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最終戦争

 過去の星と未来の星。

 超古代文明が存在し、しかしなにがしかの原因によって崩壊した星。

 過去に禁断魔法が大量に使用され、その結果環境が急激に悪化した星。

 片や、過去の遺産を解析しつつ技術を復活させている民。

 片や、過酷な環境で生きるために自らを進化させた民。


 この二つが接触した結果、過去の星は侵略され、未来の星が侵略した。

 世界をまたいだとはいえ、やっていることはただの戦争。未来の星の住人からすれば、統治者であるゴールバードは救い主である。

 彼は未来の星で独自に発達した『魔法』による『進化』を果たした民の中でも、最も進化した人間である。

 その側近である面々はラウンドナイツと呼ばれ、彼に次ぐ進化を果たした戦士たちであり魔法使いだった。

 そのうちの一人、変身魔法に長けた女性『モルガレッド』。彼女は戯れとして変装し、過去の星の軍に潜入していた。

 ゴールバードにとって唯一怖れるべき事態である、自棄になってからの禁断魔法の使用。つまり星の汚染を防ぐために、内側から切り崩すものだった。

 とはいえ、既に潜入が済んでいるのなら、そのまま内側から破壊すればいいだけである。

 それをしていないのだから、やはり戯れだったのだろう。


「隊長……私たちは助かるでしょうか」

「大丈夫、きっと何とかなるわ。救援が来てくれると連絡があったのでしょう?」

「そ、そうですよね」


 彼女の潜入先は、この星で最後の戦力である『戦乙女隊(ヴァルキリーズ)』。

 防弾服や無属性小銃で装備している、うら若き乙女たちの部隊の隊長である。


 およそ百人程度、しかも従軍経験も訓練もろくにない、戦乙女とは名ばかりの強制徴兵された少女たちだけで編成されている。

 文字通り、他に戦える人間がいない、若い大人や男がいないからこそ、最後の最後でやむなく武装させられた面々。

 その中で、モルガレッドは薄い笑いを浮かべていた。余裕の笑みであると同時に、嘲笑であった。

 当然、彼女はゴールバードから連絡を受けている。

 仮に玄武から救援があり、この星の生き残りが他の世界へ避難すれば、そのまま自らを目印にして他のラウンドナイツが攻め込んでくるだろう。

 そうでなければ、自分以外が皆殺しにされるだけだ。なんとも楽な話である。

 そう思えば、進化していない面々に囲まれることも、決して苦ではなかった。


「な、なんでしょうか!? この音は」

「まさか、ゴールバードの手先が?!」

「それを確かめるのが私たちの仕事でしょう?」


 青龍の残骸の中に、不気味な音が反響していた。

 間違いなく、この残骸の外に何かが接近しているのだ。

 襲撃の予定を聞かされていないモルガレッドは、既に外部に接近しているものがゴールバードの軍ではないと知っていた。

 だが、だからこそ彼女は笑うのだ。

 玄武の主が、如何に愚かな選択をしたのか、それを察したのだから。



 いよいよ、最後の時が訪れた。

 一睡もせずに外を見ていたクレオパトラの視界に、幾多の飛行戦艦が映っていたのだ。

 青龍の残骸、その中で外を見ることができる破損個所の中で、彼女は三日以上寝ていなかった、とは思えないほどに叫んでいた。


「ナイル!」

「ああ、わかっている!」


 仮眠をとりつつ彼女のそばにいたナイルは、大慌てで他の面々を呼びに行った。

 朝焼けの空、巨体のわりに静かな魔導艦は、それでもゆっくりとこちらに向かってくる。

 希望の星であり、希望の船だった。

 たとえあの船に搭載されているあらゆる兵器がゴールバードに通じなかったとしても、自分たちをゴールバードの手が届かぬ世界へ連れ出してくれる、最後の希望だった。


 大慌てで、残存している戦力と首脳陣が残骸の『正面入り口』から出ていく。

 全員が、有能ではなく生存している、という理由で最後のトップとなった彼女たちは、一切身だしなみを取り繕う余裕も、整列するだけの秩序も、笑顔を取り繕う処世術もなかった。

