38話 青年、影を見る
「ミヤト、残念ながら用事を思い出したわ。私、先に帰りますね」
学園を出て、スタイダストの中央通を歩いている時だった。今まで黙っていたレジニーが突然話しかけてきたのだ。宮兎もアスティアも何事なのだろうかと考えたが、質問をする暇もなく彼女の体は地面をすり抜けて、どこかへ消えてしまった。取り残された2人は、レジニーが消えた地面を見つめる。
「用事って……そもそも地面をすり抜けて消えるなよ」
「こんな芸当をされてしまうと、益々疑ってしまいますよね。でも、黒い霧――ブラックミスト、少々気になります」
「アサシン職の人間はかなり少ない。ギルドも俺以外の人間は既に監視済み。となると、人間じゃなくてモンスターの可能性が高いが」
「霧状のモンスターは見たことありません。もしや……」
「なんだよその疑いの目は」
アスティアが疑うのも無理はない。彼が今までしてきた【罪】の数々。それでもまだまだアスティアは知らない方だろう。【ウサギ屋】の地下はここ数日でさらに『すごい』ことになっている。魔王城と呼ばれても致し方ない状態だった。アスティアはまだ知らない――第二地下は魔物の巣窟になっていることを。
「悪いが俺にも覚えはないんでね。そもそも霧状のモンスターってのは存在しないわけじゃないぞ?」
「そうなのですか?」
「ああ、闇の大神殿の【ベルフエル】だって、形はあるがコアさえ生きていれば体を霧にして移動することだって可能だ。他にも似たようなモンスターはたくさんいる」
「元々から霧ではなく、特性の1つで体を変化できるわけですね」
「そういうこと」
会話を一旦やめて、2人は歩き始めた。時刻は既に午後5時をまわっている。学園でティナとの面会を終え、学園長についでと隅々まで案内された。中にはやはり、レベル400超えの冒険者の実力が見たいと、レジニーに模擬戦を申し込む生徒が何十人と現われたのだが――結果はいわずも分かる。ものの二秒で全員と決着がついてしまった。
武闘技場の観客席から宮兎とアスティアも見ていたが、そのあまりにも呆気ない決着にアスティアは身動きがとれず、宮兎は溜息を吐き出しただけだった。
レジニーの長所は1人で大勢の敵と対峙できるところにある。【エリガリウスの魔導書】は亡霊魔術の最高峰の威力を発揮させることが出来る武器だ。通常の三倍ほどの威力が発揮されるであろう。生徒達を無傷で気絶させたレジニーの腕前には拍手を送りたいものだ。
「レジニーさん、本当にお強いですね」
「あれでも昔は1対1の個人戦はめっぽう弱かったからな。亡霊魔術師は接近戦にとことん弱いし」
「今はどうなのですか?」
「あの魔導書にエンチャントされている【自動防衛SSS】つう、馬鹿みたいなスキルがくっ付いているからな。後ろから不意打ちでもすれば、気づかないうちにザックリ心臓を抉られるぞ」
レジニーが得意とする亡霊魔術の1つに【血の舞踏会】と分類されるスキルがある。死者や使い魔の血液を自在に操り、攻撃や防御、全てに適応できる万能なスキル。彼女の服の中には様々な生き物の血液が入った小瓶が隠されている。攻撃をすれば【自動防衛SSS】の効果で自動で【血の舞踏会】が発動する。闇討ちをすれば、小瓶から血液が刃に形を変えて、心臓を突き刺す。
「こ、怖いです」
「だからやめとけと俺は生徒達に言ったんだ。殺意や闘志をレジニーが敵と判別されたら――もう負けは決まったも同然だから」
「……『二秒もかかってしまいました』と言っていましたが」
「アイツからすれば一秒もかけるつもりはなかったと思うぞ。【自動防衛SSS】の発動時間は所有者の実力で精度が大きく変わってくる。レジニーはまだまだ更に上のレベルを目指しているんだよ」
「もし、ミヤトはレジニーさんと戦う機会があれば勝てると思いますか?」
「さあね。互いに互いが天敵だからな。闇討ちに弱い亡霊魔術だが、その対策はばっちり。一方の俺は闇討ちは得意でアイツの手の内を知っているから対策はできる。だけど、それも向こうも同じこと。レベル差はあるけど大した数字じゃない。俺がただ、持っている【スキル】が多いだけ」
「一度、戦ったことがあるのですね」
「バレたか」
