ボーイミーツガール&バイオレンス
「私? 私はね……アカツキ・サヤっていうの! よろしくね、イバンくん!!」
イバン君の自己紹介に返すと、改めて彼の風貌を観察する。
紺色の髪。背は低めで、顔立ちは可愛らしい。なんというか中性的だ。嫌いではない。年齢は……読みにくいな。年相応な少年と言われればそうだと思うし、成長が伸び悩んだ成人男性と言われてもギリギリ納得できちゃうかも。でも背は私より全然低いな。
服装は……どこのメーカーの服だろう、コレ。ファッションコーディネートも当然趣味の一つだけど。思い当たるメーカーが居ない。個人で作った服? うーん、それにしては大量生産感が出てるんだけど……。
それにイバン君が手にしている重そうで古いキャリーケース。中々年季が入ってるし、それなりの値が張りそうだ。比較的治安が良い1番地区とは言え、警戒する素振りも見せないなんてどうにも抜けてるというかなんというか。
さっきから言ってる事が常識外れというか無知というか、なんだろうこの感じ。
と、趣味の人間観察を数回の瞬きの間に済ませたサヤは、ヘッドホンを外し、これからの展開を考えつつ話を続ける。
「それでイバン君、お目当てのレジェイルタワーに行けなくなっちゃった訳だけど。これからのご予定は?」
「ご、ご予定……? えーっと、そうですね……」
イバンは顎に手を当てながら空を見上げて思索する。そしてその手の人差し指に、小さな指輪が嵌められている事をサヤは目ざとく気付いた。
その造形は超化学兵器『犠牲の指輪』と酷似している事に一瞬で気が付いた。が、よく見れば刻印が成されていなかった。思わず身構えてしまったが、すぐにほっと息を吐く。どうやら唯似ていただけだったみたい、と。
一方のイバンは未だにうんうん唸っていた。
「うーん、そうですね……えーどうしようかな……」
「行く当てがないなら、私についてこない?」
「え、でも……」
「いいからいいから、ほら!!」
サヤはイバンの手を取り、強引に歩き出した。
イバンは少なくとも記憶の中では女性に手を握られた経験などなかったし、目の前の相手は腹立つ位に顔が好みの少女だったので、顔が赤くなるのを抑え込むことで精いっぱいだった。しかし精一杯だった割には普通に赤くなっていた。
「(なんか面白そうな子だったからとりあえず手を取っちゃったけど……これからどうしよっかな?)」
サヤの頭の中にいくつかのプランが駆け巡っていく。
どうにもこの都市について何故か詳しくなさそうだし色んな地区を案内してあげようかな。あるいは友達の子がやたらと自慢してくるデートとやらを試して趣味に加えるかを検討してもいいかもしれない。
いや、でも今日の本命の予定であったレジェールタワー爆破計画が全く上手く行かなかった事は未だにかなりのフラストレーションが溜まっちゃってるよね。
でもタワーの前をうろうろしていたあのおばあちゃん。恐らく警備役なんだろう。背筋が真っすぐでやたらと身長が高くて。珍しくも腰に銃を提げて杖をくるくると振り回していたあのおばあちゃんの立ち振る舞いは、一目見ただけでヤバいと確信できた。手を出したら確実に死ぬだろうと。
「(それで気づかれる前におめおめ逃げ出したのに……すごく遠目から見ただけなのに、動揺しすぎて爆弾をどっかに置いてきちゃったし……お手製爆弾……でもわざわざ爆弾探しに戻るのは危険だし……私の痕跡は残してない筈だからそこは大丈夫だろうけど……はあ)」
「あの……アカツキ、さん? 一体どこに……」
「(このフラストレーションを解消する為には、新しい趣味の発掘かあるいは相応の刺激的な趣味を楽しむしかないよね。となると二択かぁ。初めてのデートか、もしくは……)」
「アカツキさん、アカツキさん!!、そ、そろそろ離してください……手引かれなくても歩けますから!!」
サヤは手を繋いだままぴたりと足を止め、イバンを振り返る。
「サヤでいいよ、イバン君」
「え、あ、はい。じゃ、じゃあ……サヤ、さん」
「うん! それでねイバン君、聞きたいんだけど……甘いのと辛いの、どっちが好き?」
「え……と、ああ、もしかして美味しいお店でも紹介してくれるんですか?」
「うん、そんなとこ! で、どっちが好きかな?」
辛いのと甘いのがどっちが好きか。イバンは己の食の好みも忘れていた。今の所食べた記憶があるのはスシと食後のヨウカンだけであった。ワサビというのの辛さは悪くなかったな、とイバンは思い返す。
「辛いの……ですかね」
「オッケー! このままついて来て!」
方針は決まったらしく。サヤは頭の中で第1地区の地図をイメージする。
「(お金持ちの人が沢山住んでるだけあって、警備は結構頑丈。都市警察団の人達もそれなりに配備されてるし……でも、死角が無いわけじゃない。私に言わせればケッコーガバガバ……第7地区まで行ってもいいんだけど、流石にそこまで歩いたら気持ちが冷めちゃうかもだし)」
サヤはイバンを引き連れたまま華やかな道を進み、『穴場』である路地裏へと迷いなく足を踏み入れた。
「な、なんだか急に雰囲気変わりましたね……隠れた名店的な……? ていうかその、そろそろ手を……ほんとに……」
「まあまあ」
「いや、その」
「まあまあまあ」
あまりにもテキトーな返しをしていたサヤだが、ついに足を止め、イバンの手を離した。
そして辺りをキョロキョロと見渡す。
「うんうん……人通りよし、時間帯的に巡回も来ない……よしよし、うん」
「えっと……サヤさん?」
「んー?」
「ここは一体……」
「えーっとね……」
サヤは一瞬困った様な表情を浮かべ、しかしすぐに満面の笑みをイバンに浮かべた。
笑うと本当にかわいいな、とイバンは思った。
「えっとねイバン君……」
「は……はい」
「その、私、どうしても我慢できなくて……」
「が、我慢……ですか。それはその……何の……?」
妙な雰囲気に思わず息を呑むイバン。
「イバン君」
「はい……」
サヤはイバンに近づき、イバンは顔を赤らめたままサヤを見上げる。
「ごめん、死んで!!」
「はい?」
そして至近距離からイバンの鳩尾に蹴りを加えると、イバンはキャリーケースを落としそのまま路地裏の壁に強く打ち付けられた。
ふざけんなマジふざけんな、とイバンは思った。