37話 青年、疑われる
次回でストーカー編終了です!
次の編は再び返ってくる商品開発部!
「――失礼します」
ティルブナ・F・アルムントは冒険者貴族らしい優雅な立ち振る舞いで応接室を訪れた。学園全体に声を拡散させる【拡散魔力放送】で、休み時間の今、応接室へ来るように案内され、何事かと思い慌ててやってきたのだ。
アルムント家の人間が呼び出される理由として思いつくのは、スタイダストにとって非常にマズイ状況が生まれた。または誰かが死に、故人が有名な冒険者だった場合。他にも兄、姉が帰ってきた。父が急病になたった。色々なことが考えられる。
それ相応の覚悟で応接室の扉を開けて――体が固まった。
「よ、ティナ」
「ティナちゃん、ごきげんよう」
「ティナさん、その……ごめんなさい」
三者三様、高級そうなソファー……噂ではドラゴンの皮で作られたソファーが応接室と学園長室にあるとされているが、もしかしたらこれなのかもしれない。と、話を頭の中で逸らしたくなる衝動になったティナは精一杯口元を上げて、笑顔を作り上げた。
「………貴方達、ここで何をしているのですか?」
「呼び出してごめんごめん。いやー学園長先生は頑固な人かもなーって考えていたけど、すぐ応接室に通してくれて親切な人だったよ。いい先生だな」
宮兎は笑顔で出されたお茶を飲みながらソファーゆったりと寛いでいる。左隣のレジニーも黙々とお茶を飲んで満足そうだ。唯一、宮兎の右隣に座るアスティアだけがペコペコと頭を下げて謝罪の意を見せる。ティナは咳払いを大げさにして、3人に向かい合うようにもう1つのソファーに腰をかける。
「ミヤト、呼び出したのは貴方方ですの?」
「そうなるな。本当に急で申し訳ないと思うけど、俺にとっても緊急事態なんだわ」
「緊急、事態……?」
これのどこが緊急事態なのかティナは意見を激しく述べたかった。一人の青年はお茶を飲みながらヘナヘナ笑って、エルフの少女はお茶を飲み干すと今度は王冠から既に液体となったコーヒーが入れられたビンをとりだし、カップへ注いで飲み始めた。シスターは相変らず泣きそうな顔で俯き、ティナに顔向けができない。
……焦りが誰からも感じられないのだ。
アスティアが俯いているのはティナに対しての罪悪感であろう。考えてみれば、そもそもこの後、授業を控えている生徒を呼び出して「ストーカーの犯人お前だろ?」なんて話をするのだ。アスティアは自分が今から行うことがどれだけ相手に失礼な行為か、心がとても痛んだ。
ティナがいちいち気にする女性でもないのだが。
「わたくしには全くそうは見えませんが」
「まあ……話せば早いんだが、実は俺がストーカー被害にあっていて」
「ストーカー?」
ストーカー被害の話をようやく切り出し、事情を説明する。話せば話すほどティナの表情は歪み、話がある程度済むと腕を組んで溜息を吐いた。
「ミヤトのストーカー捜しですか」
「わかってもらえたようで」
「犯人はミヤトの隣にいる人物ではなくて?」
「やっぱりそう思うよな……」
これまたレジニーがナイフを取り出し、ミヤトに突きつけティナを恐怖のどん底に突き落とし、動機がないことを証明して自らの潔白を証明した。証明ではなく脅迫に近いことは誰も言えないのでティナも黙っておくことに。
「となると、今度は転移系スキルを持つわたくしに事情聴衆かしら?」
「本当にティナさん、申し訳ないです……。お忙しいのに突然このようなご無礼を」
「アスティアは頭をあげなさい。わたくしも疑われるのはあまりいい気分ではないわ。ここで証明させていただきたい――その前に」
ティナは一拍おいて、ミヤトに鋭い視線を向ける。
「そもそも【身内】が犯人だと思う理由を聞きたいですわね」
「と言うと?」
「第三者の可能性だってあるのでしょう? わたくし達が全く知らない誰か――」
指摘されて宮兎とアスティアは「あー」と声を漏らす。レジニーが犯人だろうと決めつけ、そこからの流れで「犯人はきっと知り合いに間違いない!」と勝手に思い込んで身内捜査に活き込んでいたのだ。ティナから指摘されて納得するしかない。
