4話 青年、声を上げる
言うの忘れてました。今回で『開業修行編』終わりです。
なので、妙に文字数が多いんです。
商品を大方決まったところで、今度は別の問題がある。店舗をどこに構えるかだ。人通りの多い北東区でもよいのだが、すぐ隣の北区には上級貴族達と領主の館がある。変に目をつけられては商売がやりにくい。宮兎はそこである提案を出す。
「いっそのこと俺の家をお店に改造するか」
「え? そんなことしても大丈夫なのですか?」
宮兎の家――中央区に建てられた一軒家だ。元々空き家だった場所をアスティアの父親が買い取って与えてくれた場所である。好きに使ってくれといわれ、最初は戸惑いながらも去年は二階を増築した。このまま三階建てにしようかと思っていたが、その資金を今回の事に回してもよいと考えた。
「態々家を出るのも面倒だから、一階をそのままお店にして、二階を住居にしようと思う。まあ、トイレやら風呂やらキッチンやら全部大移動だけど」
「確かにそっちのほうが何かと便利かもしれません」
「だな。そんじゃ、いっぺん家に帰って計画を見直すかな」
とぼとぼ二人で歩きながら大通りを歩き、十分もしないうちに一軒の木造で造られた家にたどり着いた。二階建ての赤い屋根の家。ここが宮兎の住まいだ。最初は古びた一階建てだったが、冒険者で稼いだお金で一度建て直している。
「一年前に建て直したばかりですよね? 本当にいいのですか?」
「もったいないといえばそうかもしれないけど、内装だけ変えてもらえれば大丈夫だから平気、平気」
彼は知らない。後々大工にすべて取り壊さないと無理なプランだと言われる事を……。
そんなことを知らずにアスティアを家の中へ誘う。彼女はかれこれ何度目になるか分からないほどくぐった玄関へ足を踏み入れた。
「お邪魔します」
「入れ入れ。あ、靴は脱いでくれよ」
「忘れていませんよ」
日本では当たり前となっている家では裸足の文化は【ヴァルハラ】ではかなり珍しい。極東の国では畳があると耳にしたことがある宮兎だが、それも本当かどうか曖昧なところだ。この家を建てるときだって大工に「極東の国があるらしいじゃん。そこに似た感じで頼む」とお願いしたものの、外見はどうやっても洋風となってしまった。ただ、中はフローリングと畳の部屋があり、現代の日本に近い部屋となっている。
玄関を抜け、扉を一つあけるとリビングが広がる。暖炉に大きなテーブル。四人分の椅子に本棚。【ヴァルハラ】では珍しくもない光景だが、裸足で過ごす事にアスティアは最初と惑っていたらしい。今となっては慣れたもので、気にせず椅子に座る。
「さてと」
アスティアの正面に座った宮兎は肘をテーブルについて真剣な表情で語り始める。
「次は仕入先だな」
「仕入れ、ですか?」
「ああ。地下室に余った素材はあるけど、それは無限じゃなくて有限だ。素材集めのためにダンジョンに一度潜ってしまえば三日は出られない。それは店としては困る。だからあらかじめどこかの誰かに素材を集めてきてもらって、それを買い取るんだよ」
「うーん、ギルドにクエストとして発注するのはどうでしょう?」
「それはあまり良くない」
首を横に振って、宮兎はアスティアの意見を否定する。
「ギルドのクエストは余分な【人件費】がかかる。素材を集めてきてもらうのはいいけど、それプラス彼らに報酬を与えなくちゃダメだ」
「集めてきてもらった素材の原価にちょっと色をつけた金額を報酬に当てればよいのでは?」
「普通ならそれでもいいかもしれないけど、今回は特殊で下級モンスターの素材を俺達は求めている。ちょっと色をつけたところで納得のいく金額にはならない。冒険者も命を懸けている。それなりの報酬じゃないと受けてくれないんだ」
そう。冒険者とは死と隣り合わせ。どんなに簡単なクエストだろうと、そこには必ずイレギュラーが発生する。モンスターの素材に少し値段を上げたところで全然足りない。オーガの皮一枚、買取相場が5ゴールドとしてそれを100枚集めてきてもらおうとしよう。一体からドロップする確立は80%。そして2枚以上出てくる可能性は20%。もし100枚集めて相場の2倍、値段をつけたとする。それでたったの1000ゴールド。
1000ゴールドじゃあ全く割に合わない。
「つまり、それプラスパーティの人数分に×2000ゴールド。基本を考えて4人と仮定しただけでも合計で9000ゴールドはかかる。相場5ゴールドのオーガの皮を普通に買い取れば500ゴールドで済む。よって8500ゴールド無駄に出費する」
「なるほど。冒険者クエストで素材集めが少ないのはそのためですね」
「ああ。ま、どっかの秘宝とかなら貴族達が大金出して冒険者達をダンジョンへ放り込むんだが、そういうことじゃないからな」
「なら、【道具屋】か【質屋】ですか?」