 ただ、避難民ではないというだけの全員が、まだ避難民を守る義務を背負った全員が、巨大な船を下から見上げていた。


小鬼(ゴブリン)級魔導艦……本当に、完全に動いている」


 小さな村をすっぽり覆う、どころではない巨大な浮遊戦艦。その名称が小鬼というのは一種皮肉だろう。

 古代の技術がそのまま残存し、現代に現れたという感動にナイルは開いた口がふさがらなかった。

 そして、そんなことよりも。

 二十隻の巨大戦艦の内一隻だけが、地面に降り立ち、そのまま入り口を開いた。

 地面に触れている壁面が稼働し、そのまま通路となる。

 そして、緩やかな坂となった壁の内側を走ってきたのは、古代兵器である人型戦車であった。


 人間ではなく戦車。それも健在だった過去の星でも、再現不可能とされた六属性混合型連射式魔導砲を両腕に装着している、最強の人型戦車。

 それが如何なる可能性を秘めているのか、想像した彼女たちは体を硬直させた。


『ごほん』


 戦車を遠隔操縦しているであろう、人間の咳払いが聞こえてきた。

 恐怖と期待の入り混じっている彼女たちだからかもしれないが、通信の向こうの操縦者が迷っているようにも感じられた。

 そして、その恐怖を助長するように、人型戦車の背後から大量の人型ゴーレムと運搬車が現れた。

 まだ、わからない。

 果たして、第一声はなんなのか。旧人類の味方なのか、新人類の味方なのか、それがわからない。

 まだ、どちらにも転びうる。


『貴女が、クレオパトラか?』

「はい、そうです」

『通信を受けて、ここに来た。既に、ゴールバードとも話を済ませている』


 一瞬の静寂。

 少なくとも、その場の面々は一切の音が頭に入らなかった。

 あるいは、遠くから見ている、避難民たちも同様に固唾を飲んでいた。


『ゴールバードは、君たちを敵だといった。君たちを俺が救助すれば、そのまま俺のことも敵とみなすと言っていた』

「……」


 感情的な面を抜きにすれば、ゴールバードに味方するメリットはあっても、この場の残存人類を救助するメリットはない。

 それこそ、疲れ切った老人と女子供だ。助けても、なんのうまみもない。

 ただ、ゴールバードと敵対することになる、デメリットだけがあるのだ。


『その、クレオパトラ。もう一度、良好な通信状態の上で、聞きたい』

「なんでしょうか」


 宗教的な理由なのか、法律的な理由なのか、それとも感情的な理由なのか。

 通信の主は、静かに尋ねた。


『何をどうしてほしいのか、もう一度言ってくれ』


 この場の面々をどうとでもできる彼は、意思表示を求めていた。

 他でもない、最高権力者に尋ねている。誰もが、彼女に視線を集めていた。


 貴方だけでも逃げてくださいだとか、ゴールバードと敵対してはいけませんだとか、私たちのことは見捨ててくださいと、言うべきなのかもしれない。

 しかし、そんな余裕が彼女にあるわけもない。

 口にする言葉は、当然悲鳴だった。恥も外聞もなく、懇願する。


「助けて!」

『わかった、助けよう』


 泣きじゃくる彼女の脇を、大量の輸送車が走っていく。

 それの意図するところは、避難民の収容だった。

 人型ロボットは、それこそ避難民の補助に他ならない。


『一応念のため、二十隻もってきた。申し訳ないが、全員を一隻に乗せるのではなく、分割して収容させてもらう。最後の一隻に、この場の面々を乗せたい』


 整列している面々が、唯一の特別であると察しているのか、通信の向こう側で彼はそう頼んでいた。

 もちろん、それに逆らう者は一人もいない。

 逆らうという発想さえなく、誘導に従って乗り込んでいく。

 超古代文明の遺産が、完全な形で自分たちを迎えていた。

 その感動に、誰が逆らえるだろうか。避難民たちは人型の機械や無人の輸送車にさえ感謝しながら、小鬼級魔導艦に乗り込んでいく。


「うふふふ……馬鹿ね」


 そう、最後の一隻に、敵の間者さえ搭載して。



 助けが来た。

 自分たちが最後の人類だと思っていた彼らにとって、それがどれほどの救いかなど語るまでもない。

 徴兵に徴兵を重ねたせいで、老人と子供しか残っていない避難民たち。

 悪意によってもてあそばれて、隅へ隅へと追いやられ、過去の遺跡に縋り付いていた旧人類。

 もはや生きる望みなどないと思いかけていたその時に、先祖が建造した超巨大な魔導艦が現れた。

 運命を感じたとして、誰が咎められるだろうか。

 彼らは製造されたばかりのような、太古の遺産の中でへたり込む。

 全員に温かい食事と清潔な毛布が配られ、怪我や病気をしている人はロボットに運ばれて適切な治療を受けていた。

 そして、内部に一切揺れを伝えることなく、五隻の魔導艦は飛び立っていく。


「……本当に助かったのね」

「まだ油断はできんぞ、少なくとも大気圏を離脱するまではな」


 旧人類にとって、新人類は想像の埒外にいるといっていい存在である。

 もしかすれば、宇宙に脱出しても追跡してくるかもしれない。

 しかし、そんなことを言い出せばキリがないのも事実。相手が多少は生物として節度を保っていることを期待しつつ、最後の船に乗り込んだクレオパトラとナイルは窓の外を見ていた。

