53話 続・商品開発部、健康サプリメント
大・遅・刻☆
(本当にごめんなさい。モンハンしてました。)
冒険者達の食事といえば、酒と肉がお決まり――大変、不健康な食生活をおくっている。王都ではもう少し上品な食事なのかもしれないが、ダンジョンやフィールドで野宿する際、野生動物を狩って鍋や丸焼きなどにするのだ。魚介類は餌や道具の用意が面倒だと、どうしても敬遠してしまう。
近頃はそんな冒険者向けの薬が販売された。
それが【健康サプリメント】である。
液体薬のポーションとは違い、米粒サイズの固形薬である。これが現在、一袋60ゴールドから90の値段で取引されており、ちょっとしたブームをスタイダストで引き起こしていた。取り扱いは道具屋、薬屋はもちろん旅商人までもが販売しており、今後サプリメントが冒険者達にとってどのような効果をもたらすのかギルドも期待している。
新聞の広告記事にも毎日載るようになった。誰もが目にして、知らない人はいないというほどに。
しかし、サプリメントが珍しくも無い人物――宮兎は新聞の広告に感心を持つことは無く、この世界で起きている珍事件の記事がお気に入りであった。
「なになに? 東町のガブガルディが近年稀に見る水不足? 魔術師300人をダムへ派遣し、三日間水属性スキルを発動させ、この問題を無事解決…………相変らずハチャメチャだなあ異世界の時事問題は」
このように、異世界では当たり前のことも彼にとっては目を疑うようなことを記事にしてくれる。つい最近面白かった記事は、少女がペットとして飼っていた【ベビーサラマンドラ】が成長し、【ボルケーノ・ドラゴン】になったらしい。そのドラゴンを従えて【竜騎士】として王都で働くことになった――という記事。少女は既に大人になって、女性とドラゴンが王城の前で仲良く写っている写真が掲載されていた。見出しは【幼き少女と幼竜、大空へ羽ばたく!】である。異世界ならではのコラムだろう。
「100ゴールドショップを始めれなかったら新聞記者にでもなればよかったかな? ちょっと興味湧いてきたぞ」
宮兎は知らないだろうが、この世界の新聞記者は命がけの取材をしている。活火山に潜む魔物を調査したり、貴族のゴシップ記事を書くために潜入捜査をしたり、はたまた面白いお祭りが行われる国があればそこまで実費で旅行へ行ったり、何かと過酷な職業である。
パラパラと新聞を捲っていくと、一ページ丸々【健康サプリメント】の紹介がされている記事があった。だが、宮兎からすれば元いた世界の変哲もない広告記事でしかなく、面白い情報は得られないだろうと無視した。
その時だったであろう。
バックルームの扉が大きな音をたてて開き、大男が入ってきたのだ。
「おいボウズ! いるか!?」
「…………ジェルズのおっさん?」
お昼休憩の途中でもあった宮兎は、驚きのあまりかけていたメガネがズレ落ちて、手に持っていた新聞をクシャっと胸に抱き寄せてしまった。椅子の上で縮こまり、入ってきた大男――ジェルズ・ハウリングを見てバクバクとうるさい心臓を落ち着かせようとしながら語りかけた。
「びっくりした……。大声出してどうしたんです?」
「頼むボウズ! コレをお前さんに作って欲しい!」
ジェルズが宮兎の目の前に突き出したもの――それは、今もっている新聞に書いてある【健康サプリメント】の紹介記事だった。
◇
先に答えを出してしまえば、ジェルズの奥さんからの要望だった。
ジェルズ・ハウリングには全く似合わない美人な奥さんがいる。宮兎も何度か顔を合わせており、ジェルズの娘と言われても疑わないほど若い。スタイダストでも有名な人物で、元冒険者ともあり顔も利く。あのガラドンドですら頭が上がらない――とまで噂が流れるほどだ。
その奥さんからの――命令だという。
