12話 移動開始
「テュペルが川を見つけたわ」
「何処まで続いてるか、分かるかしら?」
「いえ、奥に続いてるみたいなの。川に沿って進んでいっても、村があるかどうかは分からない」
フェネ姐さんと、テュペルの兄貴と合流してから三日。誰も泉に来る事はなく、兄貴が見つけた川を下るべきか、悩んでいるのが現状だ。
少なくとも、川の上流に行く選択肢は無い。街の方角だからだ。テュペルの兄貴のお陰で、街の方角が分かった。空から見れるのはやっぱり強いな。
しかし、森の奥か。奥に進めば進む程、敵が強くなっているのは、肌で感じる。空気の振動というか、ピリピリしたものが、奥の方から流れてきているのが分かる。
索敵が全然できない俺にも、感じられる強いモンスターが居るわけだ。
行けば未知の強敵。引けばキュプロクスと魔王の兵達。
街は占領されてるらしいけど、モンスターに家や人間のシステムなんかは必要無いだろうから、占領では無く壊滅だろうな。ただの貴族学校の学生であるお嬢様達からすれば、占領も壊滅も大した差はないか。
「兎に角、森を抜けない事には始まらないわ。行きましょう」
「そうね。自力で生きてる人達とも、合流出来ると良いのだけど」
「テュペルがいれば、私達みたいに水場で過ごしてるか、森の外を目指してる人達に逢うのも、難しくないと思うんだけど」
「森が更に深くなっているから、そう簡単にはいかないわ」
「そう、少し残念ね。それにしても、随分と広い森なのね」
「森の反対側は敵対国で、攻めてこないのは、この森が広過ぎて進めないからよ。森の中心に向かう程、モンスターも強くなるし、軍は出せないわ」
魔王が復活したのに、敵対国とか言ってる場合かよ。これだから人間は……。
まだ、魔王がどんなのか俺には分からないし、復活したてで、直ぐに人間に団結しろってのも無理な話か。取り敢えず、人のいる所に出たいな。
異世界転生なのに、チートスキルを使って魔王退治どころか、目標が人の住んでる所を探すとか有りかよ。植物系モンスターだけど、もっと楽をしたいもんだ。なんだよ、火起こしすら自力って。
愚痴っても仕方ないな。聞いてくれる人もいないし。
「川への道中は、結構モンスターがいるみたい」
「やっぱり、この泉が特別なのね」
「ええ。清水の加護か、精霊でも居るのでしょうね」
「水を持っていきたいのだけど、どうしようかしら」
「モノリがいれば、いいんじゃないかな」
「一応持っておきたいでしょ」
「……そうだね。水に加護があれば、飲む以外にも使えそうだし」
流石に俺は水持っていけないから、汲むなら好きにしてくれ。
汲んだら直ぐ出るかも知れないので、椅子をせこせこと触手で編む。
椅子を編んでると、お嬢様から声がかかった。
「モノリ。椅子は疲れるまではいいわ。楽ばっかりしてて、いざと言う時に逃げられないと困るから、森を歩いて体力つけないとね」
それもそうか。奥は強いモンスターばっかりらしいし、俺の攻撃がワンテンポ遅れるのも困るから、丁度いいかな。
水も汲み終わり、歩く事数十分。
テュペルの兄貴が、鋭い声をあげる。
これは、事前に決めておいた、敵が来た時の合図だ。
一回聞こえれば、敵一体が、近くにいる。二回なら二体。三体以上の場合は戻ってくる。
ただでさえ、出てくる敵が強いと分かっているのに、こちらが数ですら負けていたら、勝てる訳が無いからな。
フェネ姐さんは、多少腕に覚えがあるらしいので、俺と兄貴、姐さんの二体と一人が戦えるという事だ。全く戦えないのは、アルネアお嬢様だけ。
無論、この場合、アルネアお嬢様の方が普通だ。戦える貴族の、しかもお嬢さんなんて、まず居ない。
貴族の麗しきご令嬢が、化け物と戦えることの方が、おかしいのである。
相手は、鍛え抜かれた男ですら、易々と跳ね除けるモンスター達だ。男だろうと、戦意すら湧かないのが普通。それと矛を交えようってんだから、フェネ姐さんには、恐れ入る。テュペルの兄貴を、従魔にするだけはあるな。
と、まあ、そんな話は置いといて、兄貴の鳴いてる方に進み出る。
触手を地面に何本か隠して、いつでも奇襲出来るようにしておく。設置距離から威力まで自由に変えられる、超高性能トラップが一瞬で完成だ。
問題は、本体が弱い為、驚かせる事は出来るけど、大してダメージにならないあたりだな。
作戦名は「触手で嫌がらせしまくって、お嬢様達の所までの時間を稼ぎ、兄貴に倒してもらうのを待つ」だ。
長い。そのまま。ネーミングセンスが感じられない。
我ながら酷いな。俺が女なら、歯牙にもかけないレベル。
よし、トラップ数は、こんなもんでいいかな。
敵は……なんだあのデカい猪!デカい!超デカイ!体高が、お嬢様よりある。体長も結構あるな。二メートルはある気がする。
「あれはグリンボアね。あの大きさだと、違うモンスターかしら?何にせよ前途多難だわ」
アルネアお嬢様がそういうやいなや、フェネ姐さん口笛で、テュペルの兄貴を呼び戻す。
「ありがとうテュペル。群れるモンスターは、知能が高いのと、弱いゴブリンみたいなのだけって聞いていたけど、そうで良かったわ。こんなのが群れで10も20もいたら、人間なんて、一溜りもないもの」
「そうね。それで、グリンボアって、Eランクの中でも、Fランク寄りだったと記憶してるんだけど……」
「この大きさだと、Dランクだろうね……」
Dランク下位ってところかな?兄貴はAかBランクだろうから、楽勝だな。
「テュペルって、どのランクなの?」
「テュペルはCランクよ。Dランク寄りのね」
あ、兄貴でも、Cランク下位だと!?!?
