15話 森中心
「さて、慎重に行きましょう」
「そうね、モンスターも強くなってるし」
「幸い、強い分数が少ない。遭遇しないように気を付けよう」
「「はい」」
数が少ないのは、有難いな。警戒が楽だ。
森の中を川沿いに進んでいる。モンスターの数は、事前の想定通り疎らだ。
やはり、何度か話し合った結果お嬢様達は街の方へは戻らない、という結論を出したらしい。進むのも戻るのも、どっちもどっちな気がしてきたな。
「もし、この気配のモンスターが、出てきたらどうします?」
「森王か?戦えそうなら倒す。無理そうなら逃げる」
「ガルアは、指揮官向きだな」
「俺は何に向いてると思うっすか?」
「ん〜……女性兵の士気の向上とかか?」
「実力って言うよりは、顔面効果だけですね」
「テネセは、女性に人気が有るからな。それに、士気は大事だぞ」
この三人、本当に騎士好きなんだな。美少女二人と歩いてて、話す内容がそれかよ。
そしてしばらく進むと、前々から感じてた非常に危険な気配を、誰もが濃密に感じる場所まで辿り着いた。
慣れない森の中で過ごしていたせいで、精神的に消耗してる我々に、戦うという選択肢は無い。
キュプロクスの時程ではないにせよ、ハッキリと伝わってくる死の気配。まるで、見えない虎の尾を踏んでいる気分だ。
不可視の境界線は、如実に、踏み入る事罷り成らぬと、教えてくれている。
戦闘経験の浅い俺でも分かる。それこそ、大軍や大英雄でも引き連れて来なけりゃ勝てない。迂回するべきだ。良くて餌、悪くて玩具。
ほんの少しでも戦意を持っていた、少し前の俺に言ってやりたい。「馬鹿め」と。
「どうします?グランセルドさん。マジで行きますか?」
「貴方が行くというのなら、私はついて行きますが」
「森王が、縄張りへの侵入者を、生きて返してくれると思うか?」
「普段の俺なら『余裕っすよ』って、調子乗りますけど、無理ですね」
「逃げる時間を稼ぐ。なんて言葉も、白々しいです」
同意だ。でも、どうする。この川から離れれば、延々と続く森を彷徨うしかない。
幾ら兄貴が、上から見えるっていっても、地平線の向こう側が見えるわけじゃない。道を、方向を、見失う可能性だってある。
「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ!」って戦国武将が居たらしいけど、俺に居て欲しいのは息してるだけで褒めてくれる仲間。
遭難と森王の二択とか、要らんのだけど。
一難去ってまた一難とか、主人公だけでいいんだが……。
「一度川から離れましょう」
マジか、フェネ姐さん。近くに水場とか無いんだぞ。
「森王は、温厚だと聞き及んでいましたが、まさかあれ程の力とは、横を通り抜けさせてもらいたかったのだけれど」
「原因は、先日のアレであろうな。奴等気がたっている」
「魔王でしょうね。モンスターが、活発になっています。まさか、森の王にすら、影響していたとは、思いませんでしたわ」
フェネ姐さんとガルア子爵は、小難しい話が好きみたいだな。
だがどうにも、議論を活性化させてる場合じゃ無いらしい。
無音の森。
刹那の殺気。
鋭い声。
我々の数センチ上を掠めた大爪は、直ぐ近くの巨木を、いとも簡単に薙ぎ倒した。
あとほんの少し、テュペルの兄貴が鳴くのが遅ければミンチになってたな。
「そんな……!」
「……まさか」
「馬鹿な!」
「嘘だろ!森王が、あの森王が、縄張りから出てきただと?いや、気付かぬうちに入っていた?」
「いいから、逃げるぞ!」
違う!目に見えない境界線は、確実に此方と彼処を隔てていた!
奴め縄張りから、出てきたんだ。縄張りに近付き過ぎたんだ!
でも、なんで?こんな奇跡的なタイミングで、獣が縄張りの外に干渉するなんて、あるのか?や、考えてる場合じゃねーな。
我々の頭上に、ぬっと影が射す。
遍くものに限り無く注ぐそれを遮り、落ちた影の威容は、あまりにも馬鹿げたものだった。
どうやって、その巨体を維持してるのか。その巨体で、どうやって無音で、俺らの首まで近付けるのか。分からない事だらけだ。
しかし、確かに森の王者は眼前に君臨し、その脅威は、我々に向けられている。
銀の体毛に、3メートルを優に超える巨躯。額に紅銀の宝石を戴き、その巨躯を支える四肢は、宛ら巨木のようであった。
ルビーに銀を少し混ぜたような色合いを、なんと呼ぶのか定かでは無いが、カーバンクルの額の宝石が、幸運を呼ぶとされている意味は何となく理解した。それは、形容し難く美しかった。
灰色狼とカーバンクルを掛け合わせて、滅茶苦茶巨大化させました。って、感じだな。一言で言うならクッソ怖ぇ。
思わず宝石を賛美する程に、思考が停止してしまっていた。どう見たって、破滅の使者だろ。
どうすんだこれ?
キュプロクスの絶望と諦観が甦る。
いや、怖いとか怖くないとか言ってられるか!まともに動けんのなんか、植物系モンスターで、恐怖心の鈍ってる俺ぐらいだろ。寧ろ、植物系モンスターの俺でも、こんだけ恐ろしいんだ。生身の人間が、固まらないわけがない。
急いで五本の触手を伸ばし、残りを全部盾状にする。
俺の近い順から、五本の触手で、引っぱたいて気付けていく。
アルネアお嬢様。
フェネ姐さん。
俺の動きに気付いたのか、森王が、片腕を振り上げる。
間に合え、間に合え。
ガルア子爵。
あと少し。
テネセ子爵。
頂点から、ゆっくりと、振り下ろされる。
間に合え。間に合え……!
グランセルド侯爵。
間に合っ…………!
きっとあの巨体は、攻撃のつもりなど無かったのかもしれない。振り下ろした腕は地面を叩いた。
果たしてそれは威嚇なのか、はたまたは歩いただけなのか、それはあの化物にしか分からない。
圧倒的な力の差は、直接的な攻撃を必要としなかった。衝撃で俺は宙に舞い、彼方へと吹き飛んだ。
吹っ飛ぶ最中に、一瞬視界の端に映った皆は、しっかりと彼奴の縄張りの反対方向へ、走り出していた。
掻き消えそうなのは、意識か存在そのものか。
願わくば、皆が逃げ切れますように。
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名前:モノリ 性別:不明
種族:モノリーフ(リーフィリア)
Lv.7/10
HP12/61
MP27/27
状態:普通
能力:《共通言語理解》《調べる》《触手Lv.9》《薬草生成Lv.1》《植物成長速度Lv.1》《植物鑑定》《水汲みLv.3》《擬態Lv.1》《恐怖耐性Lv.2》
魔法:《土魔法Lv.0》
称号:意思ある卵 従魔 絞殺好き 逃走者 雑用係
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