70話 死に至る病
斧の装飾生――半日――既に辛い。
「退屈は死に至る病である」とは、よく言ったものだ。言ってない?言ってないか。灰色の男でなく、灰色の脳細胞が欲しい。
まあ、それはどっちでもいいんだけど、人間だった頃の感覚のせいで、身じろぎひとつ出来ないのは、なかなかに辛いものがある。
ここのお嬢様は、お父様から誕生日のお祝いにもらった斧が大層気に入ったらしく、食事の時間まで存分に振り回していた。凄まじい体力と腕力だ。アルネアお嬢様なら、まず持ち上がらないだろうな。
贈り物が気に入ったのは、それはそれは可愛らしいんだけど、食事の場に斧を持ち込むのはどうかと思うよ。獣人の表情の変化は分かりにくいけど、それでも分かるぐらいに、使用人達から「えっ……」っていう視線が注がれてるもの。
「どうだね。ルンフォード」
「アーリント氏族御用達の商人に恥じない武器ですわ!重心が私にピッタリですの!」
「そうかそうか。それは良かった!一応戦鎚も用意させたんだが、そっちはどうかな?」
「戦鎚は少し柄が長いですわ。振り回されてしまいます」
「ところで、その斧。装飾を彫り直させた方が良いと思うのだが……やけに根が多くないか?もっと華やかな方がお前に相応しいと思うのだが?」
「いえ!私はこの意匠に感銘を受けましたわ!植物の根のように、見えている部分は儚げでも、下にはしっかりと根を下ろしている。不退転の意があります!気に入りましたの!」
「ふむ。前線で根を張ったように持ちこたえると言うことか……最前線で最も長く戦うものこそ獣人として優れている。うむ。あの商人にはもっと褒美をやるべきだったかもしれん」
「この斧なら、お父様にも勝てますわ!」
「大きく出たな!だが、それぐらいの勢いがある方が上手くいくものだ」
盛り上がってるとこ申し訳ないんですが、その意匠生きてて外れるんだよねー
ごめんね商人。ごめんねおっさん。ごめんねお嬢ちゃん。
まあ、しばらくは、斧の装飾のままでいるんだけどな。新スキルで調べてびっくり、なんとこのルンフォード・アーリントこそが、俺の探し求めてた光の一人である。
早くどうにかして斧の装飾から抜け出したい。話せないけど、何とか事情を分かってもらえると嬉しいんだけど……。
斧の化身とかの設定ならいけるかしら?
ん〜。
言語で意思疎通が出来ないのに、どうやって光の方に向かわせればいいんだろう。目下最大の難所だ。難所なんてもんじゃない。不可能に近い。
いきなり斧から根が出てきて、うねうねと方向を指示しだしたら、驚いて普通の人なら斧を捨てるか、心臓の弱い人だったらその場でひっくり返るだろう。
前途多難過ぎる……。
頼むよ神様。こういう転生って、都合良く意思疎通できるもんじゃないの?なんでガッツリモンスターなんだよ……。
アルテミスが恋しすぎる。意思疎通ができるって素晴らしい。
ルンフォードか。もしかしたら、獣人には偉大な戦士の名前を子供に付けて、子供の健やかな成長を願う文化があるのかもしれん。ルンは分からないが、元の世界では、フォードは姓に見られる名前だったはずだ、というただの予測ではあるが、異世界だし前世の名前の法則を適用するのは厳しいか。
……アーリント氏族ねぇ。どうも、今生は『ア』の付く名前に縁があるらしい。アルネアお嬢様、アリア、アルテミス、アーリント。絶対アルネアお嬢様のせいだよな。お嬢様の「アアアア」のせいに違いない。もう絶対そう。これは「ア」の呪いまである。
アルネアお嬢様のせいでないなら、全国六千万人のRPGファンが、勇者に「ああああ」と付けたせいだな。
ルンフォードだけ、苗字なのが微妙だ。全員アで揃えば面白かったのに……。得てして現実はそんなに上手くいかないものだなぁ。
「明日か……時が経つのは早いものだ……」
「私はずっと楽しみにしてましたの!」
「少し前までは、俺の口に収まるぐらいに小さかったのになぁ……」
「もう!そんなに小さくありません!」
「はっは、そうだな。分かっていたこととはいえ、寂しいものだ」
「お父様らしくありませんわ」
「……うむ。獣人の誉とは!」
うを!?急に大きな声出すなよ!