そう――彼と彼女は一度だけ互いを殺しあった。理由はとてもくだらない――つまらない内容だった。模擬戦などではない。命の奪い合いを経験した。そのことについてはアスティアは気づいていないようだ。ただ、刃を交じり合った、それだけは感じ取れたようだ。
「まずはウサギ屋に戻って対策を考えよう。今日も泊まっていくだろう? レジニーは先に帰るって言ったけど、どうなんだろうな?」
「用事がすめば戻ってくるかもしれませんね。一度戻って、ミヤトの言うとおり対策を考えた方がよさそうです」
「決まりだな」
夕焼けに染まるスタイダスト、中央通に大きく伸びた2つの影は仲がよさそうに道を進んでいく。誰が見ても微笑ましい光景――1つの【影】が2人を睨んでいた。憎しみの篭ったその視線は誰にも気づかれず、やがて消えてしまう。
今夜が――決戦だ。
◇
「それじゃあ飯の用意が出来たら呼びに来るから」
「わかりました」
ウサギ屋に戻り、すっかり日は落ちて夜へと移り変わっていた。レジニーは結局の所、帰ってはきていない。用事がまだ終わっていないのだろうと気を回して、夕食の準備をすることにした。ここ最近ではお泊りをしているアスティアとレジニーが食事の用意をしていたが、今日は自分がすると宮兎が立候補した。
彼の料理が出来るまでの間、彼の寝室でいつものように待つことにしたアスティアはぼーっと部屋を見回していた。2人が泊まりに来てから、何かが無くなった形跡はない。やはり人が増えたことによって犯人は行動しづらくなったのだろうか。アスティアはキョロキョロ辺りを見て、変化がないこと確認し終える。
それから畳にに敷かれた布団へ座り、これまでの出来事を思い出してみた。
「始めは、靴下、下着……そしてTシャツとズボン。誰かの視線を感じたけど、ミヤトは目視できなかった。そしてブラックミストの存在……やはり犯人は『人』ではないのでしょうか……? では、何故ミヤトの所持品を?」
考えれば考えるほど、犯人像が見えない。目的は? 種族は? どうやって? 未だに何も解決していないことに頭が痛くなり、バタリと体を横にする。
布団――レジニーがいつも使っている【宮兎】の布団だ。アスティアはお客用の布団で寝ていた。いつも隣で気持ちよさそうに寝ているレジニーを、心の中では羨ましいと感じていたのだ。
この場所に宮兎もレジニーもいない。自分が今、彼の布団で横になっている。
「…………」
上半身を起こして、右と左、ついでに上と後ろを見て誰も居ない、見ていないことを確認する。
「ちょっと、ちょっとだけいいですよね?」
自分に言い聞かせるように小さな声で呟いて、掛け布団を広げた。布団に包まり、ゴロゴロと体を動かす。なんとなく彼を独占した気持ちになって、ちょっとだけ嬉しかった。枕に顔をうずめて大きく深呼吸する。
「って……これではレジニーさんと一緒ではありませんか!」
我に返ったアスティアは体を起こして、リビングにでも向かおう。そう考えた瞬間だった。
扉が勢いよく開き、焦った表情の宮兎が入ってきたのだった。
◇
時間は少々遡り、宮兎は夕飯の仕度途中で付け合せのサラダに使う予定だったレタスが無いことに気がつく。今日はレジニーとアスティアが大好物だと言ったオムライスを作っていた。トマトとレタスのサラダでも添えようとしたが、肝心のものがない。
「おーい、ちょっと酒場でレタス分けてもらってくるから留守番頼むぞ」
リビングでそれぞれ遊んでいたレイン・ゴースト達に声をかけ、レタスを分けてもらうために外へ出ようとする。この時間は既に八百屋は閉まっている。酒場なら料理も出している。食料品でなにかが足りない時は近くの酒場や食堂で分けてもらっていた。
今回もそのために外へ行こうと玄関へ。
「……ない。俺の靴がないっ!」
【ザ・クリエイティブ―転生蘇生―】で創り上げた白黒スニーカー(石ころ大体250個ほど)がどこにも見当たらない。
玄関を開けてウサギ屋のバックルームを確認する。誰かが入った痕跡はない。また――やられてしまった。どうやって、中に入り物を盗んでいくのか。そもそも自分が気づかないことがおかしい。気づけない理由は――相手に【隠密行動】スキルを所持している冒険者、あるいはモンスターだ。
