36話 青年、学園へ出向く
次の日曜日――宮兎とアスティア、レジニーはウサギ屋を出て【学園】へ向かうことにした。店はレイン・ゴースト達に任せて、今回の事件を早急に解決しようと3人ともそれぞれ焦る気持ちがあった。
ちなみに【学園】とは【冒険者育成学園】の略称で、ティナやナノ、サマエト、リャーミャが通っている学校である。デスカントは既に卒業し、サマエトはこの時期卒業に向けてクエストへ向かっているはずだ。ナノはもしかしたら居るかもしれないが、目標はティナとリャーミャである。これで一度に2人から事情聴取ができることだろう。
3人が並んで歩けば、それはかなり目立つ。ウサギ屋の店主にシスター、レベル400越えの冒険者ときたものだ。自然と周りの人達は彼らを避け、物珍しい視線を向ける。これがまだ平日なら良かったのかもしれないが、休日の朝から出歩くのは少々目立ちすぎた。
「そもそも学園に俺達は入れるのか?」
「心配しなくても大丈夫。これだけの顔ぶれを学園側が拒めるはずもないわ」
「レジニーさん、それはどういうことでしょう?」
「アスティアちゃんもミヤトも、少しは自分達がスタイダストで【有名人】だと自覚したほうがよくて」
くるりと日傘を回すレジニーは口元を吊り上げる。彼女の言うとおり、【赤い影】でなくとも【ウサギ屋の店主】という地位を持つミヤトと、シスターという職業は冒険者から高位にあがめられる存在、アスティアは自覚はないものの彼女もレベルを持つシスターとしては有名である。
レジニーを挟んでお互いの顔を見つめる2人は「確かにこのメンツは」と今更ながら恐縮した。これにレベル400の『精華のレジニー』が加わっているのだ。冒険者や商人を目指す者が集まる学園にとってはサプライズゲストだろう。
「さ、つきましたよ」
足を止めて――3人は建造物を見上げる。スタイダストで領主館の次に巨大な建物。スタイダストの北西区に堂々とそびえ立つ校舎、巨大な時計塔、大規模な演習場に、アイテム生成学を学ぶための実験室――スタイダストの冒険者、または商人を育成するためだけに作られた施設。
それが【冒険者育成学園】だ。
レジニーは慣れた足取りで学園の正門付近まで歩く。宮兎とアスティアは駆け足で後ろを追った。正門も豪華なもので、銀色の格子が眩しい。両側には獅子の銅像まで置かれている。2人と違い、何者にも目はくれず真っ直ぐ進む亡霊魔術師。
すると、門の傍に立っていた男性に声をかけられた。
「止まれ! 学園に何用か――ん? もしや【ウサギ屋】のミヤト殿と【精華のレジニー】様ではっ!? お隣にはシスター様までっ! こ、これはこれは……一体学園にどのような御用事で?」
警備員らしき体格の良い男が3人の顔を確認すると、血相を変えて、ついでに態度も変えて話しかけてきた。やはりこのメンバーともなると誰しも不安になるだろう。何か重要な予定でもあったのではないかと男は記憶を駆け巡らせるが、そのような話は聞いていない。
「実は私達3人はティルブナ・F・アルムント嬢に用があって来たの」
「ティルブナ様ですか?」
「ええ。急なことだったから連絡が行き届いていないのね。……もしかして通れないかしら?」
「そんなことはありません! ささ、門を開けますので!」
男は慌てて門を開いた。もちろん宮兎とアスティアは呆然と立ち尽くし、学園の防犯対策が心配になった。一方のレジニーは笑顔で「ありがとう」と警備員の男に伝えて、ゆっくりと歩き出す。
学園の中に入ると、生徒達の姿は見えない。授業中なのだろう。宮兎ははじめて入る学園の雰囲気に、キョロキョロと視線を泳がせる。
「な、なあ。あんな嘘言って本当に大丈夫か?」
「ティナちゃんに会うのは嘘ではないわ。それに後で事情を話せば問題ないでしょう?」
「そ、そうですかね……?」
少々不安になりながらも3人は校舎へ入り、お目当ての人物を探すこととなった。ティナは冒険者科のどこかの教室に居るはずなのだが、3人が校舎の構造を理解できているわけでもなく、また不便なことに案内板も見つからない。玄関から入ってすぐ、足を止めることになってしまった。右も左も分からない。
「レジニー、ここまですんなり入れたんだ。校舎の構造ぐらい知っているんじゃないのか?」
「ミヤトは私を過大評価しすぎね。来た事もない場所の道なんて分かるわけないでしょう?」
「そりゃそうだな」
「暢気に言っていないで2人とも、ノープランでここに来たのですからすぐに対策を考えないと」
対策といわれて思いつくのは学園の教諭に道を尋ねることだ。ミヤトはどこかに教務室があるはずだと右、そして左を見るが、長い廊下が続き部屋の入り口のようなものが見つからない。やはり日本と違い構造が違うのかと、文化の違いを思い知った。
玄関から入ってすぐのところに職員室や保健室があるイメージがミヤトは強い。全ての学校が決して同じ構造なのではないのだが、小学校、中学校、高校と同じような創りだった為、そのように思い込んでも仕方がない。
次の対策は――適当に歩いてどこかの教室に突撃する。これも得策とは言えない。外の警備員の様子から察するに、3人が揃って顔を出せば教室はパニックに陥り、やがて全校へ騒ぎが拡大、ティナを探すことは困難となってしまうだろう。