「ま、まあ可能性がゼロではないしな」
「では、私のアリバイとして犯行があった時間――話によるとこの間の朝方はわたくしは既にダンジョンへ潜っていました。デスカント、サマエト、ナノのパーティーで」
「それはどこのダンジョンかしら?」
「【深海の地下空洞】です」
「ふむふむ」
質問をしたレジニーは頷くと、カップをテーブルの上においてニヤリと笑う。
「もちろんダンジョンボスは倒したのですよね?」
「はい。証拠があります」
ティナはアイテム覧を開いて、とある素材を取り出した。テーブルの上に置かれたのは――巨大な白い塊だった。白と説明したが、角度を変えれば虹色に輝き、すこし青みがかかった色をしているようにも見える。アスティアはこの素材がダンジョンボスを倒した証拠――つまりはドロップアイテムだと理解する。
「【クラケドロン】の肉片ね。ティナちゃんの言うとおり、この素材はまだ新しい」
「レジニーさん、そんなことまで分かるのですか?」
「あらアスティアちゃん。私はね、眼は本当にいいのよ」
一瞬――アスティアはレジニーの左眼から何かを感じとった。シスターの特性は魔力を感じ取れること。つまりレジニーの左眼から魔力が漏れたことになるのだが……。
「さてと、【深海の地下空洞】は転移系アイテムもスキルも使えない【制限】があるわ。それを考えると四人は犯人ではないってことね」
「そうなる、な」
ダンジョンの中にはアイテムやスキルを制限される場合がある。魔力の流れが不安定の場合、上手く発動しないのだ。難易度は上がるが、出現するモンスターはさほどレベルは高くない。【深海の地下空洞】はレベル200になった冒険者が腕試しで訪れるダンションである。ボスの【クラケドロン】と言う名の烏賊型モンスターは動きも遅く、四人で囲めばあっけなく倒せるボスだ。ティナ達も上位職となり、レベル上げを目的として挑んだのである。
「となると一気に四人は白か。ティナの言うとおり第三者の可能性もあるしな」
「ところで、ミヤトは最近ギルドには行ったかしら?」
突如ティナが質問を投げかけてきた。ギルド? 近頃はストーカー被害の対策のため、ダンジョンやクエスト受注は行っていない。ミヤトは無言で首を横に振り、「まあ用はないし」と軽く否定する。
「実は五日前からそのストーカーに関係あるかもしれないクエストが発注されていましたわ」
「まさか俺以外に被害者がいるのか?」
「いえ、実は不審者の目撃情報なのです」
アイテム覧へ【クラケドロン】の肉片を元に戻し、今度は一枚の紙を3人の前へ差し出した。受取ったのはアスティアで、隣の2人に聞こえるように朗読を始める。
「『黒霧の幽霊――目撃情報相次ぐ。スタイダストで黒霧と呼ばれる不審者が目撃されています。モンスター、人、または別の何か。正体が判明しておらず、今後被害がでる可能性も大きいので捕獲、討伐依頼を発注することとする』だそうですけど……」
「書いてある通り、黒霧――ブラックミストと称された【何か】がスタイダストに潜んでいるわ」
「全然知らなかった。アスティアは知ってたか?」
「いえ……。ここで初めて聞きました」
驚く二人に対しレジニーは無言で右手を顎へもって行き、触り始める。何かを考えているらしいのか、一言も話さない。
「目撃情報が多いのは中央区――ウサギ屋周辺が実は多いの」
「つまり、このブラックミストが犯人って可能性もあるのか」
「ええ。ミヤト、貴方はコレが何だと思う?」
「あー、そうだな。黒い霧か……モンスターだとすれば【コールド・クラウド】だけど……あいつは黒じゃなくて灰色だしな」
【コールド・クラウド】は名前の通り氷属性のスキルを扱う雲型のモンスターである。また出現地域がかなり限られ、街中に現われるようなモンスターではない。極寒の地のみで生息し、マイナスの温度でなければすぐに死滅してしまう。色も黒ではなく灰色に近い。
「あとは……アサシンスキルかな。【シャドウ・ステップ】なり、【シャドウ・ダンス】なり」
