閑話:物乞い王ジークランドVSアカツキ・サヤ
閑話って?:内容に重きを置かなかったり雑談だったり無駄話みたいな事をふわっと指したりする言葉らしい
つまり?:つまり閑話エピソードは時系列を気にしなかったり本筋に(多分)関係なかったりする、箸休め的感覚、あるいは大らかな気持ちで読んで欲しいエピソードという事である
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『遊びに行く位なら便所の芳香剤でも喰ってた方がマシ』と言われる事もあるとされる第7地区。確かに他の地区よりも治安が悪く、人を攫って内臓を売りさばく様な『野良犬』共が存在するのは確かだし、殺人鬼だってちょいちょい輩出しているし、思い付く限りの非合法な売人は大体全部そろっている。つまり最悪だ。
管理者オオツキには『あそこの治安問題を解決する事は天と地をひっくり返すよりも難しいが不可能ではない。住人全員が殺されるか他所に引っ越せば犯罪率0パーセントも夢では無いだろう』と評されている。
そんな第7地区の外れ、『まあ治安が良い訳ではないけどまだまあマシだよね』と言えなくもない他地区との境界線付近に、その男は居た。
「ウ……アァ……誰か、お恵みを……」
最早衣服とは呼べないようなぼろ布を身に纏い、淀んだ瞳で虚空を見つめ、薄く開いた唇から渇いた声を漏らすこの爺さんが、知る人ぞ知る豪傑『物乞い王ジークランド』である。
物乞い王ジークランド。その名の通り彼は数多の地区を巡り活動するプロの物乞いであり、物乞いで生計を立てている。
生計を立てている、という言葉では足りないかもしれない。彼は物乞いを以てして、莫大な金銭を荒稼ぎしているのだ。
実はジークランドは『家も服も無い哀れな老人ですよ』みたいなツラをしておきながら、なんとあの富裕層の巣窟、第1地区の高層マンションに住んでいる。
「あ……アァ……ひもじい、誰か、誰か、一銭でもいい、誰か……」
つまり。このみすぼらしい恰好も憐れみを誘う表情や言動も、全ては計算しつくされたジークランドの演出なのである。
レジェイルの超科学兵器、あるいは超科学道具と評される様々な道具は一切関係なく。彼は己の舌先三寸のみを用いて人々の心を揺さぶる。言葉に、魔力が宿っているのだ。
彼の呻き、そして同情を誘うあまたのエピソードに人々は涙し、気づかぬ内に金銭やその他諸々の資産の多くを彼に貢いでしまうのである。
内蔵を抜き取ろうと近づいてくる冷血無比の権化たる野良犬達すら騙し、金品をまきあげ、なんなら親交すら深めているのである。
もはや伝説に近しい領域に達するジークランド。しかしそんな彼にも、とある少女に誑かされ、金品を根こそぎ奪われた苦い過去があるのだが……それはまた別のお話。
今日もまた1人。物乞い王ジークランドに獲物が近づいてきた――調子はずれな鼻歌を携えて。
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「ふんふふんふふ~ん♪ たらたったたたたたたんた~~ん♪ ずんじゃかずんじゃか……」
「ア……アァ……」
「わっしょいわっしょ……ん??」
何やらヘッドホン越しに苦し気な声が聞こえた気がして。手提げ袋を携えた少女、アカツキ・サヤは足を止める。きょろきょろと辺りを見回していると、
「誰か…誰、か……」
と、初っ端から軽めのジャブをかましているジークランドと目があった。ジークランドは薄汚れたゴミ箱の近くに座り込み、虚空に手を伸ばしていた。
「大丈夫ですかおじいさん!!」
いくつかの候補が頭に浮かび、どの趣味を遂行しようか迷ったサヤだったが、今回は人助けする事に決定し、ジークランドのすぐ傍にしゃがみこんだ。
「まさか、追い剥ぎにでもあったんですか!? 近くに犯人が居るなら私が蹴りころ、私が怒って取り返してきますよ!!」
「ああいや、いいんだ……心配してくれてありがとうねえ……ゲホ、ゲホ」
そういう心配のされ方もあるのか。確かにあり得る話だ、次回以降はそういう路線を開拓していくのもありかもしれない、とジークランドは心の中にメモを加える。
そして目の前の少女の反応が悪くなかったので、ジークランドは乾く黒ずんだ手(特殊なメイク)でサヤの掌を包み込む様に握る。
「キミはやさしい子だ……目を見れば分かる……この都市では本当に珍しい事だ……穢れを知らず、綺麗な心を持っている」
「あ、やっぱりそうですかね……ありがとうございます、えへへ……」