「アサシンスキル……っ! アスティア!」
部屋に1人アスティアを残していることを思い出した。すぐさまリビングに戻り、寝室へ向かう。レイン・ゴースト達も何事かと宮兎の後を追った。
「アスティア!」
襖をあけると、きょとんっとした表情でこちらを見つめる彼女。布団の上で座っている所を見ていると、休憩していたことが伺える。胸を撫で下ろし、無事でよかったと安堵したとき――黒い霧がアスティアの後ろに出現する。
「後ろだ!」
「え?」
霧は一瞬でアスティアを包み込むと、まるで抱きかかえるようにして彼女を持ち上げる。そのまま後ろの窓を突き破って上へ――屋根へと飛び移った。
「ミヤトっ!」
「アスティア!」
伸ばした腕は彼女の手を掴むことはできずに逃がしてしまう。突き破られた窓から顔を出して上を確認する。霧はウサギ屋の上に居るようだ。
「っち! クロ、シロ、モーノ! 結界を張ってくれ! ヤツを逃がすな!」
一部始終を見ていた3体は迷わず敬礼をして、円になる。パシンと己の袖を叩いて魔力を解放した。青色に光り輝く魔法陣が畳へ出現した。やがて大きくなり、壁を通り抜けるほど――ウサギ屋を包み込むほど巨大なものへとなった。魔法陣はすばやく上と下に別れ――結界を作り上げる。
レイン・ゴースト達はレベルが上がり、新たなスキルをいくつか身につけていた。コレもその1つだ。
「上出来だ。俺がヤツからアスティアを奪い返す。その後は結界を解除してギルドに報告してくれ」
3体が頷き、宮兎も窓から屋根へと飛び上がった。レベル500になればこの程度、余裕なものだろう。赤い屋根へと降り立った宮兎は視界に黒い影をとらえる。人の形をしていて、脇にアスティアを抱えている。結界が発動し、逃げられないようだ。
「お前が犯人か! 大人しくアスティアを――」
言葉が詰まる。振り向いた黒い影――いや、影そのものは盗まれたTシャツ、ズボン、そしてたった今なくなった靴を履いている。もしや下着も身につけているのかもしれない。アスティアは精一杯からだを動かして抵抗しているが、逃れようはない。
宮兎が驚いたのはそれだけではない。影――まるで黒子のように全身が真っ黒の人物はどことなく自分にそっくりなのだ。身長、体格、立ち姿――なにより感じ取れる雰囲気。まるで鏡の前に立った錯覚。アスティアも【影】の顔をみて、抵抗をやめた。
「み、ミヤトがもう1人?」
「なんで俺が……。そもそもなんだこの黒い影みたいなヤツは……?」
あまりの衝撃に思考が止まる。すると――。
「あら、やっぱりそうだったのね」
「レジニーっ」
再び地面からぬるりとレジニーが日傘をさして現われる。表情はまるで全てを知っているように、驚いてはいない。
「レジニー、お前何か知ってるな?」
「知ってるもなにも、アレは私の使い魔【二重の堕ち逝く者】。ミヤト、貴方の姿を投影させた使い魔よ」
「はあ?」
レジニーは王冠へ日傘をしまい、変わりに【エリガリウスの魔導書】を取り出す。3人でデザインした禍々しいブックカバーに包まれた魔導書をペラペラとめくり、とあるページを開く。
「【エリガリウスの魔導書】の第八章、『影の落とし子』の内容は自らが望む影を作成して、それをおもちゃに遊ぶ歪んだ思考を持った魔術師の話。その影そのものが使い魔として召喚できる【二重の堕ち逝く者】ってこと」
「正体はなんとなく理解した。何でその影が俺の姿形が一緒で、お前の手元を離れているんだ!」
「あら、言ったじゃない。【二重の堕ち逝く者】は玩具として召喚されるの。私もミヤトの心臓を抉り取るために練習用で投影したの。でも、逃げ出しちゃってね。抵抗もしないし、ミヤトらしくないと考えちゃったら飛び出しちゃって。その結果が――コレなのよ」
【二重の堕ち逝く者】がレジニーから受けた使命――宮兎になりきり、彼の代わりとして練習台になること。だが、レジニーは心の中で無意識に【二重の堕ち逝く者】を偽物扱いし、影は本物になるべく――宮兎の所持品を盗み出し、彼になりきろうとしていたのだ。
「じゃ、じゃあどうして私を襲っているのですか!」
