建国記念日
「いや、おかしいだろ……」
ゴールバードとの『対談』を終えた銀鉤は、もちろん一切傷を負っておらず、損もしていなかった。
予定通り事情を聴くことはできたし、ある意味では仲間になる方法も教わっていた。
「なんでいきなり、コッチの攻撃が全然通じない敵と戦うんだよ……そういうのって、普通は中盤とか終盤にぶつかる敵だろ……最初から全く攻撃が通じないって……最初の敵って、主人公が手に入れたチートの実験台だろ……いや、それはラノベだけども……」
『六属性混合型連射式魔導砲、および衛星軌道上からの物理弾および魔導砲が、完全に無効化された原理は不明です。おそらく、異世界特有の何かだと思われます』
「……他に攻撃手段は?」
『ゴールバード、およびその配下に通用する可能性のある攻撃手段は当機に存在しません。我が世界の魔法技術では、通用しないと思われます』
なるほど、自信満々だったわけである。
なんだかよくわからないが、相手はこちらの攻撃が一切通用しない。
半減しているとかではなく、完全に無効化している。
それこそ、神話に出てくる英雄や怪物のように、あるいはカードゲームのユニットのように、なにか条件があって一定の攻撃を無力化できるのだろう。
サブカルチャーに触れている銀鉤は、そういう世界のそういう技術なのだろうと察していた。
「そりゃあこの世界も侵略されるわ……」
おそらく、この時代の文明は、この玄武を作った時代よりも後退しているのだろう。
それでは、無敵の相手に対抗できるわけもない。
グーではパーに絶対勝てないが、グーしか出せない状況である。
「つうか……他の世界も侵略するとか言ってたな……」
いっそ、放置するのも手かもしれない。
なにせ、玄武を作った世界の魔法では、ゴールバードの世界の新人類には勝てない。
だとすれば、他の世界の魔法なら、あるいはゴールバードを含めた新人類に勝てる可能性があった。
もちろん、あらゆる世界で一番強い可能性もあったが。
「しかもこっちの世界の人間を助けたら、敵とみなすとか言ってるし……」
両方を取り持つ、ということは不可能なようだった。
正直どっちにもあまり思い入れがなく、ぶっちゃけ両方と距離を置きたい心境ではあるのだが、逃げるのはともかくこちら側の残存人類を見捨てるのは気分が悪かった。
とはいえ、こちらの攻撃が一切通用しない相手に対して、宣戦布告などできるわけもなく……。
「こっちの兵器チートすぎだろ、魔法関係ないだろ、とか思ってたのに、いきなりこれかよ」
何もかもが、この船に乗ってから想像したものと違い過ぎた。
そう、いきなり星二つ分の、人類二つ分の決断をすることになったのである。
山賊に襲われている馬車を救うとか、そういう生ぬるさは一切なかった。
ある意味ではチート相応の無理難題と向き合っていた。
いや、もちろんそれを歓迎しているわけもないのだが。
「……玄武、俺はどうしたらいいと思う?」
この船を自由に動かせるというのに、一切提案ができない。
自由であるはずが、管理を求めている。
艦長であるのに、意見に従いたかった。
『一つだけ、提案があります』
「おっ、なんだ」
『この手段を用いた場合、少なくとも敵勢力の過半を壊滅に追い込めると思われます』
何やら、もったいぶっているような、そんな気がした。
聞いて楽しいような、そんな作戦ではない予感がした。
『それは、当機の主砲を用いてーーーー』
※
「申し訳ない、クレオパトラ」
「いいえ、貴女は全力を尽くしてくれました」
考古学者にして技術者である、ナイル女史。残存した人類の中に限らず、この世界がゴールバードに脅かされる以前から屈指の才女であった彼女は、その無力さを王女に詫びていた。
もう少し通信ができれば、何もかもがましだった。
助けてほしい、としか言えず。
助けに行くよ、としか言われなかった。
何時、どんな方法で助けに来るのか。誰もが不安と諦念、絶望を交えながら震えている。
それは、残存人類のすべてに共通することであり、クレオパトラも同じ心境だった。
「私が……もっと中身のある会話をできていれば……」