「……?」
若干の違和感を覚えながらも、ジークランドは続ける。
「だが、キミみたいな子が、こんな地区に何の用だい……迷い込んできたのなら、すぐに帰った方が……ゲホ、ゲホ!!」
「おじいちゃん、しっかり!!」
咳き込む(演技)ジークランドの背をサヤが優しくさする。
「私はもう、長くない(大嘘)……妻にも先立たれ(未婚)、センターから引き取った子も行方不明になってしまった(捏造)……だが最期に、ゲホ、ゲホ!!」
「おじいちゃん!!」
「最期に、キミみたいな子に会えてよかった……キミみたいな子がいるなら、この都市の未来にも、希望が見える……」
「そんな、おじいちゃん! 私に、私に出来る事は何か無いんですか!!」
なんかいつもと比べるとやたらと展開が早いな、あまりにもちょろいなと内心ほくそ笑むジークランドは、いよいよ本題に入る。
「そう……そうだな……いや、やっぱりダメだ。キミの様な未来ある子が私なんかに……」
「いいからさっさと言って!! 次の趣味がつかえてるから!!」
「ほんの僅かでいい、お恵みを……お金じゃなくたって、なんでもいいんだ……心さえこもっていれば……私はそれを支えに、旅立つよ……」
「お恵み……心……あ、そうだ!!」
サヤが手にしていた手提げ袋をゴソゴソと探り、ピッピッと何かを操作している。
機械か。ゲーム機か携帯端末か……何にせよ高く売れそうだ、とジークランドは勝利を確信していた。
「これ……受け取って!! おじいちゃん! 私の努力と真心が籠った一品……初めての作品だけど、きっとおじいちゃんも満足してくれる筈……!」
「自信作……一体これは……?」
サヤが差し出した手提げ袋をジークランドは、若干の困惑と共に受け取る。
「説明してる時間はもう無いけど、大丈夫。一瞬だから! じゃあねおじいちゃん、一緒に話せて楽しかったよ! ありがとう!!」
「ああ……こちらこそ、ありがとう……その綺麗な心を、失わないでくれよ……」
「うん……!!」
そして少女、アカツキ・サヤは慌ただし気に走り去っていった。ゆっくりと手を振りながらジークランドはそれを見送り、唇の端を歪めて笑う。
「クックック……今日も上手く行ったわい……ちょろいちょろい……」
物乞い稼業を初めて長いが。今日のカモは中々ちょろかった。展開も早かったし、すぐにこっちのペースに乗せる事が出来た。
「ま、所詮ガキが持ってる程度のもんじゃ、そこまで大した金にはならんじゃろうが……トントン拍子で進んで気分がええわい。今日の仕事はここら辺にして、帰って酒でも……」
ピッ……ピッ……ピッ……。
「飲むとしよ……ん? なんじゃいピッピコピッピコと……そういえば結局何が入って……」
と、そこで初めてようやくジークランドは手提げ袋の中を確認した。
「えーっとこれは……デジタル時計……じゃのうて……」
そこに合ったのは絶賛カウントダウン中の、真心たっぷりのサヤお手製時限爆弾(残り8秒)であった。
「キャアアアアアア!!」
手提げ袋を宙に放り投げ、ジークランドは走った。全力で。
思えば最後に全力で走ったのはいつだったろうか。それがいつであれ、これが人生最後のダッシュかもしれない。
ジークランドは走った。まだまだ使いきれていない金が沢山あるのだ。
ジークランドは走った。なんだあのクソガキマジなんだあいつなんなんだアイツと全力で心の中で叫びながら。
ジークランドは走った。そして――。
轟音と共に凄まじい爆発が巻き起こった。巻き起こった突風は走るジークランドの背中を押し、ジークランドは地面を転がり行き――。
そして何事も無かったかの様に。すぐに空気は冷えていった。
ジークランドは振り返り、爆発の残滓、残り火を呆然と眺めていた。
「マジで死ぬ奴じゃん……」
ぜえぜえと呼吸を繰り返し、落ち着いた頃に、ふつふつと喜びが内から湧き上がって来た。
生き残った。自分は生き残った。生き抜いたんだ、と。
「ワシは生き残った……勝った……勝ったぞ……勝ったぞおおお!!」
己の衝動のままに叫び、拳を天高く突き上げる。
その後しばらく勝利の余韻に浸り立ち尽くしていたジークランドを、流石にこの騒ぎに気が付いたガルディア警察団が爆破事件の最有力容疑者として連行していったのだった。
果たしてこの話で勝利を納めたのは誰だったのか。この場合の勝利ってなんだ。
その答えは、誰にも分からない。だが一つだけ確かのは。
物乞い王ジークランドもアカツキ・サヤも碌でもない奴だという事だけである。