第三話:槐門 悠斗と言う男 後
まぁ、結果的に言えば槐門 悠斗は怒られた。
「……悠斗さん、もう一度最初から質問しますよ」
「はい……」
正座し、セルウィー・アエテルナエのお叱りを受ける悠斗。時計の針は17時を指し示している。
「Q,1.何が目的だったのですか?」
「二周目の保護です」
「Q,2.何をしましたか?」
「心を折ってきました……」
特に何かを考えることもなく、扉を蹴破り押し入った。その際のセリフは「うっせぇ」の一言だ。
『我としては、結局何一つ切れぬで面白く無かったのぉ』
そう、悠斗は度の過ぎた馬鹿ではない。だからこそ、質が悪い。彼は戦闘を開始し、建物を倒壊させ、メイサ・キュオーンが倒れこんだその瞬間、首を刎ねようと刀を振り上げたその刹那、目的を思い出した。
「殺さないで済んで良かったよ。最初に言われてたもん」
「本当に馬鹿ですよね貴方は……」
金の瞳は冷たく悠斗を射抜く。無論そんな事をされても、どういった意図や思いが有るのかは、彼には良くわからない。
「メイサどうしたの」
反省しているのか、人を小馬鹿にしているのか、判断につかないような声色で悠斗が尋ねる。彼の場合はそのどちらでもなく、何も考えていないのだろうが。
「彼女は『Overlay』の管轄する医療施設にて治療を受けています」
「怪我の一つもないのに?」
「貴方がココに連れて来た後、クタクタで倒れこんで、そのままですよ」
悠斗とメイサの小競り合いからは、既に一日経っていた。当日は、嗚咽を漏らし泣きじゃくる少女を背負い、悠斗が帰ってきた為、色々と問題になった。更には、そのままメイサが寝入ってしまい、起き出さないのだからさぁ大変。そのために、反省会はこうして今行われている。
「俺悪くないよ」
「えっ……悠斗さん、どう考えたらその結論が出るんですか?」
先程までの硬い表情が崩れる。呆れからだ。セルウィーと悠斗の付き合いは、長くはないが短くも無い。それでも何時も新しい発見というか、問題が見えてくる。悠斗はそう言う男だった。
「じゃあ、そろそろ正座やめるね」
「え? 本当に何言ってるんですか悠斗さんは」
笑顔で、一切の躊躇も無しに、セルウィーは引き金を引く。その弾丸は悠斗には触れなかった。だが、纏う空気が頬を掠める。
「俺に死ねって言うんですかい?」
血の流れる頬を抑え、怯えた声で悠斗が訊く。
「せめて人の話を聞いて欲しい、そう言っているんです」
それは彼に係わる人間が皆思うことだ。
その後、こんな調子の説教が終わったのは、20時を回った頃だった。
「疲れた、面倒臭い、家遠い、送って」
「悠斗さん、それが先ほどまで説教を受けていた人の言うことですか」
「説教されてたから帰れなかったんだろ!」
ドヤっ……。そんな効果音が出そうなほどの満面のドヤ顔。今このタイミングでする顔ではないだろう。
『だから言うたのじゃ、一番面倒なのは主様だと』
ほたるが本心から面倒臭そうに呟く。セルウィーはその言葉に頷いた。
溜息を一つ。彼女は部下に指示を送り、悠斗を送らせた。一人には広すぎて、寂しい部屋。もう、騒がしい彼も居ない。
外はすっかりと暗くなってしまい、窓ガラスに映る彼女自身と目が合う。
「はぁ、全くもって悠斗さんは……」
セルウィーが悠斗を『Overlay』で働かせているのには、いくつか理由がある。
一つは、放っておけばもっと面倒な問題を起こすだろう、というモノ。彼は物事を考えない。そのくせに的確に人の神経を逆撫でする。これが個人として、多くの二周目達と係われば全面抗争すら夢ではない。
もう一つは、何だかんだで結果を出すこと。今回の件も、三時間近く説教を行ったが、結果だけ見れば問題は少ない。精々が建物の崩壊くらいのもの。人死は出ず、怪我人も無い。彼と彼の刀は二周目を無力化させるという点において、これ以上ないほどの適任だ。
そして、最後にこれはセルウィーからすれば、絶対に隠したい理由。
窓に映る自分の表情。何処か緩んでしまって居るように見えて、セルウィーは頬を叩く。
「悠斗さんは私が見ててあげなくてはなりません」
つまりは、セルウィー自身、悠斗を気に入っていると言うこと。
悠斗は係わる相手が面倒臭ければ面倒臭い程、深く、強く、思われる質だった。
無能者で、面倒臭がりで、普通で、ほたると呼ばれる刀を振るう。死なず、考えが浅く、思ったことが直ぐに口から出る。人の精神を逆撫でし、運も良くない、それでも笑顔は悪くない。
「本当に、馬鹿な人」
つまり、槐門 悠斗はそう言う男だ。