「いいや、いきなり救援を求めて、いきなり計画を立てられるものはいないだろう。私にもっと力があれば……何度も通信ができれば、こんなことには……」
この世界に存在する魔法技術は、基本的に道具や武器に依存している。
つまり、電池だとか燃料とされる動力源が、そのまま魔力に置き換わっているだけである。
よって、戦車や飛行船などが存在していたのだが、そのすべてが侵略者に通じなかった。
文明が後退しているはずのこの世界から見ても、相手は原始人同然の文明レベルの低さだったが、しかしなぜか一切の攻撃が通じなかった。
それどころか、こちらの防御手段もまるで無意味だった。魔導装甲だろうが、魔導障壁だろうが、存在しないかのように粉砕して貫通してしまうのである。
今青龍が展開している魔導障壁も、気休め程度の価値しかない。
とはいえ、流石に侵略者たちが宇宙空間についてこれるとは思えないし、完全な鬼神級魔導艦に追従できるとも思えないので、助けは確かにありがたかった。
だが、それが間に合うかとは言えなかった。
もともとこの世界の魔法は、侵略者に一切のダメージを負わせることができない。
そのうえ、残存しているのは訓練の足りない少女だけで構成された学徒兵だけである。
「もはや……私にできることは祈ることだけです」
「それでも、祈るしかないな。少なくとも、この土壇場で救援の望みが間に合ったんだ。これから全員が脱出できる可能性だって、ゼロじゃない」
もはや、ゴールバードと、玄武の艦長の采配にかけるしかない。
如何に無敵のゴールバード軍といえども、不眠不休で戦い続けられるわけではない。
だからこそ、こうして残存人類が立てこもるだけの時間があったのだが……。
前の攻撃から、数日が経過している。既に眼前まで迫っているとしても、一切不思議ではなかった。
※
「ふは、ふは、ふはははは!」
滅びた星、もうすぐ捨てる星の中で、ゴールバードは重臣を招集していた。
つい先ほど、まったくの新勢力とコンタクトができた。
しかも、今侵略している世界と同じ文明であり、こちらの進化した人類に一切攻撃が通じない、まさに無力な存在である。
これと接触できたことは、ゴールバードにとっても僥倖といえるだろう。
「まったく……これも我が徳の一端ということだな」
「ええ、おっしゃる通りです」
「最も進化した新人類、ゴールバード様こそあらゆる世界を統治するにふさわしいお方です」
「それに歯向かおうなど、まさに天に唾を吐くようなもの。滅ぼされて当然でしょう」
ゴールバードは得意の絶頂だった。
移住先を探していた折に、進んだ文明の遺物が残っている世界がまず見つかったことは、天の配剤としか思えない。
こちらへ一切攻撃できず、しかしこちらへの門を安定化させる技術があった。
まさに、侵略するにこの上なく都合がいい世界だった。幸先がいいにもほどがあるだろう。
「戯れにアレを潜入させておいてよかったな。それも、我が天運といったところか」
変身能力を備えた側近を、侵略先の残存人類にまぎれさせていた。
内部から崩壊させ、絶望を加速させるための戯れだったが……こうなると、まさに恰好のスパイである。
「仮に玄武とやらが残った旧人類を連れて異世界へ逃れても、奴らに作らせたあの門がある限り追跡はたやすい。むしろ、新しく世界を見つける手間が省けるというもの」
進化した人類は無敵であるが、万能ではない。
魔法技術を除いた文明レベルで言えば、明らかにこちらが下である。
しかし、知的に優れている新人類は、旧人類の作った道具を旧人類以上に使いこなすことができていた。
だからこそ、何の問題もない。
門には護衛を配備しているし、新人類の魔法による防御壁は、旧人類の如何なる魔法攻撃も物理攻撃も遮断できる。
まさに、順風満帆。
既に新世界への移住を開始しているゴールバードは、その瞳に己の臣民の繁栄を描いていた。
※
滅びゆく世界の、その月面で、銀鉤は体育座りをしていた。
その視線の先には、ゴールバードに侵略されている、青い星が存在している。
その星の命運を、彼は今その手に握っていた。
