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48話 雨具の転生者、教会で逃げ回る

 ノスティノン教会はセルフィが所属する教会だ。彼女を含め、十を超えるシスターが所属している。また、神の一族であるアルムント家の専属シスターを多く選出させている。


 午後になれば孤児院から多くの子供達が遊びに来る。いくつかの教会による合同勉強会なども時々開いている。アスティアのリーリフェル教会も何度か参加している。今日も、アスティアは子供達との『お遊戯会』のため、ノスティノン教会へ向かっていた。


 教会の正門の前でセルフィが大きく手を振って出迎えてくれた。


「アスティア、お疲れ様。クロくん達も配達ご苦労様」

「お疲れ様です。もう、子供達は到着してますか?」

「うん。みんな待ってるよ」


 頷き、アスティアはクロ達に頭を下げた。


「私は行きますが、良ければ子供達に会っていきませんか?」

(ってよ。配達の途中だけど、息抜きに良いんじゃない?)

(そうだな。次は時間指定物だし、時間もある。姉御のお言葉に甘えて寄らせてもらうか)

(賛成。それじゃあ、先にセルフィさんからサイン貰って、荷物渡しちゃおう)


 モーノはペンを取り出し、セルフィに渡す。続いてシロが確認証を配達物から剥ぎ取り、手渡す。


「はいはい、サインね。それにしても、アンタ達も子供に好かれやすいわよね」

(そりゃそうでしょ。このキュートな外見は老若男女に大好評よ)

(大好評ではないだろ……)


 子供に人気があるのは間違いない。ウサギ屋へ学校帰りにレイン・ゴースト達に態々会いに来てくれる子がいるほどだ。


 経験したことはないだろうか? 学校帰りに、通学路の途中で寝ている野良猫や、散歩中に出会う飼い犬。動物達と触れ合いたい――そんな感覚でレイン・ゴースト達に会いに来ている。本人達は、自分がペットの類と認識されているなんて思いたくない。


 シロはアイドル感覚、クロは近所のおじさんという立ち位置で子供達と触れ合っているとか。モーノは子供達の考えていることもほとんどお見通しなので、特に考えていない。


「さてと。じゃ、中に案内するわね」


 教会の正門が開き、アスティアと肩を並べてセルフィは進む。レイン・ゴースト達は足を踏み入れたことの無い場所へ少々緊張気味に付いていく。3体も前の二人と同じように横に並んで、教会の敷地内を観察した。


 ノスティノン教会はリーリフェル教会より広い土地を所有しており、教会のほかにシスター達の宿舎、孤児院の子供達との勉強や今回のお遊戯会を行うための建物も建設している。経済力がある――と言うより寄付金が多い。


 スタイダストで1、2を争う大きさの教会だ。多くの冒険者がここで『昇華の儀』を行い、お礼と「今後もよろしく」の意味を込めて寄付をする。リーリフェル教会は宮兎の他に十数人の冒険者を抱えている。それに比べてノスティノン教会は100人を超える冒険者を担当しているのだ。


 何よりアルムント家がバックに居るのが心強い。


(ああ、セルフィは勝ち組だもんな)

(勝ち組って?)

(キキョウのことに決まってるじゃん。マスターとか、姉御と違って恋愛は進展してるんでしょ? 女のわたしからしても羨ましいわ)

(だから人格だけだろ)

(でも、本当にキキョウさんとセルフィさんはすごいよね。自分に正直というか、真っ直ぐというか)

(モーノ、それは飢えているともいえるぞ?)

(しかもたぶん、セルフィだけね。飢えていたのは)


 彼らの声が聞こえていたのであれば、セルフィは怒り狂うか、キキョウとの惚気話を永遠としゃべり続けるだろう。


(恋人ができるって幸せなんだろうな)

(お、シロも恋がしたいのか?)

(そうじゃないわよ。ただ、わたし達の幸せと、セルフィの感じている幸せって別物なんだろうって)

(ボク達魔物が『幸せ』を感じることも可笑しなことなんだよね)

(本当に――その通りよね)


 それから5分も経たない間に、目的の建物――『宴の広場』へ到着した。一階建ての建物は、木造で作られており、豆腐のように真四角である。教会とほとんど同じ広さを有しており、子供達だけなら100人は入れるだろう。


 レイン・ゴースト達はその建物を見上げて、唖然とする。


(……姉御の教会とは大違いだね)

(モーノ、それは言っちゃダメよ。でも、わたし達の家より大きいかも……)

(シロ、モーノ、悲しくなるだけだから何も言うな)


 肩を落とすように落ち込む3体をアスティアとセルフィは見つめて、頭の上にハテナマークを浮かべた。


「どうしたのでしょうか? なんだか落ち込んでいるように見えますね」

「さあね。もしかして本心では子供が苦手とか?」

「それはないと思いますが…………」


 心配になったアスティアは彼らに近づいて話しかける。


「どうしましたか? 具合でも悪いですか?」

(姉御……、姉御はあんなボイン不良シスターに経済力で負けて悲しくないんですか? あと胸)

(おい、シロ。流石にそれは燃やされるぞ……!?)


 しかし、声が聞こえないアスティアはシロがなにを伝えようとしているのか、いまいち分からない。なにやらクロとモーノが慌てだしたことと関係が有るのかもしれない――と深く考えてしまう。リーリフェル教会の小規模な土地と、貧乳を馬鹿にされたとは考えない。いや、思いもしない。


「子供が嫌ってわけじゃなさそうね」

「セルフィ、分かるのですか?」

「分かる分かる。落ち込んでいるのはアレよ。ミヤトくんにおやつを禁止されていることを思い出したのよ」

(適当言うな、このボインボイン女! わたしはアンタの胸と姉御の胸の格差に失望しただけよ!)

