5話 初戦闘
「今日の授業は1日実習です。知っての通り、貴族である皆さんには領地のモンスターを討伐する義務があります。モンスターはどこからともなく現れ、人間種、亜人種、精霊種を襲い、喰らいます。授業とはいえ、倒すモンスターは本物ですので、気を抜かないように」
昨日俺が産まれた広場に、声が響き渡る。説明終了後すぐ、実習地に向けて出発となった。
美人先生曰く、貴族は領民を護る。かわりに領民は税を納めるんだそうだ。
鋤や鍬、鎌みたいな農具しか持ったことの無い農民と、子供の頃からモンスターと戦う術や心構えを学ぶ貴族では、かなり違うんだろう。
農民の子供じゃあ、剣振ってる暇があるなら、畑耕せって、親に怒られそうだしな。
それにしても、お嬢様の朝食タイムが終わったと思ったら、いきなり実戦かよ。勘弁してくれ。
従魔どうしの模擬戦からとかじゃないのかよ。
もっと、従魔の安全考えて欲しいね!従魔に人権は無いんですかァ!まあ、従魔とはいえ、モンスターに人権があるわけないんだよなぁ……。辛。
実習は何人かのグループに分かれていて、交代で一人ずつ、従魔に命令してモンスターを倒すらしい。
班には幸い、子爵も伯爵も居ない。ホッとしたのも束の間、女子だけのグループで、アルネアお嬢様は避けられていた。
原因は伯爵じゃなくて、主に俺。
無数にのたくる触手を、波打たせながら移動する、巨大な一つ目に、大きな葉が五枚目玉から直接生えた化物。女子人気は最低である。悲しいかな我がモン生。
「ア、アルネアさん。それを、なるべく近付けない様にお願い致しますわ」
班の中で、如何にも気の強そうな金髪お嬢様が、笑顔を引き攣らせながら、随分と酷いことをいう。人を指差すんじゃありません!モンスターだけど。
無性に腹が立ったので、触手を伸ばして、突き付けられた指先から、ねっとりゆっくり絡めとる。
「いやぁぁぁぁ!アルネアさん!早く離れる様にいいなさい!い、いや!気持ち悪いっ!助けて!」
ハッハッハー。どうだ、気持ち悪いだろう!やってる俺ですら、ドン引きするぐらい、ねっとりぬっちゃりした触手捌きだぜ!
「や、止めなさいモノリ!」
命令されると、触手に力が上手く入らなくなる。ふむふむ。これが従魔への命令ってやつですか。主人を傷付けない様にする、魔法的配慮かなんかだろう。
「ゼエ、ゼエ、主人の命令も無く動くなんて、本当に植物系モンスターですの?」
「申し訳ありませんですわ」
まあね!俺ってば、レアモンスターだからね!
「もし、特殊個体なら、先生に報告した方がよろしいのではなくて?」
班の中でも一際背の高い、スタイルのいい女の子からいわれるが、アルネアお嬢様は返事が芳しくない。ってか、この子本当にウチのお嬢様と同い歳なのか。二十歳ですって言われたら、信じるレベルでスタイル良いんだけど。
この子と比べるのは、お嬢様には酷だな。アルネアお嬢様含め五人班の中で、アルネアお嬢様が一番美人だけど、一番貧相な体つきだもんな。
班の他の二人も「自分の意思で動く植物系モンスターなんて、聞いたことありませんわ」とか「まあ、特殊個体なんて、恐ろしいですわ」とかね。
呑気だな、おい。流石は貴族の御息女方ってところなのか?