アサシンスキルといえば体を黒い霧へと変えて、移動するスキルを覚えられる。宮兎も多用し、アサシンの生命線とも比喩されるほどだ。長時間の移動となれば【シャドウ・ダンス】による可能が高いであろう。
「わたくしもミヤトと同じくアサシン職の方を調べましたが、皆それぞれアリバイがあり、ギルドも彼らの行動はある程度把握していました――ある2人を除いて」
「2人? なら、そのどちらかが犯人なのでしょうか?」
アスティアの言葉にティアは黙ってしまう。ちらりとミヤトを見て、口をあけた。
「1人はメインジョブに持つ――【赤い影】様。もう1人はサブジョブに持っていると聞いたミヤト、貴方です」
「…………」
「…………」
「…………」
「おい、こっちを見るな。三人とも」
アスティア、レジニー、ティナは宮兎の顔を見て頭の中でとあるシナリオが出来上がってしまった。この事件は全てミヤトの自作自演で、ただ暇になったから騒ぎを起こしてやろう。気がついたらギルドに目をつけられて言い出せなくなった――という最低最悪のシナリオだった。
「ミヤト、自首してください」
「アスティア、何で頭を下げるんだよ! やめろ! 違うってば!」
「わたくしはミヤトが愉快犯だとしても、心の中では反省していると信じております」
「俺じゃないってば。よく考えてくれ? なんでストーカー被害なんてまどろっこしい真似をしなくちゃいけないんだよ」
「ああ、なんてこと! ミヤト、私はミヤトとアスティアちゃん、そしてティナちゃんから疑いの眼差しを向けられ、犯人は絶対に許さないと決めていたの。腕の一本ぐらい、もぎ取ってやろうって。でも、犯人がミヤトなら仕方がないわ。心臓を抉り取るしかないないじゃない!」
「だから話を聞けってつってんだろ!」
立ち上がって否定する宮兎はこのあと、たっぷり一時間自らの潔白を訴え、レジニーのナイフから逃れるため学園中を走り回った。その所為で大騒ぎになり、ティナと一緒に学園長へ頭を下げることになったのは、たんなる蛇足である。
◇
ソレは――求めていた。
自らの体が「アルモノ」を求めている。徐々にパーツはそろい、己の欲求が満たされていくことへ満足感を覚える。誰もいない路地裏で、小さく肩を震わせ喜びを表現する。
ようやく目的が達成できる。ソレは――ゆっくりと歩く。一歩、また一歩、太陽の日差しがあたらない影のかかった道を。まるでこの場所は自分のようだ。暗い、とても暗い場所。
自分が「そのような」存在であることは分かっている。だから新しい自分へと生まれ変りたかった。だが、生まれ変るにはパーツが必要なのだ。
もうすぐ、もうすぐ全てが揃い完全へと生まれ変れる。
歩き続け、やがて出口が見えてきた。
外の道は人が多く、何度も左右から流れてくる。人々は真っ直ぐ前を見て、こちらに気づきそうではない。誰にも気づかれないことが不安だった。誰にも評価されないことが怖かった。
自分を生んでくれた母へ感謝しなくてはならない。
このような感情を与えてくれて――ありがとう。
全ては――母のためだ。
彼女はきっと喜んでくれる。そしてきっと――自分を殺してくれる。
ソレは望んだ――今夜が最後だ。
今夜こそ【完全】になり、母から殺され――自分は解放される。
やっと【影】へと帰ることができるのだ。
さあ、帰ろう。
母の【影】の中へ。
ソレは心の中で呟く。誰にも聞こえない、誰にも聞かせない、誰にも届かない、誰にも響かない言葉を。小さな小さな感情を爆発させ、ソレは――彼は【全てを揃える】ために今夜、決着をつける。
あの忌々しい――【彼】と。
シャドウ――ダンス。
ソレの体はやがて黒い霧となり、路地裏の壁をよじ登って屋根の上へと移動してどこかへ消えてしまうのであった。
PV200万突破! ブクマ8300人突破です!
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さて、アルファポリス様の第8回ファンタジー小説大賞も始まりました。参加しておりますので、応援ヨロシクお願いします!
【害悪くんと書記さんの奇々怪々な模範解答】も完結しましたので、そちらもどうぞ!