「アスティアちゃんはいつもミヤトとほとんど一緒じゃない。【二重の堕ち逝く者】はミヤト以上の【完全】になろうとしている。アスティアちゃんはその必須アイテムと認識されたようね」
「そんなぁ……!」
「とにかく! レジニー、お前全部知ってたな! 学園で黒い霧の話題が出たとき、あんなに静かになって――」
「当たり前じゃない。むしろ最初から勘付いていたわ。影は完全な状態じゃないと私に会いたがらないから、私がウサギ屋に居れば被害は出ない。これでも考えていたの――っ!」
レジニーの頭に宮兎の拳骨が炸裂する。涙目になったレジニーは反論しようとしたが、宮兎の恐ろしい笑みを見て、一先ずは黙ることにした。
「くぅ……痛いじゃない」
「今回はお前が全部悪い。最初から全部話せよ」
「だって、貴方だって楽しんでいたじゃない」
「……………」
「ほら、図星」
「2人とも! 遠くで会話しないで私を助けてくださいよぉ! もう!」
目を逸らしていた宮兎は溜息をと共にアイテム覧からポーチを取り出す。腰に巻いて、ゴソゴソと鉱石を取り出した。
「あいつを倒せば今回の件は全部片付くんだろ?」
「そうね。今回は私にも落ち度があったわ。手を貸すわ」
「いや、いいよ。自分と戦うことなんて今後ないだろうし。あっちも俺と一緒なら、何かしら素材はもっているはずだからな」
【二重の堕ち逝く者】はアスティアを丁寧に後ろへ降ろし、ポケットから同じ量の鉱石を取り出す。宮兎は確認するとニヤリと笑う。異世界で自分自身と戦うことになろうとは思ってもいなかった。これはこれで面白い方向へ転がったと。
「ザ・クリエイティブっ!」
鉱石を両手に展開した魔法陣へと吸い込ませて手を合わせる。ゆっくりと開き――1本の長剣を作り出した。どこにでも売っている長剣は影も同じように錬成した。現在の手持ちでは互いにこれがフェアな武器なのだ。
「いくぞっ!」
宮兎と影は同時に駆け寄った。長剣を横から振りかざし――互いの剣を交差させる。驚いたのは宮兎だった。スピード、筋力、剣を振るう角度、その全てが自分と同じ――何も変わらない【影】であると。
レベルまでももしかしたら同じなのかもしれない。となると何か特別な工夫を施した方の勝利となる。体力を消耗するだけの戦い方では、宮兎が不利だ。影――使い魔のスタミナや体力は主の魔力を吸い取り回復する。レジニーと繋がりを持っている限りは、影は疲れを見せない。
それならと――宮兎は剣から手を放した。
突然力が抜けた影は剣を止めることはできずに横へ大きく振った。軌道は目で確認できるほど素直な剣だった。体をしゃがみこませて、宮兎は地面に落ちる剣をすばやく手に掴みなおし――下から突き上げる。
だが、影は予想していたかのように――体を後ろにそらせて、剣を避ける。そのままクルクル宙を舞い、後ろへ下がる。
「面倒な戦い方をするな……」
「あら、ミヤトらしい戦い方よ。迷いのない真っ直ぐな剣筋、不意打ちにも即座に対応できる集中力。両方、あなたの戦い方では?」
「確かにな……。自分の長所が仇になる日がこるとはな」
次はどうするか――なら、自分らしくない戦い方をするしかない。宮兎はもう一度、ザ・クリエイティブを発動させて、長剣を魔法陣の中へ吸い込ませる。
「ほほう」
「ミヤト――それはっ!」
そしてポーチから取り出した新たな素材――赤い玉と青色の薬草。混ぜることによって生み出されたのは、石の容器に入れられたポーションのような薬だった。影は薬を見ると、一歩後ろへと退いた。薬の正体――それはこの場の誰もが知っている【毒薬】である。
「なあ、知ってるよな。俺ならさ、レベル500となったあの日――転生蘇生と共に手に入れた【もう1つ】のスキル」
「もう1つのスキル……?」
アスティアはその話は初耳――ではない。ウサギ屋を開店することを志したあの日、彼女は自らの口で確認していた。
『アクティブスキルとパッシブスキルが一個ずつ増えています……』と。
「レジニー、ちょっとヤバイと感じた止めてくれよ? 今から――やりたくないことするからさ」
「ふむ。まあ、その時は任せなさい。スタイダストで【赤い影】を止められるのは私だけでしょうし」
「おう、頼むぜ」
宮兎はにっこり笑い――【毒薬】を迷わず飲み干した。