(さらっと、とんでもないこと言うな)

(怖いもの知らずとは、シロみたいなことを言うんだね)


 シロの爆弾発言に肝を冷やしていると、セルフィは気にすることもなく、『宴の広場』の扉を開く。


 音をたてて開いた扉の向こうには、30人ほどの子供達が楽しそうにシスター達と遊んでいた。絵本を読んでもらう子供、積み木遊びをする子供、トランプや木製の車のおもちゃで遊ぶ子供もいる。みんなそれぞれがシスター達と楽しい時間を過ごしていた。


「おや、お客さんですか?」


 レイン・ゴースト達がぼーっと長めていると横から話しかけられる。扉のすぐ横に椅子を置いて読書をしていた初老の女性だ。セルフィとアスティアは笑顔で女性に頭を下げる。レイン・ゴースト達も真似して頭を下げた。


「院長先生、お世話になっております。この使い魔は例のウサギ屋のマスコットですよ」

「まあ。それはそれは。いつも孤児院がお世話になっております」


 初老の女性は孤児院の院長を勤めている。それはなんとなく分かったのだが、お世話になっていると言われ、お辞儀をされる意味を理解できていない。アスティアが戸惑う3体にクスっと笑いかけ、補足をしてくれる。


「実は子供達の遊び道具のほとんどは私がウサギ屋で買ってきたものなんですよ。ほら、よく見てみると貴方達が毎日売っている物ばかりでしょう?」

(あ、確かに)


 気づかなかったことが不思議なほどに、毎日見ている商品が子供達に遊ばれている。レイン・ゴースト達は初めて自分達が売っている商品を使ってもらっている場面に遭遇したのだ。


(なんだか、嬉しい気持ちになるね)

(本当ね。わたし達の仕事ってきちんと役にたってるんだ)

(ああ。マスターにも子供達の笑顔を見せてやりたいもんだよ)


 すると、セルフィがモーノとクロが押す台車からノスティノン教会宛の荷物を勝手に持ち上げて、部屋の真ん中へ持って行く。箱を開けるとその中には大量のおもちゃが入っていた。


「みんな、新しいおもちゃが届いたわよ。みんなの分はきちんとあるから仲良く遊んでね」


 一声で、子供達が一斉に箱へと群がる。取り出されるのは、ぬいぐるみやおもちゃの剣、簡単なボードゲームなどを取り出して遊び始めた。


「ふふふ、貴方達の売ってくれる物のおかげで、子供達が笑顔になってくれます。本当に、感謝の言葉しかありません」

(いえいえ、ただ売ってるだけですし)

(作ってるのはマスターだし)

(ボク達は特になにもしていませんよ)


 院長先生の言葉に手と首を横に振る。「大したことはしていない」と誰もが読み取れた。使い魔なのにどこか人間味があるところが面白かったのか、皺の多い顔がさらにしわくちゃになるほど院長先生は笑って「胸を張りなさい」と言った。


「自信を持ちなさい。自分達がやっていることは悪いことではないのです。人を笑顔にできる素晴らしいことなのですよ。遠慮していたら、貴方達の評価が下がってしまいます。評価されるべきものは評価するべき。私はウサギ屋が提供してくれた幸福はもっと威張ってよいものだと思いますよ?」


 孤児院の子供達が最初から笑顔ではない。彼らは、彼女らはつらい経験を体験し、笑うことを忘れていた。孤児院はその笑顔を思い出させることも1つの目標としている。やはり【楽しいこと】が心のケアには一番なのではないかと院長先生は考えていたのだ。


 しかしスタイダストは冒険者の街だ。おもちゃのような娯楽品はかなり少ない。困り果てていた所に現われた「ウサギ屋」はまさに救世主だったのだろう。


「子供達もたまに他の先生とウサギ屋に行くそうで。レイン……ゴーストのクロくん、シロちゃん、モーノくんでしたね? いつも楽しそうに貴方達のことを話してくれるのですよ? あんなに笑わなかった子供達が」


 うっすら涙を浮かべた院長先生は、もう一度笑って頭を下げた。


「だから本当に、ありがとう」

(…………うん)

(わかったよ、先生。オレ達も胸を張るから)

(マスターと一緒にウサギ屋に誇りを持つよ)


 3体は頷いて、院長先生の手を取った。


「そして今日はウサギ屋のクロくん達が来てるからいっぱい遊んでもらいなさい!」

『わあああー!』

(え? このタイミングで?)


 セルフィの言葉通り、子供達はおもちゃを抱えて雪崩のようにレイン・ゴースト達へ走り出す。もみくちゃにされながらも部屋の中まで連れて行かれて、子供達の興奮も最高潮に達していた。


(ああ、ちょっと! 引っ張らないで! 耳! 耳はダメ!)

(ストップ! ストップ! 落ち着いてくれ! 体は1つ! 2つにはならない!)

(姉御さん! 姉御さん助けて!)

「ほら、やっぱり子供大好きなんじゃない」

「良かったです。楽しそうですね」

(((違う! そうじゃない!)))


 部屋の中を駆け回るレイン・ゴースト達を見て、子供達は鬼ごっこを始めたと勘違いしたようだ。こうして3対30の鬼ごっこが開始され、教会の敷地内を30分以上逃げ回ったのは良い思い出である。

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