6話 ウサギ屋、仕入れる
脳内で何かが「カケー、ハナシヲカケー」と囁いてくる。
ウサギ屋がオープンして五日間。それは怒涛のような毎日を過ごした。100ゴールドというワンコインで買い物ができる噂を聞きつけて、オープン初日から多くの人が押し寄せたのだ。
一応、スタイダストの常識として、武器屋や道具屋などは朝から夕方まで。そして夜からは酒場の時間である。これに則り、ウサギ屋も朝10:00から夕方17:00まで営業と決めていた。
たったの7時間営業だが、この7時間を宮兎は休まずに五日間、働き続けた。休みは週に二日設定しており、客足の少ないと思われる月曜日と水曜日にしている。オープン期間と題して、金曜日から月曜日も休まず、火曜日までの働き、少し後悔するほど忙しかったのだ。
アスティアに手伝おうと提案されたものの、今まで無償で働いてもらったのだ。【マリンズ・ロッド】はプレゼントで、ノーカン。これ以上貸しを作るわけにはいかなかった。
本日は水曜日。最初の休みだが、午前中は仕入れの作業をしなければならない。約束の時間まで余裕があり、宮兎はバックルームに設置されている机に伏せていた。
「あ゛ー、やっと休みだ。長かった。この五日間が地獄のように長かった………」
昼食を食べる暇もないほど客足が途絶えることはなく、常にレジをうっていた記憶しか彼にはない。レジに施してある【スコアエンチャント】で、一日に何がいくつ売れたのか分かるようになっている。宮兎の顔の下には五日間の報告書があるのだが、読む気すらおきない。
「一日に平均10万ゴールド。この五日間の売り上げは合計で67万3800ゴールド。6738点も売れたのか………こりゃ今日は補充で一日終わりそうだな」
顔を上げれば、大量に用意していた商品たちが半分まで減っている棚だった。特に食器や文房具類は飛ぶように売れている。陶器で作られた皿やコップ、金属製のスプーンとフォーク、ナイフは既に在庫はない。トランプや将棋といった娯楽用品も残り少なかった。
「売れるのは嬉しいけど、もうちょっとゆっくりしてくれないかな……」
庶民の方々にとって金属や陶器の食器、娯楽用品や文房具は高価な品物として扱われている。それをたったの100ゴールドで買えるのなら押し寄せることは自然なことだった。特にこのヴァルハラではゲームやテレビなどといった娯楽はない。新しいもの、珍しいもの、そのすべてがヴァルハラの住人にとって娯楽なのである。
「んー、こりゃ明日からの商品が少ないな……ちょっと多めに頼んでおくか」
報告書を手に取り、疲れた表情で呟いた。
そもそもお客さんが初日から溢れかえるほどやってくるとは予想していなかった。原因はわかっている。アスティアが貼ってくれた張り紙だろう。宮兎がお願いしたわけではないが、アスティアが「必要かも」と粋な計らいをしてくれた結果だった。
初日に「まさかここまで成果がでるとは……」と干乾びた宮兎をみて謝っていた。もちろん彼は怒りもしなかったし、感謝の言葉だけを伝えている。それにアスティアのおかげでスタイダストに【ウサギ屋】の名前が知れ渡っている。これは本当に良い結果が期待できる。
「お金がたまればリーリフェル教会へ恩返しもできるし、孤児院への支援もできる。余った金はギルドへ寄付でもすればいいか」
何故彼が商売を始めたのか。理由は一つだけ――異世界でやることがもうないからだ。金儲けを目当てとしているが、その金を使う目的が特にない。そこで彼はお世話になった所や、困っている人達の援助金として売り上げを使うことにしていた。
アスティアにもこのことは伝えている。最初「何を言っているんですか?」と何度も首を傾げられたが、納得してもらえたらしい。宮兎は自分がちょっと贅沢できるお金さえあれば良いとアスティアに話している。売り上げが上がれば、余るお金が出てくるはずだと。そのお金で何かできることがないかと。宮兎は笑顔でアスティアと相談していた。
「ま、一日5万ゴールドの売り上げがあれば俺は生活に困らないし、貯金もまだまだある。今のところ順調だな」
元気がなかった彼も、お金の使い道を考え少し笑顔が戻る。
すると、裏口のドアが乱暴にノックされた。手ではなく、足で蹴られたようだ。
「おーい、ミヤ坊! 手がふさがっているんだ! 開けてくれー!」
「きたきた。はーい! 今あけますー!」