 いいや、二人は案内された部屋から『外』を見ているだけだ。案外、それは精巧な外部の映像であり、窓ではないのかもしれないが。

 ともあれ、この船が宙に浮かんでいるところは見ている。この映像が嘘だとは、思いたくないところだった。

 窓ではないのかもしれないが、とにかく大きく外を映す壁がある。というよりも、その部屋の一面はまるまるその壁だった。

 その部屋はかなり大きく、ヴァルキリーズや首脳陣を丸々収容しても、それこそなお余りある。それだけ広い部屋にもかかわらず、一面がすべて映像を映す壁だった。どれだけ大きい『窓』なのか、語るまでもないだろう。

 その部屋には当然のように椅子や机、それだけではない多くの、休憩するための嗜好品が揃っている。当然、材料がどんと置かれ、レシピが大量にあり、台所のセッティングまでされているわけではない。普通に、完成品が客をもてなすように並んでいた。

 しかし、誰もが椅子に座ることも、飲み物で乾いた喉を癒すことも、菓子を食べてレーションばかりだった食生活に潤いをもたらすこともない。

 だれもが、不安げに『外』を覗いている。

 何時ゴールバードの手先が来るのか、気が気ではなかったのだ。

 彼らから身を守る術はただ一つ、距離をとることだった。とにかく、祈るしかない。

 実際には、既に、まさに、この船の中に、彼女たちのただなかに、手先どころか側近が潜んでいるのだが。


「……なんでしょうか、アレは」


 クレオパトラが、眼下で異変を発見した。

 敵が来たとかではなく、彼女たちが先ほどまでいた青龍の残骸が、わずかに光った気がしたのだ。


「これは、光の信号だな。光の点滅で、情報を伝えるものだ。とても原始的な、遠距離の通信手段だよ。翻訳しよう、幸い、とてもゆっくりだ」


 考古学者でもあるナイルが、青龍に残されていた外部のライトの点滅を読み取る。

 それは幸い、暗号化されていなかった。内容は、とても単純である。


 こちら、『鬼神級魔導艦青龍』。搭乗員の受け渡しを完了した。

 これにより、当機はすべての記録を破棄し、すべての機能を停止する。


 その短い言葉には意志が詰まっていた。

 もはや『死体(スクラップ)』かと思っていた太古の遺産は、しかし確かに意志を持って自分たちを守っていたのだ。

 そして、本当の意味で停止し、死を迎えようとしている。

 偉大なる先人たちに建造された、先史文明最強の魔導艦は、本当の意味で役目を終えようとしているのだ。

 直後、彼女たちの乗っている船も、照明を点滅させた。

 それは青龍のゆったりとした、死ぬ間際の瞬きのようなものとは違う、確かな命を感じさせる機敏さと健常さをもっていた。


 こちら、『鬼神級魔導艦玄武』。搭乗員の引継ぎを完了した。

 これより当機は、この星を離脱し新天地へ向かう。


 その返答を、青龍が感じ取れたのかわからない。

 しかし、青龍は次の信号を送った。


 武運を祈る

 

 直後、青龍の残骸は、音を立てて崩れた。

 いいや、流石に外部の音までは拾えない。しかし、かろうじて内部構造を保っていた青龍は、最後の力を振り絞るかのように自壊した。あるいは、最後の力が尽きて崩れ去ったのかもしれない。

 そして、それに対してこの船は応じなかった。

 この場にこれ以上とどまることが、それこそ青龍への侮辱であり冒涜であるかのように、急速に上昇を速めていく。

 それはまさにこの星の重力圏を突破するための速度であり、搭乗員たちを安全地帯へいざなう加速だった。

 そして、故郷は小さくなっていく。それどころか、かすんで消えていく。

 雲を超え、大気を超えて、磁場さえ超えていく。あまりにもあっさりと、一万年以上の時間を超えて、彼女たちは先祖同様に星を脱出していた。

 大気圏を突破したからか、どんどん船は加速していく。

 そのまま、星全体が壁に映るようになり、小さくなっていった。


『聞こえるだろうか』


 そこにきて、ようやくこの船を送り届けた男からの声が聞こえてきた。

 やはり、この船には乗り込んでいないらしい。外部からの通信ということだった。


「はい、聞こえます」

『そうか……まず、いろいろと言いたいことはあるだろう。なぜ健在な魔導艦を保有しているのか、とか。しかし、それに答えることはできない。また、姿を見せるつもりもない』


