45話 雨具の転生者、配達を承る
雨具の転生者編開始です!
100ゴールドショップ『ウサギ屋』の看板名物は商品――と従業員達である。スタイダストの住人達の認識は残念ながらその通りで、商品も魅力的だが、そこで働く可愛いマスコット達を見に来るお客さんも多い。店主の宮兎が目当て、なのは僅か一部(誰とは言わない)で、ほとんどはレイン・ゴースト達が目的なのだ。
レイン・ゴースト――宮兎が偶然にも錬成した「レインコート」が魔物として生み出され、使い魔扱いとなっている。ユニーク・モンスターということもあり、知能もかなり高く、人の言葉、文字、感情、たくさんのことを理解し、解釈できる。
残念なことに、レイン・ゴースト達は人の言葉を話すことはできない。これだけの能力をもっておきながら何故かと問われると、声を出すための【器官】が存在しないためだ。ゴースト系モンスターであるレイン・ゴースト達は、レインコートを元にしているため実体はある。なので、体全体を使い、嗅覚、視覚、聴覚、味覚、触覚――五感を有している。しかし、その中に言葉を伝えるための能力はない。
彼らが人間とコミュニケーションを図る際には、ジェスチャーや、大袈裟なリアクションによって感情を教えてくれる。これも、彼らの【知能】が高いからこそできる芸当で、普通の魔物では真似することはできない。
例外として、【使い魔】と呼ばれる存在は、主の半身であり、人の言葉を理解、伝達、役目を果たす義務を持っているため、人間と同等の能力を持っている。レイン・ゴースト達を使い魔として欺くことができたのも、使い魔の知的レベルが高かったからこそできたことなのだ。
話を戻そう。
では、レイン・ゴースト達――彼らはどのように互いでコミュニケーションをしているのか?
宮兎が不思議に思い、一日レイン・ゴースト達を観察したこともあった。分かったことは、何も分からなかったことぐらいか。クロ、シロ、モーノが会話(会話なのか宮兎は分かっていない)をする時、人間とやり取りする時とは違い、リアクションやジャスチャーはほとんどしない。頷いたり、首を横に振ったり、威張ったり、なんとも人間同士の会話を見ている感覚だったと、宮兎は語る。
真相は――本人達しか知らない……。
(クロー、そこの在庫とってー。あたし昨日、お皿の補充忘れちゃってた)
(頼むぜシロ。オレ達はマスターに迷惑はかけられないんだぞ? 今日だって朝から死にそうな顔してたし)
(ねえシロ。それ終わったらレジお願い。ボクも自分の在庫整理したいし)
(オーケー。あと5分で交代ね、モーノ)
(うん、よろしく)
…………と言うわけでもない。
クロ、シロ、モーロ、彼らのコミュニケーションの方法はゴースト系モンスターではお馴染みの【思念伝達スキル】によって行われる。このスキルの特徴は同じ種族であれば頭の中で会話ができる便利なスキルだ。もちろん人間も使えるが、知っていることは意思の疎通ができることだけであり、種族間での制約があることは知らない。魔物と会話を試みた学者もいなければ、試した所で【同じ種族】限定なので不可能なのだ。つまり、クロ、シロ、モーノの会話を聞けるのはゴースト系モンスターまたは使い魔となる。
彼らと会話ができる人物(?)が現われるが、今語ることではない。
今日もお店の中をグルグル回り、在庫の整理、前出し、発注数の確認、レジ、接客、お店に来た子供達の相手、あとは時々客の装って入ってくる強盗や万引きの成敗(どのようにするかは企業秘密)、常に忙しい彼らは主である宮兎のために働く。
宮兎には恩義がある。
宮兎も知らない――彼らだけが知る、感謝の気持ち。
それはさておき、お昼が過ぎてお客さんが店内から誰一人いなくなってしまった。レイン・ゴースト達――クロはお客さんが散らかしたタオルを畳んで棚に戻したり、シロはまとめ買いによってストックがなくなった商品を別の商品で補ったり、モーノは汚れが目立つ床の掃除を始めたり、自らやることを考えてできる。誰が見てもかなり有能な店員である。
「おーい、みんな来てくれ」
バックルームから顔を少しだけ出した宮兎がレイン・ゴースト達を呼ぶ。ちょっとだけ店主が痩せていることを気にした。お店を空けても大丈夫なのか、という心配は無用で、万引きが来ようが強盗が来ようが探知スキルを持つレイン・ゴースト達にとって大した問題ではない。
ぞろぞろと裏方へ入いり、椅子に座る店主の前へ横に並ぶ。いつものクロ、シロ、モーノの不動の順番だ。どんな話か……と考えるより、答えはすぐ目の前に合った。大量に積まれた箱の山。どの箱にも殴り書きの日本語で書かれたあて先。宅配物がざっと数えるだけでも8箱あった。
「今日はお客さん少なそうだし、俺1人で回すから宅配行ってくれないか? 3人で運ばないとちょっときついと思うし……いや、台車が一個しかないのが悪いんだけどさ」
箱の山は、よく見ると大きな台車に乗せられている。宅配でいつも運ぶ時に扱う品だ。今日もコレを使って配達をして欲しいとのこと。
(マスターの顔が朝、死んでいたのはコレが原因か)
クロが心配そうに言った。もちろん宮兎には聞こえていない。クロの言うとおり、宮兎がげっそりしていた原因は朝早くから頼まれていた品を錬成し、箱詰め作業までしていたからだ。普段ならここまでの量にはならない。偶然にも依頼が重複し、指定の受け渡し日が同じ日だったのだ。
断る理由もない3体は大きく頷くと、宮兎は嬉しそうに笑った。その笑顔もどこか弱々しいので主の体調管理が心配になる。レベル500とは言え、ザ・クリエイティブ―転生蘇生―を連発して発動すれば疲れも溜まり、MPも気力も減っていく。これが【赤い影】といわれても知らない人は誰も信じられない。
「それじゃあ早速頼むよ。あて先は箱に張ってある紙を見てくれれば分かるから。いやー、本当に日本語が読めるようになってくれて助かるよ」
(あたしにとっては人間の言葉なんて簡単よ!)
