生存者あり
『艦長、報告があります』
およそひと月ほど、月面で過ごしていた銀鉤。
あと五か月はこの玄武から外に出ることはないと思っていたのだが、その彼へ人工精霊は積極的に報告をしてきていた。
「なんだ、攻撃でも受けてるのか?」
一番短絡的に、一番問題になるであろうことを想像して、一番先に確認する。
もちろん、一番いいのは決めつけることなく、普通に尋ねることではあるのだが。
『ブリッジにいらしてください』
「……ああ、わかった」
なにやら本当に重要な要件らしい。
不穏な空気を感じ取った銀鉤は、顔を引き締めて予定外の行動に臨む。
銀鉤の後をルナティーがゆったりと追うが、むやみに体を押し付けることはなかった。
彼女もまた、この艦の人工精霊が重要な情報を報告しようとしているのだと、敏感に感じ取っていたのだろう。
艦内のワープを使用し、ブリッジの艦長席に座る。
その脇にルナティーが座り、すぐに慰められる体制になっていた。
「……報告とはなんだ」
『結論から申し上げます。衛星軌道上に複数の監視衛星を送り込んでいるのですが、母星が侵略されていることが判明しました』
「侵略……ちょっとまて、母星が侵略って言ったか? 宇宙人でも攻め込んでいるのか?」
例えば、地球でどこかの国がどこかの国を侵略したとする。
その場合は普通に、どこかの国が侵略されていますよ、と言って終わりのはずだ。
そもそも、そんなことを一々報告してくるわけがない。なにせ地球でも戦争が常になかった、なんてことはない。規模の大小の程度がちがっても、戦争は常にあったのだ。
であれば、母星が侵略されている、というのは星そのものが外敵勢力から狙われていることに他ならない。
『宇宙人ではなく、異世界の住人です』
「異世界って……」
銀鉤にしてみれば、この宇宙そのものがまず異世界だった。
しかし、この世界から見れば他の世界は全部異世界であろう。ある意味では、銀鉤が運用できるこの玄武も、異世界からの侵略といえるのかもしれないし。
「……異世界って、この世界の他にも人が住んでいる世界があるのか?」
『はい。元来、当機は異世界を探索するための多機能艦であり、世界間を航行する機能もあります。数多ある世界の中で、この世界へ侵攻する技術を持った世界が、この世界へ侵攻しているものと思われます』
「なんかいきなりスケールが大きいなあ……」
おそらく、人工精霊はかなり精密に母星を探索するつもりだったのだろう。
半年という期間も、自分が製造されてから膨大な時間が経過しているため、多くの情報を集めて銀鉤へ報告するつもりだったに違いない。
しかし、調べ始めてみれば明らかに『世界』の異なる技術によって、自分の知る技術をもった集団が攻撃を受けている。
そうであれば、精密な情報など集めている場合ではないと判断したのだろう。
『世界をつなぐゲートも確認されており、侵攻側の世界も特定できました』
「そうか……仕事が早いな」
『恐縮です』
「とはいってもなあ……世界征服かあ……地球だったら複雑だな」
およそ、世界征服というのは悪事として設定されている。
なにせ、平和な他の国や世界を脅かすのだ。この上なくわかりやすい悪である。
攻め込んでいるのが故郷の地球でした、という場合を除けば倒すしかない相手であり、ある意味では気楽な話だった。
それこそ、銀鉤が微妙に嫌がっている『典型的な主人公』ではなかったとしても、普通に倒すべき相手だったからだ。
「それで、戦況は?」
『現在、母星で生存している人類は一万人程度と想定されます』
「少ないにもほどがあるだろ!」
およそ、そこそこの街が一つか二つ残っているようにしか思えなかった。
侵略を受けているというよりは、既に滅亡寸前である。いいや、既に滅亡しているといっていいのかもしれない。
「じゃあ敵の人口は? やっぱりうじゃうじゃいるのか?」
『およそ、一千万人ほどと想定されます』
「そっちはそっちですくないな……なんで星二つの人類を合わせて、一億に届いてないんだよ」
どうやら、双方がのっぴきならない事態であるらしい。
