3話 青年、震え上がる
今日はここまでですね。
さあ!新ヒロインの可愛さを味わうが良い!
ティルブナ・F・アルムント――アルムント家の三女が冒険者デビューと一時期話題になった。それも一ヶ月ほど前だろうか。彼女の兄弟はすでに一流の冒険者だ。スタイダストを離れ、王都で活躍する長男と長女、次男と次女はランクBBのダンジョンに遠征中。五人兄弟の彼らを人々は【アルムントの五つ星】と呼んだ。
そんなティナだが、彼女は他の兄弟と違って絶賛する人物が居た。それが【赤い影】である。遠目でしか彼女は確認していないが、彼の活躍はスタイダストに大きな影響力を与えている。その一つとして彼の名を聞いてスタイダストに集まる新人冒険者達だ。
冒険者を集める街はその数によって街が活性化すると考えている。スタイダストには王都に負けないほどの魅力があるのだ。アルムント家はスタイダストの守護者とも呼ばれ、第一に街の拡大化を望んでいる。
「赤い影様のおかげでスタイダストは50年は安泰です。わたくし達アルムント家が誠意を見せるのは当たり前でしょう?」
「ティナ、流石にやばいって。親方様に殺されるぞ……」
「あら、お父様にはきちんと伝えております。クエストを発注したのもお父様でしてよ?」
「…………だから屋台なのか」
アルムント家の現党首、ガラドンド・F・アルムントはティナのことを溺愛している。それはなんといっても亡くなった奥さんの忘れ形見だからだろう。ティナが生まれてすぐに亡くなった妻のことをガラドンドは娘に照らし合わせているようだ。有名な話で、ティナにちょっかいをかければガドンドがやってくると……。当時その話を聞いた宮兎は「妖怪かよ」と呟いた。
「本当は北にユニークモンスターが出現したと聞いたので、討伐クエストに出撃したかったのですが、お父様がこれしかダメだとおっしゃるので」
「お父さんの思いやりなのですよ、きっと」
しかしアスティアの目は遠くを見つめていた。ガラドンドがどこで見ているかわからない。彼女との対応には慎重に行わなければ。いくらレベル500の冒険者でも怖いものは怖い。2メートルの巨漢が叫びながら追いかけてくることを想像して宮兎が震え上がる。
「ところで赤い影様を見ませんでしたか?」
二人はティナの問いに思わず肩を震わせた。気づかなかったティナは質問を続ける。
「赤い影様のため、お祭りを開催したのに彼が居ないのではあまり意味がありませんわ」
「あれ? ギルド主催じゃなかったか?」
「表向きは。裏ではアルムント家が全力で支援させていただいてますの。なんたって私の愛おしい方の晴れ舞台ですもの!」
「あははは……。なるほどね……」
死んだ目で納得する宮兎。疑問が解決した。あまりにも盛大すぎる祭りの裏で、こんな黒幕が居たことに。
「ああ、愛しの赤い影様。今はどこで何をしているのでしょうか?」
目の前で絶望感に浸っていますよとは流石に言えなかった。アスティアも同じようなことを思ったのかティナから視線をそらす。ティナは制服のスカートをフリフリ揺らしながら赤い影の事を考えている。その表情はまさに恋に恋する乙女。これは見ていて痛々しい。アスティアは話題を変えようとティナに話をふる。
「ところでティナさん、近頃レベル180に到達したと聞きました。おめでとうございます」
「あら、情報が速いのね。わたくしの予定ではレベル200になるまで平均的に一年かかるので、それをきるために急いでいるのだけど、なかなか難しいわ」
レベル200、下位職が上位職にクラスチェンジできるレベルだ。基本、毎日ダンジョンや魔物の討伐を行えば一年でレベル200に達することができる。
レベル200になれば一流の冒険者。その言葉の対となる「レベル200からスタートライン」なんて言葉も存在するのだ。平均で一年と半年かかり、その間に基礎を全て叩き込まれる。一人でクエストに行けるようにもなるのが、それを一人前と呼ぶか、スタートラインと呼ぶかは人それぞれだ。
