花火
英文間違い?
いや、知らないけど。
If my hope will come true,I hope that:my death.Of course,it's just a dream...
Dream doesn't come true.This is true.
本日最後の授業、その最中で。窓の外、青い空をぼんやりと眺めながら、僕は昼休みに思いを馳せていた。
今日は花火大会当日。クラスの空気は間違いなく浮かれていて、そのせいか教師も授業をあまり真剣に行っていない。
すぐ近くの席でも、ぼそぼそとつまらない相談……誰と花火を見に行くかなんて、話し合っている。
男女を問わず異性と見に行く連中は更に浮かれていて、そわそわと落ち着きがない。
そんな中、多分このクラスで僕だけは……白けていた。
花火なんて、さらさら見に行く気にはなれなかった。
別に、友達がいない訳ではない。きちんと誘われもした。だが、今の僕にはその誘いすらも嫌味に聞こえた。
……きっと今、花火大会なんて行ったら、心が潰れちゃうんだろうな。
ただ漠然とそう考えながら、僕はため息をついた。
風が吹く。
ぺらぺらと教科書のページが風に煽られて捲られた。
僕はそれをただ横目で眺めながら、空をただ、ぼんやりと眺めていた。
◇
昼休み。
「ごめんなさい」
たった六文字の短い断り文句に、僕はまるで悲しみの谷に突き落とされたような気分になった。
失敗。失敗、……失敗。失敗……? じゃあ、僕の恋心はここで……お仕舞い?
人生初めての告白だった。
僕はとある女子に、廊下でちらりと見たときに一目惚れしてしまった。それから家も近いことを知って、日々思いは募るばかりで。
だから今日、花火大会当日の昼休み。胸の痛みに別れを告げるために、僕はその女子に告白した。
正直、心のどこかでは成功するだろうと思っていた。花火を二人で見に行っている筈の未来に思いを馳せながら、メールを楽しくやり取りする明日に思いを馳せながら、下駄箱に『昼休み、屋上に来てください』なんて素っ気ないメモ書きを入れておいた。
で、このざまだ。とんだ皮算用だった。泣けてくる。
「あ、あの……×××くん? 本当にごめんね……でも、私達まだ、お互いのこと全く知らないでしょ……だから」
ぼんやりとフェンスのその向こうを眺めている僕を気遣うためか、その女子は何か言っていた。でも、僕には聞こえていなかった。
「気にしないで……今日の事は忘れてください」
僕はかろうじてそれだけ絞り出すと、ゆっくりとその女子の横をすり抜けて、階段に向かって歩いた。
ポケットに手を突っ込むと、携帯電話の冷たさがやけに身に沁みた。
まるで携帯電話にまで突き放されたような気がして、僕は小さく舌打ちした。
◇
帰り道。もう夜の帳は半ば下りかけていて、辺りは静かさに包まれている。
あまり人家に光は見当たらない……きっと、みんな花火を見に行ったのだろう。今頃地下鉄も、バスも、全ての公共交通機関はパンク寸前の筈だ。
そんな閑散とした夜道を、僕は一人歩いていた。
片側一車線の、さして大きくない道路。のくせして、小さな歩道はしっかりガードレールに守られている。
先に見えるのは十字交差点。その交差点を真っ直ぐ越えて更に二キロ程行けば、花火大会の会場である公園にたどり着く。
なまじ届かない距離ではないことが、更に僕の心を締め付けた。彼女は祭りに行ったのだろうか。行ったのだろう。誰と? 友達となら良い。男とだったら、うん、最低だな……。
そして僕はその交差点を右に曲がる。そうすれば直ぐに家だ。家には誰もいないだろう。親や兄妹達も皆、祭りに行ったに違いない。静まり返った家で一人、カップ麺を啜るのも悪くはない。
そんな風に考えながら歩くうちに、一発目が上がった。こんなに離れていても、ひゅるひゅると音が聞こえる。
そうして、その玉が音もなく開いて、闇に閉ざされていた視界が少し明るくなって、そして――、
そこに彼女はいた。
小さなビニール袋を持って、ガードレールの近くに立っていた。
この距離、この気温であれば、光に凡そ五・八五秒程遅れて花火の音は届く。だから僕は、音よりも五秒程早く、彼女を視認したことになる。
そして彼女は、こちらを見て微笑んでいた。
待っていた、とでも言いたげに。
そしてようやく、太鼓を打ち鳴らすようなような音が届く。一瞬の騒音の中で、僕は間違いなく、いつの間にか心拍数が跳ね上がっている事を感じていた。
◇
夢のようだった。
「一緒に見に行く人がいなくて。ここに来たら、もしかして来るかなあって」
家が近いことを知ってくれていた。
「今から公園に行っても間に合わないから、ここで一緒に見よう」
二人きりで見ることを、向こうから提案してくれた。
「ほらこれ。さっき、急いでスーパーで買ってきたんだ……一緒に食べよ」
気遣いに、胸が震えた。
「ありがと」
僕は小さくお礼を言って、差し出された水羊羹を小さなスプーンで掬って、食べた。
ガードレールに腰掛けて、花火を眺めながら。好きな人と一緒に。
もう振られてはいるけれど、それでも嬉しかった。
「私ね、家族以外の誰かと花火を見るのって、初めてなの。みんな祭りに行くけど、騒々しい所は苦手で」
「そうなんだ……」
「だから、今日はとっても嬉しい。ありがとね、×××くん」
「あ、いや、こちらこそ……」
緊張してしまって、顔が真っ赤になっているのが自分でも分かった。暗くて見えていないと良いんだけれど、きっとその願いも、叶わないんだろう。
僕は今の幸せと、後の苦しみを噛み締め、思いながら、水羊羹を掬って食べた。
美味しかった。
◇
翌日。
下駄箱を開けると、手紙が入っていた。
いたずらかなんなのか。呆れながら小洒落た封筒を開けると、小さな紙切れと便箋が一枚、入っていた。
便箋には、達筆でこう書いてあった。
『×××くん。昨日はどうもありがとう。楽しかったです。良かったら、私と……うう、書きづらいな……その、友達になってください!』
また、心拍数が高まった。
『付き合うにはお互いのことを知らなすぎるけれど、なら、友達から……なら、良いかな……と思って。お願いします!』
小さな紙切れには、電話番号とメールアドレスが書いてあった。
僕が叫びそうになったことなんて、言うまでもない。
fin.
あとがき
あれ、なんか予定より長く……まあいいか。
久々の短編。
青春恋愛系ですね! まあ僕には全く縁のない話ですが、こういうのは結構好きです。
付き合うにはまずは友達から。
……みたいな断り文句を題材にしています。いやいや断り文句じゃなくて、それは付き合う前提の一言だろ、みたいな突っ込みとして。
因みにこれ没になったエンドが二つありまして。
一つは最後の手紙、ドキドキして開けたら水羊羹の代金請求だったよエンド。
もう一つは封筒を中身を読まずに怒りと共に破り捨ててしまうエンド(ただしこれは話の流れ自体を大幅に変えなくちゃいけませんね)。
どちらも『いや、それはない』となりそうなので(前者は特に良いと思ったけど)没にしました。
あと、音が5.85秒程……ってありましたが、これはt℃の空気中を伝わる音の速度を求める式、
(331.5+0.61t)m/s
にt=30を代入して、それで2000を割ったモノです。と、ここに明記しておきます。
あれ、あとがきも予定より長く……まあいいか。