不運の神とその執行者達
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「ここはかつての超科学帝国レジェイルが遺したラボ……最早その全てが管理者達に破壊されたと世では言われている、超科学兵器開発所だよ!!」
「ほえ~」
アカツキ・サヤの隠れ家、『超科学兵器開発所』に連れられたイバン。自信満々に笑みを浮かべるサヤに、イバンはまぬけな声をあげながら頷く。
「それはその……ええと、あれですよね。すごい事なんですよね」
「凄いに決まってるじゃん!! こんな場所を隠して勝手に入り浸ってるなんてお巡りさんに知られたら一発で捕まっちゃうんだからね! ここにイバン君を招待した重みをちょっと感じて欲しいかも!」
「なるほど……」
そう言われるとそんなに悪い気はしない。だが。
「その……サヤさん」
「うん?」
「サヤさんももうなんとなく分かってると思うんですけど」
「うん」
「僕……その、なんていうか。全然何も知らないんですよね」
「ん……なるほど、なるほどなるほど」
それを聞いただけでサヤさんは僕が何を言いたいか分かったらしく、パチンと指を鳴らす。
そして懐をゴソゴソと漁り、どこに隠し持っていたのか、眼鏡を取り出してスチャッと嵌める。
「つまりイバン君は……超化学帝国レジェイルに関しても超科学兵器についても、なんならこの都市についても管理者についても、全然さっぱりなんにも知らないから、いまいちこの場所の貴重性、重要さがピンとこないと、そういう事だね?」
「あ、はいまさしくそうです。案外察しがいいですねサヤさん」
「まあね! 人間観察も趣味の一つだからこれ位は……」
「あとなんでいきなり眼鏡かけたんですか?」
サヤは壁にかけられた有象無象の一つ、柄も刀身も真っ白な刀を手に取り、構える。
「ま~、まずは超科学兵器ってなんぞやって話なんだけど……ひとことで言えば『よくわかんないけどすごいアイテム』……ってとこかな!」
「なるほど、よくわかんないです」
「つまり! 超科学兵器って言うのは超科学帝国レジェイルが残した、よくわかんないけどすごいアイテムなんだよ!」
「さっきと説明ほぼ同じじゃありません?」
サヤは軽く咳払いします。
「えっと、だから~……この『都市』っていうのはね? 大昔に超化学帝国レジェイルがあった場所でぇ……戦争終結直後、帝国レジェイルは国ごと機能不全になったけれど、何故か死界と化さないこの場所に、ドンドン死界になっていく世界の生き残り達が集まってぇ……」
「?」
「みんなで頑張ってこの場所に新たな『都市』を作ったんだけど、市民総科学者だなんて言われていたレジェイルにはあっちこっちに超科学兵器が散らばっててぇ……」
「???」
「色々落ち着いた後に、この都市を治める事になった管理者達……大体は元々帝国レジェイルやら、他の国の偉い人達らしいんだけど、その管理者達が超科学兵器の回収を進めたんだけど、取りこぼしは全然発生して……で、この超科学兵器開発所も、管理者の手から逃れられた場所の一つって訳! 分かった?」
「すごく説明下手じゃありません?」
「別に説明は趣味にカウントされてなかったからしょうがないの!!」
眼鏡をかけた事により知能が上がったように見えたが、実の所そうでもないサヤの説明を聞き、イバンは首を更に傾げる。サヤはすごすごと眼鏡を外した。
「まあ、その……とにかく超科学兵器っていうのはその超科学帝国レジェイル? っていう国の人が作った有象無象で、ボクの指輪やサヤさんのブーツがそれだって事ですね?」
「そういう事!!」
パチン! とサヤが指を鳴らす。
「へ~……ここの壁にかかってるアイテム全部がそうなんですか?」
「そう! そうなの! すごいでしょ! 私が外で集めた超科学兵器も飾ってるんだけどね! 超科学兵器収集は私のお気に入りの趣味の一つなんだよ! すごくホットで刺激的!」
「ほ~」
