表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつか、清き者と呼ばれるまで  作者: ずび
第2章 クソ野郎のシムリ
21/29

21. さぁ、酒の時間だ!

 シムリが金鉱を出て来た時、皆は盛大に出迎えてくれた。

 無事で良かった! とカバリ始め護衛の冒険者達も駆け寄って来てくれたが、ギィの姿はそこになかった。

 そしてシムリの「ガスは、さっきの噴出で抜け切ったようです」と言う言葉を信じ、ギルドの案内役が護衛を数人伴って再度鉱山に入っていく。

 それを待つ間、シムリは金鉱前に築かれていたベースキャンプのテントにてコーヒーを啜っていた。


 既に時刻は夕刻を迎えている。空を見上げて星の瞬きを見ていると、ふとエルフの森で過ごしていたときの事を思い出す。

 あの空とここは、繋がってるんだと思うと急にマリの事を思い出した。大したお別れも言わずにここまで来てしまって、マリはどう思っているのだろう。元気でいてさえいれば、それでいいけれど。

 他の面々も思い思いに過ごしている中、カバリが近くに寄って来た。

 キャンプの火に照らされる彼女の優しい笑顔が、妙に美しく見えた。ギィの悪魔の笑顔を見た直後だったからか。


「シムリ、無事だったんだね」


 カバリはシムリの隣に腰掛けた。肩が触れ合うような至近距離で。

 シムリは僅かに、カバリに背を向けるように体勢を変える。しかし、尻に温い感触を感じ、諦めて正面に向き直った。

 カバリの顔は先程よりいっそう近くなっていた。

 改めてカバリを見ると、端正な顔立ちをしていた。大きな飴色の瞳と、右目脇にある小さな泣きぼくろ、細く高い鼻筋、薄い唇に雪のような白い肌。

 次々目を滑らせていくシムリは、最後に視界の隅に映る、薄いローブを突き上げる彼女の胸を見ないよう、必死に視線を彼女の目に遭わせた。

 しばし見つめ合ってしまった二人。唾を飲みそうになったシムリは、慌ててコーヒーを啜って誤摩化した。


「カ……カバリさんも、無事で良かった、です」

「ま、私は真っ先に逃げちゃったから。あなたは最後まで残ったんだなーって」

「そ、そんな格好良いものじゃないですよ……単に逃げ後れただけで……」

「あなたの解毒の魔術、私はちゃんと見てたわよ」


 シムリは一瞬背筋に冷たいものを感じた。まさか、彼女まで僕がガス噴出の犯人だと疑っているのだろうか。

 凍り付いた表情のシムリを見て、カバリは困ったように小首を傾げた。


「毒ガスが噴出した時、皆が慌てる中で一人だけ、倒れた魔術師の事助けて上げてたじゃない」

「それは……僕が、毒に強い体質っていうだけですよ」

「それにしても、独特で驚いたわ。身体の中の毒物だけを選んで抜き出す、か……『無限大陸』の主流はそっちなの?」

「いや、僕も詳しくはないんですよ。魔術は自己流なので……」

「自己流……へぇ、俄然興味が出てきた」


 カバリはさらにシムリに顔を寄せる。髪のツバキ油の匂いがほんのりと香る。

 その瞳には『ガリ勉』らしい、知的好奇心に満ち溢れていたが、女性経験のないシムリは、それどころではない。既にまともに頭が働いていなかった。視線ばかりがあたふたと泳ぐ。

 無意識的に視線は頼る相手……ギィを探している。とっくにかえっていたんだ、とすぐに思い出した。カバリの瑞々しい薄桃色の唇が動く。シムリはこれ程心音が五月蝿いと思った事は、かつて一度も無かった。


「ね、どうせこの後はもう、報酬貰って解散でしょ? 私の泊まってる宿、良い酒置いてるの。飲みに来ない?」

「ちょ、ちょっと急にそんな事言われても……」


 カバリの誘いが意味する所はどっちだ。ガリ勉としてか、女冒険者としてか。

 結論はすぐに出た。これは酒場で傍目に良く見かけた光景だ。飲みに来ない、なんてのは誘い文句以外の何物でもない。死と隣り合わせで刹那的に生きる冒険者達には、貞操観念なんてものは往々にして無いのだ。


 ……しかし、冒険者って、もしかして、これが普通なのか?

 それじゃ……ギィさんも、そうなんだろうか?


 ギィが蠱惑的な笑顔で、屈強な男冒険者にしなだれかかるのを想像して、シムリは頭を左右に激しく振って、まだ熱いコーヒーを一気に飲み込んだ。複雑な自分の感情丸ごと合わせて。

 口の中の火傷も再生される自分の力に少し感謝した。


「連れの子、もう帰っちゃったんでしょ?」

「……そうですね」

「だったら、断る理由はもうないわね?」

「全く、その通りだと思います」


 シムリは改めてカバリの全身を見やる。薄手のローブはカバリの身体の起伏をぼんやりとかたどっている。シムリは改めて生唾を飲み込んだ。

 彼の下品な視線に、カバリは呆れたような微笑みを浮かべていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