思った以上に末期的な事態だと理解した銀鉤に、人工精霊は踏み込んでいく。
『現在母星で残存している人類は、鬼神級魔導艦青龍の残骸に立てこもり、予備魔導炉を動力源とする防御バリアの中で備蓄している食料を食いつぶし、停戦交渉を行い続けています』
「滅亡しているだろ、それ……」
『青龍に残された機能を用いて、現地との交信が可能です』
なるほど、大体わかった。
「ルナティー、ちょっとハグさせて」
いきなり男子高校生の限界をはるかにぶっちぎる状況である。
銀鉤はとりあえず現実逃避するべく、椅子に座ったままペットにしがみついてもらった。
やわらかい肉質と、モフモフ感。それらによって、緊張がほぐれていく。
ほぐれていく一方で、現実的じゃねえなあ、とも思っていた。
流石にこの状況で『異世界に転移できるんだ、じゃあ他の世界に行こうぜ』とはならない。それは良心が咎めるところである。
「玄武、仮に俺が現地住民を助けようと思ったとして、どんなことが可能だ?」
『全住民を収容するまで、最短で二日必要です。また、全住民への食糧供給も半永久的に可能です』
「……いっそなんもできません、の方がよかったな」
一万人程度なら収容可能で、いくらでも食料を供給できる。
なんだ、鬼神級魔導艦って。どんだけでかいのだ。
この世界の人類は、どれだけ文明が進んでいたというのだ。
「……わかった。それじゃあとりあえず、交信を希望することを、青龍を通じて通達してくれ」
『了解しました』
ほおずりしてくるルナティーの気持ちよさを感じつつ、この状況の末期さに絶句している
※
かつて、この星で栄えていた偉大なる文明アレクサンドリア。
人は大地さえ意のままに浮遊させ、己の望むがままに動かしていた。
星から星へ渡り、世界を隔てる壁さえ打ち破る船さえ建造し、あまねく世界を掌中に収めるかに見えた。
しかし、その文明は滅びた。なぜ滅びたのか、記録は残っていない。
しかし文明を築いた人々の末裔は、文明の残り香である遺物とともに生きていた。
もはや再び生産することができない、なぜ動くのかもわかっていない魔導の遺産。
それらにすがって、しかしある程度文明的な生活を送り、科学技術も魔法技術も、ゆっくりと取り戻していた。
あの日、ゴールバードがこの世界へ侵攻してくるまでは。
鬼神級魔導艦、青龍。
もとは聖地にして、太古の繁栄を調べる考古学的な価値を持っていた、この世界に残された最大の遺物。
途方もなく巨大な建造物として地面に埋まっているが、これは本来の青龍の一部でしかないというのだから、先祖の技術力がうかがえるという者だ。
その船の中には、今多くの避難民が身を寄せ合っている。
若い男はほぼおらず、ほとんどが年寄りと戦うこともできないであろう子供ばかりだった。
技術者たちが懸命に修理を行い、なんとか防御機能の一部を復旧させ、一時的な安全を確保している。
しかし、それが長く続かないことなど、誰もがわかり切っていることだった。
「……ゴールバードへの降伏は」
「受け入れられておりません。今のところ、最初の通りの通達だけされております」
今現在、残存人類を率いているのは、新生アレクサンドリア王国の王女、クレオパトラだった。
もちろん、通常なら王女でしかない彼女が直接民衆を導くなどありえないのだが、異世界からの侵略者に対して父王は軍を率いて挑み帰らず、その意思を継いだ兄もまた王都で民を逃がすために炎上する城を枕にした。
現在、彼女を支える重臣たちもまた、父や兄、あるいは夫や弟たちの役目を形だけでも継いだ女たちばかりである。
残存している戦力はもはや学徒兵と傷病兵のみであり、次の侵攻に耐えるどころではない。
誰もが、もはやなにもかもを諦めきっていた。
「ゴールバードは、本当に……私たちを滅ぼすつもりなのですね」
クレオパトラの言葉は、つまりは全員の認識だった。
先日までは他の残存勢力から通信があったものの、もはや完全に孤立している。
異世界から侵攻してきたゴールバードは、この星の人類をすべて絶やそうとしているのだ。
そして、その稀有壮大な誇大妄想は、実現間近である。
