第四話:二周目同士の小競り合い 中
槐門 悠斗がレイピアの男、天条 蒼汰が負けるといったのには理由がある。
それは、彼が口にした「勘」などという、ふわっとしたものではなく、もっとはっきりとした、俗な理由が。
(天条と、西馬のマッチング……)
それは、二人の顔と名前を知っており――
(天条はいけ好かないからな、負けちまえ)
――極めて個人的な感情が理由だった。
天条 蒼汰も、西馬 大も、槐門 悠斗も、共に同じ藍苑学園に通う生徒の一人だ。高校の紹介には書かれていない特色としては、多くの二周目を輩出している点が挙げられる学園だ。
「本当に、酷い位に、二周目が多いですね、悠斗さんの学校は」
セルウィー・アエテルナエが呆れた調子で呟く。まぁ、本当にこの学園の二周目排出量は莫大だ。全校生徒の約四割が二周目であり、常に一割の生徒は異世界やそれに類する問題に巻き込まれている。
天条 蒼汰は握っていたレイピアを投げつけると、敵に向かい走る。飛び来る刃を弾かんと、巨大なガンブレイドを振るい、近隣のビルをなぎ倒す西馬 大。
「――スキルッ!」
手の内に、新たなレイピアが握られる。そして、それも投げつけた。まさに、レイピアの雨霰。
蒼汰が異能を発現する度に、スキルと唱えるのには理由があった。
もとより、彼は異能を持ち産まれていた。異能の名は「アポート」。物体を引き寄せる能力だ。それをひた隠し、一般人として暮らしていた。だが彼は、ある日クラスごと異世界に召喚された――クラス召喚と呼ばれる分類だ。
スキルと呼ばれる力が物を言う世界。クラスメイト達は皆スキルを獲得し、魔王と呼ばれる存在と戦う事となった――彼を除いては。元より力を持っていたがためか、彼に新たなスキルは宿る事は無かった。
クラスからの孤立を恐れた彼が選んだのは、自らの異能を、スキルと偽る事だった。
そのための第一歩こそが、スキルと叫ぶことでの周囲との同一化だ。
無論、スキルと叫ぶ事で異能を発現するのは、初期段階の話。いつの間にか、皆声を上げることは無くなっていったのだが。それでも、癖にまでなってしまったそれを、止めることは出来なかった。
「――スキルッ!」
降り注ぐ剣の雨を弾いた大はビクリと身体を震わせる――異能により、新たな攻撃に繋がると考えたからだ。だが、その叫びの後に、蒼汰の手に新たなレイピアは握られず、こちらに突き出した手は空だ。
防御反応を示し、挙動を止める大。その隙を蒼汰は見逃さない。
「ウォラァッ!!」
スキルの叫びも無しに、その手には巨大な戦斧が握られる。そして、それを、叩き込む。
「くッ!」
大はその一撃をモロに貰う。
HP 0/5128 = DEATH
《Skill》→ 《Auto》→【食いしばり】SLv×5%=10% ……miss!
→ 《Passive》→【ビギナーズラック】 miss → hit
HP 1/5128 = ALIVE
「あっ、アブねぇ!!」
「アァン!? それでも生き残るかよ!」
紙一重で生き残るも、次の一撃はもう受けられない。まさしく崖っぷち。だというのに、大は楽しそうに笑っている。
『そろそろ、潮時かの』
ほたるが呟く。それを聞き、首を傾げる悠斗。
「はぁ? こっからだろ、バトルが面白くなるのは?」
「さぁ、貴方の出番ですよ、悠斗さん」
ニッコリと笑いながら、セルウィーは悠斗の脚を蹴り、ビルから落下させる。
「え?」
自由落下運動により、戦場に向かう悠斗。いつのまにやら、ほたるがその手を握っていた。
『さて、主様、どの四肢からもぎ取りたいかの?』
ニタニタと笑うほたる。悠斗に似てきたのか、元から似たもの同士か。彼女、人を小馬鹿にしたような物言いが増えてきた。
「痛くないように着地したいが……」
『我と主様には無理な相談じゃのぉ』
溜息を一つ。「やれやれ」そんなことを言う間も無く、丁度二人の間合いに入る。
――轟音とともに、血肉骨が撒き散らされた。
水を打ったような静粛。まぁ、打たれたのは水でなく、人体であった物だが。血は水より濃いと言うのだから、きっと同じような物だろう。
「sAibαni……照n趙ウ避ん嘉苧……」
ゴホゴホと、咳き込む。しかし、二人には声の主の姿が見えなかった。
――なにせ、声の主は眼前の肉片。そんなことを考えるほど彼らは奇っ怪な戦いには慣れていない。
「おぉ、声が出るようになったな」
喜ぶ悠斗。その全身が緑色の炎に包まれる。
「ぁ……?」
蒼汰は呆然とした。
眼前にて突如、飛び降り自殺が行われたと思ったら、その死体から声が出る。その上に突然燃え出したと言うのだから。異世界に召喚された先でも、ここまで素っ頓狂な出来事は無かった。
「チッ」
それに対し、大は冷静だ。彼の戦ってきた戦場では、この程度の奇行は日常茶飯事だった。それよりも彼の興味は、残り時間だ。
「こんな所で戦うのはやめろよ、痛いだけだぜ」
潰れた声帯を炎が燃やし癒やす。焼けつく熱さが苦しみを与える。砕けた骨を、何処からか現れた毒蟲達が代用する。そうして入り込む異物に対する拒絶反応が痛みを与える。しかし、知ったことではない。
「武器しまって、俺に付いて来い」
毒蟲の亡骸が焼け、衣服を形作る。軽く身体を動かし、全身が癒えたのを確認すると、悠斗は二人に語りかけた。
「もっと良い場所で戦おうぜ?」
その笑顔は悪くない。だが、悪い表情だった。