31話 イジャールの狂信者
ディム・アレン交流街を発って数日。
荷馬車に並走してゆったりと異国情緒溢れる(この場合は異世界情緒溢れるだろうか?)馬車道を満喫していた所に、魔導師達の襲撃だ。
アリアの連れ去りといい、変な魔導師達といい、どうにもツイてない。
野盗なんかからすれば、明らかに良い服を着て見た目も良いアリアは、間違えなく超高額商品に見えるだろうから仕方ないと言えば仕方ないが、こうも続くと鬱陶しいな。
グララウスの言ってた『イジャールの狂信者』がどんな集団か分からんけど、狙いは多分アリアだろう。
『双子の姉妹の手脚を入れ替えた悍ましい石像を讃える狂乱の隠者』
正面から黒い岩塊が飛んできて、俺の触手をサクッと五本ほど吹き飛ばしていった。
っと、今は敵の狙いが何かなんて考えてる場合じゃなかったな。早いとこアリアの予想が合ってるか確かめないと、グララウス達が全滅しちまう。
俺達の馬車に近ければ近いほど、攻撃の量も多く精度も高い。余程後ろに行かせたくないと見える。とすると、アリアの考えは当たってるかもしれんな。
『双子の姉妹の手脚を入れ替えた』
オラァ!
先程岩を飛ばしてきた魔導師を、アリアを抱えてない方の触手を、何本か束ねて殴り飛ばす。
一々詠唱が長いんだよ!
しかし、毒が任意発動で良かった。常時発動型だったら、人間を抱えたりできないからな。
敵は詠唱が長いので、近付いてしまえば倒すのは難しくない。魔導師よろしく体力と守備力が欠点らしく、低ランクの俺でも、トゲ付きの触手で全力で殴り飛ばせば、ズタズタにできるみたいだ。
触手だけの時は、ただのビンタってか、ベチベチって感じだったけど、トゲ付いただけで殺傷能力上がりすぎでしょ。植物系モンスターになったおかげで耐えられるけど、元の人間の時なら普通に吐いてた、修正必須ものの怪我だよこれは。
長い棘の荊棘で全身ズタズタにしてるの俺だけど、目の前の現実と、人間だった頃を思い出したせいで「ひえっ……」って、声出たよね。口ないから内心だけど。
俺の身体の構造を活かして、核を狙われなければ良いだけのなので、触手を盾にしてガンガン魔法に突っ込んでくスタイルで戦ってるんだが、触手の消耗が激しい。
こんなことで、敵後列まで持つんだろうか?幸い触手は数える気が湧かない程にワラワラと生えている。しかし、そんな量の触手も目に見えて減ってくると焦るものが有るね。
俺の触手は一見便利だけど、攻撃・防御・移動の全てを触手で賄っているので、減れば減っただけ全ステータスも減少してると言っていい。
森の中を大回りしてるせいもあるが、触手減少による移動速度減は否めない。遠くで戦闘音が聞こえるので、グララウス達はまだ生きてるみたいだ。すまんがもう少し耐えてくれ。
魔力感知で見ると、最後列に控えているのは三人。
馬車からかなり離れたので、相手の攻撃頻度も精度もかなり薄くなって来た。
「いい事思いついたわ!」
移動中も、俺が戦闘してる最中も、背中にぶら下がってるだけでやけに静かだと思ったら、アリアが急に声を上げた。
嫌な予感がする。
俺が人間だった頃、古今東西ありとあらゆる作品で、ジャジャ馬姫が思いついた『いい事』が、碌な事になった試しが無い。俺が読んでたジャンルが偏ってなかったとは言わんけどね。
「やるわよレルレゲント!」
何をでせうか?せめて説明していただけると嬉しいんでごぜーますが。
「レルレゲントが盾になってくれてるおかげで、たっぷり考える時間があったから、今回は自信作よ!帰ったらアレクに自慢してやらなきゃ!」
そういえばアレクが「おめー脳筋だから炎魔法しか使えねーんだろ」みたいな事を、もっと優しい言い回しで言ってたな。
「これが成功すれば、アレクに姉の威厳を見せつけられるわね!さぁ、一発で決めるわよ!」
何する気だマジで。
「ファイアプロテクション!ファイアプロテクション!ファイアプロテクション!ファイアプロテクション!ファイアプロテクション!」
直感だが、炎耐性が上がってるはずだ。
アリアの得意魔法は炎。
まさか俺を焼く気か!?
なんでお「ウィンドショット!ウィンドショット!ウィンドショット!」れを焼く……。
なんでアリアがウィンドショット使えるんだよ!風魔法はアレクの得意分野だろ!