 音声自体は未加工のようだが、とりあえずその部屋全体に聞こえるような、通信というよりは放送に近いことをしていた。


『というのも、この船や玄武でも、ゴールバードやその配下に傷一つつけることができなかった。であれば、仮にゴールバードの手先が避難民に変装していたとしても、見破ることができないということだ』

「そうですね……それは正しいです」

『五隻に分けたのも、そのためだ。こんなことは言いたくないが、最悪の場合その船を破棄し、搭乗している避難民もろとも外部から破壊する。そうした関係上、この船を玄武で回収するつもりもない。あくまでも編隊を組むだけだ』

「それで、十分です。感謝を」


 つまり、姿を見せず声だけ、というのも警戒の一環なのだろう。

 もはや迷信を怖れているに等しいので、モルガレッドは笑いをこらえるのが大変だった。

 とはいえ、警戒そのものは正しい。なにせ、この船にモルガレッドは密航しているのだから。

 そして、警戒は無意味だ。彼が警戒しているように。モルガレッドの変装を見破ることなど、できるわけがないのだから。


『つもる話もあるだろうが、とりあえずすべての船の避難民は、今のところ無事だ。既に避難先の『世界』も設定しているし、世界間移動をおこなう。小鬼級の船には本来不可能だが、玄武のバリア範囲にいれば問題ない』


 とにかく、さっさと逃げよう。

 その提案に、誰もが頷いていた。

 モルガレッドにとっても、とても有益な判断なので妨害する意味もなかった。


「あれが、玄武……。完全な鬼神級魔導艦か……」


 進む方向が変わったのか、それとも外部を撮影しているカメラの向きが変わったのか、母星に変わってこの船の母艦である玄武が映った。ナイルは、その威容に感嘆する。

 青龍の残骸によく似た部位も見受けられるが、とにかく宇宙空間ということで、比較対象もなく大きさがわからない。

 しかし、少なくとも健常な船に見えた。それだけで、とても心強い。


『……その、なんだ』

「なんでしょうか」

『もうバリアの範囲に入ったんで、ワープを行う。ワープ中に、その、とても、大事なことを言う。今言わず、申し訳ない』


 深刻そうな言葉を聞いて、モルガレッドを除く全員の心に嫌な予感がした。

 しかし、前以上に状況が悪くなるとも思えないし、そもそも事後承諾も減ったくれもないほど、今の彼女たちは疲弊している。

 クレオパトラ本人をして、言われるがままに頷くつもりだった。

 いや、他の機能がまるで生きていない。

 疲れ切ったうえに安堵していて、今にも死にそうなのだから。


「……助けてくださった貴方を、一体だれが責めるというのでしょうか。私は、私の臣民は、貴方にすべてをゆだねます」


 元々彼女は、ただの代理人である。残り少ないとはいえ、残存している人類の命運を背負う気概などもともとない。

 親切な誰かが、それを担ってくれるのであれば、喜んでそうしていた。

 彼女は、自由や判断を相手に差し出していた。それこそ、なにもためらうことはなく。


『……』


 その言葉が、通信先でどんな意味を持つのか。

 それは彼女にはわかるまい。

 しかし、明らかに周囲の様子がおかしくなっていく。

 それこそ、夜空そのものである宇宙空間が、極彩色に変わっていくのだ。


「これが、ワープ。新しい世界への道か」


 ナイルの言葉通り、玄武はバリアで小鬼級魔導艦五隻を守りつつ、世界間移動を始めていた。

 通常の宇宙空間とは異なる、色に満ちた世界。

 それこそ、新人類にとっても地獄であり、ゴールバード以外では突破できない死の世界である。

 そんな世界を、大量の旧人類を乗せたまま移動できる。なるほど、古代文明は本当に偉大な魔法技術を持っていたのだろう。


『……その、なんだ。うん、クレオパトラ。そして、その配下の方々』


 重苦しい口調で、通信先の彼が語り始めた。

 それこそ、なかなか言い出せないことだったのだろう。


『ワープを行ったタイミングで、その、君たちの母星と、ゴールバードの母星へ攻撃を行った。玄武の主砲を用いた、最大の攻撃だ。しかし……ゴールバードの居城は、その、無傷だったらしい』