(シロ、威張っても声は聞こえないんだから……)
モーノのツッコミに、慌てて胸を張るような動作をシロがとった。これにより宮兎からシロが腰に手を当てて「えっへん」と自慢しているように見えるのだ。クロは溜息を吐いて(これも宮兎からすればただ浮いているだけ)、モーノは苦笑いである(これもそういうことだ)。
宮兎の指示に従って裏口からクロが台車を押して出た。後ろから続いてシロ、モーノと続く。今日も天気は晴れ。ゴースト系にとって【光】は有害である。しかし、レイン・ゴースト達は高レベルなこともあって、光に対する抗力がある。なのでお日様の下でも悠々と過ごせるのだ。
ところでクロは自分を「オレ」、シロは「あたし」、モーノは「ボク」と一人称を使っている。彼ら、彼女らに性別が存在しているのかと問われれば、答えはノーである。ゴースト系はそもそも繁殖行為を行わない。「性別」という概念が必要ないのだ。では何故、レイン・ゴースト達はそれぞれ一人称を使い始めたのか……。
答えはやはり【知識】によるものが大きい。ユニークモンスターであるがゆえに【人格】が出来上がっている。【人格】とはまたおかしな表現で、人あらざる者に人格が宿ってよいものなのか。それでも彼らには――【人の心】が芽生えていた。タイミングはやはり生まれた瞬間だったのだろう。彼らは人の心を持ち、魔物として生まれた。
レイン・ゴーストの他にも宮兎の手によって生まれたモンスターは存在する。彼らにも普通の魔物以上の知識は与えられたが、レイン・ゴーストを超える【人格】を持つ者は生まれなかった。偶然か、はたまた原因があるのか。そもそも宮兎がレイン・ゴースト達のことを【さほど】理解できていない。転生蘇生を理解できていない―――が正しいのかもしれない。
どちらにせよ、レイン・ゴースト誕生は謎に溢れているのだ。
(よーし、それじゃあハリキッて行ってみよー!)
(元気なのはいいけど、押すの手伝えよ。意外と重いから)
(そこは男2人に任せるわよ)
(人格の話だろ! お前、俺達と体の構造同じじゃん!)
(喧嘩しないで2人とも。ボクも一緒に押すから、クロも怒らないで)
(モーノは甘いんだよ。マスターもシロがサボってること早く知ってほしいよ)
(サボってませんー。やること終わってウロウロしてるだけですー)
(ならマスターから新しい仕事貰えよ!)
(2人とも、時間無くなっちゃうよ?)
人通りに出て、フワーっと浮かびながら配達を始める彼らを、スタイダストの住人は慣れた視線で暖かく見守るのであった。
◇
昔話をしよう。
その昔――いや、そこまで昔ではなく、およそ5ヶ月ほど前のこと。ウサギ屋がオープンする1ヵ月前のできごとだと考えてもらえれば十分だ。
とある場所、太陽の光はほとんど入らない、暗い、暗い沼地に3体のゴースト系モンスターが居ました。彼らは互いがモンスターであり、【ゴースト・クロス】と呼ばれる存在であると理解していました。理由は分かりません。ですが――自分たちがそう言う生き物であると分かっていました。
ゴースト系モンスターは普通の魔物と違い、自然現象として出現するモンスター。繁殖ではなく、生まれるべき時に生まれ、消える時に消える――そういうモンスターなのです。
3体のゴースト・クロスは偶然にも同時期に生まれ、兄弟のように過ごしました。
誰にも邪魔されず、脅威もなく、ただただ毎日遊び、笑い、時間を過ごすだけ。ゴースト・クロス達はそれが何よりの幸せで、生きがいでもありました。
ですが――脅威は突然やってきました。
月のない夜、沼地に1人の冒険者が現われました。彼はとあるモンスターを追い、この沼地まで足を運んだようです。ターゲットとしているモンスターを見失い、苛立ちを隠せない様子。
ゴースト・クロス達は何も知らず、いつものように沼地で遊んでいると、冒険者がやってきて――
――何も言わず彼らを切り殺しました。
そう、人間にとってモンスターとはどれも同じ【敵】であり、彼らにその意思がなくとも殺されることは当たり前なのです。
彼らは死ぬ瞬間願いました。
もう一度――兄弟達と会いたい。
姿形はなんでもいい、どんな場所でもいい。
平和に、安全に、楽しく、みんなで過ごせれば何も望まない。
それだけを――願った。
「あっれー、おかしいな……? なんでレインコートが浮いてるの?」
眩しいと感じた時、視界が元に戻れば、最後に見た場所とは違いました。どこかの室内なのか、見たこともない道具がたくさん置いてあります。目の前には腕を組んでこちらを不思議そうに見つめる人間――そして横には――。
(え……?)
(もしかして)
(……あぁ)
見たこともないモンスターが2体――いえ、すぐに分かりました。彼――後にクロと命名される彼はすぐに分かったのです。願いが通じたのだと。神様への言葉が、現実になったのだと。
3体は我慢できずに、抱き合い、宙を舞い、喜びを表現したのです。
「ああ! こら! 暴れるな! 商品が壊れる! おい! 話を聞いてくれ!」
今日からここが、彼らの新しい家となったのです。