イバンは壁に飾っていた超科学兵器の一つ、小さな輪っかを手に取った。
「これはどうやって使うんですか?」
「あ~、それは『陽炎』っていうアンクレット型の超科学兵器なんだけど……使えないみたいだね」
「使えない? 充電切れみたいな話ですか?」
「ああいや、そういう事じゃなくって……」
サヤはトントンとこめかみを叩く。
「これは正直、どういう理屈なのか私にもさっぱりなんだけど……超科学兵器はね、『適合』している人にしか使えないんだ」
「適合……」
「そう、適合。例えばね?」
サヤは不意に跳び上がり、そして宙に滞空する。路地裏での殺し合いでイバンも見た光景だ。
「これは私が履いているブーツ……『エアブーツ』っていうんだけどね? これの効果で浮いてるの。イメージするだけで自在に空中を移動出来たり、加速出来たりして、結構気持ちいいんだよ?」
「人を蹴り殺す時にも便利そうですしね」
「そうなの! それでね?」
サヤはスチャッと着地し、いそいそとブーツを脱いでイバンに差し出した。
「履いてみて!」
「え? あ、はい」
イバンは言われるがままに靴を脱ぎ(この靴も手紙の差出人が用意した靴なんだろうか)、サヤが差し出したブーツを履く。どうやらサイズはピッタリらしい。脱ぎたてのブーツは生暖かったが、その事を言及しようとする自分をイバンは押しとどめた。
「履きました」
「スイッチを押してみて! 蛇のやつ!」
イバンはサヤがやっていた様に、ブーツに刻まれた蛇の刻印、スイッチを押した。
が、何も起きない。
「電池切れ……じゃ、ないんですよね」
「うん。それじゃまた私が履くね」
静かな地下室でブーツを履きまわす妙な行為を再び行うと、サヤは再びエアブーツの力で宙に浮かび上がる。
「こういう事! 分かった?」
「そのエアブーツは適合者、つまりサヤさんにしか使えない……って事ですか? 理屈はさっぱりですが」
「正確には『エアブーツに適合している人』にしか使えない、だね。個人個人がどの超科学兵器に適合しているかは、実際に超科学兵器に触れてみないと分からない。そして地味に大事なのが、1人のニンゲンに適合している超科学兵器は、別に1つとは限らないって事」
「ほえ~……なんか、妙な話ですね。すごい技術を持ってるっぽい国が作ったアイテムの割には不便って言うか……普遍的じゃないっていうか……歪な技術ですね」
「そ~なんだよね~……超科学帝国レジェイルは、超科学兵器を使ってブイブイ言わせてたらしいんだけどさ、それにしてはなんか変なんだよね~……」
ともあれ、イバンは意味不明なこの都市における知識の一端をどうにか吸収する事が出来た。これは偉大なる一歩だ。
「それで、まだ聞きたい事が……」
と、イバンが呟いた直後、ガンガンガン! と情報から鈍い破壊音の様なものが聞こえてきた。
「なに……」
言葉を発しかけたイバンの唇を、サヤは人差し指で抑えて塞ぐ。サヤとイバンの目が合い、イバンは小さく頷いた。
そのまま息を殺し、耳を澄ませる。
「出て来いオラァ!! ここに居るのは分かってんだぞおい!! どこだぁ!!」
「オレたちはちょ~っとお話したいだけだよぉ……特にボクちゃんが持ってるおっきなカバンについてぇ……」
「そうそう、アタシらは友達になりたいだけさぁ……友達料は払ってもらうけど……ふ、ふ、ふ……もう諦めなって……アンタらは不運の神に憑かれたのさ……死神に大人しく首を捧げなよぉ……」
複数人の男女の声が聞こえる。どうやらこの地下室への扉には気づいていないらしい。扉を閉じる直前、サヤは一応カーペットで扉を隠していたのだが、それが功を奏したらしい。
「誰……でしょう」
「さあ……けど、どうやらさっきのクレープ屋さんでの件、性質の悪い連中に見られちゃってたみたい。みんなお金は大好きだからね。第二地区だからって油断してたなぁ……まさか私が尾けられるなんて……ちょっと浮かれすぎちゃったかな……」
「その……すみませんサヤさん、ボクが常識知らずだったばかりに……」