まだ、実習場所に着いてない移動中とはいえ、緊張感無さすぎだろ。
「では、この森でなんでもいいので、従魔に10匹モンスターを討伐させてください」
なんだ、話してるうちにもう着いてたよ。意外と近いのな。良かったよ、ピクニックぐらいの距離で。
討伐まで報告は先送りになったようだな。どうも、言いに行く気配はなさそうだ。
「この森は駆け出し向けの森ですので、Fランク以外のモンスターは、殆ど出てきません。過去数十年で確認された、1番強いモンスターでも、Dランク最弱のホフゴブリンが1体のみ」
街に近い森で、強いモンスターがうじゃうじゃしてたら、おちおち暮らしてられないもんな。
それに、毎年貴族様達の子供達向けの試験で使われてる森なら、数が多い場合や、強いモンスターは間引かれてるだろう。
「皆さんの従魔は、全てEランク以上なので、複数に囲まれない限り、皆さんも、従魔も安全です。ですので、従魔の力をキチンと確認するように。良いですね?」
油断したり、複数の敵に真っ向から突っ込んでかなければ、無事に帰れそうだな。
テイマーだから、俺が倒されるか、挟撃でも受けない限りは、お嬢様は安全な訳だし。
守る対象を気遣わなくていいのは楽だな。モンスターだから、変な気を回す必要も無いし、意外と傭兵なんかより、従魔のが楽かも。
「行きますわよモノリ」
アルネアお嬢様に声をかけられ、後ろをズルズルと着いていく。
俺以外の四体は、俺より強そうだな。
気の強そうな、艶やかなセミロングで金髪のお嬢様こと『リーア・シィベルツ・ハイソン』の従魔は、同じく性格のキツそうな水の下位精霊。名前はミューア。
炎の精霊は短気で手が出る、水の精霊は好き嫌いが激しい、風の精霊は気ままで自分勝手、土の精霊は頑固で無口。と、精霊系モンスターとの契約は非常に難しいらしい。
印象の薄い二人が、一番多く声をかけてたので、リーアは顔を覚えやすかった。
因みに、フルネームが分かるのは、先生がくれたパーティ名簿のお陰。魔法による自動記入で、討伐数が分かるそうです。凄いね魔法!便利!
そして、ウチのお嬢様と同い歳とは思えないスタイルの良さを誇る彼女は『フェネ・セン・バンネス』勝気なショートヘアで、赤味の強い髪色が特徴的だ。
従魔は巨大な風の大鷹。現在優雅に空を飛び回っていて、常に風を纏う体は、俺には触れる事すら出来ないぐらい強い。なんというか、産まれながらの強者だ。名前は確かテュペル。
くすんだ金髪でショートボブの、印象の薄いお嬢様Aの方は『クァルク・テンネ・フルトイ』
従魔は狼のモンスターで、名前はミムリ。
いぶし銀みたいな顔付きしてやがる、ダンディにダンディズムな灰色狼。
金というよりは、黄色に近いような髪色で、ロングヘアのお嬢様。俺を「恐ろしいですわ」とか言った抜けてる方は『ピュイル・センテナ・シュートケン』
従魔は魚のモンスターで、名前はイルリ。
空を自在に泳いでやがる。凄い羨ましい。ただ、テュペルみいたに、高くは行けないようだ。ピュイルの頭の上をうろちょろしている。隣の家の爺ちゃんの池にいた鯉が、こんな感じだった気がする。
俺がぶっちぎりで弱い以外は、リーアとフェネの従魔は、全体でも強い方に属するだろうな。
「テュペルが、上空からモンスターを見つけたようです。方向的に、他の班の皆さんはいらっしゃらないようですし、行ってみませんか」
「私からでいいかしら、皆さん?」
リーアがミューアと先行するようだ。
「構いませんでしてよ」
「分かりましたわ」
「そうですわね」
「それで良いと思います」
四人全員の承諾を得たリーアは、ずんずん先に行く。最初の先生からの説明が無ければ不安なぐらい、周囲を警戒せずに進んでくな。見てる方が怖いんだけど。
しかし、ウチのアルネアお嬢様は「それで良いと思います」なんて弱気だな。
男爵で発言権無いし弱気なのも仕方ないが、俺みたいな特殊個体の主人として、もう少し堂々として欲しいもんだ。
「いましてよ!」
フェネが大きな声で教えてくれる。索敵能力皆無の俺には有難い事だな。まあ、今回出るのはリーアとミューアだけど。
木々の陰から、愛らしい兎が出てきた。滅茶苦茶可愛いな。
えっ、ミューアあれに向かってるんだけど、攻撃すんの。嘘でしょ。って事は、あの可愛い兎がモンスターって事か!
どう見てもただの兎だったんだけど、ミューアが水の魔法で一撃で倒しちゃったので、どの辺が脅威なのか、さっぱり分からなかった。
下位とはいえ、流石は水の精霊だ。水魔法の威力があんなに高いとか、俺が敵でも一撃でやられてたな。
兎の死骸を、皆が通過した後に良く見てみると、鋭いサメのような歯に、短いが鋭い爪、見た目とは裏腹に硬い毛。確か地球の野ウサギの速さは、時速40キロ。モンスターだからもう少し速いと仮定すると、十分モンスターだな。この硬い毛玉に突進喰らうだけで、一般人なら重症か当たりどころが悪きゃ死ぬ。
おいおい。俺より小さい兎でも、かなりの脅威じゃん!異世界怖っ!
