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46話 雨具の転生者、家族を考える

 シロは台車に積まれた一番上の荷物から、ベリっと貼られていた注文伝票を取り外し、最初の目的地を確認する。日本語で書かれた住所は彼らも良く知る質屋【オニガシマ】を示していた。確認を終え、シロは自分のポケットに伝票を入れ、後ろのクロとモーノへくるりと体を向けて言った。


(最初の配達場所は【オニガシマ】ね。ここから遠くないし、さっさと行きましょう)

(お得意様だし、仕入先でもあるからな。失礼のないように頼むぞ?)

(私がそんなヘマをすると思う?)

(言葉が通じれば、大変失礼なことを毎回言っている気がするのはボクとクロだけだから……)


 言葉ではなく、態度でしか彼らの表情が分からないため、シロがどれだけ失言をしようが問題はない。クロとモーノがお客さんへの口の利き方も少し悪いシロが時々不安になる。万が一でも言葉が分かってしまえばクレームは回避できないほどだからだ。


(ところでさ、歩きながらでいいんだけど)

(オレ達に足はないぞ)

(比喩よ、比喩。もう、クロってば屁理屈ばっかりなんだから)

(あははは、2人とも落ち着いて。シロ、話があるんでしょう?)

(そうなのよ、モーノ。ついでにクロも。私達って世間一般的に『キョウダイ』じゃない? それってつまりこの3人にそれぞれ兄、姉、弟、妹の地位があるってことでしょ?)

(……つまり、オレ達の誰が長男、長女かってことか)

(うんうん)

(……………)

(……………)

(……………)


 さて、レイン・ゴースト達が悩んでいる『キョウダイ』についてだが、ほぼ同時期に生まれたとは言え時差があったにはあった(レインゴーストとしては同時だが、ゴースト・クロスの時は別である)。だが、生まれた後に3体は出会っている。誰が先に生まれたなんて判断できない。


(……まあ、マスターからの信頼も一番あるオレが一番上なのは間違いないよな?)

(そうかしら? あたしがいつも2人を引っ張っているのよ? あたしが一番上よ)

(ちょっとまって。それならボクだって暴走する2人をいつも止めてるじゃないか。ボクが上だよ)

(オレだ)

(あたし)

(ボクだよ)


 先ほどから後ろ向きで進むシロは何かにぶつかりそうになったり、クロとモーノは後ろからやってくる歩くのが速い通行人達の邪魔になりそうになるが、後ろを確認せずにスイスイと避けていく。言い争いをしていてもそれは変わらず、彼らの感覚器官の発達――いや、察知系スキルの上達が伺える。こんな所ではなく、もっと重要な別の場所で発揮できれば良かったのだが、良くも悪くも平和なスタイダストで評価される項目ではない。通行人からすれば背中に目でも付いているのではないかと疑う。そもそも目は前にも無いのだが。


 いがみ合っている間にオニガシマへ到達した。ここだけ相変らず日本の小さな一軒家をそのままヨーロッパに持ってきた雰囲気だ。レンガ造りの家に囲まれた木造建築の家の裏へ周り、裏門から入る。鍵は基本的にかかっていない。裏門を抜けるとすぐ庭へと行き着き、青々とした葉桜と、同じようにまだつぼみも宿していないキキョウとツバキが植えてあった。


 レイン・ゴースト達には植物の知識はほとんど無いので、クロとモーノは「立派な木だなー」程度で終わってしまう。シロは興味が無いわけではなく、女性人格を持っているからなのか、道端に咲いている花を観察している場面をミヤトは何度か目撃している。これも性格の違いが分かりやすい。


(春になれば綺麗な花が咲くのかしら?)

(さあな。オレは特に興味ないや)

(ボクもクロと同意見かな。お花はあまり興味ないや)

(男は食い気に走るって本当なのね。マスターの言ってたとおり、【花より団子】か)

(なんだよそれ?)

