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小比賀由美②

 初めて部活動見学へ行った日の翌日。お昼休みになるや否や、私は大量の楽譜をバサッと机の上に広げた。どれも、今年のコンクールの候補になっている曲だ。


「ユミー、お昼……って、何これ。もうこんなに課題出たの?」


 お弁当をもって私の前の席に座ったハルカが、目を丸くする。


「……私は、塚原美海をたおす」

「……は?」

「塚原美海をたおしてトランペットパートを支配して、平井先輩を私のものにする」

「……ごめん、意味分かんないからあたしは先にお弁当食べるね」


 何食わぬ顔で風呂敷をとき、弁当箱をならべ、「いただきます」と口にするハルカ。……あれ? リアクション薄くない?


「待って!! もう少し興味もってくれてもいいと思うんだけど!?」

「うん、興味はあるよ。てか、ユミはお昼食べないの?」

「さっき化学基礎の時間にこっそりカロリーネンド食べたから大丈夫。それより聞いてよ!! すっごいイケメンの先輩いたの!!」

「へぇー、良かったじゃん」


 ……そう言って、ハルカはミートボールを口に入れた。そしてそれを数回咀嚼し、ごっくんと飲み込む。……その後も、特に言葉は出てこない。えっ、だからリアクション薄くないですか!? 


「そうだね良かったよ!! ……いや、良くないの!! もう一人いる3年の先輩も、そのイケメン先輩のこと狙ってて!! だから私は、その先輩を追い越してイケメン先輩を振り向かせてやるって決めたんだっ!! ってことで、昨日のうちに今年のコンクールの候補曲、先生に頼んで全部貰ってきたってわけ!!」

「なるほどねー、そっか。うん、頑張って!」

「言われなくても頑張るよ!! ……てか、ハルカはそのイケメン先輩のこと気にならないの!?」


 さっきからペースを落とさずにお弁当を食べ続けるハルカに少々憤りを感じながらも、私は会話を続けた。


「んー、別にどうでもいっかなー。そもそもあたし、振り向かせる努力するの嫌いなんだよね。男なんて、黙っててもたかってくるし」


 さらっとそんなことを言ってブロッコリーをつまむハルカに、私は絶句する。……ハルカって……こんな性格でしたっけ?


 確かに、ハルカは可愛い。鼻筋は通っているし、目はくりっと大きくて、どこかハーフのような雰囲気もあって、……悔しいけど、私よりもほんの少しだけ上手だ。……その自信は、決して過剰じゃ無い。


 だけど、昔……そう、中学に入りたての頃のハルカは、こんなにやさぐれた性格じゃなかったと思う。利口学部に行くとか遺伝子がなんちゃらとか、……最近のハルカはやっぱりちょっと変だ。


「さて! あたし、図書館に用があるからこの辺で! ユミも色々大変そうだけど、お互い頑張ろうね!!」


 お弁当を食べ終えたハルカは、そう言い残して教室を出て行ってしまった。……勉強するって、マジなのかな。


 ……まぁいいか、ハルカがマジなら私だってマジになるし。少なくともこの中の一曲は完全に暗譜して、今日の練習で早速ビビらせてやるんだから。昨日の夜は、見たいテレビ見てゲームやってマンガ読んでから譜読みしようと思ってたのに、寝ちゃったんだよね。


 だから、今度こそ誰にも邪魔させない。譜面を開き、頭の中で曲を再生しながら指を動かす。音を鳴らせないのが残念だけど、仕方ない。私は自分の世界に入り込むために、精神を統一……


「あの……ちょっといい?」


 ……させてるのに話しかけないでよばかやろー!! 一体誰!?


「はぁ!? なんか用!?」


 イライラした私は、勢いに任せて相手が誰なのかも良く確認しないまま、振り向きざまに罵声を浴びせてしまった。


「いや、あの……。ご……ごめん……」


 ……そこには、オロオロと動揺しまくる小柄な男子がいた。髪はサッパリしたスポーツ刈り、町中で会ったら気付かないんじゃないかと思うくらいに特徴のない顔……。彼は確か、同じクラスの……


「……あ、えっと……。小林……くん?」


 小林彰人……って名前だった気がする。……たぶん。


 それにしても、急になんなの? 怒鳴ってしまった私も私だけど、……別に私、小林君と仲良いわけじゃない。中学も違うし、話したこともほとんどないし。どうして急に、声をかけてきたんだろ。