もはや残された民にできることは、その尊厳を守るために自決させることだけなのか。
青龍の中で比較的劣化の少ない部屋の中で、クレオパトラと重臣たちは無念の涙を流していた。
「皆に……自決用の拳銃を……」
その時だった。
とっくに朽ち果てていた被造物が、残存人類を収容していた古代兵器が、崩壊を始めたのかと疑うほどに鳴動していた。
船に存在するありとあらゆるスピーカーが、どれが動くのかわからぬとばかりに、どれか一つでも動けと『叫んで』いた。
『こちら、鬼神級魔導艦、玄武』
その機械的な音声を、避難民の一人一人が聞いていた。
すべてを諦めていた老人も、帰らぬ親を待つ子供たちも、クレオパトラも、誰もがその機械の言葉を幻聴のように聞いていた。
『繰り返します、鬼神級魔導艦青龍の搭乗員へ告げます。こちら、鬼神級魔導艦玄武。当機は交信を望んでいます』
かつて、アレクサンドリアが最盛を誇った時代に建造された、最強兵器鬼神級魔導艦。
青龍、朱雀、白虎、玄武。
そのうち三機は残骸が発見されている。あまりにも巨大な兵器のために、その残骸は大量に残っている。
しかし、ただ一機、玄武だけはただの一部品さえも発見することができていなかった。
その玄武から、青龍の残骸への通信が届いている。
それが何を意味するのか、誰もが理解して沸き立っていた。
助けてくれと、そう叫ぶ相手がついに現れたのだった。
※
その通信、放送が終わった直後にクレオパトラが下した決断は、つまりは通信設備の復旧だった。
魔導防御壁と違い、修理する必要がなかった、超光速魔導通信システム。それに対して、残っている学徒を含めたすべての技術者を動員し、何とか復旧にこぎつけた。
受信ができても、こちらから送信できなければ何の意味もない。
助けを呼べるかもしれない、生き残れるかもしれないという感動で涙を流す彼女たちは、それでもなんとか突貫工事で通信設備を再構築し、それをクレオパトラの前に設置できていた。
願わくば先ほどの放送が、この船に残された録音ではなかったことを祈るのみ。
礼服に着替えた彼女は、泣きはらした顔を化粧で隠すと、その通信機械へ話しかけていた。
「こちら、鬼神級魔導艦青龍の搭乗員、新生アレクサンドリア王国、王女クレオパトラ。鬼神級魔導艦玄武、通信願います」
一瞬の沈黙。
その部屋に集まっている技術者の誰もが、朽ちた船からかき集めた素材のすべてが正常に動くことを願っていた。
『……』
ノイズが、その通信設備から流れてきた。
『ん、音声だけか? 映像はないか……』
男の声だった、少年の声だった。
だが少なくとも、憎い侵略者の嘲る声ではなかった。
『こちら、魔導艦玄武の艦長。クレオパトラ……だったか? 感度良好だ、聞こえています、ドーゾ』
こちらの声が、届いている。
その事実だけを理解して、学徒たちは互いに抱きしめあっていた。
そして、クレオパトラは向こうに映像が届いていないことも理解して、涙を流しながら叫んでいた。
「助けてっ!」
他にいくらでも言葉があっただろうに、取り繕うべき体裁があっただろうに、彼女は大泣きしながら絶叫していた。
「助けて、ください! お願いします!」
『……ああ、その』
「お願いします、何でもしますから! 助けて! 私たちを、助けてください!」
『……いったい何があったのかを教えてほしいんだが……』
「ゴールバードが、私たちの世界を……」
ぶすぶすと、急ごしらえの通信設備が壊れていく。
助けてとしか言えていない。
しかし、それでも誰が彼女をとがめることができるだろうか。
『……とりあえず、救出用の船をおく』
救出の船を送る、という言葉を最後まで聞くことはできなかった。
しかし、確実に相手はこちらを補足しており、救援の準備がある。
その言葉だけで、緊張と興奮が張り詰めていたクレオパトラは気絶し、床に倒れこんでいた。
救助の船を送る。
その言葉が、どれだけまぶしい希望だったのか。
そんなことは、彼女たちにしかわからないことだろう。
希望の糸はつながった。それだけを願って通信していた彼女たちは、彼女たち自身はなすべきことを成し遂げたのだった。