「そうなるな。一応めぼしとしてはお世話になった【クエスト・ファミリー】と【オニガシマ】の二つだな。【クエスト・ファミリー】で余った鉱物系や薬草類を買い取って【オニガシマ】からはモンスター素材を買い取ろうかと思う」
「【クエスト・ファミリー】は分かりますが、【オニガシマ】は大丈夫でしょうか? あまり良い噂は聞きません」
「んー、どうだろうね。あそこは【鬼族】が経営しているし、悪い取引はしないと思うんだ。一度アイテムの買い取りで寄ったことあるけど、感じ悪いってほどじゃないし」
【クエスト・ファミリー】は代々スタイダストで道具屋を営む家族だ。今は四人――祖母、父親と母親、そして今年で12歳になる娘が居る。まだ小さいのに配達や店番など、とても優秀らしく、将来【クエスト・ファミリー】に嫁ぐ男がうらやましいともっぱらの噂である。
一方の【オニガシマ】だが、開業して5年とまだまだ日が浅い質屋だ。極東のごく一部の地域に暮らすといわれる【鬼族】が経営している。見た目はほとんど人と変わりないのだが、額から立派な角が生えているのだ。男性なら1本。女性なら2本。
【オニガシマ】も家族――とは言え二人の兄妹が経営しており、なかなか苦しい経営をしているようだ。悪い噂とはそういう話で、近頃うまくいっていないらしい。何時、閉店するか冒険者達の間で賭け事になっているほどだ。
「苦労している奴ほど頑張っているんだ。ちったあ手を差し伸べてどう転ぶか賭けてみようじゃないか」
ニヒヒと笑う宮兎を見て、アスティアは溜息を吐いた。彼は出会ってから三年間ずっと――誰かのために自分を犠牲にしてきた。何事もないように、自分は平気だというように笑う。アスティアは知っている。彼がレベル500になるまで、本人は『簡単だった』と当然のように言う。
そんな馬鹿な話はない。
いくら【子羊への救済DX】を飲んだからといって、経験値は上がるが戦闘が楽になるはずがない。ソロで活動することがどれだけ大変で、どれだけ孤独なことなのかアスティアは知っている。彼女も一人でダンジョンへ潜る。初めて潜ったとき、彼女は心が折れそうになった。たった一匹の下級モンスターすら一人では怖いのだ。すがるものが何もない。
宮兎はどんな気持ちでいつも「大丈夫」と言うのかアスティアは不思議だった。
だから知りたかった。
彼の言葉の重みを。
「…………わかりました。私はどの道部外者です。すべての決定権はミヤトにあるのですから、任せます」
「サンキューな。やっぱアスティアの許可がないと怖くてさぁ」
宮兎の笑顔の裏はどうなっているのだろうか。アスティアは彼を見つめて、もう一度深く深く溜息を吐く。
「でさ、ここからが一番重要なんだけど」
表情を変えないまま、宮兎は紙と鉛筆をアイテム覧から選び、取り出す。机の上に置かれた二つのアイテムをすーっとアスティアの目の前まで持っていく。
「店の名前、考えてよ」
「え? ええええええぇぇぇ!? わ、私がですか!?」
「そうそう。アスティアが」
思いっきり椅子を後ろに蹴り飛ばして立ち上がったアスティアの表情は焦りで満ちていた。反対に宮兎はニコニコと笑顔を崩さない。机に両手を突いてアスティアは猛反発を開始する。
「これには納得できません! これから始めることはミヤト、あなた自身の将来に関わることなんですよ! 他人の私に任せちゃいけません!」
「待て待て。俺の意見も言わせてくれよ」
興奮している彼女を「どうどう」と落ち着かせる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁー…………理由があるなら聞かせてもらいましょう」
「まずは座れよ、な?」
アスティアはジト目で宮兎を睨み、無言で椅子を元に戻す。わざとらしく勢いよく座ると、睨んだまま口を開いた。
「で? どんな理由で私に店の名前を決めろと?」
「大した理由でもないけど、【赤い影】って名前もアスティアが考えてくれたじゃん?」
「そ、そうですね」
「この名前は今じゃ世界中の人達に伝わって愛されている。そこは理解できるよな?」
「……恥ずかしいけど、分かっています」
「だろ? だからさ、今回もアスティアに名前を決めてもらった方が上手くいく気がするんだ。これは本当に勘でしかないけど、間違いないと思う」
「……………………」
懐かしむように語る彼の目はアスティアから見て、とても輝いていた。まるで少年時代を思い出すような大人のキラキラとした穢れのない瞳にアスティア自身も当時のこを思い出す。
『なあ、偽名ってどう考えればいいんだ? 全く思いつかねぇ』
『そうですね。簡単のだと本名をいじったり、親戚の名前にしたり。あとは異名ですかね』
『異名? なんか中二臭いなあ』
『チュウニというのが良くわかりませんが、ランクの高い冒険者達の間では異名で呼び合うと聞いたことがあります。有名な勇者伝説でもパーティ内では異名で呼び合ったとか』
