2話 青年、嫌味を言う
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いやー、伸びると嬉しいですね。
武器職人のジェルズの名を知らない冒険者は三流だ。それはスタイダストで常識とされることだった。彼は元冒険者と言うこともあり、レベルは380と高めである。しかし右眼をダンジョンで失い、その日から彼は冒険者を辞めることになった。
そんなジェルズが営む武器屋【ハウリングウェポン】は年中無休で営業しており、祭りのこの日でさも店の扉は開いていた。
「いらっしゃい。ってテメエらか、ボウズと嬢ちゃん」
「おっちゃん久しぶり」
「ご無沙汰してます、ジェルズさん」
扉を開けて宮兎とアスティスが中に入ると、右眼に黒い革で作られた眼帯をする男がカウンターに立っていた。年齢は50歳ほどで、その巨体に彼と初めて会う人々は巨人族と見間違う。彼こそがジェルズ・ハウリング。元冒険者であり、鍛冶職人、武器屋の店主だ。武器とはドロップしたり、生産系スキルで生成したり、武器屋で武器を買ったり様々な方法で手に入れることができる。だが、その武器を更に強化するには鍛冶職人の腕が必ず必要となるのだ。
アルケミストのスキルにエンチャントスキルがある。だが、その効果はプロの鍛冶職人の足元には及ばない。彼らの存在があってこそ冒険者は命を預けられる武器を信用できるのだ。
宮兎がベルフエル戦で作り上げた【魔殺しのテトラ・クラウンズ】――素材となる三つの宝石にはあらかじめ強力なエンチャントが施してあった。宮兎の切り札だったあの剣こそ――ジェルズが作り上げたといっても過言ではない。
「おっちゃんのおかげで何とかダンジョンクリアできたよ」
「おうおう。天下の【赤い影】様に言われたらワシも鼻が高いさ」
ジェルズは豪快に笑うと、宮兎の背中を何度も力強く叩く。彼も宮兎の正体を知る数少ない人間だ。だが、異世界人と言うことまでは知らない。ジェルズとも三年の付き合いになり、何度も彼の作った武器に救われただろうか。
「お祭りだというのにジェルズさんはお店を空けているのですね」
「まあな。年中無休。正月だって休みはしないさ。ワシにとってこの仕事が生きがいだからな」
「そんな仕事人間のおっちゃんに相談があるんだけど」
「ワシに相談? 結婚式場なら嬢ちゃんの教会で良いだろう」
「誰が結婚するんだよ」
「お前と嬢ちゃんじゃないのか?」
「話を聞け」
アスティアは顔が真っ赤になり口をパクパクと金魚みたいになって、宮兎は「アスティアもこまってるだろう?」とジェルズを叱る。からかった本人はまたまた豪快に笑うとこれまた豪快に伸びた髭を触りだす。
「冗談さ。それより相談の内容を聞かせてもらおうか?」
「ああ、俺も商売を始めようかと思う」
「商売を?」
ジェルズの表情が変わった。ここで宮兎はこれまでの経緯を説明した。レベル500になったことでぶっこわれスキルを手に入れてしまったこと。そのスキルを使って100ゴールドショップを始めようかと考えていること。そしてジェルズに何を売れば良いのか意見を聞きに来たこと。ここまで話すと、ジェルズは腕を組んで「なるほどな」と一言。
「ボウズ、冒険者も辞めちまうのか?」
「それはアスティアの夢もあるし、辞めないけど。ただ毎日は活動しないかな。週に1日冒険するぐらいかな」
「なら安心した。お前さんにはまだまだウチの名前を売ってもらわなきゃ困る」
「そんなことだろうと思ったよ」
ジェルズの店は【赤い影】の行きつけだ――そんな噂がスタイダストで流れている。ジェルズ本人が言い出したわけではない。ただ、赤い影が装備している防具。あれほど強力なエンチャントを付加できるの鍛冶職人はスタイダストでジェルズ一人だけである。
「で、何か良い案はないか? 一応今のところ陶器の食器とか、ショートダガーを売ろうと考えているんだが」
「そうだな。まあ冒険者向けと一般人向けなら衣服とか、文房具とか、あと子供の遊び道具とか、考えればいくらでも出てくるぞ」
「売れる自信がなかったから案になかったけど、おっちゃんが言うなら間違いないな」
「おいおい、売れなくても俺のせいにするなよ?」
アスティアがジェルズの案をメモする。宮兎はやはり、こういうところで彼女の性格が出るなと感心した。前の世界でも確かに100円ショップでは当たり前のように取り扱われている品だ。ただ、衣服となると下着ばかりだが。
「あとは大工用品が欲しいな。釘はいくらあっても足りないぐらいだ。商業人が来るのを待つのは時間が惜しい」
「確かに大工はハンマーやノコギリがないと仕事ができませんね。宮兎、ぜひ商品化しましょう」
「……アスティア、なんだか秘書みたいだぞ?」