※
「凄い切羽詰まってたな……」
銀鉤は音声だけを何とか聞いていた。
クレオパトラを名乗っている女性がいて、こっちへ助けを求めていた。
それぐらいしか聞き取れなかったので、とりあえず救助しますよと答えていた。
それを最後まで聞き取れたのかはわからないが、とりあえず、やるべきことは決まった。
「玄武、救助艇を出せるんだよな?」
『艦載されている無人機を二十機、地上へ降下させる準備は整っております』
「よし、じゃあその無人機を発信させてくれ」
『了解しました』
自分の手の中には、使い切れないほどの水も食料も生活空間もある。
そんな状況で、必死に助けを求められれば、助けない理由も特にない。
助けた後のことも考えねばならないだろうが、少なくとも水と食料は保障されているのだし、後は自分たちで何とか出来るだろう。たぶん。
「ゴールバードがどうとか言ってたな……」
こうなると、侵略した側にも一応話をしたほうがいいだろう。
一方の話だけ聞くのも、あまりいいことではない。
多くの創作物に触れてきた銀鉤には、戦争は片方が必ずしも悪ではない、という考え方があった。侵略しているからといって、絶対にどうしようもない悪人だ、とも思っていない。
窮地の彼女たちを助けるのはまあいいとして、もう片方を抹殺だ、という気分にはなっていなかった。
なにせ、自分自身はちっとも窮地ではなかったのだから。
「なあ玄武、侵略している側の世界も観測できているんだよな」
『偵察機を衛星軌道上に配備しております』
「そっちと通信が取れるか?」
『当機の通信規格では不可能な模様です』
「てことは……直接行くしかないのか?」
『偵察機を着陸させ、遠隔操作式ゴーレムを介して通信するべきです』
カメラ付きのラジコンで、遠隔操縦しろということだろう。
異世界のゴーレムを遠隔操作できる、という点を除けば完全に現行技術の延長線上だった。
「これも、日本人ツエーなのかねえ……」
日本語が異世界でも使われている、とかそんな感じの創作物は意外と多い。
この船もある意味ではそうなのだが、今銀鉤が感じているのはそれとはまた別の種類の強みだった。
なにせ、魔導とやらで動いているこの船の、設備やら装備やら理屈やらをある程度理解できている。
これが日本の五十年以上前の『若者』なら、どう説明されても首をひねっていたに違いない。
非常に高等な教育を受けているわけではないが、銀鉤は一般常識や教養、娯楽の中で出てきた概念や想像の産物を、この船の類似品として理解できていた。
「よし、それじゃあ頼む。こっちはあくまでも対話路線で」
『承知しました』
なにせ、この世界の住人とまだまともに話もできていない。
そんな状況で、どちらが悪でどちらが善などと言えるわけもないのだ。
その程度には、銀鉤にも良識があった。
「……別にそこまで英雄願望なかったんだけどなあ」
人類が一万人を切るところまで追いつめられていて、それを助けるスーパーパワーを発揮して、モテモテ。
そんな展開、今時中学生だって考えていないだろう。
少なくとも今の銀鉤は、助けてと叫ばれただけで気分が滅入っていた。
藁にも縋る人間の悲鳴は、胸に来るものがある。たとえ音声だけだったとしても、それが自分に向けられたメッセージなのだとしたら、それはとても精神的に負担だった。
「っていうか、これ勇者とかじゃなくて完全に政治家だよな」
肉体的な労力を一切用いることなく、自分の懐を痛めることもなく、ただ提案された手法に許可を出すだけ。まさに政治であろう。
もちろん高校生の身で国王になるとか、そういう系の物語も結構ある。しかし、これも実践してみると楽しいものではない。
まずそもそも、目の前にいなくても、困っている人を助けなければならないというのが心理的にきつい。
しかも、二日もかかると報告されると、重ね重ねきつい。さっき、なんか偉そうな感じの人が必死で助けを求めていたのに、二日も待たせるとか罪悪感がすごい。
ともあれ、もう判断は下したので、間に合えば何とかなるだろう。間に合わなければ、それこそどうにもなるまい。
