第一話:槐門 悠斗と言う男 前
出戻り、二周目、リターナー。彼らを指す呼び名は沢山ある。
「確かに、彼らは頑張ってきたのでしょう。とても言葉には出来ないような、苦労や努力をしてきたのは、想像に難くありません」
銀の長髪をかき上げながら、少女は言う。
「ですが、ソレが自分勝手に振る舞って良い理由にはなりません」
机の上、投げ出される書類。そこには顔写真と、身辺調査の結果が記されていた。
「悠斗さん、可能であれば殺さないで下さい」
少し物悲しそうに、セルウィー・アエテルナエは懇願する。
「じゃあ、俺に死ねって言うんですかい?」
ニタニタと笑う彼。
「はい。そうして下さい」
セルウィーの金瞳に、光が。その顔に笑みが浮かんだ。とても美しい、心からの笑顔だった。
槐門 悠斗は二周目ではない。
「二周目達は嫌いだ。面倒臭い奴らが多すぎる……」
何処かの高校の制服を着た青年。学生鞄と共に竹刀袋を背負って居る。黒髪黒眼、中肉中背、これと言った特徴がない。どこにでも居そうな男だ。顔立ちだって普通の一言。
人目を引くとすれば、それは少々野暮ったい前髪の下、鋭い目付きと――
『刃刃刃、面白い事を言いおるわ。一番面倒なのは主様だろうに』
――奇妙な少女を連れている事だろう。
薄緑色の長髪に、くりくりとした紅の瞳。白い和服を纏う少女だ。顔立ちは可愛らしく、いずれは美人になると思わせる。目の離せない少女だ。どこか歪で、どこか違和感を感じる。
「……俺にとっては、お前が一番面倒臭い奴だったよ、ほたる」
『して、今回の獲物は何と?』
悠斗の言葉を意にも介さず、尋ねるほたる。
「今の名前は『メイサ・キュオーン』。分類は異世界転生」
つまりは、異世界の技術を用い、世界間移動を可能にする程にそれに精通していると言う事になる。調査書には魔術に類する物だと記されているが、それがこちらに戻れる程のものとなればどれだけの力か。
「あぁ、面倒臭い。俺以外にもセルウィーさん所で世話になってる奴は沢山居るのに……」
『我は人が斬れればそれで良いがの』
くつくつと笑うほたる。それは誕生日を待つ少女のようで。なかなか会えぬ親に会うのを心待ちにするような、そんな笑顔だった。
悠斗の周りには、笑顔の美しい少女が多かった。
メイサ・キュオーンのアジトは、セルウィーの事務所から思ったより近い位置にあった。電車で言えば一駅分程度の距離。人の住まなくなった元市営団地、その一室に不法に住んでいるようだった。
「さて、この奥か……」
もとより大した事は出来ない。悠斗は自分と相手の実力を考えた上で、取り敢えず真正面から殴り込みに行く事に決めた。
(実力差は9:1で俺が負けてる。つまりは何を考えても無意味だからな)
『やれやれ、主様はせるうぃーとやらのせいで『どえむ』になってしまったようで。我としては、将来が心配だのう』
「うっせぇ」
悠斗はそう吐き捨てながら、立て付けの悪い扉を蹴り飛ばした。
「ノックの一つも出来ないなんて。マナーがなって無いんじゃない?」
「勝手に廃墟に住み着いているような奴が、マナーを語るか」
悠斗が上がり込んだ部屋の中。一人の美女が居た。
亜麻色の長髪。黒いレザー製の服は、露出は少ないが、妙に艶めかしい。紅い瞳が悠斗を見つめる。黒い帽子は昔ながらの魔女を思わせた。大人の女性、そんな雰囲気だ。顔立ちは可愛い系と言う奴か。
「レディの家に上がるのよ? マナーは守らなきゃ、モテ無いわよ?」
「面倒臭いんだよ、鎌瀬 賢太」
報告書に記されていた、メイサの元の名前。全て捨てて、新たな人生を初めて、上手く行ったから帰ってくる。そんな身勝手が全て許されるはずもない。悠斗の所属する秘匿組織『Overlay』。その調査力を持ってすれば、前世の行いも確認できる。
「気持ちわりぃぜ、その話し方」
異世界転生の後、この世界に帰って来るような人間は、前世に大きなコンプレックスを持つ場合が多い。メイサもその一人だったのだろう。プルプルとその両拳を握りしめ、打ち震えている。
「うっせぇぞ、糞ガキ!! 黙らせてやる!!」
「良いねぇ、良いねぇ。フランクに行こうぜ」
直後、元市営団地は無に消えた。
「はぁ、はぁ……少し熱くなりすぎたようね……」
ふぅ、と一息吐くメイサ。大きな力を行使したことで、少し落ち着いたのだろう。すでに周囲には瓦礫の一つも、ゴミ一つ残ってはいない。
感情の爆発に合わせ、彼女の莫大な魔力がほんの一瞬開放されたのだ。つまりは、未だ魔術を行使した訳ではない。だが、この魔力の爆発は、転生後の世界においても強力な力だった。これをあの至近距離で受けて無事な相手は居なかった。
そう、最後に立つのはメイサ一人――
「よぉ、楽しかったか?」
――そして、悠斗が居た。
刀を持った学生服の青年。アレだけの魔力の奔流に巻き込まれて、傷一つ無いその姿。メイサには、鎌瀬 賢太には、まるで過去から自分を『また』殺しに来た、悪夢のように思えた。