嘘だろ。そしたらCランクとか、超絶化け物じゃねーか!ってか、あの見た目で、グリンボアDランク下位なの?ランク大雑把過ぎるでしょ。
せめて、トリプルマイナスとか、トリプルプラス位まで、詳細にランク分けして欲しいもんだ。
こちらから目視できるという事は、大体の場合相手にも見つかってるわけで、グリンボアが突っ込んできた。
ここだ!トラップ発動!
予め地面仕込んでおいた触手を、勢い良くグリンボアの足めがけて伸ばす。絡んで動きを止められれば良し、バランスを崩せばまあまあ、ってところだが。
……。
うあああ、やべっ、スカった!実戦経験の少なさがモロに出た!
Fランクのミニゴブリンが、如何に遅く弱いか、良く分かる。
速度が違い過ぎて、反応がかなり遅れちまった。
慌てて、残ってる大量の触手を、全力で防御にまわすが、甘かった。巨体でスピーディーという反則的な威力まで昇華された突進は、数十本の触手と共に、俺の身体を数メートル後ろまで吹き飛ばした。
痛ってぇぇぇ!!!
や、生きてるまだ、生きてる。植物系モンスターじゃなかったら、確実に気絶してた!危ねぇ。
そうだ。ステータスは?残りの体力は幾つだ。
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名前:モノリ 性別:不明
種族:モノリーフ(リーフィリア)
Lv.4/10
HP10/33
MP16/16
状態:普通
能力:《共通言語理解》《調べる》《触手Lv.7》《薬草生成Lv.1》《植物成長速度Lv.1》《植物鑑定》《水汲みLv.3》《擬態Lv.1》《恐怖耐性Lv.2》
魔法:《土魔法Lv.0》
称号:意思ある卵 従魔 絞殺好き 逃走者
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たった一撃で、瀕死まで追い込まれただと。ランク差理不尽過ぎるだろ。あんなのお嬢様達が喰らったら、それこそお陀仏だ。
大丈夫。テュペルの兄貴引き付けてくれてる。早く戻らないと。流石兄貴!優秀だな。
「ちょっとモノリ!大丈夫なの?!」
大丈夫大丈夫。滅茶苦茶痛いけど、死んでないから。これ人間だったら、死んでるか、気絶してるか、戦意喪失してるけどね。植物系モンスターだから、妙に色々鈍いわ。
周りの木々が無かったら、もっと遠くまで吹っ飛んで、参戦出来ない位置まで行くところだった。幸い直ぐに戦線に復帰出来る距離だ。
兄貴が引き付けて、フェネ姐さんが横から切り付けるスタイルで戦ってるな。ただ、毛に阻まれて、殆ど姐さんの刃は徹ってない。
今度は狙いを付けて、慎重に地面から、触手で絡め取る。
いいぞ!足に巻き付けた!
足を取られたグリンボアが、ひっちゃかめっちゃかに暴れ狂う。
ぬおっ!暴れんな!千切れるだろうが!あっ、一本切れたちくしょうめ!
トラップに回してた触手も、総動員して抑え込む。
しかし、力の差は歴然で、今度は千切れ飛びはしなかったが、ものの数秒で振りほどかれてしまった。
たかが数秒。されど数秒。
撹乱をしていたテュペルの兄貴は空に上がり、フェネ姐さんの短剣は、深くグリンボアの腹に突き刺さっていた。
後は俺が触手で、数秒稼ぐだけ。兄貴信じてるぜ。間に合わないと、俺が次の突進で確実に死ぬ。
空高く舞い上がった風の主は、高高度からの急降下を開始する。深手を負い、パワーもスピードも落ちた巨体に逃れる術など無いだろう。
例え突進の方が早く俺に到達しても、グリンボアの運命は変わらない。
兄貴が降下している間も、俺の倍以上の質量を持った巨体は、どんどん距離を詰めてくる。触手等ものともせずに、眼前まで迫っていた。
触手が削れ、飛び、後は緩衝用にした触手の盾のみ。触手の僅かな隙間から見える彼のものは、後数センチで到達する。
グリンボアが、緩衝盾に触れるか触れないかの刹那、思わず死を覚悟し目を瞑った。
一秒。
二秒。
衝撃はまだ来ない。
恐る恐る目を開くと、そこには火の鳥がいた。炎では無く、返り血で真っ赤になった空の王者が。
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名前:モノリ 性別:不明
種族:モノリーフ(リーフィリア)
Lv.4/10
HP10/33
MP16/16
状態:普通
能力:《共通言語理解》《調べる》《触手Lv.7》《薬草生成Lv.1》《植物成長速度Lv.1》《植物鑑定》《水汲みLv.3》《擬態Lv.1》《恐怖耐性Lv.2》
魔法:《土魔法Lv.0》
称号:意思ある卵 従魔 絞殺好き 逃走者
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