「じゃあゴールバードだかなんだかが暮らしてる世界にロボットを投入できたら教えてくれ」
『完了しました』
「早いな?!」
『軌道上にゴーレムを搭載した無人機を待機させておきましたので』
「その理屈なら、今すぐクレオパトラさんだかを救助できるんじゃないか?」
『母星にも無人機を待機させてありますが、一万人ほどを収容することはできません』
別に疑っているわけではないが、一応確認してみるともっともらしい回答が返ってきた。
確かに一万人を最初から救助する計画なぞあったはずもないので、その説明は適切だろう。
「まあそりゃそうだが……玄武とか艦載機は、ワープできないのか?」
『惑星付近での繊細なワープは困難です。ワープ先に『受信設備』が存在しない現状では、非常に危険です』
「ああ、うん。そりゃそうか……」
この玄武の内部でさえ、ワープによって移動している。であればそのまま困っている人の元へ、とはいかないようだ。
そういうことなら仕方がない、と納得してゴーレムだかロボットだかの操縦について集中する。
「もう地表に降ろしているのか?」
『準備ができ次第投下します』
「じゃあすぐ頼む。それまでに操作を教えてくれ」
『承知しました』
座っている椅子が、わずかに変形する。
足元には二つのペダルが現れ、膝を置く股のあたりからレバーがせり上がってきた。
さらに目の前には、何やら宙に浮かぶ透明な画面が現れている。
「おお……」
『右のペダルが前進、左のペダルが後退、レバーで左右へ曲がり、レバーのボタンで武装を使用します』
「簡単すぎやしないか?!」
透明な画面には、操作するゴーレムが描かれていた。
どれぐらいの大きさかはわからないが、首がないだけで比較的人型に近いゴーレムだった。
両手の指に当たる部分が銃のようになっており、これで攻撃するのだろう。
もちろん、対話にあんまり向いていない。
「建設重機だってもうちょっといろいろレバーとかあるだろ!」
『セミオートです』
「オート率高くないか?! これって、標準はどう合わせるんだよ!」
『オートです』
「もう自動操縦じゃん!」
もちろん、じゃあ人型に近いロボットをマニュアル運転できるか、と言われたらできる自信はない。
それどころか、例に挙げた建設用の重機だってそうそう動かせないだろう。
昔のゲームでは建設重機のシミュレーターのようなものがあったらしいが、それ専用のコントローラーを見ただけでげんなりした覚えがある。
まして、仮にも二足歩行。日本の男子高校生には、そう簡単に操作できるわけもない。
「いやまあ……ぶっちゃけ全部自動でやってほしいぐらいだけどさあ……」
両手に銃を搭載しているゴーレムで、侵略者と対話。
それぐらいの装備をしていてもゴーるばーどとかいう人は怒らないかもしれないが、自分だったら対話に来たのではなく侵略に来たのだと思うだろう。
今回、侵略しているのは相手側ではあるが。
「戦争の調停とか、男子高校生に任せるなよ……いや、任されたわけじゃないけど」
究極的には、どっちも無視して宇宙の度とか他の星に行ってもいいだろう。
無視してもなんのペナルティーもないであろうし、むしろ無責任な行動を避ける意味もある。
まあ、そんなことを考えても、そんな自由を行使する度胸はないわけだが。
「まあ、聞くだけなら問題ないだろうしな」
自分が安全圏にいるからこその、浅慮。
ともあれ、ゴールバードとやらが住む星へ投下されたロボットからの映像を、銀鉤は確認しようとしていた。
「赤いな……」
『地質、大気、双方が汚染されているためです』
「汚染……汚染?! 今、汚染って言ったか? 環境汚染されてるのか?!」
なんとも懐かしい単語である。
侵略者が平和な世界へ侵攻する理由が、環境汚染によるものだとはなんともありふれている。
『この惑星全体が高濃度の魔術汚染によって、生物がすみにくい環境になっています。この付近は比較的汚染が薄いのですが、仮に一切の魔術防御を施さない状態で艦長があの地上に出た場合、数分で体調が悪化し、数時間後に死亡します』
