら、断る理由はもうないわね?」
「全く、その通りだと思います」
シムリは改めてカバリの全身を見やる。薄手のローブはカバリの身体の起伏をぼんやりとかたどっている。シムリは改めて生唾を飲み込んだ。
彼の下品な視線に、カバリは呆れたような微笑みを浮かべていた。