これってもしかすると、俺と同じランクのゴブリン俺が思ってるより強いぞ。だって、この凶悪兎、最低ランクなんでしょ?ゴブリンめっちゃ脅威じゃん。序盤のスライムと同等の経験値じゃないのかよ。
ぼやいてても仕方ない。他の三体も順調で、次は俺の番だ。なんか弱そうなのがいいな。
ウロウロしていると、茂みから不気味な声が聞こえてくる。殴り倒されて、喉を潰され、喋りたくても喋れない人間の断末魔みたいな声だ。
「ウ゛ゲェ、、イゴォグ、グルゲァ。ヴォギ、ィギュ」
実際に聞いた事が無いのに、こんな声を出す生物へ非常に心当たりがある。人間の子供程の背丈、醜い相貌、酷い悪臭を漂わせながら、残虐な笑みと共に襲いくる悪鬼。
先生の言う通りなら、ゴブリンでも、低ランクのミニゴブリンだろう。
どうも当たりみたいだ。茂みから出てくるその姿は、人間の子供よりも10センチぐらい小さい。身長100センチぐらいだろうか。
武器や防具は付けていない。素手でも人間よりは強いはずなので、注意は必要だが、最初の敵にしては上々かな。人型への忌避感も確かめられるしね。思考は人間だった頃のままだけど、その辺は都合良くモンスター的な精神になってるといいな。
「モノリ触手で攻撃よ」
アイアイマム。
さて、触手で攻撃以外、特に指示もされてないし、触手さえ使えば文句は無いだろう。
ミニゴブリンは、ニタニタしたまま、ゆっくりにじり寄ってくる。
お嬢様様は声が届くギリギリまで下がってるし、それ以外はもっと後ろだ。ミニゴブリンには、俺だけに見えるだろう。
先ずは、土魔法でミニゴブリンの足元に出っ張りでも作ってみるか。
喰らえ!土魔法!
……。
……。
……。
やっぱりLv.0じゃ無理か。
じゃあ、触手を地面から突き出す攻撃はどうだ。
お!思った通り、地面の中で自在に触手を動かせる。しかも、空中を走らせるより速い!
硬い地面だと、触手にダメージ入りそうだし、気を付けよう。
ミニゴブリンに向けて、空中にも触手を走らせる。
ミニゴブリンは、その辺の石を拾って俺目がけ走って来た。何考えてんだあのミニゴブリン!いや、なんも考えてないのか?
投げてくるわけじゃないみたいなので、地面に潜ませた触手で、遠慮なく足を絡めとる。
「ガァギィ?!」
走った勢いを止められ地面にご挨拶した。
そして、地面に縫い止めたミニゴブリンを、容赦無く空中に走らせた触手で打ち据える。
トドメの土魔法だ!
……。
やっぱり無理でした。
グッたりしたままピクピクしてるミニゴブリンの、胴体と首に更に触手を巻き付けた後、地面に潜ませた部分を全部出した。
うん。忌避感はゼロだな。流石植物系モンスター!
今の俺の力で、引きちぎれるか試してみるか。
首を上に、胴と足をした方向に思いっ切り引っ張る。
ぐりゅん。みたいな音がして、首が変な方向に曲がってからは、どれだけ強く引っ張っても何も起きなかったので、茂みにぶん投げた。
初戦闘を勝利で終えると清々しいな!
意気揚々とアルネアお嬢様の元へ戻ると、全員から「うわぁ……」みたいな雰囲気が漂ってきた。
な、なんだよ。勝ったんだからいいだろ。
「モノリやり過ぎよ。いえ、モンスターに常識を説いても意味は無いわね。モノリーフって、結構攻撃的なモンスターなのかしら?」
どうなんでしょうね?お嬢様。よく知らんけど。
名前:モノリ 性別:不明
種族:モノリーフ(リーフィリア)
Lv.1/10
HP10/10
MP8/8
状態:普通
能力:《共通言語理解》《調べる》《触手Lv.2》《薬草生成Lv.1》《植物成長速度Lv.1》
魔法:《土魔法Lv.0》
称号:意思ある卵 従魔