これでメガネがあれば社長秘書だ。宮兎の頭の中でスーツ姿のアスティアが思い浮かばれる。似合っている。アスティアは宮兎が何を考えているのか理解できないのか首を小さくかしげた。
「ところでボウズ。今日の主役がこんなところで油を売っていていいのか?」
「そもそも俺が望んで祭りにしたわけじゃねえよ。ギルドの連中が勝手に盛り上げているだけだ」
「それもそうだな。だが、スタイダスト始まって20人目のレベル500だ。もうちょっと胸を張れよ」
「過去の偉人達には悪いけど、俺は名誉より今は楽しいことがしたいんでね。祭りの出し物にされるのはごめんだ。観客席でジュース飲んでるほうが100倍マシ」
よっぽど嫌なのか宮兎の顔は今まで見たこともないほど拒絶反応を起こしている。アスティアもジェルズはそんな彼が面白かったのか小さく笑った。アスティアの中で冒険者は名誉と金のために働き、己の欲望に従順だと思っていた。だが、宮兎はそんなことより楽しさを求める。レベルもカンストするつもりはなかったとここまで来る道でもずっと語っていた。
「ミヤト、貴方は本当に変わっていますね。それが強さの秘訣ですか?」
「強さの秘訣は人生最大の失敗を気づかずに、三日間ダンジョンを攻略し続けることだよ」
「違いねえ。ワシにもその失敗した薬を飲ませて欲しいぐらいだ」
「あと1000年待てたらな」
「確かにそうだな。ガハハハハハハハ!」
嫌みったらしく言うとジェルズは三度豪快に笑うのであった。
◇
「ジェルズさんにお話を聞いて正解でしたね」
【ハウリングウェポン】を後にした二人は街道を並んで歩いていた。メモを広げ、ジェルズの案を何度もアスティアは確認しながらにっこりと笑う。何が楽しいのか宮兎は分からなかったが、アスティアは二人で歩くだけで楽しい。
「そういや、祭りを堪能してないな。そこの屋台で何か食べようか。奢るぞ」
「それは悪いですよ。お金なら私も持っていますし」
「大丈夫、大丈夫。ほら、いくぞ」
「あ」
アスティアの手を取って屋台へ駆け出す。彼に握られた手を見つめて、彼女の頬は熱を帯びた。今日はなんだか忙しい。彼女自身の意見だ。
(驚いたり、嬉しかったり、恥ずかしかったり、彼と一緒にいるだけで私はこんなにも心が豊かになる……)
彼の手をぎゅっと握り返して、彼の後ろをついていった。隣に行けば、自分がどんな表情をしているのかばれてしまう。また恥ずかしくなり、前へ出れなかった。
「さてと、すみませーん。ワイルドカウの串焼きを二つくだ――げっ!?」
突如、宮兎が声を上げた。瞬間、彼の手が力なく離れる。どうしたのだろうと俯いていた顔を上げて、アスティアは真相を知ることになる。
「あら、ミヤトとアスティアじゃない。ごきげんよう」
アスティアもその人物の声で顔色を変えた。腰まで伸びた金髪を赤いリボンでポニーテルにし、吸い込まれそうなほど美しいエメラルドグリーンの瞳が二人を見つめる。何故かセーラー服にもにた格好をしているが、これは【スクールシリーズ】と呼ばれる防具の一種だ。防具をしている――すなわち目の前の少女も冒険者である。
「お、お前何をやっているんだ?」
「あら、これは冒険者としての修行の一環。見習いクエストの一つでしてよ?」
そういうことを聞きたいんじゃない。宮兎は思わず唸り、溜息をついた。アスティアはそんな少女を見て、どうしようかと悩んだが声をかけてみることにしたのだ。
「ティナさん。ミヤトはたぶん、クエストを発注できている理由を聞きたいのではないでしょうか。今日はお祭りの日ですよ。クエストの発注は行われないはずじゃ……」
「あら、愛しの【赤い影】様のためなら休みの日だろうが、彼に近づくためにクエストは力ずくでも行いますわよ?」
「……そうでしたか」
少女の答えに、もはや呆れることしかできなかった。
少女――名前をティルブナ・F・アルムント。神、アルムントの名を引き継ぐ冒険者一族の頂点に君臨する家の娘だ。【ヴァルハラ】の歴史上、初めてレベル500に達したとされるギリティオ・F・アルムントを神と称え、彼の一族は冒険者として代々優秀な歴史を刻んできた。
ティルブナ――通称ティナもギリティオの血を引き継ぎ、冒険者として正式に最近デビューした少女である。レベル100になるまではアルムント家代々伝わる修行をし、英才教育を受けた彼女は期待の星といえるだろう。
だが、困ったことに重度の【赤い影】信者でもあるのだった……。
アスティアは毎回呆れてるなあ……と読み直して思う作者であった。
さて、新ヒロイン登場ですね?ティナ?ジェルズさんですよ(白目
はい、嘘です。ティナが第二のヒロインです。
彼女はどんなキャラクターなのでしょうかー。
できれば今日中に更新します。次回をお楽しみに! \(・N・)ゝ
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