 モルガレッドにとっては、確認するまでもないことだった。

 なるほど、確かにゴールバードの手先がこの船に乗り込んでいるのなら、それこそ伝えるわけにはいかなかっただろう。

 旧人類を助けることがゴールバードとの全面戦争を意味するのであれば、助けると同時にゴールバードの支配圏へ攻撃することは、極めて正しいだろう。

 この世界の文明で、攻撃することが無意味であるという点を除いては。

 そう、旧人類では新人類を倒せない、ちゃんとした理由があるのだから。


「そう、ですか……」

『おそらく、ゴールバードは健在だ。奴の居城は、完全に原型を保っている』

「いえ、たおせればそれが一番だったでしょうが、仕方がありません。ご自分を責めないでください」


 クレオパトラは、残念に思いながらもねぎらった。

 そう、憎い相手ではあるが、とにかく自分たちのことが大事である。

 少なくとも、咎めることなどできない。なぜ声の主が、ここまで卑屈になるのかわからないほどだ。


『……今のは、悪いニュースだ。いいニュースもある』


 既に、救援にきて、新しい世界へいざなっている。

 それよりもいいニュースなどあるわけがないが、それでも、彼女たちは期待していた。


『ゴールバードの配下の過半を、殺すことに成功した』

「そんなバカな?!」


 モルガレッドは、声を張り上げてしまった。

 いいや、ありえないとは分かっている。しかし、聞き捨てならないことだった。

 とはいえ、それはヴァルキリーズの隊長に扮している彼女としては、避けるべき目立つ言動だった。

 冷静に失言を悟り、周囲を見る。

 しかし、心象こそ違えども、誰もが同じことを考えていたらしい。

 つまり、どうやってゴールバードの配下を倒したのかと。


『……とても、悪いニュースがある。いや、ニュースというよりは、事後通達か』


 誰もが知っていることがあり、誰もが憤慨していることがあった。

 つまりは、ゴールバードは彼女たちの故郷を、母星そのものを侵略したがっていたということだった。



『君たちの母星と、ゴールバードの母星に、巨大隕石を衝突させて破壊した』





 『未来の星』で生きていた新人類は、その星の過酷な魔法汚染に耐えられる肉体を得ている。

 しかし、当然ではあるが汚染された環境よりも、汚染されていない環境のほうがいいに決まっている。

 彼らにとっての新世界、開拓地に、多くの臣民が移住を開始していた。

 原住民を騙し、ゴールバードが建設させた旧世界とつなぐゲートを通って、誰もが安全に移動している。

 そして、先遣隊が切り開いた、原住民である旧人類を追い出した土地で、彼らは生活を始めたのだ。


「ねえ、パパ! 本当にこんなに食べていいの?」

「ああ、もちろんだ」


 新人類の家は、ある意味では原始的だ。それこそ、魔法的な設備も電気的な設備も一切存在しない。

 それこそ、とても牧歌的な家に彼らは住んでいる。

 父親が魔法をつかって、現地の材料を使って即興で建設したその建物は、侵略者が作ったとは思えない温かさを持っていた。

 何分、彼らにとってこの世界はとても安全で過ごしやすい。

 生物として上位であり強力だからこそ、簡単な家でも大丈夫であるといえる。


「ええ、これからはずっとこんな生活ができるのよ」


 母親も、とても幸せそうだった。

 子供が満腹になること以上に、親にとって誇らしいことはない。

 今までとは違う、新天地での生活。それは正に楽園への移住だった。


「……ねえ、パパ」


 しかし、ごちそうを前に子供はとても思い詰めていた。

 そう、彼は見たのだ。この世界で元々暮らしていた原住民の、その家の残骸を。

 彼らに会った生活を、自分たちの親世代が破壊したことを。


「きゅうじんるい、の人たちは、どうしているのかな」


 ある意味では、子供故のやさしさであり、考えすぎていることだった。

 それにたいして、両親は優しく笑いながら正しいことを伝える。


「……いいからよく食べなさい」

「そうよ、まずは食べましょう」

「でも、その人たちもお腹すいているかもしれないし……」


 言っても仕方がないことを、しかし彼は悩んでいた。

 それに対して、父親は優しく諭していた。


「いいか、よく聞きなさい」

「うん」

「確かに、パパたちは酷いことをしたかもしれない。でもね、それは必要なことだったんだ」