ウィンドショットの着弾点に風が逆巻く。
「馬車で移動中暇で、こっそり練習したのよね!流石私!アレクなんて目じゃないわ!」
そういえば、アレクはこうも言ってたな。
「姉さんは勇者型」
って。
この世界において『勇者型』とは、万能の早熟型。所謂、本物の混じりっけなしの、理不尽な天才のことだ。あらゆる努力を、時間を、理屈を、才能の一点で悉く破壊する絶望の体現者だ。
仲間には勇者に、敵には死神に見える事だろう。
「ファイアーウォール!」
ウィンドショットが逆巻く場所に、ファイアーウォールを撃ち込む。
ここまでされれば、俺も彼女のしたい事が分かる。
一人ファイアストームだ。
アレクとの合わせ技の時よりも、風は弱いが炎の威力は比にならないほど上がっている。
「突っ込めレルレゲント!」
やってやらぁ……!
全速力で逆巻く炎の渦に突っ込み、中心で焼かれ切り刻まれながら、アリアを真上に放り投げる。魔物の全力だ。上昇気流も加わり、アリアが天高く飛ぶ。森の遥か上空だ。
それを見届けた俺は、踏ん張りが効かなくなり、渦の外に放り出される。
「超火力でいくわよ!ファイアアロー!ファイアアロー!ファイアアロー!」
天から降り注ぐアリアの声と共に、魔力感知で捉えられてた三人に直撃する。俺には感知で見えてたけど、アリアには見えなかったし、纏めて倒したかったから、上空に行くって発想が出たんだろう。
まあ、普通思い付いてもやらないし、出来ないし、そもそも思い付かない。
勇者型は伊達じゃなかった。
空から(ほぼ自力で勝手に空に飛んでった)女の子が落ちてくる。満面の笑みで。
そのお転婆姫を地面にキスさせない様に、触手を限界まで空に伸ばして、キャッチする。蒼穹を讃えるかのように、二本伸ばした触手で華麗に受け止める。
これは俺が美男子なら絵になったろうが、絵面は美少女と植物系モンスター。あまりにも、大勝利に似つかわしくなく、笑いが込み上げてきた。
勝利の凱旋と行きますかね。
『不浄の深緑を架ける呪われた灰色の虹』
勝利の余韻に浸りながら馬車に近付くと、黒い魔法が飛んで来た。
「おりゃぁぁ!」
「でぇりゃぁぁ!」
敵の数は減ったものの、戦闘はまだ続いていた。
後方で召喚を行っていた奴だけでは、不十分だったらしい。
魔力感知を最大限に広げるも、召喚者と思われる強力な色は見つからない。
現実逃避をしても仕方が無い。
事実だけを見れば、魔力感知に引っかからない魔導師が何処かに潜んでいる。これが唯一の真実だ。
《魔力感知Lv.4》をすり抜ける、高い潜伏能力を持った魔術師が、何処かに潜んでいる。
しかし、俺には見つけられずとも、グララウス達までが見つけられないのは何故だ?
グララウスと同レベルの上級傭兵のレンジャーが見つけられないほどの潜伏能力なんてのは、最早アサシンだ。
そんな特級のアサシンなら、街中で暗殺した方が手っ取り早いだろう。こんな、いつ人が通るともしれない場所で魔法による中規模な戦闘を、暗殺者がするとも思えない。
もしかしたら、異世界ではそういう暗殺が主流なのかもしれないけど、魔力の痕跡を辿れる魔法やアイテムが無いとも限らない。そんな手掛かりを残すようなことを、暗殺者が好んでするだろうか。
考えろ。
強く無い俺にできるのは考える事だけだ。
魔導師に、上級レンジャーの魔力感知引っかからないほどの潜伏能力が、備わっているだろうか。
後方より、馬車を中心に魔法の数、精度も上がるのは何故か。
街からずっとつけられてたか?
熟練のレンジャーの魔力感知に引っかからないほど距離を取った上で、つけることの出来る魔導師集団?そんな馬鹿な。
俺もテュペルの兄貴みたいに、空から一方的に敵を見つけられたら良いのに。
ん……?
空から一方的に……?
空から一方的に見れるならば、もしかして地下からも一方的に見れるのでは?
いや、いやいや、そんな馬鹿な。
うん。馬車の下辺りに、全力で魔力感知を使って見たけど、やはり何もいない。
まあ、そうだよな。一応熱感知も全力で使っとくか。
……。
もったいない精神って、大事だな。「両方有るんだから、もう片方も使わないともったいないよね〜」みたいな気持ちで使ったんだ。
使ったんですわ。
居たァ!地下に三人居たァ!
地下にいるから魔力感知が効かなかったのか?感知防御魔法的なのか?
