39話 青年、弟子と考える
予定では商品開発部でしたが、変更して「流星の双頭編」となっております。
作者のモチベの関係上、バトル回となってます。
「師匠! 僕に錬金術の修行を手伝ってください!」
日曜日の朝、店内に入ってきたサマエトは頭を下げながらレジに立っていた宮兎へ頭を下げた。午前中で業務が終わるといえど、未だにお客さんがいる中で突如叫びながら頭を下げる人物は、冷たい視線を向けられるものだ。宮兎も拳をつくりあげ、無言で差し出された頭へ突き落とす。
「ふんぐっ!?」
「まだ営業中だサマエト! あと師匠と呼ぶな!」
宮兎の鉄槌を受けたサマエトは頭を抑え、その場に座り込む。頭をさすりながらサマエトは顔を上に向けて口を尖らせた。
「殴ることはないじゃないですか」
「営業妨害だっつうの! あと、弟子はとった覚えはないっ」
「僕は感動したのです! 錬金術の更なる可能性を師匠は次々と開拓して――」
「師匠じゃねえから!」
このやり取りはもうすでに何度も行っている。サマエトが宮兎にこだわる理由は他の錬金術師達も分からないわけではない。彼の創り上げる品々は【ザ・クリエイティブ】でも創れないものばかりだ。当たり前といえばそうなのだが、【ザ・クリエイティブ―転生蘇生―】で一度作ってしまえば錬金術師のリストが更新され、【ザ・クリエイティブ】でも錬成が可能となる。
そのリストを実はいくつか公開して他の錬金術師達と共有していた。ただ、素材に見合う価値あるものだけだ。
100ゴールドショップ『ウサギ屋』の商品は平均して1つの物を売ると大体【10ゴールド】の利益がでる。それは生活費や生産費、素材の値段、教会への寄付金、レイン・ゴースト達への給料(お金ではなく魔力糖)などなど、色々な経費を差し引いての値段である。
公開しているものは利益が出ない――つまり100ゴールドの素材で創られた完成品の価値は100ゴールドとなるイコールの存在ばかり。
ウサギ屋はそれでは困るので90ゴールドの素材で100ゴールドの完成品が錬成される――そのように理解していただければ十分だ。
主にリスト公開した品々は武器やポーションなど、冒険に役立つものばかり。それでも今まで錬成することは不可能で、モンスタードロップや御伽噺の存在とされてきた薬品ばかり。しかし、どれもこれも効果はそれほど強いものではないが。
例をあげると今までは【MPポーション】は三種類――【MPポーションM】、【MPポーションL】、【MPポーションLL】だった。しかし効果が強くなるにつれ、薬の量が徐々に増え、戦闘で一気に飲み干すことはなかなか難しいのだ。
何よりマズイ。
ゲームなどと違い、ポーションは液体薬――飲み物だ。効果が強いとは言え、マズイ、量が多い、むしろ前衛職だからそこまでいらない。でも、いざ必要な時には困る。なんて声が昔からあったのだ。
そこで宮兎が開発した【MPポーションS】は多くの冒険者が扱う【MPポーションM】の更に量を減らし、きちんと効果が現われる物を開発した。量は小さな手の平サイズの小瓶で、一口で飲み干せるほどだ。回復量は平均MP使用量二回分の【50】だ。ちなみにM、L、LLは100、150、250となっており、瓶の大きさも二倍、三倍、四倍と大きくなる。
現在では、MPポーションSはスタイダストでは主流のポーションとなり、初心者やMPをほとんど使わない前衛職に人気である。多くの錬金術師と薬屋、道具屋が開発に成功し、今後はヴァルハラ全土に広める予定である。
「師匠が錬成したアイテムでどれほど多くの冒険者が助かったことか。昔はMPポーションMを2つの小瓶に分けて実験したり、色々な薬品と混ぜてみたりしましたがどれもこれも失敗。たったあれだけの量で効果が現われるアイテムを作れる。それだけでも僕ら錬金術師の――」
「あーもう! 面倒くさいな、お前! 分かったから二階で待ってろ! 午後から時間が開くから好きなだけ話を聞いてやる」
「流石、師匠! それではお邪魔します!」