「実はワシがうっかりエキドナのサプリメントを飲んでしまってな。いやいや、久々に死ぬかと思ったわ」
「はぁ……」
答えが出たのなら、その過程を説明しよう。
今朝のことだ。ジェルズはいつもの決められた時間に目が覚め、顔を洗い朝食を食べ、仕事の準備に取り掛かる。これが彼の日常であり、体が覚えていることなのだ。寝ぼけていようが、目を閉じていようが、朝は必ずこの段階を踏む。ジェルズの頭が、体が機械のように勝手に動く。ただ――この日はイレギュラーな物あった。
朝食を食べる時、テーブルの上に置いてあった【健康サプリメント】。もちろん裸の状態ではなく、袋に入れられていたという。ジェルズの体はもちろん止まった。日常に無い物が目の前にある。知らないわけではなったという。健康サプリメントのことはジェルズはそれこそ妻のエキドナから聞いていた。なんでも体を健康にしてくれる【食品】がある……と。
ここでジェルズは勘違いをした。
冒険者を引退してはや何十年。現役の頃、たくましかった体は衰え、脂肪もつきはじめた。一方の妻は三十年姿が変わっていない――気がしている。方や美しさと若さを保ち衰えなど感じさせない妻と、こんなにも変わり果ててしまった自分を比べてみると、ジェルズは思うところがあった。
エキドナは健康サプリメントなど使わなくても十分に美しい。必要ないものだ。なら、何故ここにあるのか? 朝の食卓に置いてあるのか?
妻が――用意してくれたのだろう、自分のために。
これが盛大な勘違いだった。
健康サプリメントは当然ながらエキドナの物で、彼女は彼女なりに悩んでいることがあるらしく、改善のために態々買ってきたのだ。ジェルズにも分かりやすいように「自分自身」の席に置いていたのだが、ジェルズがそれすらも無視して、朝食前に飲み込んでしまったのだ。
朝からエキドナの怒りは頂点に達しており、ジェルズは文字通り逃げるようにして我が家を飛び出してきた。同時に、言い渡された言葉は【健康サプリメント】を買ってくること。種類は今朝の新聞に載っているからどうのこうの――それだけ聞いてきて、新聞を買い、道具屋と薬屋、旅商人の所まで足を運んだが売り切れ。お昼を過ぎてようやくウサギ屋までたどり着いた。
ここまでが、ジェルズ・ハウリングが血相を変えてウサギ屋に突撃してきた真実だ。
話を聞き終わった宮兎は呆れて、同情した。
「エキドナさんを怒らせるって……よっぽど苦労して手に入れたんじゃないんですか? その健康サプリメント」
「それがじゃのう……飲んでみたワシからすれば別に体に変化は無いぞ? 不良品じゃないのか?」
「サプリに即効性があるわけないじゃないですか。ポーションと違って、毎日飲んでこそ効果が表れるんですよ? ………そもそも全部飲んじゃったんですか? 少なくとも十粒以上は入っていたと思うんですけど」
「あんな米粒より小さい薬なんぞ、一気に飲み干して個数までは覚えておらん」
「あ、そうすか…………」
値段が安いとは言え、1週間ほどの量を一瞬にして飲み込まれてはエキドナが怒るのも無理はないと宮兎は思う。寝ぼけていたとは言え、流石にひどい話だ。エキドナの機嫌が悪かったのも朝という条件が悪かったのだ。有名な話で、ハウリング家のエキドナさんは朝、時々別人のように機嫌が悪いときがある……と。その時々に運悪く重なってしまったようだ。
「んで、コレを作れと…………」
「頼む! どうかワシを助けると思って!」
「助けたいのは山々なんですけどね……」
宮兎も悩んでいた。エキドナという女性を想像して、彼女が本当に健康サプリメントが必要なのかどうかを。
エキドナ・ハウリング――今年で五十歳……のはずなのだが、ハーフエルフだからなのか外見は二十代から変わっていない。ハーフエルフとは言え、五十歳にもなればそれなりの衰えが出てくるはずなのだが、不思議とエキドナにはその傾向が全く見えない。