流石に責任を感じたイバンが申し訳なさげに顔を歪めるが、サヤはニッと笑顔を向ける。
「気にしないで。楽しいデートっていうのは、アクシデントすら楽しめるものだよ? ……今考えた理屈だけど」
へらっと笑うサヤに、イバンも思わず苦笑を漏らす。そしてそのまま更に耳をそばだてる。
「チッ……全然居ねぇぞ。本当にここなのかよ?」
「間違いねぇって。すぐに兵隊呼んでこの家囲ませたんだからよ……アイツらは絶対ここから出て来てねぇよ」
「火でも付ければ出てくんじゃない? ネズミみたいに」
「アホか。金まで燃えるだろうが。あと目立ちすぎる」
「だったらどうするってのさ。フリッツさんに連絡してわざわざ兵隊寄越してもらったんだよ? それで何の成果も無けりゃあアタシらどんな仕打ちにあうか……」
「黙ってろボケが!! この家に居るのは間違いねぇんだ。泣き言いう暇あるなら手動かせ!!」
随分と物騒な会話にイバンは眉をひそめる。
「随分品が無い人達ですね」
「私と違ってね」
「…………」
「何で黙ったの?」
沈黙。
「しっかしフリッツ、フリッツね……って事は『グラッターズ』か……」
「グラッターズ?」
「野良犬……法を顧みないチンピラ達、その中のグループの1つってとこかな。本人達はギャングって言ってるけど……警察相手にこそこそ逃げ回って窃盗やら強盗やらを繰り返す……そうだね、品の無い連中のコト」
「なるほど」
「最近落ち目だとは聞いてたけど……わざわざ一般人に紛れて第二地区に来てまで獲物を探してたなんてね……」
「そこに丁度いい獲物が来ちゃったもんですから、彼らもウキウキしてるでしょうね」
「言えてる」
しばしサヤはこめかみを指でトントンと叩きながら思索を巡らせていた様だが、意を決したようにイバンを見る。
「ま、どうやら静かにしてても帰ってくれないみたいだし……何より、この家の事を組織単位で知られちゃったみたいだし。この家の事を他所へ広められる前にやるしかないね……見つかったらどうせ殺しにかかってくるだろうし」
「やる……ヤル……殺る? つまり……その、アレですか」
サヤは笑顔を……またしても凄く魅力的で、心に刺さるような笑顔を浮かべ、イバンに手を差し出す。
「せっかくだからさ、イバンくん。一緒にやろうよ」
「一応聞いておきますか。何をです?」
「そりゃあもう、ヤルんだよ……グラッターズを。1人残らず」
イバンは再び考えた。今日という一日、ここに至るまでの流れを。
訳の分からない都市の訳の分からない部屋で目を覚まし、訳の分からないまま外に飛び出したかと思うと、ムカつく程顔が好みの女の子に声をかけられ、そして殺され、殺して。生き返って、生き返らせて。
そして今度は性質の悪いチンピラを一緒に殺そうと提案されている。ムカつく事に、自分にとって顔だけじゃなく性格も割と好みらしい目の前の女の子に。
さて、どうしたものか。
いや、実の所。こうして手を差し出されたその瞬間に、答えは決まっていた。だけど自分の中の倫理観らしきものと、危機察知能力らしきものがそれを制した。ほんの数秒だけ。
「まあ……上のヒト達はどう考えても僕らを殺そうとしてますもんね」
「うん」
「じゃあ……まあ、いっか」
イバンは手を差し出し、サヤはその手を取った。
「つまり……たった今知ったばかりの相手で寂しさを覚えますけど。不運な事に、グラッターズは今日で終わりって事ですね」
「そういう事!」
そして二人は地下の扉を開け放ち、地上へと飛び出した。
「あ!? テメェら、ようやくみつけべらぁぇ」
斧を持っていた男の首をサヤが蹴り砕き、
「大人しくしな! アタシらの兵隊がこの家を取り囲ぉ……ごぉ……」
弾け飛んだイバンの左腕から伸びた骨の茨が、ナイフを持っていた女の首を締め上げ、捻り上げた。
「サヤさん」
「なに? イバンくん」
「今日初めて会ったばかりですけど。ボク、あなたの事割と嫌いじゃないです」
「私も!」
そして殺戮が始まった。