立ち上がり、裏口を空けると一人の男性が大きなダンボールを抱えて立っていた。男性の髪の色は黒く、鋭い瞳は茶色、身長も高くて色男だ。ただ、額から伸びる一本の角が彼の正体を物語っている。
「お疲れ様です、キキョウさん」
「おう、頼まれた品持ってきたぞ」
彼の名前はキキョウ・クチナシ――少々目つきが悪いが、男から見ても渋くてかっこいいと言いたくなる青年だ。スレンダーな見た目からは想像できない筋肉を持っていると周りの人々は言う。額から伸びる角は極東のごく一部の地域で生活している【鬼族】だ。彼もまた冒険者であり、ジョブ【サムライ】を取得している。レベルも300に達している実力者だ。それでいて、質屋【オニガシマ】の若き店主でもある。
「キキョウさんお疲れ様です。えーっと、伝票とかあります?」
「おう。一応検品はしてるから間違いはないはずだけど、確認をしてくれ」
「それじゃあちょっと中で待っててくださいね」
キキョウからダンボールを受取り、彼を中へいれる。宮兎はダンボールを机の上において、渡された伝票と中の物があっているか確認を赤いペンではじめる。ダンボールの中身は下級モンスターの素材だ。オーガ、ゴブリン、スライムやニードルラットなどなど、初心者冒険者でも簡単に倒せるモンスターのドロップアイテムばかり。
キキョウはバックルームの在庫をじろじろ見ながら、肩をすくめて微笑む。
「ミヤ坊のおかげで安定した収入が得られるよ。そっちが売れればこっちも儲かる。ありがたい話だよ」
「俺としてもこれだけ質のいい素材を提供してくれるんだから、ありがたいですよ」
「ウチで買い取ったアイテムだからな。きちんと査定はしている」
「流石、キキョウさん」
振り向いて軽く頭を下げる宮兎にキキョウは頬をポリポリかきながら照れたように笑う。キキョウは顔に似合わず喜怒哀楽の激しい男だ。笑う時は笑い、泣く時は大声で泣き、楽しむ時は子供のようにはしゃぐ。ただ、怒ることはレアケースであり、未だに見た人物は肉親以外でいないとか。
「しっかし、変わった商売を始めたものだな。100ゴールドショップとは恐れ入った」
「まあ、ピンっと来たんですよ。舞い降りてきた発想……ですかね」
「ははははは、ちがいねえ。ツバキも食器と将棋を買ってきて大興奮だったぞ」
「ああ、そういえば一昨日来ましたね」
ツバキはキキョウの妹で、彼女が主に店番を担当している。販売と買取も五年経てばお手の物。彼女の鑑定スキルはプロ級である。
「ところで、モンスター素材だけでこんなものとか錬成できるのか?」
キキョウが在庫棚から取り出したのは洗濯バサミだ。ヴァルハラではなかなか見られないプラスチックで作られている。
「ああ、一応モンスターの素材だけじゃ割に合わない時があるんで、鉱石とか、ポーションとか、別のアイテムと混ぜ合わせるんですよ」
「へえ。それで【クエスト・ファミリー】のところか」
「そうですね」
と、再び裏口の扉がノックされる。キキョウの時に比べて、力強くない。まるで子供が叩いているかのようだ。
「噂をすればだな」
「本当ですね。よっと」
宮兎はダンボールを持ち上げて、一旦床に置く。伝票もダンボールの中へ放り込んだ。ドアを開けて、一瞬、目の前には誰も移らない。視線を落とせば、さきほどノックした人物が満面の笑みで立っていた。
「ミヤお兄ちゃん、おはよう!」
「おう、おはよう。リャーミャちゃん、とりあえず中に入る?」
「うん! お邪魔します!」
少女――【クエスト・ファミリー】の看板娘、リャーミャ・フェブタリアだ。今年で12歳で、学校がお休みの日はこうやって家の手伝いをしている。赤いツインテールが特徴的で、ご近所の方々からも可愛がられている。何しろ礼儀正しく、大人受けが良い。
「うわ! シンチクのにおいがする!」
「よ、チビスケ。久しぶり」
「鬼のお兄ちゃん、おはよう!」
「はいはい、おはようさん」
にっこりと笑う少女にキキョウも釣られるように笑う。キキョウは子供の世話などが好きで、近所の子供達からの信頼は高い。リャーミャもキキョウとはよく顔を合わせているらしい。
「それじゃあ、お荷物もらおうかな?」
「はい! これです!」
リャーミャが背負っていたリュックを宮兎に渡す。このリュックは冒険者達も良く扱うものでアイテムが大量に収納可能で、重さも大きさも変わらない便利アイテムだ。アイテム名がそのままリュックなのが宮兎に「ひねりがない」と言わせた。