その美貌により当時数多くの男達が惚れていた――宮兎がジェルズから自慢された話の一つだ。
「別にあの外見なら必要ない気もしますけどね」
「そうなんだよ! ワシだってそう思ったから飲んでも良いと!」
「でも、一言普通は聞きますよね?」
「うぐっ…………それを言われると何も言いかえせんのう」
「分かりましたよ。作りますけど文句は言わないでくださいね」
「文句だと? 何故文句を言わなきゃいけないようなことになるんだ?」
「転生蘇生はまだまだ未知のスキルなんですよ。だから人が口にする【食品】だけは絶対に作らなかったのに。体が爆発したり、ドロドロに溶けたりしても知りませんからね」
大袈裟に脅したが、ジェルズは気にしてないようで、むしろエキドナに怒られること怖いらしい。まずは作ってくれと目が訴えている。
「ワシが実験台になっても構わない! 早く作ってくれ! でないとワシの晩飯がトカゲのしっぽになってしまう!」
「根にもちすぎでしょう……。しっかし、あのエキドナさんが怒るって、そのサプリメントは苦労して手に入れたんでしょうね」
「そうじゃろうな……ああ、罪悪感がぁ……」
大男が頭を抱えてしゃがみこむ姿なんて見たくは無かったのだが、ジェルズの気持ちは宮兎の想像以上に落ち込んでいるらしい。床に「の」の字を書き出して、背中からは負のオーラ見える。
「新聞貸してください。紹介文を読んで、効果を確認します。成分が似ている……はずの素材を使って作れば大丈夫なはずです……多分」
多分としか言えなかった。もしだが、失敗してジェルズが魔物になったり、体が変色したり、爆発したり――などなど最悪の事態を想像してしまう。
いずれは実験するつもりだった。食品の錬成を成功させ、駄菓子や調味料、飲み物まで作れないかと(もちろん素材は体に害の無い食材を使う予定だが、食用の魔物もいるのでそこは臨機応変に)考えていた。錬金術のリストにはやはり載っていない物を作るとなれば、転生蘇生の恩恵を受けなければならない。
――その恩恵のために返ってくるリスクが計り知れないだけで……。
不安を抱えながらも伊達メガネを取り出し、広告を読み進める。
「……どうやらこのサプリメントは亜鉛を補うためのモノですね」
「亜鉛? 亜鉛なら工房に腐るほどあるぞ? それじゃダメなのか?」
「さあ? 人間が摂取するには向いていないんじゃ? 俺も詳しいことは知りませんから……。聞いたことあるのは貝類に多く含まれてるとか含まれていないとか」
「ほほー」
前の世界での知識だが、テレビで「しじみ」がどうとか「牡蠣」が良いとか言っていた記憶が宮兎にはあった。だが、広告に書かれている貝は普通の貝ではなく『デビル・ハマグリ』と呼ばれる全長二メートルの巨大貝を丸々一個を一瓶に詰め込んだ品だという。普通のサプリメントとは違い、百粒入りの5000ゴールドで取引されている……と書かれている。
「あれだけデカイ貝なら、大量の亜鉛が含まれててもおかしくないですけど……よくデビル・ハマグリなんて捕獲できたな」
「レベル250の魔物じゃろ? 食用としては注目されていなかったが、サプリメント効果で多くの冒険者が狩って商人との取引材料にしているらしいな」
「魔物は普通の生き物と違って湧いて出てきますからね……。絶滅の心配は無いでしょうけど、こりゃ素材の価格が上がるかもなあ」
デビル・ハマグリに限った話ではなく、サプリメント効果で多くの食材や食用魔物の需要が増えているのは事実。宮兎は錬成素材としている魔物が捕獲対象になってなければ良いけど少々考えた。
「デビル・ハマグリの素材は残念ながら倉庫にはない……ですけど、代わりになりそうなヤツならいますよ」
「おお! そうか! ところで、その代わりって?」
宮兎はメガネを不気味に光らせ――真顔でジェルズを見つめる。