◇
それから――影は気がつけは魔導書の中へと戻されていた。役目を終え【アカマツミヤト】としての意識はなくなっていた。本来の人格を取り戻し、魔導書の中で役目を終えたことを確認する。彼――彼女――性別のない影は記憶の片隅で、あの後自分がどのように殺されたのか記憶にない。
気づけばここへと戻っていた。
不思議な感覚だった――【アカマツミヤト】へとなりきるに当たって、記憶以外の全てを投影した存在になり、彼の感じていること、考えていること、普段の感覚を味わい――もう二度と投影したくないと感じ取った。
彼の中には――化け物が宿っている。
多分、その化け物によって殺されたのだ。
影はそのように結論を出し、【化け物】を自分の中へ一時的に飼っていたことを考えると身震いをする。
なにより主――レジニーの想い人だ。主の玩具にされるのだけはもう懲り懲りだと最後に思った。
こうして影は――再び永い眠りついて、主からお呼びがかかるまでの時間を過ごす。
◇
「やはり、犯人はレジニーさんではないですか!」
ウサギ屋に轟くアスティアの怒鳴り声。レジニーは気にすることなくコーヒーを飲み、首をかしげる。まるで自分が何故怒られているのか分かっていないような素振り。
「何故私が犯人なのでしょう?」
「自分の使い魔の手綱ぐらい握っておいてください! 私、怖い思いをしたのですから!」
「私は命令はしてないわ。勝手に【二重の堕ち逝く者】が犯行を実行しただけ。私は悪くない」
「そもそもミヤトの心臓を抉り出すための練習というのが納得できないです!」
「まあまあ、アスティア。こうやって所持品は全部帰ってきて、特に被害もなかったからよかったじゃないか」
キッチンから出てきた宮兎はエプロン姿で2人にオムライスを目の前に置いた。香ばしい卵とケチャップライスに、少女達は目が釘付けだ。
「ミヤトはよろしいのですか?」
「ん? なにが?」
「この事件を解決するために【毒】を飲んだのですよ? それにあの【スキル】は……」
「いいのいいの気にしないで。ほら、冷めないうちに食べよう――っレジニー! いただきますの前に食べ始めるなって何度言ったらわかる!」
「あら、無意識にスプーンが。ミヤトの食事はなにか呪いでもかかっているのかしら?」
「失礼だな、コイツ!」
「褒め言葉よ」
ギャーギャー騒ぎながらオムライスを食べ始めるレジニーと、宮兎を見つめてアスティアは心の中でお祈りを済ませる。オムライスを一口食べて、相変らずの美味しさに満足だった。
心残りがあるとすれば彼のスキル――レベル500の時に手に入れたと言われるスキルが気がかりだった。傍で見ていたアスティアも、レジニーさえも何が起こったのか分からなかった。
【毒薬】――【パープル・ポイズン】と呼ばれる薬は主にナイフや矢じりなどに塗りつけ、モンスターに状態異常【猛毒】を付着させるためのアイテムだ。それをいくらレベル500とは言え、人間が飲めば3日は苦しみ、最悪死に至る毒薬である。通常の道具屋には売っておらず、素材から錬成、生成するしかない。
薬を飲み終えた宮兎は――魔力が増幅し――気づけば影を『素手』で八つ裂きにしていた。一瞬の出来事で、瞬きの間に全てが終わっていた。アスティアが感じとった宮兎の魔力は想像を超え、人間ではない何かを連想させた。
目があった時も――両目がまるで魔力光のように赤く輝いていた。
すぐさまレジニーのスキルで眠らされ、目が覚めた彼は異常もなく、普段どおりに夕食を用意してくれた。アスティアはまだまだ宮兎の全てを知らない。
影が――彼の全てを知ろうとした理由が少なからず、理解できるような気がしてしまった。
「アスティアー、冷めるぞー」
「は、はい! おいしいですね、ミヤト」
「まあな。半熟トロトロを練習したかいが、あるってもんよ」
「私は今度ビーフシチューが食べたいわ」
「お前は毎回来なくていい」
こうして宮兎のストーカー被害事件は幕を閉じることとなった。
新しく【下級魔術の唱え方】連載開始しました。
こちらはゆっくりやりますので、ぜひぜひご覧ください!
http://ncode.syosetu.com/n1138cw/