いいや、新人類の故郷であるもう一つの星の、その運命も含めてであろう。
「死んじゃおっかな……」
月面での生存を保証する宇宙服の中で、銀鉤は自棄になっていた。
人間が生存していることが不自然なこの真空に近い世界で、ふとヘルメットを外してみたくなった。
はっきり言って、死にたかった。
もう何もかもがどうでもよくなっていて、今抱えている問題を忘れたかった。
自分に与えられている裁量が大きすぎて、自分が思いのままにできてしまう命が膨大過ぎて、自分の責任で扱う力が膨大過ぎた。
自分の双肩にかかっている世界が、とんでもなく重かった。
「逃げちゃえれば、楽なのになあ……」
もちろん、逃げる自由が銀鉤にはある。
一般人であり、普通の高校生がそんなことをする必要はない。
それでも、逃げるという選択肢が選べないのは、銀鉤が普通の男子だからであろう。
まっとうな価値観をもち、倫理観や道徳をもち、人道というものを知っているからだろう。
だからこそ、この状況がつらかった。
いっそ、なにか強烈な思想や目的意識があれば、迷いなく行動できたであろうに。
破綻していても、偏向していても、異常だったとしても。
少なくとも、銀鉤の心はこんなに荒まなかったはずだ。
「死にたい……」
器量に見合わない状況だった。
それこそ、大国の政治家でも判断に窮するような、そんな議題を一人で背負わざるを得なかった。
いっそ、人工精霊とやらが自分への情報を制限して、とんでもないことをさせようとしている、という状況の方がありがたかった。
だがどうにも、そうではないらしい。
「超死にたい……」
自分が未成年でなかったなら、前後不覚になるまで酒を飲んで、酔った勢いに任せて承認していたかもしれない『過激なプラン』。
しかし、他に何かの案が思い浮かぶわけでもなく……。
結局銀鉤には三つしか選択肢が浮かばず、そのすべてを選びたくなかった。
旧人類として淘汰してくるかもしれないが、ゴールバードに恭順するか。
何もかもを忘れて新天地を目指すか。
それとも、過激なプランに手を染めるか。
「誰か、助けてくれ……誰か俺を導いてくれよ……」
仮に、自分を利用しようとする詐欺師が現れたなら、あるいは自分を意のままに操ろうという野心家が現れたなら、銀鉤はそうと知っていても己のすべてを差し出すだろう。
それほどに、銀鉤は切羽詰まっていた。
そう、今の彼には主導権と選択がゆだねられている。
二つの世界の行く末を、完全に左右する権利があった。
しかし、それは不可逆的な、つまりは取り返しのつかない選択肢が掌中にあるだけだった。
どんな選択肢を選んでも、償いようのない罪をその身で背負うことになる。
であればいっそ……このまま自決したほうが、月面で窒息死したほうがいいのかもしれない。
はるか先に浮かぶ青い惑星を、涙でにじんだ目で見つめる。
どうあがいても、息苦しい未来しかないこれからの人生を思う。
そして、絞り出た言葉が彼に最後の選択を決意させていた。
「誰でもいいから……俺を助けてくれ……!」
ほんの少し前に、自分に向けられた言葉だった。
ああ、その言葉が如何に切実なのか、今の自分にはわかってしまう。
今彼女たちは、自分と同じぐらい助けを求めている。
恥知らずな自分が助けると軽率に言ったことを信じて、見栄も外聞もなく救助を待っている。
「俺は……俺は、俺を助けることができないけど……あの人たちを助けることはできるのか」
振り向いて、そこに待機している自分の船を見る。
鬼神級魔導艦、玄武。
全長五十キロ、全高十キロ。三角錐を基本にする、超大型の宇宙船だった。
今、確かに自分にある力。
今、確かに誰かを救える力。
何もかもを破壊し、台無しにできる力。
なんでもできるがゆえに、銀鉤に見捨てることを許さない力。
「……玄武」
『何でしょうか、艦長』
「……青龍に残っている人類を救出する作戦は続行だ。そして……お前の提案を受けるよ」
『承知しました』
二つ分の星、その末路が今決まっていた。
この誰もいない星で、一人の男が何もかもを決断してしまっていた。
それは、ゴールバードと彼が始めた戦いの、第一歩だったのかもしれない。