「おいおい……そりゃあ一千万ぐらいしか生き延びてないって……」
異世界転生や異世界召喚をネタにする場合、異世界のウイルスや病気、あるいは大気の質によって日本人があっさり死ぬ……というパターンがある。
今回の場合もそれと同様で、仮に伝説の武器を身に着けていたとしても、銀鉤はあっさりと死んでいたに違いない。
「魔術汚染、ってのはよくわからないが……あれか、最初からこうだったわけじゃないってことか」
『その通りです、地質を分析したところ、おそらく百年ほど前から一気に汚染されたものと思われます』
「ひどい話だ……」
有毒らしい大気の満ちた、死の大地をモニター越しに眺める。
赤い大地には草一本生えておらず、あるのは赤い砂を被った土と岩だけ。
まるで砂嵐の中にいるように、その視界は赤く塗りつぶされていた。
見ているだけで、息苦しくなってくる。見るからに、夢も希望もなさそうな土地だった。
こんな世界で生きているのだから、そりゃあ他の世界が欲しくなるだろう。
「ルナティー……」
気づけば、ペットが自分の頬を舐めていた。
勇気が萎えていたことに気づき、とりあえず前進する。
そう、とりあえず現状は理解できたのだし、前進することにしよう。
「玄武、この世界っていうか星を、浄化できるか?」
『原理としては可能ですが、規模を考えると現実的ではありません』
「そりゃそうだ……」
如何にこの船が巨大でも、如何に先進的な技術によるものであったとしても、星一つが丸々汚染されているのであればどうにかできまい。
日本人の感覚としても不可能に思えたので、深くとがめることはなかった。
「で、とりあえず前進させてるけど……どうなんだ? こっちでいいのか?」
『移動する必要はありません、現在侵略者と思われる反応が、こちらに接近しています』
「それは先に言えよ!」
こちらにしてみれば、完全に未知の勢力との遭遇だ。
しかし向こうにしてみれば、侵略中の世界と同じ技術で作られた兵器が、いきなり自分の世界に投入されたのである。
さぞ警戒しているに違いない。下手をすれば先制攻撃されて、そのまま破壊されかねなかった。
この場合、兵器を投入したのは銀鉤が先なので、先制攻撃とはいいがたかったのだが。
『接近中の一団が速度を落とし始めました。こちらを包囲する模様です』
交渉とは言わずとも、事情だけでも把握したい。
銀鉤は念のため、攻撃スイッチのついているレバーから手を放して、対話に臨もうとしていた。
※
はるか上空から投下された『敵』の出現は、ゴールバードとその傘下にとっては寝耳に水と言ってよかった。
如何に取るに足らぬ数、相手にならぬ弱さだと分かっていても、自分たちの城のすぐ近くに落下したとあれば、無視できるわけもない。
この世界の支配者であるゴールバードは側近の精鋭を引き連れて、汚染された大気の中を飛翔し、その敵の前に到着した。
侵略している世界の技術であろう、人間よりも少し大きい程度の機械人形。
少々武装している程度のそれからは、一切人間の気配が感じられなかった。
如何に追い込まれているとはいえ、流石にこれ一機で城を攻め落とせるとは思うまい。
この個体が有害という意味での『敵』でも、敵対的な目的で送り込まれた『敵』でもないと理解したゴールバードは、あえてその反応を待っていた。
攻撃しようとした部下を静止し、しばらく動きをうかがうほどである。
『ああ、その……』
その言葉を聞いた時点で、ゴールバードは汚染された砂にまみれつつも笑っていた。
その緊張感のない声が、なにがしかの新しい刺激になると、興味がわいていたのだ。
『聞こえてますか?』
「いかにも、聞こえているぞ」
『そ、そうですか……』
「して、そのような……貧相な危険物を送り付けてきたということは、そちらに敵意があるということかな?」
あざけりながらも、当然のことを聞く。
一応ではあるが、ゴーレムは武装している。
声の主が送り込んできたのであれば、その真意は確かめなければなるまい。
『て、敵意なんてありませんって! いや、マジで! ああ、いや、その……とにかく、少し話がしたくてですねえ……』