「強きこと!」
「獣人の矜持とは!」
「前に出ること!」
「獣人の美学とは!」
「退かぬこと!」
「よろしい。お前は、立派な大人だ。明日より、俺を超えることができたとお前が確信するまで、この家の戸を叩くことは許さぬ」
「はい、お父様。このルンフォード・アーリント。必ずや強くなって戻って参ります!」
これが、獣人の氏族のしきたりというやつなのだろう。成人したものは、武者修行の旅に出る。そして、親を超えるまで帰れない。人間でいえば獣人の氏族は貴族みたいなものだろう。獣人の貴族は厳しさの中で、強さという唯一の道標を辿る。『強きこと』彼等にとって、それが最も大事なものなのだ。
「そういえば……」
「ふふ、いやですわ……!」
父と娘は思い出話に興じている。二人とも口にはしない。しかし、父は強く、娘もなんとなく分かっている。最後の別れなのだ。
モンスターのいる世界で旅をする。獣人の身体能力が高いとはいえ、獣人より強いモンスターはいくらでもいる。その旅路は危険と苦難に満ちているだろう。氏族の掟に従い旅立った者で、戻って来た者は決して多くは無いはずだ。
だから、大切に、惜しむのだろう。この暖かな時間を。
食事も終わり、太陽が明日への船旅に向かうと、彼女は俺が付いたままの斧を持って部屋に戻る。
斧をすぐ横に立て掛けると、斧に話しかけはじめた。実際に斧に話しかけてる訳では無い。自分に何か言いたいのだろう。
「楽しみです。どんなことが起こるのでしょうか。強い人と沢山出会いたいです。人のお役に立てたら素敵です。まだ、未熟ですが……。モンスターと人間は少し怖いわ。でも、きっとこの斧があれば大丈夫。……さぁ、もう寝ないと」
昼間。力強く、元気一杯に俺を振り回していた女の子の姿は無い。布団に蹲り、未知への恐怖と寂しさに震えていた。
月が太陽を迎えに行く少し前。規則正しい寝息が聞こえてくる。やっと寝れたようだ。
翌日。
ルンフォードが眠い目を擦りながら起床すると、目は少し腫れているように感じた。俺が獣人なら、目のくままで見えていたことだろう。
昨日の夜に比べ、随分と静かな朝だ。
彼女は一人支度をし、一人朝食を摂っていた。大きな家なのに、昨日見た使用人達も不自然なほど出会わない。
この大きな家で、誰にも出会わずに、午前中を終えた。
昼頃。彼女の背丈には少し大きいであろう旅用のカバンを背負うと、静かに家を出た。見送りは無い。氏族の長の娘が旅立つというのに、使用人の一人もいない。
なんて寂しいのだろう。
彼女がクルっと回り門に向くと、一礼し、少し足を止めた後歩き出した。
俺が《上位感知》を持っていなければ、随分と淡白で薄情に感じたかもしれない。門の向こう側に見える父親の顔は、一睡もしてないのが見て取れた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前:モノリ 性別:不明
種族:ラークスフォッグ(霧の湖)
Lv8/70
HP570/570
MP510/510
状態:普通
常時発動:《共通言語理解》《隠形Lv.5》《触手Lv.10》《触手棘》《上位感知Lv.1》
任意発動:《調べる》《薬草生成Lv.9》《植物成長速度Lv.8》《植物鑑定》《水汲みLv.10》《血液吸収》《猛毒Lv.1》《噴霧Lv.4》《情報開示Lv.3》《指し示す光》
獲得耐性:《恐怖耐性Lv.10》《斬撃耐性Lv.7》《打撃耐性Lv.7》《刺突耐性Lv.6》《火耐性Lv.2》《風耐性Lv.2》《水耐性Lv.7》《土耐性Lv.5》《雷耐性Lv.2》《氷耐性Lv.8》《邪法耐性Lv.6》
魔法:《土魔法Lv.2》《水魔法Lv.3》《氷魔法Lv.4》《魔導の心得Lv.3》《魔力の奔流Lv.3》
称号:意思ある卵 従魔 絞殺好き 逃走者 雑用係 危険な棘 馬車馬 耐性植物 読書家 急成長 近親種殺し 魔法使い 看破せしもの 上位種殺し(氷) 奪われしもの 凶性植物 狼の天敵 上位モンスター 魔王の誓約 エルフの盟友 殺戮者 看破の達人 導かれしもの 光を集めるもの
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー