51話 続・商品開発部、暗黒面の少女
遅くなってすみません!
あと、感想の返事も遅くなってます!確認はしておりますので、落ち着いたら返信します!
今回ふざけすぎました。先に謝っときます。
人と会話をする時は目を見て会話をする――というのはなかなかに難しいことなのだ。どれだけ口が達者な人でも、ずっと他人の目をじっと見ながらおしゃべりを続けられる人はそうそういない。
対策としては、目や鼻、それこそ口元を見て会話をすると、相手は顔を見て話してくれていると思ってくれる。よって『面と向かって話す』ことが長時間可能となるのだ。
宮兎もこの知識は高校受験の面接の時に先生から教わったものだ。何故、この話題を取り上げたのか。それは宮兎が現在置かれている現状に原因があった。
「あ、あの……ナノちゃん? 何か話してくれないとこの状況が分からないんだけど……?」
「……………」
「……………」
場所はウサギ屋の二階、いつものリビングである。本日は休業日で、レイン・ゴースト達は外へ遊びに出かけている。宮兎は新作商品でも考えようかと家に篭るつもりだったようだ。だが、思わぬ客人――ナノ・サラカスが一人でやってきた。
話があると言うのでリビングに案内したが、お茶を出してからずっとこの調子である。目を合わせようともせず、泣きそうな表情で落ち着きがない。正面の席に座った宮兎も、彼の周りにしては珍しい雰囲気につまずいている。話を切り出しても、黙っているばかりで進まない。
「…………………………」
「…………………………」
時間は二十分ほど経った。湯呑みに入れられた緑茶も冷め切ってしまい、ぼーっと勿体無いなど宮兎は考え事をするようになっていた。最初は沈黙が気まずかったが、慣れとは怖いもので、ナノが無視をしても「まあ、いいか」と、時間を無駄にすることをなんとも思わなくなっている。
「………………………あの」
「うん?」
ようやく声が聴けた。二十分ぶりの声だ。変な事を言ってまた黙らないように気を使い、簡単にだけ返事を返す。それでもナノは目を合わせようとしないが、口は金魚のようにパクパクと動いて何かを言う努力をしていることだけは理解できた。
「お願いが…………あると、言いましたが…………」
「玄関で言ってたね」
「……………ごめんなさい」
「え? い、いや怒ってるんじゃないよ! 確認! 確認のために聞いただけ!」
宮兎にとってナノのような大人しい――か弱い――人見知りのような反応をする女性は新鮮に感じる。アスティアは会話能力も高く、どんな人物だろうと目を見て話していた。ティナも『貴族』であるからなのか、人の上に君臨する立場としての心得を持っている。セルフィに関しては知らない人だろうとお酒を一緒に飲んで御代を払わせるような人間だ。ツバキといえば接客業をしているので人見知りとは無縁に感じる。レジニーはむしろ黙っていて欲しい。
だから――当然というか、ナノのタイプはだからこそ接し方に頭を悩ませる。
「……お願いしたいことは」
「したいことは?」
「……………………」
「……………………」
「………………私を――強くしてください!」
「うん、無理」
質問するのに十数秒、返答に一秒とは画期的なやりとりだった。ひとまずは、彼女の目的が何か――については宮兎もようやく話が聞けた。だが、内容が内容なだけに、返事はすぐに出せたのだろう。ナノは勇気を出して発言したにもかかわらず、一刀両断されショックを受けているらしい。
彼女お願いとは――強くなれるアイテム――例えばあの忌々しい『子羊の救済』とか――そんなものを作って欲しいのだろう。でなければ宮兎の所へ来る筈がない。ヒーラー職であるナノが強くなるために錬金術師を頼ることは他所から見てもおかしなことで、『すぐに』であるなら答えはそれしかない。
「ナノちゃん、悪いけど俺は何でも作れる訳じゃないんだ。君の願いは多分、叶えられない」
「…………私、強くならなきゃいけないんです」
「うーん……。理由がありそうだね。まずはそれを話してごらんよ」
ナノはスカートの裾を握り締め、瞳からこぼれそうな雫を見せないように俯いて静かに語りだす。
「あの一件――ミヤトさんは覚えていますよね」
「あのってことは、魔王種のオーガ?」
「はい…………。あの日、私は自分が『本当』に無力だと知らされました。ティナ先輩はリーダーとして責任を背負い、それを果たした。デスカント先輩は恐れず、私達の心が死にそうな時でも励ましてくれた。サマエト先輩は命を張って守ってくれました。先輩方がいなければ――私はあの場所で死んでいたでしょう」
「ちょっと言い過ぎなんじゃないか? ナノちゃんだってサマエトの傷を癒して命を救ったじゃないか」
「私じゃなくても良かった。その役目は私以外のヒーラーなら誰でもできる。でも、先輩方の役目は誰にも務まらない。私は……私は………強くなりたい」
「だからって俺を頼るのは…………」
「ミヤトさんが優秀な冒険者だったとティナ先輩から伺っています。引退さえしなければ今頃はレベル350だって」
「あ、あはははは……。流石にそれは無理だよ」
レベルカンストしてますとは言えない。
しかし、彼女が頼ってきた真意は伝わっていた。元々人見知りで、ティナが声をかけなければどこのパーティーにも所属できないほどだったと聞いている。特に男性を避けていたと宮兎は知っていた。ある程度の信頼関係を気づいていればデスカントやサマエトのように話しかけることもできる。だが、彼らを今回頼ることは出来ない。ならばあの日命を救ってきれた三人の一人――宮兎に声をかけるという決断に至ったわけだ。
また、宮兎を選んだ理由は会話の量もあるだろう。宮兎は海やお店でナノと時々だが会話をしていた。キキョウの場合、オニガシマではツバキが店番をして、二人が出会うことはないだろう。海でもセルフィに付っきりだった。ジェルズはあの日以降会っていないことも可能性としてある。
少しでも会話が出来る宮兎を選ぶのは自然なことでもあった。
「しっかし、冒険者として強くなりたい気持ちは俺も分かるよ。駆け出しの時は経験値稼ぎのために仕事はどんなことでもしたしなあ」
「ミヤトさんもそんな時代があったんですね」
「誰だってあるだろ。強くなる近道はレベルアップしかないのは事実だし…………」
ふと――宮兎はこんな事を想像した。
よくある王道展開で、力無き主人公やライバルが力を求め、悪の道に進む展開だ。お決まりのセリフは「力がほしいか?」である。大抵は対価を払い、強大な力を手にいれ闇オチのパターンだ。まさかと思うが、自分が助けなければナノが悪に染まることになる――。
「そんなことあるはずない、絶対にない」
「あら、力が欲しいの? 私があげようか?」
「ちょっと待てすっとこどっこい!」
悪――闇――ついでに亡霊といえばこの人――レジニーである。今回もまた、気づかない間に部屋へ入り込まれ、隣に座っていた。アサシンスキルが全く機能していないことへの不安と、「またこいつか」のダブルパンチで宮兎は頭が痛くなった。
「ハロハロー、ミヤト。ナノちゃんもお久しぶり」
「レジニーさんっ! 何時の間にここへ?」
「ナノちゃん、こいつだけには関わっちゃダメだからね? 絶対に、レジニー、ダメ」
「相変らず冷たいのね。でも、そんなところも愛しているわ」
レジニーはにっこり笑い、宮兎の背筋は凍る。ただ、ナノだけは【精華のレジニー】という人物を尊敬の眼差しで見つめ、大好きな芸能人に出会った少女の顔をしている。さっきまでの泣き顔が嘘のようだ。
「話は聞かせてもらったわ。ナノちゃんは強くなりたい。でもミヤトは無理。じゃあ私が引き受けるわ」
「本当ですか!?」
「だからダメだって。ナノちゃん、コイツは君が想像している【精華】とはかけ離れている存在なの。人の寝込みを襲う変態だから」
「褒め言葉ね」
「違う」
レジニーは「あら残念」と言うが残念ではなさそうだ。椅子から立ち上がりナノの隣へ移動する。
「ミヤト、彼女が強くなりたいのは本気よ。私も最近じゃ楽しい仕事もないし、暇つ――……ごほん。新人教育には興味があったの」
「今絶対、暇っつたぞ」
「気のせいよ。兎にも角にも、僧侶からでも亡霊魔術師へジョブチェンジできるわ。攻撃と回復を兼ね備えたネクロマンサーになる気はない?」
「変な勧誘するなよ! そもそも僧侶から亡霊魔術師は条件が面倒って聞いたぞ? ジョブチェンジするなら『司祭』か『ヴァルキュリア』が絶対に良い」
「むう……。でも、闇か光かって問題でしょ? 修行に関して言えば大差ないわ」
「えっと……えっと……」
二人が今だ遠い未来――上級職へのジョブチェンジについて語りだしてナノは困った。いずれは上級職へ変わる。しかし、それはまだまだ先のことで早すぎると思っていた。