「このゴールバードの居城の前に送り込んだのだ……つまり、この我と話をしたいということだな。二つの世界を統べ、いずれはあらゆる世界を掌中に収めるこの全知全能なる王に、謁見を申し込むとは不届きな」
くっくっく、と笑いをかみ殺すように、目の前の道化へ寛大さを示していた。
そう、相手も認めているようだが、いきなり空からこんな兵器を投下して、それで話し合いもへったくれもない。
『も、申し訳ないです……』
「よい、それで何ようだ?」
『えっとですね……なんか、そちらって別の世界へ侵略しているじゃないですか』
「いかにも、この我の事業である」
『その、なんでまた世界征服っていうか、向こうの人間を皆殺しにしようとしているんですか?』
なるほど、事情というものはある程度察しているらしい。
確かにこの風景を見るだけでも、どんなバカでもわかってしまうだろう。
この世界から別の世界へ移住する、それ自体は普通
だと受け止めているらしい。
それはそれで、少しばかり腹立たしい。
そのいら立ちを表に出すことなく、ゴールバードは威厳を保ちながら語り始めた。
「貴様……我が侵略している世界の住人ではないのか」
『え、ええ、まあ……先日こっち、じゃない、向こうの世界に来たばかりでして。ただ、向こうの世界の船である玄武っていう魔導艦の所有者でして、事情を伺えればな、と』
「なるほど、何故交戦しているのか、わからないというわけか」
『ええ……まあ』
「では、事情次第ではどうするのだ?」
『え?』
いきなり言葉に詰まる。
それだけで、この世界の覇者は高笑いをしていた。
まさに愚鈍、まさに道化である。
「やはり、旧人類は愚かだな」
『……旧人類?』
「貴様ら、蛮人のことだ。この世界の住人は、皆が儀式によって人間を超えた力と知恵をもっている。その我らからすれば、お前たち旧人類は、まさに猿のようなものだ」
『さ、サルって……』
「いいだろう、では猿にでもわかるように語ってやるとしよう。この世界の旧人類と、向こうの世界の旧人類の、その滅ぶ原因をな」
ゴールバードの住むこの世界に、彼が言うところの旧人類は一人も存在していない。
それはまさに、この環境を見れば明らかだろう。ゴールバードが意図して保護しない限り、この世界で旧人類は生存できまい。
「見ての通り、この世界は既に滅びている。それもこれも愚かな旧人類が、徒に魔法を使用して世界を汚染した結果だ」
それは、偽りない真実だった。
そう、この世界を滅ぼしたのはこの世界の旧人類である。
その点に関しては、機械人形の主もさほど疑いはもっていなかった。
「危険な魔法を生み出し、乱用した結果、大気は病み大海は汚れ大地は死んだ。愚かなことだ、この世界の旧人類は己の魔法がどれだけ危険か承知したうえで、残った正常なる土地の奪い合いでもそれを使用し、残らず汚染し自滅したのだ」
『本当にバカだな……弁解の余地がないぞ……』
「その通りだ……。その愚かさに辟易した我らが先祖は、新しい儀式を生み出し人間を進化させた。その儀式によって我ら新人類は、この世界で生きられるようになっている。しかし、世界そのものが、もはやどうにもならなくなってきた。それもこれも、愚かな旧人類の残したものだ」
もはや、進化した人類がどう頑張っても、この世界をよみがえらせることはできない。
であれば、新天地を目指すほかなかった。
「この世界で最も進化した人類である私は、その力で世界を渡りもう一つの世界を見つけた。しかし、世界を渡ることができるのは私だけでな……仕方なく、移住先の世界を利用するしかなかった」
『利用……?』
「そちらの世界は、過去に滅びた技術にすがるどうしようもない旧人類が支配していた。しかし、それでも認めたくはないが、我らの世界よりも文明が進んでいた。そこで、我らの世界と向こうの世界を結ぶ道を固定させる門を、そちらの世界の住人に作らせた」
『……そこで、なんで殲滅なんて話に?』
そう、そこが分からない。そこがわからなくて当然だった。
どんな理由であれ、この世界から別の世界へ移住することは、まったくもって当然だった。