しかし、そこからさらに昇華の儀を何度も行い、レベル300になることがかなり難しい。倒せないモンスターや攻略できないダンジョンがでてくる。弱いモンスターばかりでは一向にレベルは上がらず、嫌でもレベルの高いモンスターに挑まなくては成長しない。
「それに私より年下の貴方がレベル200になったとお父様から聞きました。シスターにしておくのはもったいないですわ」
「それは私が勝手にダンジョンで遊んでいるからですよ。ミヤトがきちんと装備も揃えてくれますしね」
「貴方、アルケミストでしたね」
「まあな」
宮兎はティナに正体を教えていない。彼女と出会ったのはかれこれ一年前だが、その時から【赤い影】信者であり、本人の前で正直に話せるような状態ではなかった。彼女の前ではレベル290のアルケミストで通っている。
「今度わたくしにも武器をお願いしたいのです。素材はもちろんこちらから提供させていただきますわ」
「おいおい、お前の家には優秀な錬金術師がいるだろう?」
「サーミュお姉さまは現在ダンジョンへ遠征中なのです。わたくしも早くお兄さまとお姉さまと一緒にダンジョンへ行きたいのです!」
「そういわれても、まずはレベル200になって上位職についてからだな。スキルの質も全然違うから、ある程度体になじんだ武器を選ばないと」
「…………分かりました。ちょっと焦りすぎましたね」
ふとここで、アスティアがティナの表情に違和感を感じる。どこか寂しそうで、先ほどの勢いが全くない。【赤い影】の話をしている時はもっと生き生きとしている。だが、宮兎と会話している時はもっと楽しそうだった。それが、突然勢いをなくしたのだ。
(ティナさんが…………まさか、ね?)
一つの可能性を感じたが、やはり思い違いだろうと考えるのを辞める。ティナは【赤い影】に憧れを持っていて、宮兎の正体を知らない。彼に感じるものなどないはずなのだ。
「さて、長話もほどほどに。串焼きでしたね。お会計は300ゴールドですわ」
「おう、ありがとう。そうだ。今度俺も商売を始めるから、気が向いたら来いよ」
「本当ですか? 分かりました。楽しみにしています」
「絶対来いよ? それじゃあな」
「失礼します」
ティナに別れの挨拶を伝えて二人は遠ざかっていく。ティナは後姿を見送りながら小さく手を振り続けた。人ごみにまぎれて二人が見えなくなると、ティナはすぐさまその場にしゃがみこんで両手で顔を隠した。
「あああああ! またミヤトに誤解されることをしてしまいましたわ!」
顔を真っ赤にして、ブンブン首をふる。優雅さはどこにも感じられず、金髪のポニーテールが激しく揺れた。
「はあ……何故、彼の前だと赤い影様のことばかり話してしまうのでしょうか? 本当は……違うことも話したいのに」
ティナは正真正銘、【赤い影信者】である。だが、それは恋ではなく憧れであり恋愛の対象ではないのだ。宮兎の前だとまるで【赤い影】が自分の想い人のように語ってしまう。
(違う、違うのにぃ……)
本当の想い人――それは宮兎、彼で間違いないのだ。一年前、まだ冒険者ではなかった彼女が修行のため潜ったとあるダンジョンで彼と出会い、様々な出来事を彼と一週間過ごした。その中でティナは宮兎に惹かれるようになってしまったのだ。
当時から赤い影を崇拝していた彼女は他の冒険者を見下しているところがあった。それを宮兎本人に叱られたこともあり、彼女の考え方は大きく変わった。宮兎の存在がティナの人間成形に大きく影響したともいえる。
「あーあ、きちんと落ち着いてお話がしたいですわ」
もう見えない彼の背中、消えて行った方向を愛おしそうに見つめるティナは客観的に見て儚げであると、周りで見ていた人々は思うのであった。
てことでティナさんは既に落ちてますね。
さて、今日はここまでです。
また明日更新しますが大体01:00ぐらいでしょうか?
一応予定です。
では、感想や評価お待ちしております\(^N^)/