(自分で考えればー)


 シロは呆れたようにすーっと、庭を通り過ぎる。クロとモーノは顔を見合わせて、シロの言葉が分かっていないようだ。


 裏口の扉も鍵はされておらず、ガチャリと開いた。シロが一番最初に入り、クロとモーノが台車を押しながら進む。裏口はウサギ屋とは違い、バックルームではなくクチナシ家のリビングへと通じている。【オニガシマ】も元は一軒家で、ウサギ屋ほど大掛かりなリフォームはしておらず、カウンターの裏はそのまま住居となっているのだ。


 リビングには人の影は無い。留守ではないだろうと、3体はじっと待つことにした。適当な会話でもしていればよかったのに、居慣れない場所に来ているからなのか、緊張して会話ができていない。フワフワと浮いているだけで、顔も見ようとはしない。


 すると、目の前の扉がゆっくり開いて、赤い浴衣姿の少女――ツバキが入っていた。


「お? ウサギ屋の使い魔、来ていたんだ。呼んでくれればよかったのに……って、声が出せないのか」


 右手で角の先端を優しくなぞる。ツバキが困った時にする癖で、彼女が何に困っているのかと言うと、言葉の通じないレイン・ゴースト達の接し方だろう。レイン・ゴースト達もそれを察したのか、台車から【オニガシマ】宛ての箱を下ろし、クロが机の上に置いた。シロがポケットから受け取り確認証を取り出し、箱の隣にそっと差し出す。モーノが体の【とある空間】からエンピツを取り出して、ツバキに渡す。


「これにサインをしろって? ありがとう。とても分かりやすいわ」


 彼らなりの気遣いにツバキは微笑む。受け取り確認証には、ヴァルハラ語で「荷物の中身を確認してください」と書かれている。直筆ではなく印刷されているので、ミヤトがどこかの印刷屋に頼んだ物なのか、自ら作ったのか、ツバキは頭の中で考えた。


 作れと言えばなんでも作ってくるミヤトのことだ。自分で印刷したのだろうと勝手に解釈し、ツバキはクスっと笑って箱を開ける。


 箱の中身は大量の虫眼鏡だ。鑑定スキルに必須のアイテムで、コレがなければ仕事ができない。100ゴールドの品物なので通常より少ない回数制限が施されているが、虫眼鏡を手に入れようとするならば、難易度が少々高いダンジョンに潜るか、トレジャーハンターに依頼するのが手っ取り早い。それほど手に入れにくいアイテムである。普通に買うならばおよそ15万ゴールド。しかも一年間毎日使い続ければ壊れてしまう。計算上、ミヤトのところで買ったほうが何倍もお得である。


 品物を一個一個確認する作業は時間がかかるため、レイン・ゴースト達はこの間も依頼主の背中をじっと見つめるだけだ。クロとモーノは我慢強いと言えばよいのか、落ち着きがあると評価すればよいのか、つまりは何も考えずぼーっと待つことができるのだ。


 しかし、シロは【待つ】ことはかなり苦手で――いや、じっとしていることが嫌いと言うべきなのか、一分も経たないうちに忙しく首を横に向けて、部屋の中を観察し始める。


(おい、シロ! あまりジロジロ見るなって!)

(そうだよ。お客さんに失礼だよ)

(だーいじょうぶって。顔見知りなんだし、ちょっとウロウロしてもヘーキヘーキ)


 ふわーっとツバキの後ろを通り、リビングの壁際に向かう。棚や壁には見たことも無いモンスター素材が飾られており、ガラスケースも置いてある。中身はもちろんアイテムや素材ばかりで、レイン・ゴースト達から見ても高級素材だと一目でわかった。何故なら金色に輝いたり、虹色に光るクリスタルなど、ウサギ屋では見ることのできない「高級感」が醸し出されているからだ。


(ほえー、高そうな素材ばかりね。マスターに一度こんな素材で高価な商品を作って欲しいわ)

(殺す気か。知ってるだろ? ランクが高い物を錬成すると、MP以外にも生命力すら天秤にかけてるって)

(クロの言うとおり、無理はさせちゃダメ)

(冗談だって。マスターが倒れちゃったら、たくさんの人が困るもの)


 シロの言葉に2体は溜息を吐きたくなった。


(他には……あ、写真がある)


 今度は棚を見ていると、中段あたりに写真立てが2つ置いてあった。1つは古いもので、フレームとなっている木材が変色し、収められている写真も色あせていた。気になるのは所々焦げているのか、黒いスミのようなモノが付着している。もう1つの方は最近の物なのか、写真立ても新しい。と言うか、ウサギ屋で売っている写真立てだ。


(これは……ツバキちゃんと、キキョウくんかな?)