成程。
良く考えたら、人間は熱感知なんて鍛えないもんな。俺みたいな植物系モンスターは熱感知に引っかからない。植物だからね。なら、汎用性の高い魔力感知を皆鍛えるよな。そりゃそうだ。
なんなら、仮死状態で獲物を待ち伏せてるモンスターにも、熱感知は効かないだろう。
傭兵なら広く使える能力を、徹底して鍛えるのは当然だ。
対人間だからこそ、出来る感知対策か。
例えモンスターテイマーが居ても、大抵のモンスターは知能が低く命令に従うだけだし、基本的に意思疎通が一方通行しか出来ない。
魔力感知対策だけに絞れば、アイテムと魔法の両方で、高い感知阻害を用意出来るだろう。
なんというか、向こうも命懸けで襲ってくるから、頭使ってるな〜って感じだ。思わず感心してしまった。
頭使ってる相手に対して。頭悪い感想しか浮かんでこない俺凄い恥ずかしい。人間じゃなくてよかった。
アリアを釣り下げて、熱感知で判明した洞窟の入り口へ向かう。
「ちょ、ちょっとレルレゲント何処行くの!?」
意思疎通方法が無いので、とにかく引っ張る。
「ちょっと、ついてくから引っ張らないで!何か見つけたのね?」
伝わるか分からないが、一応触手を縦に振っておく。
「?」
はい。伝わってないね。
着いてきてくれるらしいしいいか。
馬車から二分と移動せずに、すぐ洞窟に着いた。植物系モンスター移動速度で二分って、かなり近いな。
洞窟と言うよりは、細身の大人がギリギリ通れるぐらいの横穴って感じだ。
熱感知で見ると奥に三人いるが、やはり魔力感知にすると、誰も居ないように見える。
一応トラップを見つけられるように、魔力感知を発動しているが、何も引っかからない。熱感知にも、三人だけだ。
まあ、自分達が隠れ潜む洞窟の危険生物を放っておいたりしないだろうし、見つからない前提の洞窟に、わざわざ出入りに不便なトラップなんて仕掛けないわな。
「洞窟?まあ、良いわ!先入ってるわよ!」
えっ!待って!
本当に怖いもの知らずだな。
若いって怖いねぇ……。
アリアに続き、俺も触手を器用に動かしてぬるんと入る。我ながら気持ち悪い動きしてんな!
てか、仮にもモンスターテイマーが、普通盾となるモンスター置いて先に行くかよ。危ないだろ。
「なんだ貴様らは!?」
「何故ここが!」
「子供……?いや、モンスターテイマーか!」
横穴は狭く、すぐに見つかるが、相手は魔導師。距離が近ければ近い程有利な上に、下は地面で俺は最高速度で触手をぶつけられる。
「植物系モンスター等焼き払ってくれるわ!ファイアアロー!」
「モンスターテイマーといえど所詮子供!ホーリーフレイム!」
「スティンガープラント等、我等には雑魚よ!ファイアシュート!」
三つの魔法が、即座に且つほぼ同時に放たれる。残念だが、触手を盾にすれば、そんな魔法名だけの詠唱なんぞで俺の防御は抜けない。
そう思って、堂々と構えていると、アリアが急に前に出た。
「貴方達素人?そんなの、私の炎の前じゃロウソクよ!ファイア!」
三人とはいえ、作戦の要を担うこの三人は『イジャールの狂信者』の中でも、高レベルの魔導師だろう。
その三人魔法を、同じ魔法名だけの詠唱で、たった一人で消し去る。
アリアは戦闘経験が薄い事を除けば、殆ど反則的なまでの爆発的な魔力と才能を持っている。
戦う相手が悪かったな。
お前らが長年かけた魔法の研鑽を、彼女は才能だけで踏みにじる。
絶望と共に逝け。
「ばか……な」
これで終わりだ。
無い耳を澄ますと、地上の戦闘音も止んでいる。
さて、帰るか。
「ふう。呆気なかったわね」
悪役の最後は驚く程に呆気ない。大体そういうものだ。
勇者の絵本なら、たった一行で解決される程度の出来事だろう。
本当に人間じゃなくてよかった。人間の頃の俺が、目の前の才能に絶望している。
俺は植物系モンスターなので睡眠を取れない。テイムされている体なので、四六時中彼女と一緒にいる。彼女が風の魔法を練習したのなんて、数えられるくらいだ。
アリアは満足気だが、俺は折角の勝利を素直に喜べないでいた。
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名前:モノリ 性別:不明
種族:スティンガープラント(ヴドァ)
Lv3/30
HP90/90
MP60/60
状態:普通
常時発動:《共通言語理解》《擬態Lv.4》《触手Lv.10》《触手棘》《熱感知Lv.4》《魔力感知Lv.4》
任意発動:《調べる》《薬草生成Lv.2》《植物成長速度Lv.2》《植物鑑定》《水汲みLv.3》《血液吸収》《毒Lv.4》
獲得耐性:《恐怖耐性Lv.4》《斬撃耐性Lv.5》《打撃耐性Lv.3》《刺突耐性Lv.2》《火耐性Lv.2》《風耐性Lv.1》
魔法:《土魔法Lv.0》《魔導の心得Lv.0》
称号:意思ある卵 従魔 絞殺好き 逃走者 雑用係 危険な棘
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