「はい、確かに預かりました」
「えへへへへ、リャーもきちんとお仕事できるようになったよ」
「えらいぞお。将来リャーミャちゃんのお婿さんは幸せ者だな」
「そうだぞチビスケ。いい男をきちんと見定めて、悪い男にあたるんじゃねえぞ?」
「うん! わかった!」
多分、何も分かっていない。
リャーミャにとって今は『お手伝いがきちんとできた』ことでいっぱいいっぱいだ。何を言っても無駄である。
リュックの中には、見た目とはちがい大量の鉱石が入っていた。空き箱をもってきて、机の上に置く。その中に置いてゴロゴロと鉱石を移し、空になったリュックをリャーミャに返す。
「さて、お二人さん。お金だけど後日この分だけ持っていくから」
二人に領収書をわたし、リャーミャは嬉しそうにポケットへしまうが、キキョウの表情が強張る。
「おい、ミヤ坊」
「なんですか?」
「ちっと多すぎやしないか?」
「あー、初回ということで」
キキョウは溜息をついた。彼が商売を始めると聞き、素材を提供し、報酬をもらう。このやりとりで二人が揉めたのは報酬の金額だった。宮兎はギルドに頼むより安く、取引先が納得する値段で交渉をしたつもりだった。だが、キキョウからすれば「こんなにもらえない」と遠慮し始めたのだ。
そして二人が一日かけて決めた金額があるのだが、明らかに報酬が多い。
「ミヤ坊。俺も商売人の端くれだ。稼ぐことは考えるが、流石にこれはフェアじゃないだろ? 自分が損してるの分かってるのか?」
「だから、初回だけ色をつけてるんですよ! ほら、俺も冒険者時代にお世話になったし」
「…………たく、お人好しはそのうち身を滅ぼすぞ?」
「十分わかってますって」
へらへら笑う宮兎をみて、もう一度キキョウは溜息を吐いた。
「今回だけだからな。次回からきちんとあの値段で頼む」
「まいどあり!」
「…………はあ、ありがとよ。礼は言っておく」
これは宮兎にとっても大事なことだ。【オニガシマ】の経営状況が悪いことは知っている。宮兎のおかげで安定した報酬を手に入れられるようにはなったが、それでも今までの借金が残っている。すぐに回復することは難しい。【オニガシマ】がなくなれば他の仕入先を探さなければならない。ただ、素材の質や、今後の付き合いを考えると彼らが居なくなることは【ウサギ屋】にとってマイナスに働く。
情けではない。
宮兎にとって彼ら【オニガシマ】を助けることは今後の活動で重要になるからだ。
「ところで、お前のところも気をつけとけよ?」
「へ? 何をですか?」
「ディアブロ盗賊団にきまってるだろ?」
盗賊団、その単語を聞いて宮兎とリャーミャは互いに顔を合わせて首をかしげた。キキョウは「マジかよ」と呟き、呆れた様子で説明を始める。
「噂じゃ南の方から来た盗賊団がこちら側にまぎれこんだらしい。被害額も相当なことになっている」
「うわ、全然知らなかった」
「リャーも、はつみみ!」
「チビスケはともかく、ミヤ坊は警戒しとけよ? いくつかの武器屋と道具屋がやられている。オープンしたばかりだし、狙われるぞ?」
「うんー……盗賊団ねぇ」
考え込む様子を見せるが、すぐさま笑顔になる。
「ま、どうにかなるでしょ?」
「……………………」
「ミヤお兄ちゃん、自信いっぱいだぁ!」
キキョウの溜息がバックルームに深く深く響いたのは、言うまでもない。
U.M.R! U.M.R! U.M.AじゃないよU.M.R!
のアニメをみてマンガを全巻買った作者です。
深夜アニメはみますか? 私は見ます。
ということで新キャラ鬼の兄貴とツインテ幼女が追加ですね。
キキョウ・クチナシの名前は一応「花」にしようとおもって梔子 桔梗と漢字でかけます。妹は椿ってまんまですが。
幼女は……まあ、みんな好きでしょ、幼女? え? ちがう? なら、ごめんなさい。
てことで、お知らせです。
昨日は1100人越えのアクセスがありました! いぇい! ドンドン! パフパフ!
このままの調子で日間ランキングいけるかな! あ! 無理だね!
それと感想をいただきました。本当に感謝感激です。読者の方とコミュニケーションが取れることは嬉しいことです。いや、マジです。
恥ずかしがらずに感想、評価、ついでにブックマークもくださいなー!(露骨
明日も頑張って投稿しますので、よろしくお願いします!(=N=)b