「私こそごめん。……で? 私に何か用……?」

「いや。用……っていうか……。用が無きゃ、話しかけちゃダメ?」

「……別にいいけど」


 ただし、心の中で「用無いんかーいっ!!」って突っ込ませて頂きました。


「……それ、楽譜だよな? ……吹奏楽部?」

「ん? ……うん。でも、まだ正式な部員ってわけじゃないよ?」

「まぁ、部活見学解禁されたのが昨日だしね。……ちなみに、小比賀の楽器、トランペットだろ?」

「えっ? あ……、えっ!? なんで分かったの!?」

「楽譜がべー管だし、それにその指がトランペットのキーだから」


 はっと、自分の右手へ目を移す私。確かに、小林君と話している間も、私は無意識に人差し指と中指と薬指をくねくね動かしていた。


 ……いやいやいや、それよりトランペットがべー管楽器って、なんで知ってるんだ小林君!! そこに驚きを隠せない。


「よく……知ってるね。ちょっとびっくりしちゃった」

「まぁ、中学で……少しだけ吹奏楽やってたからさ。でも、全然ダメだったなぁ。高い音がほとんどでなくて。小比賀はスゲーよ、あんなに吹きこなせるんだもん。素直に尊敬する」

「あ……ありが……と……? ……ん? 待って待って!! 私、まだまだぜんぜん吹けないし、そもそも小林君の前で吹いたことすらないじゃん!! 尊敬されても困るってば!!」


 そんなに褒めないでよー……みたいな仕草をする直前で、私はハッと気付いた。まだ校内で一回しかトランペットを吹いてないんだから、つまり彼の言葉は完膚なきまでのお世辞!! 危ない、あと一歩で「お世辞にガチ喜びする痛い人」になるところだった!!


「……言われてみればそうだった。じゃあ、後で聴かせてくれよ!」

「あのさぁ。……さっきから私のこと、からかってるっしょ?」

「えっ!? そんなことないって!! もしかして、機嫌損ねた?」

「んーん、別に。そうだね、聴かせるのはもう少し上達してからかなー。ってか、小林君も吹奏楽やってたんだ。なんか意外な感じ!!」

「よく言われるよ。僕、トランペットの音色が好きでさ。吹けるようになりたかったんだけど、全く上達しなかったんだ」

「それ、もしかしたら……マウスピースが合ってなかったのかも」


 私は、少々得意げに答えた。もちろん、私自身の経験を踏まえての意見だから、それなりに自信だってある。


「合わないマウスピースだと、本当にぜんぜん音が出ないときあるよ。だから私は、いつも自分専用のマウスピース持ち歩いてるんだ。……見せてあげよっか?」


 こういう話を吹けなくて困ってる人にしてあげると、自分が救世主みたいに思えてきて、なんとなく気分がいい。私は、スクールバッグのポケットから牛革製のケースに入ったマウスピースを取り出し、彼に見せてあげた。


「へぇ……。これが小比賀専用のマウスピース……」

「そ。色々試した中で、これが一番良かったんだぁ。やっぱり、自分に合ってるマウスピースだと、音出すのが楽だよ。今の私にとっては、命の次に大切……ってか、体の一部みたいなもんだね!」

「なるほど……。僕もマウスピース換えたら吹けるようになるかな?」

「なるよ! きっとなる!! なんなら、小林君も吹奏楽部入ったら? ちょうど、一緒に入る約束してた友達に裏切られちゃったところでさ。私も心細かったから……」

「ごめん、そうしたいのは山々なんだけど……。小比賀の足手まといにはなりたくないし、僕は僕で吹奏楽とはまた違う楽しみを見つけたんだ。今はそっちを頑張りたくて……」

「……あはは、そっか。残念」


 なり行きで何となく小林君を誘ってしまった上に、断られる私。……こんな美少女が誘ってるのに、断るとかなくない? 小林君のほうから話しかけてきたクセに……とか言いそうになってしまったけど、性格悪い女だと思われたら最悪だから、ぐっと飲み込んだ。


「……っていうか、先手取られたっていうか」

「……先手?」


 そんな私に気を遣ってか遣わずか、小林君がなんだか意味深な言葉をその後に続けてきた。先手……って、どういうことだろう。もしかして、小林君も私を何かに誘おうとしてたとか?


「いや、まぁその……、やっぱり小比賀にはトランペットが似合うって改めて分かったから、僕は諦めるよ」

「えっ、ちょっとどういうこと? 意味分からないんだけど」

「気にしないで! なんか邪魔しちゃってゴメンな。僕はもう行くよ。これからも小比賀のこと、応援してるから」

「あ……う……うん、ありが……と」


 頭の中が大量のはてなで埋め尽くされてゆく私を尻目に、どこかへ行ってしまう小林君。というか、小林君の「吹奏楽とは別の楽しみ」って、何だったんだろう……。


 ……そして結局、譜読みはほとんど出来なかったな。

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