6話 覚悟
甲高い空を劈く高音が、豪風と共に超上空から急降下してくる。空を見上げる事すら出来ない、対象を見失った相手は、居なくなったものを探す為に、地上に視線を彷徨わせている。
自分が飛ぶことの出来ないミニゴブリンには、相手が空にいるという発想は無いようだ。
テュペルを探す事を諦めたミニゴブリンは、フェネに向かって駆けていく。小型のナイフを手に持ったミニゴブリンに迫られるフェネに動揺は無い。勝利を確信したその瞳に揺らぎはなく、仁王立ちが良く似合っている。
フェネに、後数メートルという所で、空を裂く風が膨らみ、止む。翼に纏った風が止むと、辺りは一瞬の静寂に包まれる。
ゴトリという音の後、ミニゴブリンが動く事は無かった。
なにか特別な攻撃や、魔法を打ったわけでも無いのに、普段から纏ってる風の翼で打つだけで、ミニゴブリンとはいえ首が一撃で落ちるとかヤバいな。
テュペル強い。これからは、心の中でテュペルさんと呼ばせてもらおう。
ってか、あの風鎮める事も自在なんだね。あのデカさなら、フェネが乗っても空飛べるんじゃね?
威力だけなら、下位とはいえ水の精霊のミューアが頭一つ抜けてる。でも、対応力や機動力なんかの総合力ではテュペルさんのが上かもな。
優雅さと雄々しさも兼ね備えてて、テュペルさん最強何じゃない。
俺の敵の倒し方なんてアレだぜ。家畜の屠殺。
俺転生者よ?俺だってね、願わくば───────
ウィップブレード! ザシュッ!ブッシャー!
ヤバい強い!
敵は半分になる!
俺、凄い!
俺、強い!
───────みたいなのが欲しいわけですよ。
何だこの語彙力3みたいな説明。死のうかな?
ともあれ、初の実戦実習は、十体目のミニゴブリンを、鶏のごとく絞め殺して終わった。
絶対主人公の戦い方じゃない。どう考えても悪役なんだが。
もうちょっと、どうにかならんもんかね。
触手の威力弱過ぎて、絞め殺すか、ベシベシ叩きつけるかしか出来ないんだよ。俺だってね、貫通する程の威力なら、鶏よろしくしたりしないんだよ。
貫通より、絞め殺す方が触手で嬲ってるみたいで、絵面が最悪だもの。
贔屓目に見ても「ゲェッハッハッハッー!どうだぁ!手も足も出まい?このままジワジワと嬲り殺しにしてくれるわ!キィィーひゃっひゃっひゃっー!」にしか見えない。
見た目も相まって、控えめに言って最悪である。
「モノリ、あなた意外と強いのね。倒し方はあれだけど、私にとっては、モンスターさえ倒してくれるなら、倒し方なんて大した問題じゃ無いわ」
ノルマを達成した俺に、アルネアお嬢様が声をかけてくれた。周りに聞こえない程度の声の大きさだったので、周りの目が気になりながらも、声をかけてくれたのだろう。
今日は大収穫だったな。テュペルさんとミューアが目立ちまくってたお陰で、色々実験できた。
特にいい収穫は、触手千切れても痛くないって事。
痛覚が有るのは、目玉の部分だけらしい。戦闘の不安は大分消えたね。これで、大きな葉っぱ部分や、やたらと多い触手部分に痛覚あったら、魔法以外で戦えないところだったぜ。土魔法Lv.0だけど……。
ミニゴブリンなんかでも、十体も倒せば良い経験値になるな。
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名前:モノリ 性別:不明
種族:モノリーフ(リーフィリア)
Lv.4/10
HP10/33
MP8/16
状態:普通
能力:《共通言語理解》《調べる》《触手Lv.3》《薬草生成Lv.1》《植物成長速度Lv.1》
魔法:《土魔法Lv.0》
称号:意思ある卵 従魔 絞殺好き
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待って。別に好きで絞め殺してた訳じゃないんだけど。称号って、普通良い事に対して付くものじゃ無いの?
誰が付けてるか知らんけど、訂正を求めたい!
お嬢様の後ろに着きながら、ダラダラと歩いていると、ズシンズシンと、後ろから大きな音が聞こえる。
全員集合して、帰るだけなんだが、なんだ?なんかちょっと強いモンスターと戦わせる的な、実戦実習なのか?先生の従魔的なヤツ?
先生の後ろから突如現れた巨大な影。張り裂けた空の海は、おどろおどろしい雲と、黒い稲妻が迸っていた。
単眼の巨躯。
ただそれだけ。
だが、その大きさだけで十分な脅威といえる。その高さと重さを支える筋力から繰り出される一撃は、地を抉り、全てを吹き飛ばす。
ギガンテス?タイタン?いや、コイツはキュプロクス……!