「安心しなさい。私が師になるのだから危ないことはさせない。それに女の子だし」
「心配してることはお前が危ないってことだよ」
「信用ないのね。なら本人に決断させては?」
「ふえっ!?」
話を突然ふられたナノは両手を繋いで、驚いた。宮兎とレジニーを交互に見比べ、答えを求められていることへのプレッシャーを感じる。
ナノは――考えた。ここで迷うようなら、本当に強くなりたいのかどうか疑われると。
「……私、やります!」
「ふふふ、そうこなくっちゃ」
レジニーはとても嬉しそうだ。一方の宮兎は顔を手で押さえて溜息を吐き出した。
「ナノちゃん、ヒーラーの冒険者ならコイツじゃなくても、まともな人はたくさん居るんだぞ?」
「もう、決めました。…………それにレジニーさんの下で修行できるなら、心配もありませんっ」
「その憤りが心配なんだよ」
もう一度溜息を吐いて、諦めたように首を横に振った。
「俺がなにを言っても無駄みたいだし、分かったよ。だけど色々危ないと思ったら逃げ出すこと」
「私の修行をなんだと思っているの?」
「修行の話じゃないって何度も言ってるだろっ! でも――レジニーの実力は俺も保守する。もしかしたら一番安全かもしれないし…………修行に関しては」
宮兎の許可(何故か必要になっていた)もいただき、こうしてレジニーの弟子としてナノが入門することになった。さっそくこの場で教えられることは教えたいと、レジニーがなにやら宮兎へ近づいてきた。
「さっそくだけど、修行の道具を作って欲しいわ」
「結局作るのかよ…………」
「難しいものじゃないわ。体温が外へ逃げないための服を作って欲しいの。着ているだけで汗だくになる服」
「サウナスーツか? 一応新商品であるけど」
アイテム覧から【サウナスーツ上】と【サウナスーツ下】を取り出した。まだお店に並んでいない品だが、来週あたりに在庫を揃えて陳列する予定だった。サウナスーツは文字通りサウナを体感するための服で、見た目はフードも付いているので黒いレイン・コートのようだ。
「ナノちゃんにはコレを修行の間は着てもらうわ」
「え? なんで?」
「魔術系統スキルは精神力が大事なのよ。苦痛に耐えるのが手っ取り早いの。痛いのは嫌だし、【暑さ】なら死にはしないでしょ? 脱水症状で倒れないように私が管理するから心配もない」
「俺にはよくわかんねえよ。まあ、着てみて」
「は、はい!」
渡された黒いズボンと上着を、今着ている服の上から装備した。全身黒になり、ナノは自分の姿を見て、違和感がないか確認した。サイズも問題なさそうだ。
「レジニーさん、装着完了しました……!」
「うん。じゃ、次コレ被って」
彼女が取り出したものは――黒いお面だった。宮兎はそのお面を見た瞬間、思考が停止する。レジニーとナノは全く気にせず、お面を見ながらお互いの意見を述べる。
「変わったお面ですね……。頭から被るんですか?」
「私がデザインしたの。呼吸も制限されて、体に負担がかかりやすくなるわ。きついと感じたらコレはとっても大丈夫。でも、なるべく被っててもらいたいわ」
「…………はい! 頑張ります!」
受取ったお面を頭から被り、呼吸が制限され、より多くの酸素を求めナノの呼吸が深くなる。
ただ――宮兎の思考は固まったままだ。
「スコー…………スコー…………本当に、スコー……呼吸がしにくいです……スコー」
「体への負担で精神力が上がり、魔術の力も増すはず。これは結構理にかなってるの。どう? 見直したかしらミヤト?」
「………………」
宮兎はレジニーの言葉など受け流していた。
それよりも問題はナノの格好である。黒い上下、黒いヘルメットのようなお面、そして「スコー、スコー」と深い呼吸。
(…………………これ、暗黒面に落ちたあの人じゃん!)
そう、あの人だ。
「なにやら不満そうね。聞くわよ?」
「あのデザインはヤバイし、何もかもヤバイよ! 異世界だからって流石にダメだろ!?」
「ミヤトの言いたいことが全く分からないわ。ナノちゃん、分かる?」
「スコー……いえ、私も……スコー」
「スコー、スコーヤバイの! お面のデザインは俺が変える! ついでにサウナスーツの色も変える! それまで修行は中止! 中止だ!」
こうして、後日――狐のお面とレジニーの要望により巫女服サウナスーツが完成し、暗黒面に落ちたナノ卿は今後現われることはなかったという。
あー、最新作はやく見たいですね。