「対策ねえ……。一番いいのは知り合いがここを通るのがいいんだけど」
「そんな上手い話があるわけないじゃないです――」
「あれ? ミヤお兄ちゃんとアスティアお姉ちゃん?」
後ろから――聞きなれた声がした。振り向くと、普段とは違うブレザー姿のリャーミャが手に教科書を抱えて立っていた。リャーミャの後ろには同じ年齢ほどの女の子が1人立っている。
「りゃ、リャーミャちゃん!」
「なんてタイミングが良いのでしょうか……」
アスティアが驚くほどタイミングが良かった。トテトテと、こちらに歩いてくるリャーミャと女子生徒。学園の制服に身を包む少女を見て、なんだか不思議な気持ちになった。
「リャーミャちゃんの制服姿はじめてみたよ」
「えっへん! おとなっぽいでしょう? それよりどうしてミヤお兄ちゃん達がここに? それに隣の鼻血を出している人、だれ?」
宮兎とアスティアは急いで横を見ると、ポタポタ鼻血をたらすレジニーが視界に入る。目がキラキラと輝き、リャーミャから離れない。直感で宮兎はレジニーの顔にハンカチを覆いかぶせる。それでも尚、レジニーは微動だにせず立ち尽くしていた。
「き、気にしなくていいよ。ただの変態だから」
「リャー達と同じぐらいの子にみえるけど」
「気にしなくて大丈夫よ。うん、ミヤトの言葉通り、ただの変態です」
2人は前に出てレジニーを隠す。彼女にとってリャーミャもストライクゾーンだったらしい。これだから亡霊魔術師は頼りにならない。
すると、後ろで恐る恐る女子生徒がリャーミャに声をかける。
「リャーミャちゃん、早く行かないと遅れちゃうよ」
「あー、そうだった。ミヤお兄ちゃん、まだ授業の続きなの。まだ学園にはいる?」
「一応はね。そうだ。教務室とか職員室ってない? そこに用があって」
「うん、分かるよ! ここを真っ直ぐ進んで右にまがって、そこからまた左にまがったところにある!」
「おう、サンキャーな。授業頑張れよ!」
「うん! じゃあね! ミヤお兄ちゃん! アスティアお姉ちゃん! 変態のお姉ちゃん!」
リャーミャは女子生徒と一緒に来た道へ戻っていたった。さて、彼女が教えてくれた道は逆――玄関から入ってすぐ左の道だ。そして突き当たりを右に曲がって、更に左。ちょうど今立っている場所の裏側になるのだろうか。近くの窓を覗けば、校舎は中庭をぐるりと囲むような形になっているようだ。
「さてと、道順も分かったことだし――おい、レジニー! いつまで鼻血出しているんだ!」
「ミヤト、あれほど可愛らしい生き物がこの世にいていいのかしら……?」
「お前本当に頼む。リャーミャちゃんだけには普通に接してくれ。まだあれで12歳なんだ。しっかりしている子供だけど、お前がトラウマを植え付けるとあの子の将来が不安になる」
「ええ。心配いらないわ。彼女がきちんと熟すまで待ちますもの」
鼻血をふき取り、王冠から小さなメモ帳とペンを取り出して【候補 リャーミャちゃん】と書き足す。その中にアスティアとティナの名前を記され、【本命】と書かれた場所に宮兎の名前がある。彼は覗き込んでも文字が読めないので特に反応を示さなかったが、アスティアはガタガタを歯をならす。
「………レジニーさん。いったい貴女は何を目指しているのですか?」
「そうね。強いて言うなら私専用の【ハーレム】かしら? 男は今の所ミヤトだけだけど、女の子の候補は今は6人ほどかしら」
同情した。名前も知らないあとの3人へ心からアスティアは同情の言葉を奉げる。レジニーはメモ帳とペンを王冠へしまい、ついでにミヤトのハンカチもポケットへ入れる。
「ミヤト、ハンカチは後日新しいのを渡します」
「いや、別にあげるけど……」
「私の下着で作った可愛らしいハンカチをあげるから、心配しないで」
「ワリとマジで結構です」
レジニーは「そう」とだけ答え、気にすることなく話を続けた。
「ところで、たぶんリャーミャちゃんは犯人ではないわね」
「どうしてですか? まさか、可愛いからなんて言いませんよね?」
「まさか。会って分かりました。彼女の職業、スキル、そしてアイテムを扱えるだけの技量――まだまだどれも未熟。私の眼は全て分かりますから」
アスティアはレジニーの言葉の意味が分かっていないが、宮兎は理解できたらしく「そっか」と短く答えた。2人のやり取りを見て、レジニーがなんらかのスキルを使ったのではないかと予測できたが、亡霊魔術師にそれほど詳しくないのでこれ以上の推理は出来ない。
「ま、これで犯人候補は1人減ったな。予定と順序は違うけど、大丈夫大丈夫」
宮兎は1人で歩き出し、アスティア、レジニーの順番で歩き出し――犯人の捜査は続く。
昔書いていた小説を見つけました。
もったいないので今日から投稿します。
前も投稿して消した推理小説(さほど推理してない)です。
中二設定が痛いですが、よければこちらもどうぞ。
完結済なので、予約投稿していきます。
『害悪くんと書記さんによる奇々怪々の模範解答』
http://ncode.syosetu.com/n8559cv/