(そうっぽいな。2人ともまだ小さいが、雰囲気は変わってない)

(わー、2人とも小さくて可愛いね)


 古い方の写真には笑顔で写るツバキと、むすっとした表情のキキョウが写っていた。2人とも甚平を着用しており、年齢も一桁と推測できるほど小さい。人間の子供から慕われるレイン・ゴースト達は、子供が好きだ。シロとモーノはキラキラとした表情で写真を見つめ、クロでさえも和やかな顔つきだ。


 一方の新しい写真には、もう1人――セルフィが加わった写真だ。


 ここで、レイン・ゴースト達が写真を見ていることに気がつき、ツバキは恥ずかしそうに近寄った。


「何を見ているかと思えば、写真か」


 びくっと体を震わせ、怒られるかもと考えたが、ツバキの顔は嬉しそうだった。レイン・ゴースト達はほっとすると、今度は彼女の表情に興味を持った。


「こっちの古い写真はあたしと兄貴が始めてイノシシ狩りに行った時のだね。あ、イノシシって分からないかな?」

(オレは知らない。シロは?)

(わたしも知らない。名前もはじめて。物知りモーノは?)

(本に書いてあったけど、実物は知らないかな)

「ふふふ、知らないって顔をしてるわね。んー、まあ、突進してくる四速歩行の動物がいるのよ。牙の生えた獰猛な奴が」

(((牙の生えた、四速歩行の獰猛な生き物をこの歳で狩るのか……)))


 レイン・ゴーストの頭の中では恐ろしい化け物が連想されている。流石、鬼の一族と賞賛したいのと、モンスターではなく動物ということにびびっていた。やはり、世界はまだまだ知らないことで溢れているんだとモーノは1人ワクワクしている。


「結果は一匹も捕らえられなかったんだけどね。あたしは山の中を走ったり、動物を見たり、色々楽しめたけど、兄貴は納得できなくてね。だからこんな顔をしてるのよ」


 写真立てを持ち、懐かしそうに視線を送る。


「残っている写真がコレだけでね……。あたしと兄貴、家族だって証明できるのがこの写真一枚なのさ」


 ツバキは目を伏せ、息を大きく吐いた。彼女の言葉の意味――その真理が分からず、3体は同時に首をかしげた。


「実はね、あたし達の両親はもう死んじゃってるんだ。村がモンスターに襲われて、多くの人が死んだ。お父さんとお母さんは兄貴とあたしを村の外に逃がしてくれて……。あの日の夜は忘れられない……。朝になって、焼け野原になった村、灰になった家と両親……残っていたこの写真がクチナシ家の財産。村の人たちがお金を出してくれて、【オニガシマ】をオープンすることができた。だからこの写真は本当に――あたしの全てなんだ…………って、使い魔のあんた達に言っても仕方ないんだけど……でも、言葉にしたらスッキリしたかな」


 涙を拭い、ツバキはレイン・ゴースト達に微笑んだ。彼女の話を聞いて、彼らは共感ができる。何故なら家族を失う悲しみを体験しているからだ。


(ツバキちゃん……わたし達と同じだったんだね)

(同じ……ではないと思うぞ。オレたちはまたこうして生まれ変って、出会えた)

(でも……ボク達とは違って、ツバキちゃんのお父さんとお母さんは戻ってこれない)


 彼らはこの瞬間初めて――人と悲しみを共有したのだ。胸に突き刺さる苦しみ。この苦しみが、ツバキにも、レイン・ゴースト達も感じている。ぽっかりと胸のなかに空いた空間――これが悲しみであると――理解した。


「でも、悲しいことばかりじゃないよ。セルフィ姐さんが来てくれたおかげで、兄貴は笑うようになったし、家も明るくなった。君達も家族が多いと楽しいってことは分かるのかな?」


 ツバキの質問に大きく頷いた。彼らの反応があまりにも早いことと、良いことが重なり、ツバキは少々驚いたが、先ほどと同じように暖かい笑みで「そっか」と言う。


「なら、その気持ちは忘れちゃダメよ? 『家族』って本当に大切なものだから。失ったら、二度と手元には戻ってこないかもしれないモノだから。君達も絶対に手放さないで。じゃないと、ウサギ屋が泣くと思う」


 レイン・ゴースト達は宮兎が泣いている姿を見たことがない。でも、もし涙を見せない彼でも家族を失ったら泣いてしまうのだろうか。そして自分達が消えてしまったら、泣いてくれるのだろうか。


 彼らは、ただそれだけをしばらく考え続けた。

たいへん遅くなり申し訳ございません!

次話はできるだけ早く投稿します!

予定は水曜日か木曜日です!

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