「――ダイオウ・ギガンテウス」
「ぶふっ!?」
ダイオウ・ギガンテウスとは、レベル450のユニーク・モンスターである。『暁の砂浜』と呼ばれるダンジョンのボスモンスターで、全長約二十五メートルほどの巨大な二枚貝だ。ダンジョンの環境が良い時に出没すると大きさは三十メートルを超えるという。特徴は貝の中に貝柱のような砲台が設置されており、遠距離からの魔法スキルを使用する。その巨大ゆえに動くことはほとんど無いが、頑丈な鎧と、強力なスキルで冒険者を苦しめる。
「小僧、流石と言うべきか……」
「アレの素材ってあまり使い道ないんですよ。作れる防具はダサイし、アイテム錬成の素材にもならないし。邪魔だったんで丁度いいんですよ」
材料はある。問題は成功するかしないかだ。
ジェルズが覚悟を決めているのに、自分が迷っていては仕方がないと、地下からダイオウ・ギガンテウスの素材をさっそく用意する。『上質な貝柱―弩級―』と呼ばれる物を持ってきた。ダイオウ・ギガンテウスの貝柱――砲台部分にあたる素材だ。ドロップ率はさほど高くない。
「早速始めますから離れてください」
「お、おう」
「――すう…………ザ・クリエイティブ―転生蘇生―!」
練成が上手く成功しますようにと祈りも込めて、深呼吸と共に錬成を開始した。何気にジェルズは転生蘇生は初めて見ることになる。他の錬金スキルとは違う、肌がピリピリする感覚に冷や汗を流した。
いつものように光に包まれ、アイテムは生まれる。『上質な貝柱―弩級―』を乗せていたお皿の上にでてきたのは米粒より更に小さい銀色の粒だった。山盛りにされており、ダイオウ・ギガンテウスの品質の良さがここで伺えた。宮兎は予め用意していた瓶にサプリメントを詰め込んで、ソレをジェルズに渡す。
「俺ができるのはここまでです。コレを飲むのか、飲まないのか決めるのは――」
「早速実験じゃな。あーん」
「言った傍から飲み込む!?」
水も飲まずに、ジェルズは瓶の中から三粒ほど取り出して飲み込んだ。宮兎はかなり不安なのか、顔が引きつって、ジェルズの変化にドキドキしている。
「うむ、特に問題はなさそうだな」
「本当ですか? 体のどこか変色したり、触手が生えたり、人を殺したくなったりしませんよね?」
「ならんわ。しかし、これでエキドナにも満足してもらえるだろう。ふう、ワシの晩飯は守られた」
「……大丈夫ならいいですけど、副作用とか後々分かったら教えてくださいね? 一応、薬はもしもの為に薬局で大量に買い占めておくので」
「心配ない。頑丈がとりえのワシだ。ちょっとした変化で騒ぐほど…………」
「え? ジェルズさん? ジェ、ジェルズさんってば? どうかしましたか……!?」
「いや、なんだか体に力がみなぎってきてのう」
「へ?」
ジャルズは背伸びをして首を回して、ニッコリ笑う。笑顔が気持ち悪いと言ったら失礼なのだが、宮兎は正直に「なんだその笑い方」と思った。いつもの豪快らしさは無く、どこか下品な笑顔だ。
「いますぐエキドナに会いたい気分じゃの」
「エキドナさんに?」
「悪いな小僧。御代は後日払う。今はエキドナに会うのことが優先じゃ!」
「ちょっちょっと!? ジェルズさ――」
「さらば!」
ドガっと裏口をぶち抜いてジェルズは飛び出してしまった。宮兎は先日、この取り残された感覚を先日体験した気がするのだが――ポッカリ穴の空いたウサギ屋の裏口を呆然を見つめることしか出来なかった。
後日談になるが、あのサプリメントはハウリング夫婦には好評だった。話を聞けば、お互い積極的になれてどうのこうの――と、話を聞きながら宮兎は顔色を青くする。
また作ってくれと頼まれたが、泣きながら土下座をして謝ったのはまだ帰らぬアスティアには秘密だった。
次回でこの章は終了ですね。
次は「女死会編」です。