 自分たちがしたことを、悪だとは父親も思っている。

 しかしそれは、必要悪であり恥じることではないと思っていた。


「あのまま私たちの母星で過ごしていれば、お前の子供や孫の世代には、食料が完全に生産できなくなっていただろう。そうなれば、いよいよ全滅するしかなかった」


 難しいこと、怖いことを彼は語る。

 それが、息子に必要なことだと信じて。


「だから、そうしたんだ。ゴールバード様は、この美しい世界を、お前やその子供の世代に与えるために、こうして行動をした。そして、それを私たちも支持したんだ」

「追い出してもよかったの?」

「ああ、そうするのが一番だった」

「仲良くできなかったの?」

「元々この星で暮らしていた愚かな旧人類たちは、私たちの元々の星と同じように、禁断魔法を使って環境を汚染させようとしていた。放っておけば、この星も駄目になっていたかもしれない」


 全面的に間違っているわけではないが、一部でそういう動きがあったことも事実である。

 加えて、汚染魔法を開発していなかったとしても、侵略していた可能性もある。

 しかし、子供にはあっさりと届いていた。


「そっか……じゃあこの星にとっても、良かったんだね」

「その通りさ、だから安心しなさい。愚かな旧人類に、この星はもったいない。これからは私たちがこの星の主になり、大切に守っていくんだ」


 温かい一幕であり、母親が涙ぐむほどに幸せな晩餐だった。


 最後の、晩餐だった。



 さて、旧人類は愚かなのか。

 そうなのかもしれない。

 しかし、彼ら新人類は勘違いをしていた。

 愚かであるということは、必ずしも劣っているというわけではないということを。

 

 そして、旧人類の魔法に対して、武器に対して、無敵を極めたからこそ忘れていることがあった。

 いいや、とても根本的なことを知らなかった。


 戦争とは、原則として上を取ったほうが優位である。

 なぜなら、高いところから低いところを攻撃するほうが、低いところから高いところを攻撃するよりも簡単だからである。

 世界を隔てるだとか、新人類だとか旧人類だとかそれ以前に、玄武は宇宙船としての機能を保っていた。

 それをゴールバードは、重く考えていなかった。


 そして、愚かさを侮っていた。

 確かに愚かな旧人類に、賢い新人類の力は測れない。

 しかし賢い新人類が思いついても実行に移さないことを、愚かな旧人類はためらいつつも行えるのだ。


「あれ、パパ。なんか外が明るいよ?」

「なんだ、メテオの魔法による攻撃か?」

「大丈夫? 新しいおうち、壊れない?」

「ははは、大丈夫。旧人類の下等な魔法では、この家も私たちも、びくともしないさ」


 確かに、新人類に旧人類の攻撃は通用しない。

 魔法も物理も、あらゆる攻撃が意味をなさない。

 仮に火の魔法で彼らの周囲を窒息させようとしても、あらゆる影響が完全に無力化される。旧人類と新人類には、それほどに差があるのだ。


 しかし、新人類たちは忘れていた。

 そう、自分たちがなぜ移住先を求めたのかを。


 確かに新人類は無敵だ。

 しかし、彼らが住む星そのものは、決して無敵ではない。

 そして、星が砕ければ、宇宙空間に投げ出されれば、それこそ新人類でも生存は不可能である。


 鬼神級魔導艦玄武。

 これの主砲は、ワープ装置そのものである。

 端的に言って、命中させた対象をそのまま長距離ワープさせるのだ。

 つまり、惑星を粉々にできる大きさを持つ宇宙空間の岩塊を、これでもかと母星へ衝突する軌道にワープさせたのである。


 それによって、二つの母星とそこで暮らしていた住人たちは全滅した。

 そう、新人類たちは旧人類たちの愚かさを甘く見ていたのだ。

 自分たちが暮らせない星など、壊してしまえ。

 なるほど、愚かとは恐ろしいものである。


 そして、彼らは死ぬ。二つの星の主となった彼らは、その星を守れなかったがゆえに全滅の憂き目を見た。

 幸い、ゴールバードの城だけは存続していた。 旧人類はわからないが、何かの理由で守られていたのだ。

 ここに、因縁は結ばれた。

 ゴールバードと戦舟銀鉤の長い戦いは、こうして始まったのである。

とりあえず、ここまで書きました。

続きを書くかは、考えておきます。

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