しかし、移住先の人間を皆殺しにする意味が分からない。
「旧人類は、どの世界でも愚かだった……。こちらの世界ほどではないが、向こうの世界でも危険な汚染魔法が多く存在しており、時折使用されていた。それはせっかくの正常な世界を、この世界同様にむしばみかねない」
『……だから、滅ぼしたと?』
「もちろん、事前に通達はした。門を作った連中は、最初から私の甘言にたぶらかされるどうしようもない輩だったので、完成次第皆殺しにしたのだが……他の旧人類にも、猶予をやった。ただ一度の慈悲を、私は示したのだ」
『なんて、言ったんだ?』
「ただ一度だけ、愚かな旧人類に慈悲をやろう。我に従え、さもなくば殺絶やす、とな」
その寛大な言葉を、旧人類は袖にした。
まさに、救いようがないほどの愚かさである。
「最も進化した人間であるこの我が、古い文明にいつまでもすがっている、旧人類の中でもことさらにどうしようもない連中を導いてやるといったにもかかわらず……だ。絶滅させるほかあるまい」
『じゃあ、その……まさか、俺のことも?』
「いいや、お前にはまだ通達していないからな。しかし……もしも、我が殲滅対象を救うような真似をすれば……流石にその限りではない」
汚染された世界で、なお輝くその瞳を機械人形にさらす。
明らかに通常の人類ではない、その瞳で機械人形の操縦者を圧倒していた。
「愚か者には、如何に愚かであるかを教えてやるのが、賢人の務めというものだ。進化というものを知らぬお前に、我らの力を見せてやろう」
『それは……』
「その機械人形で、私を攻撃してみろ。いいや、それだけではない。貴様らの持つあらゆる攻撃手段で、私やその部下を攻撃してみろ」
到底あり得ない、国家元首への直接攻撃。
しかし、自分が傷を負うわけがない、という絶対的な自信が総身からあふれている。
『い、いいのか?』
「当然だ……さもなくば、その機械人形を一撫でで破壊しても、己の至らなさはわかるまい」
『じゃ、じゃあ……いいんだな?』
「くどい!」
『じゃあ……行くぞ!』
程度の低い魔法攻撃が、ただ大量にばらまかれる。
連射、制度、威力。どれもが旧人類にとっては脅威だろう。
だが、進化したこの世界の人間には通じない。
「ふははは! どうした、この程度か!」
高笑いするほかない、やはりこの世界で生み出された新人類こそが、あらゆる世界を導く存在なのだ。
「もっと、もっと攻撃してこい!」
『えっと……え? ええ、ええっと……』
機械人形に似つかわしくない、不慣れな戸惑う声。
まさに愚鈍な通信先の何者かが、何かを操作したようだった。
直後、一瞬だけ閃光が汚染を切り裂いた。
おそらく上空で待機しているであろう、この機械人形を運搬した飛空艇か何かが、上空から攻撃を加えたのだ。
それは単純な魔法だけではなく……下賤なことに、物理攻撃も含まれていた。
しかし……。
『嘘だろ……』
「ふは、ふははははは!」
笑いが止まらないとはこのことだ。周辺一帯が破壊しつくされているにもかかわらず、ただ立っているだけのゴールバードと、その部下たちには毛ほども傷がない。
防御壁を構築しているわけではなく、特殊な防具を身に着けているわけでもない。
ただ、進化した人類には、旧人類のあらゆる攻撃が通じない、と言わんばかりだった。
「どうだ、愚かな旧人類よ。力の差が分かったか? 何が起きたのかは理解できないが、実力がこうも開いている、ということは認識できただろう!」
『……』
「我らは、いずれあまねく世界に手を伸ばす。逃走することに意味はないと知れ。次に接触するときに、服従と奉仕の言葉以外は聞かぬ。お前が利敵行為を行うならば、その場合は服従と奉仕の言葉さえも聞かぬ。我ら賢人は……ただ一度の過ちも許さぬのだからな!」
進化した人類の、進化した魔法が放たれる。
さほど威力がないはずのそれは、あっさりと機械人形を貫通し、爆散させていた。
「ふは、ふは、ふははははは!」
滅びた星の王が、愚かな人類へ制裁を行う。
それを阻む者は、この世界には存在しなかった。