『なんだか他人行儀だな…………。まあ、後々変な名前付けられるより今のうちにさくっと決めた方がいいか』
『悩んでいるのなら私が考えましょうか?』
『本当か? 考える手間が省ける。助かるよ。で? どんな異名にするんだ?』
『そうですね。なら応用で、本名から異名を創りましょう。ミヤト、貴方の名前をあちらの世界ではどうかくのですか?』
『どうって……赤松宮兎だけど』
『この頭の文字はどういう意味なのですか?』
『意味? そりゃあ色の赤だよ。それ以外の答えは持ち合わせていない』
『色ですか…………。それなら【赤い影】、というのはどうでしょう?』
『どこから来た、その【影】は……?』
『【赤】はもちろんミヤトの名前を意味して、【影】はアサシン職を連想させています』
『おお、なるほど! 確かにアサシン専用スキルは【シャドウ系】が多いもんな』
『あとは、これからこの名前はミヤトの【影】になってくれるからです。貴方と共に歩き、あなた自身であり、貴方ではない誰かと偽る。二重の意味で【影】の言葉は必要だと思いました』
『…………常日頃から異名とか考えていそうだな』
『ばっ! そんなわけないでしょう! ミヤトでも本気で怒りますよ!』
『冗談! 冗談だから叩くのをやめろ!』
……………あのやり取りからかなりの時間が過ぎた。【赤い影】の名は文字通り宮兎を隠し、彼と二人三脚で歩んできた。その事実をきちんと理解し、認めている。だから今回もアスティアに任せよう。それは未来で良い結果に繋がる。彼の考えはそういうことだった。
「いいでしょう。私が責任を持ってこのお店の名前を考えます」
「よ! 流石アスティア様!」
「…………馬鹿にしているのなら今度は殴りますよ?」
「うそ! 嘘だからそんな目で見ないで!」
必死なのかふざけているのか分からなくなったアスティアは溜息を吐いて、紙と鉛筆を宮兎に押し戻す。さっと顔色が悪くなるのは宮兎だ。
「機嫌悪くなった?」
「違います。前回と同じようにミヤトの名前から取ろうと思います。お店もミヤトと一心同体。名前を分けてあげた方がより情が移るものです」
「確かに。そんじゃあ、さらさらっと」
紙には漢字で【赤松宮兎】と書く。再びアスティアの前まで持っていくと、じっと見つめて十秒ほど待った。
「ふむ、【赤】以外の文字はどのような意味があるのですか?」
「あー、【松】は俺達の国にある木の名前かな? 【宮】は王宮とか宮殿とか……なんかそんな感じ。最後の【兎】は動物のウサギのことだよ」
「ウサギって、あの耳の長いウサギですか?」
「そうそう、そのウサギ」
じっと【兎】の字を見つめて――アスティアは真剣な表情でさらに十秒間唸る。
そして――
「ウサギ……可愛いじゃないですか! そうですね。名前は『ウサギ屋』にしましょう。100ゴールドショップ『ウサギ屋』!」
宮兎は盛大にずっこけた。もっとひねった名前が出てくるかと期待したが案外、ストレートな答えが出てきたのでリアクションに困ったのだ。
「な、なかなか普通なのが出てきたな」
「いえいえ、ウサギとは【ヴァルハラ】では古来よりペットとして可愛がられてきた生き物です。王都の騎士団には特攻兎――【アサルト・ラビット】と呼ばれる団もあるほどウサギは愛されています。親しみやすさではこれが一番いいと思いますよ」
「うんー、確かにキャラクター的にもいいのかもしれない…………」
腕を組んでこれでいいのかと思ったが、自分でアスティアに任せたのだ。彼女の考えた名前だ、きっと神様が味方してくれる。アスティアに罪はない。笑顔で頷くと、高々に宣言した。
「よし、決まりだな。そうと決まれば『ウサギ屋』オープンに向けて頑張るか! アスティア、悪いけどほんの少し手を貸してくれ」
「何をいまさら。分かっていますよ。私がやれることは、きちんと手伝います」
「おう! 頼りにしてる!」
大きな声を上げ、お互いに握手をする。
これが『ウサギ屋』がオープンするまで一ヶ月前――春が見え隠れする三月のことだった。
てことでやっとタイトル回収ですね。
にしても次回からどうなることやら作者が一番不安です。
さてさて、次回からは『ウサギ屋開業編』なのですが、できれば明日更新を望んでいます。しかし、まあ、前にも言いましたがテスト期間中なのですね、はい。
時間を見つけては書いてますが、明日か明後日か、もしかしたら今日中にもう一度更新できるかも……となんともまあ未定です。ご了承ください。
あ、それと着々とアクセス数が増えてます。本当に感謝です。
一日500人だったのが昨日は800人越えでした。目指せ一日1000人ですね。
他にお知らせといえば誤字をいくつか編集しました。
作者が気がついていない場所や、違和感がある文があればお知らせください。早急になおします。
ではでは、最後にいつもどおり感想、評価気軽にお待ちしておりますので、これからもよろしくお願いします!
/(^N^)\