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いつか、清き者と呼ばれるまで  作者: ずび
第2章 クソ野郎のシムリ
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20. 解毒の権化

 吸い込んだら即刻気を失うような、強力な毒ガスではない。しかし、数十分も吸い続けていると、体力のない者は立っていられないだろう。

 ところどころに見られる水たまりには、有毒の鉱物が溶け込んでおり、傷口が浸かってしまうと苦痛に苛まれるのは明白だ。坑道は広く、短い間隔でランタンが道を照らしている。モンスターの類いはほぼいない。所々に解体された遺骸や、血の染みが見られる程度だ。

 恐らくモンスターの殆どが、既に冒険者によって刈り尽くされたのだろう。

 主に『野蛮なボスカ』によって。


 毒の性質は、バジリスクの体内にも潜んでいた一種だった。

 入り口付近で、シムリ合わせ数人が両手を広げ、魔術を用いる。

 シムリに取っては意外だったのが、シムリが扱う、人体に有害な物質を抽出して収集するタイプの魔術師は彼以外にいなかった。多くは、毒を分解する清浄な水を振りかけて、無毒化する魔術を用いる。カバリ曰く、それが本土では主流らしく、シムリの魔術は相当古いタイプらしい。


「昔、腐敗した食べ物とかの毒物をそうして抽出する魔術はあったけど……ガスの収集に使うのは初めて見るわね」


 手元に凝集されて豆粒大になる鉱毒の塊は、洞窟内のランタンの光を黒く反射して怪しく煌めく。

 水の魔術によって毒を正常化していくカバリはシムリの魔術を見て、明らかに不審な表情を浮かべていた。端から見れば、シムリが手を翳すとそこに毒ガスが吸い込まれていくように見えるのだ。


「あなた、それ、集めた毒を凝集させて……その後どうするの?」

「どうって……」


 行き場がないので飲み込むしか無い、と言いたかったが流石に口に出来なかった。

 バジリスクの魂が自身に同化して以来、こう言った人体に有害な物質を取り込む事に躊躇が一切なくなってしまっていたのだ。むしろ体調が回復するのだが、そんな事を言い出せば『クソ野郎』では済まされないだろう。


「まぁ、毒物は毒物として、使い道もあるでしょうから」

「……ふぅん」


 シムリはごまかしながら、鉱毒の塊を懐にしまい溜め込んでいった。

 洞窟内の浄化作業は非常に順調だ。本来一日かかると見込まれていた毒ガス発生源まで半日程で到達できた。シムリの魔術は、水の魔術に比べてかなり効率よく毒物を除去できている。純粋に毒となる成分だけを抽出しているため、見た目は地味だがコストパフォーマンスが良い。

 だが、その効率の良さに気がついていたのは、精々隣で作業に従事していたカバリだけだったが。


「ここがガスの発生源、ですか……」

「ここを含め、数カ所程あります」


 大仰なマスクとゴーグルで顔を覆ったギルドの案内人が冷静に指す先に目をやると、岩と岩の隙間から黄土色の毒ガスが漏れ出ている事が分かる。

 硫黄が濃いが、重金属も含まれている。この噴気口から出てくるガスは流石に高濃度で、恐らく吸い込めばもれなく昏倒する事だろう。


「この噴気口、どうするんですか? 塞ぐんですか?」

「そうですね。配管しガスを逃がす方法の方が安全なのですが、如何せんこの金鉱は動くので……石膏で塞ぎ固めていきます。作業そのものは後からやってくる職人とギルド職員にて担当いたしますので、皆さんは周囲のガスの浄化を引き続きお願いいたします」

「別の部分から漏れるのでは?」

「もちろん、その危険性はあるのですが……発生源を断つ事が出来ない以上、塞いで流路を変えるしかありませんので」


 となると、継続的に仕事が来る可能性もある。なんせこの金鉱は動くのだ。その度に流路が変わり、またガスが噴出するかもしれない。

 これは美味しい仕事かもしれないぞ。

 魔術師達は内心盛り上がっていた。一方のシムリは、一人難しい顔で俯いていた。いつの間にか追いついたのか、ギィがシムリの脇腹を小突いた。


「今お前、何考えてた?」

「いや……塞ぐだけじゃ、結局どれだけもつのかなって」

「嘘だね、お前このガス思いっ切り吸い込みたいって思ったろ」


 分かりやすく動きを硬直させたシムリ。図星を突かれた顔をした。

 ギィは唸った。シムリは彼女には事情を説明済みだった。バジリスクの魂が同化したために、毒物の接種は自身の活力になる、と。どうにも妙な癖に目覚めてしまった彼の将来は心配だが、もっと心配なのはここで妙な事をして化け物扱いされる事である。