クロに案内され、サマエトはバックルームへと消えて、店主は面倒くさいことになったと心の底から叫びたくなった。
◇
「今日は、師匠がどのように新商品を考えているか、ご一緒させていただきたいのです!」
仕事も終わり、リビングで待っていたサマエトの正面に座り、彼から聞いた第一声はコレだった。サマエトが気になっていることは、宮兎の想像力――誰しもが思いつかないような魅力ある商品の数々。この謎を解き明かすには、商品を思いつく瞬間に立ち合わせなければならないと結論を出した。
「新商品ねえ。そうだな。そろそろ新しいのも考えるか」
「おお! では、何か既にお考えがあるのですね!」
「んー、夏だしな。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんなりと!」
「大したことじゃないけど……スタイダストって水浴び、海水浴とか行くの?」
「海水浴ですか……?」
夏――それは海へ行くシーズンだ。次に開発する新商品は【夏に使う遊び道具】だ。ヴァルハラの娯楽といえば、狩りや読書、近頃は簡単なボードゲームも流行っている。貴族達は賭博や絵画の鑑賞などなどするらしいが、それでも娯楽が少ないことに変わりない。
彼らが夏に求めるモノ――それは遊びなのではないか。
異世界にきて宮兎は【冒険】こそが娯楽であったが、元々住んでいた彼らにとっては仕事。娯楽に飢えていることは確かなのだ。
「確かに海水浴に行く人々は多いです。ですが、ほとんどが釣りや水遊びをするだけで、それ以上の遊びはないですね」
「十分だ。水遊びさえしてくれれば――新しい商品を提供できる」
宮兎はホワイトボードを廊下から引っ張り出して、設計図を書き上げる。いや、設計図ではなく外見の絵だが。サマエトは書き上げられていく絵――形は魔銃に似ており、大きさはかなり大きいようだ。人が両手で持つような絵を書き終え、ニンマリ笑う。
「し、師匠、これはっ?」
「これこそ! 手でパシャパシャ水を掛け合うことに革命をもたらす新商品! 【水鉄砲】だ!」
「み、ミズデッポウっ!」
水鉄砲――霧吹きにかなり似ている構造をしており、原理も同じようなものだ。日本では古くから竹で作られた水鉄砲が使われ、水弾きとも呼ばれるようになっている。現代では高額なものから100円で手に入るものまで値段は幅広く、威力も差が大きい。主にプラスティックで作られることが多く、子供から大人まで夢中になれる玩具だろう。
「水を噴射させて友達にかけたり、ゲームをしたり、夏には欠かせないアイテム――になると思うよ」
「師匠、流石ですね! では、早速開発すのですか?」
「んや、実は試作品は前々から作っていたんだ」
ゴソゴソと足元に置いていたダンボールから両腕で抱えるほど巨大な水鉄砲を取り出した。色は緑、水色、オレンジの三色でカラーリングを施し、明るいイメージをデザインしている。サマエトは実物大を見て胸が高鳴っている。
本当は錬成する瞬間を見たかったのだが、贅沢はいえない。
「そんで、実験をしたいが場所がないんだな」
「……となると、海へ行ったほうが早いのではないのでしょうか?」
サマエトの提案に眉をぴくりと動かした。実は三年も異世界にいる割りに、ダンジョン以外の海へは行ったことがない。興味は十分にある。
「実践したほうが早い、か」
「ええ。実はティルブナ嬢が近頃プライベートビーチに行く予定があり、僕も誘われているのです」
「へえ。金もってるなあ」
「師匠も誘うと聞いていましたから、そこで使ってみるのはどうでしょう?」
「本当か?」
これは願ってもないチャンスだ。海へ遊びに行くのはヴァルハラでは始めて、今後の社員旅行の参考にもなる――宮兎の頭の中である程度予定が組み込まれ、力強く頷いた。
こうしてこの日はお開きとなったのだが、サマエトも宮兎も考えが甘かった。何事もなく無事に遊べるわけがない。
ただの海水浴――のはずだった。
彼らは気づいていない。
アルムント家のプライベートビーチ。
そこには――彼女の兄姉がいることを。