いや、いやいやいや。無理だろ。掠っただけで即死するぞ?
キュプロクスに釘付けになっていると、青い顔をした先生が叫び出す。
「逃げなさい!逃げるのよ!従魔を盾にして、力の限り街に向かって走りなさい!魔王の……魔王の再臨よ!伝承は本当だったんだわ!」
「うわぁぁぁぁ」
「きゃぁぁぁぁ」
「助けてぇぇぇ」
先生の声が聞こえてるのか、聞こえていないのか、散りぢりに逃げ出す。
三三五五。阿鼻叫喚。有象無象。被髪纓冠。
まさに青天の霹靂。
敢えてもう一度いえば、地獄の様相を呈している。
なんだこれ、どうすんだこれ。転生して二週間も経ってないのに、もう死ぬのか。
植物系モンスターに転生したせいか、驚く程死への恐怖が薄い。「あぁーそっかー死んじゃうかー」みたいな、ゲームの負けイベントでも見てるような気分だ。諦観が凄い。諦めの境地過ぎる。仏教用語的な意味の諦観は、諦めというより、原因を明らかにするという意味なんだぜ!とか、思うぐらいには諦めた。
主人公だとは微塵も思ってなかったが、アニメの一話冒頭で死ぬ雑魚モンスターだったとは、無念。
それにしても、一向にアルネアお嬢様から突撃の命令が出ないな。ちゃんと逃げてんのか?俺が人間だったら、人の心配してる場合じゃねーんだけど、植物系モンスターだしな。危機感もあんまり無いし、運が良ければ助かるんじゃね?ぐらいの感覚だ。
もしくは、モンスターとしての生存本能は働いてるけど、人間の思考を有しているが故に、圧倒的な死を目の前に上手く反応できてないだけか?
まあ、どのみち助かる目は薄そうだし、最期ぐらい従魔らしい事しますかね。
お嬢様の命令を待ってても仕方ないし、緊急事態って事で、多少勝手に動いても大丈夫だろ。主人命令で戦ってる従魔達しか周りにいないしな。アルネアお嬢様も、人波に流されて助かってると信じよう。
取り敢えず、一秒でも長く時間を稼ぐ為に、キュプロクスの足に触手を伸ばす。転んでくれれば上々なんだが。
太い足首だ。大樹レベルだな。樹齢何年だろ?
しかし、とんでもない力だ。キュプロクスが身じろぎするだけで、触手が解けそうになる。
歯が立たないどころか、認識されてない可能性まであるな。
ヤバいな。触手が効かないと、打つ手がないぞ。主人が逃げる時間稼ぎすらしてやれんのか。全く、とんだ従魔だ。情けなくて、涙どころか反吐が出る。
他の優秀そうな従魔達は、効かないなりに、なんとか攻撃してるのに、眼中にも無い俺ってなんなんだろうな。
「モノリ、こんな所にいたのね!逃げるわよ!」
聞いたことのある声が、居るはずのない、今ここに居てはいけない人の声が聞こえる。
幻聴か?
そう思いつつも、声の方向を思わず見た。
はぁ?おいおい。何してくれちゃってるんですか、このお嬢様。
人が折角悲愴な覚悟で、強敵に挑もうって時に、わざわざ戻ってきたの?有り得んでしょ。
眼中にも無い俺だったら、運さえ良ければ助かったかもしれない。だから、お嬢様は従魔なんかほっといて逃げれば良かったのに。他の奴らなんか誰一人残ってないぞ。
ちゃんと周り見ろよ。そんな、協調性が無いからいじめられるんだぞ。ウチのご主人様は困ったもんだ。こんな雑魚モンスターの為に戻って来たってーのかよ。
新しいモンスターと契約しろよ。例え出来なくても、生きてるだけで丸儲けだろ。したくないかもしれんが、お嬢様の器量なら、良い貴族と結婚できるって。なのに、なんで戻って来ちゃうかなぁ。本当、意味わかんないわ。
わざわざご主人様が、こんな死地に、俺の為に戻って来たってのに、ここで諦めたら従魔の面目丸潰れですよバカヤロー。
さて、どーすっかな。お嬢様を護りながら逃げるのは無理。どう考えても無理。
既にキュプロクスが手当り次第暴れてるけど、あんなの掠るどころか、余波でも死にかねない。
考えろ、考えろ。俺のステータスじゃ、逃げも戦えもしない。アルネアお嬢様を見捨てる訳には絶対にいかない。
考えろ。こんな俺でも、見捨てないでくれたお嬢様の為に、何かできるはずだ。なんだ、なんでもいい。この足も声も震えて、今にも泣きだしそうな顔で駆け付けてくれた、小さな勇気ある少女の為に何が出来るか考えろよ。死ぬ気で考えろ。
さっきまで諦めてた命だろ。そんなもんくれてやっていい。俺が死んでも、なんとか、このお嬢様だけは助けないと、夢見が悪くて死んでも死にきれない。
「さぁ、早く皆のところに行きましょう!」
皆のところ?