 周辺には、熟練とは言えずともそれなりに腕に自身のある冒険者が束になっているのだ。


「どうしましょうか」

「あ? なにをだよ」

「ガスが枯渇するまでは吸収出来ますよ、僕なら」


 シムリが変な自信を見せる。ギィは一言、バカ、と言いながら拳骨を一発見舞った。


「絶対止めろよ? 石膏で密閉しても時間稼ぎにしかならないんなら、またしばらくすれば同じ仕事が舞い込んで来るんだ」

「それで継続的に仕事を貰うってことですか?」

「農耕と同じ事だよ。土地が痩せ過ぎないように休耕地を作る。やり過ぎた時は旨味も大きいが、一回こっきり。ほどほどにしとけばいつまでも甘い汁が吸えるって訳だ」

「……うーん、まぁそれもそうですが……」


 シムリとギィが話し込んでいる間にも、ガス穴の閉塞作業は進み、数十分程で一旦完了となった。

 一見するとガスの出口は無くなったようだが、シムリの嗅覚は鋭敏にガスの存在を感じ取っている。

 後ろ髪を引かれながらも、ギルドが把握している他のガス噴気口を目指す。

 そうして三つ目の噴気口を塞ぎ、ギルドの案内人が本日の業務終了を告げた時だった。


「……ん?」


 シムリは急激に張りつめた空気を感じる。

 ふと足下に意識を向けると、僅かな振動が伝わってくるのが分かった。


「マズい、地震だ!」


 シムリが慌てて叫び声を上げる。周囲の冒険者達の表情も凍り付く。

 こんな所で地震、崩落なんてものが発生すれば生き埋め必至だ。

 しかし、ギルドの案内人は呑気な顔をしている。


「あぁ、ここは『動く金鉱』ですからね。このくらいの時間になると、良く動くんですよ。それほど慌てずとも、特に内部の崩落などは起きませんから安心して」


 下さい、と言葉を次ぐ事は出来なかった。確かに崩落は発生していない。

 だが……先程塞いだばかりの噴気口から、大量の毒ガスが音を立てて吹き出し始めた。

 猛烈な勢いでガス濃度が濃くなっていく坑道。魔術師のうち一人がもろに顔面にガスを受け、もんどりうって昏倒した。獣の頭骨を被っていた呪術師風の男だった。慌ててシムリは、解毒と再生術を施す。男は何があったのか分からないようで、キョトンとしていた。


「う、うわ……み、皆さん! 浄化作業を!」

「だ、ダメだ! ガスが多過ぎる、濃度が濃過ぎて解毒は間に合いません!」

「み、皆さん! 退避です! 退避〜!」


 組んでいた隊列は最早意味をなさず、術者と護衛の冒険者、全員が入り乱れて来た道を走っていく。

 シムリと、ギィの二人を除いて。

 静まり返った広い坑道の中で、道中を照らすランタンと、ギィの指先からともる火柱が二人を照らしていた。シムリは怯えたような顔をしながら諸手を高く上げた。ギィの殺気はこちらを向いている。


「……ぼ、僕じゃないですよ?」

「どうだかな? このハプニングで得するのはテメェだけだ。目撃者がいねぇから、思う存分深呼吸出来る」

「か、仮に僕だったとしても! ギィさんに目論見がバレる事は分かってますよ!」

「欲を抑えきれなかった、ってのも有り得るよな? ここで開き直るのが計算のうちなのかもしれねぇ」

「ほ、本当なんですよ……これは、僕の仕業じゃなくて……」

「だったらなんだってんだ?」

「わ、分かりません。単なる偶然だとしか……」


 怯えるシムリをしばらく睨みつけるギィだったが、やがてその指先の炎は勢いを落とす。


「この無限大陸では何だって起こる。そんな地獄で生きていく秘訣は何だと思う?」

「……な、なんですか?」

「自分の利益のためにスタンドプレーに走るべからず、だ。周囲の奴らから抜きん出たって、より強い力で捻り潰されるだけなんだよ。少なくともアタシはそれを肝に銘じて生きてきたし、おかげで生き延びている。逆に、一人で突っ張って突っ走ろうとする奴は、最期の最期に誰にも救われず、むごたらしく死ぬ。……よく覚えておけ」


 ギィは言いながら出口に向かって振り返る。シムリは安堵の溜め息を零したが、その刹那。

 耳の脇を、超高速の何かが掠めた。切り裂かれた頬の傷口は黒く焼け焦げていた。痛みも感じる暇もなく、全身の毛穴が一斉に開いた。気がつけば、ギィが目の前で、再びこちらに指を向けていた。

 炎の魔術。早過ぎて、何をされたのかも一瞬分からなかった。何も反応出来なかった。久しぶりに感じた恐怖に、どっと冷や汗が流れ出る。

 無意識的に発動する再生の魔術が、瞬く間にシムリの傷を癒すのを、ギィが不快そうに見つめている。


「その傷は、アタシの詫びだ」

「……お、お詫びなのに、何で怪我させられてるんですか、僕」

「アタシが舐められてっから、お前が調子こいてんだ、と思ってな。そう言えば、アタシの炎の温度を、お前は感じた事がなかったな。だからつい、アタシがいる所でもオイタをしちまった。お前を思い上がらせたのはアタシの責任だから、な」


 ギィはポケットに手を突っ込んで、歯だけを見せる、威嚇するような笑みをしてみせた。その表情は、シムリには悪魔に見えた。ゴブリン? フェアリー? そんな生易しい者ではない。この女は、きっとそのどちらでもない。


「傭兵稼業でそれなりに稼いだって言ったろ? ……アタシもそろそろガスがキツい、先に帰らせてもらうぜ。お前は責任もって、この鉱山の毒を何とかしておけ」


 ギィは、自分を信用してくれていないようだ。

 シムリは腹を立てたが、確かにこの展開は自分に取って都合が良過ぎる。

 これで、誰も周りにいない毒ガス地帯に、一人になれた。


「まぁ、ギィさんの誤解は早めに解くとして……仕事は仕事だよね」


 シムリは全力で、周辺一帯に漂う毒気を吸い込んだ。

 シムリが鉱山内の毒ガス全てを吸い付くし無毒化するまで、五分とかからなかった。

 吸収しきれない分の毒が徐々に手のひらに結晶化していく。指先程にまで濃縮されたその結晶を、シムリは喜々としてポケットのガラス瓶に仕舞った。

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