ん、待てよ。俺が魔王だとしたら、馬鹿デカイキュプロクスを召喚する意図はなんだ?それもこんな街の近くの森に。
このキュプロクスが魔王の再臨に呼応して勝手に現れたのでなく、魔王が意味を持ってこの地に送り込んだとしたら?
これが人対魔の陣取りゲームだとしたら…………狙いは街。俺がこんな巨大な、どう見ても力と体力に極ぶりの兵士を送り込むとしたら、攻城戦。これ以外に考えられない。単身で街を落とせる可能性のある巨人兵。それ以外の理由で、街の近くに召喚する意味は無いだろう。
だとすれば、逃げるなら森の方。俺の推理が外れていても、多く人間が逃げた方を追うだろう。あの巨躯だ。街に近い平地を逃げる人間を蹴散らすなら兎も角、森を単身で逃げる人間を追うのは辛いはずだ。
見た目的に視力は良さそうだが、森の木々より圧倒的にデカい。死角だらけの森で人間を一人潰す為に探すより、街に向かうヤツらを追って、街を破壊した方が余っ程いい。
スマンな。街の人間達。ここはお嬢様の領地でも無いから、お嬢様の両親が居る訳でもない。お嬢様の為に、精々囮になってくれ。助かることを遠くから祈ってるぜ。
とはいえ、こっちに向かってくる可能性もゼロじゃない。
考えが纏まった俺は、触手でアルネアお嬢様をぐるぐる巻きにして、森の方へと逃げる。
「ちょ、ちょっとモノリ!そっちは森よ!何してるのよ!」
命令されて止められるのも面倒だし、意思疎通を図る時間も無い。申し訳ないが、黙ってて貰うために、口に触手を突っ込む。
うん。酷い絵面だ。
助かったら幾らでも謝るから、今は我慢して勘弁してくれ。
森の奥へ奥へ進むと、木が段々と太く大きくなっている。流石にこんな深いところまでは、人の手が入らないか。
幸いキュプロクスの戦闘音は遠ざかっている。大きな木の洞を見つけたので、そこに、お嬢様共々逃げ込む。お嬢様を出来るだけそっと下ろしてから、出入口を無駄に沢山有る触手で埋めて、外から見えないようにした。やっと無駄に沢山有るのが役に立ったな。
出入口を塞いだ俺を見て、お嬢様がビックリしている。
「あなた、私を助けようと、自分の意思で森へ逃げてきたのよね?」
触手で丸を作ろうと思ったが、バッテンが通じなかったのを思い出したので、首基目玉を縦にブンブン振る。
「そう。着替えを手伝ってくれた時から、怪しいとは思ってたけど、やっぱり特殊個体だったのね。……あの大きな足音は遠ざかっているみたいだし、助かったみたいね。感謝するわ」
気にすんなよ!っていう為に、戻って来てくれてありがとうという為に、肩に触手を一本置いて、目玉をブンブンと縦に振る。
「そういえば、特殊個体とはいえ、なんで命令が効かなかったのかしら?」
「逃げるわよ!」は命令形だったけど「早く皆のところに行きましょう!」は命令形じゃなかったからだと思うよ。多分ね。
だから、俺の逃げた方が良いと思った方に、逃げられたんだと思う。「逃げるわよ!」だけが、命令として魔法的に受理されたんだろうな。
「それにしても、淑女の口に触手を突っ込むなんて、なんて従魔なのかしら!」
如何にも、わざと怒ってますよって感じだ。色々考える事は有るんだろうが、今は何も考えたく無いし、考えられないのだろう。
こんな、低級雑魚モンスターの為に戻って来てくれたご主人様の説教を、今日は一晩中でも、聞きましょうかね。
有難い説法では無いけれど、お嬢様のキャンキャン声の説教は、妙に耳に心地好かった。
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名前:モノリ 性別:不明
種族:モノリーフ(リーフィリア)
Lv.4/10
HP10/33
MP8/16
状態:普通
能力:《共通言語理解》《調べる》《触手Lv.3》《薬草生成Lv.1》《植物成長速度Lv.1》
魔法:《土魔法Lv.0》
称号:意思ある卵 従魔 絞殺好き
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