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33話 亡霊魔術師、シスターと語る

今回で亡霊魔術師帰還編終了です

 昼――スタイダストではこの時間、外は人で溢れかえる。東のレストラン街道は毎日が修羅場だ。ただ、そこから少しはなれた場所に小さなテラスカフェがある。この空間はとても静かで、おいしいお茶が飲める穴場スポットだ。お腹が膨れるような満足できる品は無いが、ちょっとした一息するにはうってつけだろう。


 アスティアは1人、パラソルの下でお茶をゆっくり飲んでいた。教会での仕事を休憩し、昼食もパンを1枚食べたので、少しお茶したいと思いここまで来た。前に訪れたレストランは満席で、諦めざるをえなかったのだ。


 白いマグカップに紅茶が注がれて、天気の良い外でのティータイムは彼女の心潤す。近頃朝起きたら必ずレジニーが裸でベッドに潜りこんでいるので気が気ではない。誰に助けを求めようかと悩んでいるが、やはり彼女と親しみのある宮兎が適任だろうと考えていた。


「それにしても……レジニーさんはどこまで」


「私がなに?」


「………」


 もう、流石にリアクションは取れない。横を見れば先ほどまで空席だった隣のテーブルにレジニーが専用マグカップでコーヒーを飲んでいる。いつものゴスロリファッションに頭の上の王冠が眩しい。レジニーは立ち上がって、マグカップをアスティアのテーブルへ置く。それからスカートの裾をつまんでお辞儀をした。


「相席、よろしい?」


「ええ、どうぞ……」


「では、失礼」


 アスティアの正面の椅子に座り、にっこりと笑う。


「なんだか気になるようなことでもあるのかしら? 私の名前を呼んだみたいだけど」


「別に……特にはありません」


 今朝もあったばかりだ。アスティアが目覚めたことを確認して、レジニーは裸のままどこかへ消えてしまう。彼女に言いたいことがあるとすれば、朝はゆっくりさせて欲しい――だろうか。言ったところで何も変わらない気もする。


「ふふふ、実は私がアスティアちゃんに用があるんだ」


「私に? あまり、覚えがありませんが」


「そんな訳ないでしょう。貴女は素晴らしい【冒険者】を育てたのよ」


 レジニーの表情は豊かだが、アスティアはそうもいかない。【赤い影】のシスターというだけで、特別な力を持っている訳ではない。むしろセルフィの方がアルムント家の専属に選ばれ、彼女こそ【才能】があるのではないかと、アスティアは思っていた。


「お話をしましょう。お題はもちろん『彼』についてよ」


 返事を待たずにレジニーは「なにから話そうか」と記憶を辿り始める。右手の人差し指でテーブルを2回叩いて、やがてひらめた。


「私ね、実はミヤトのことは何でも知っているようで何もしらないの」


「え? 何も?」


「そうよ。出身地、家族構成、好きな食べ物、嫌いな食べ物、冒険者になった理由――【力】を隠している理由も」


 レジニーの瞳は真っ直ぐだ。淀みのない――紅。アスティアの瞳も彼女を映し出し、意図を掴もうと必死に考えた。これは遠まわしに彼のことを語れと訴えているのではないだろうか。もしくは何もしらない――知らないからこそそのままでいい――何も語るなと伝えているのか――真意が分からない。


「アスティアちゃんは知ってる? そう――彼の全てを。別に答えなくてもいいわ」


「本当に……ですか?」


「愚問ね。貴女は彼の情報をどれだけ知っているか私には分からないわ。ただ、私より知っている――これは分かるの。女の勘なのか、本能なのか、具体的な言葉では表現できないけど、分かるわ」


 レジニーはコーヒーをひとくち口に含んでゆっくりと飲んだ。どこか落ち着いている雰囲気は下着姿でスタイダストを駆け回ったとは思えない。今考えただけでも頭が痛くなる事件だ。


「思い出してみて。その情報は貴女が質問して聞いたの? 違うのではないかしら。私が質問しても彼は何も答えてはくれなかった。私の知る限りでは命を命を預けあった初心者時代――他のメンバーにも話してはなかった。でも、貴女は知っている。何故?」


「それは――」


「彼が自ら語ってくれたのよね。そう――でしょう」


 レジニーの言葉通り――アスティアは宮兎と生活するにあたって自然と知ることができた。偶然だったり、彼の独り言だったり――彼の心の叫びだったり――アスティアはこの世界では誰よりも宮兎を理解している。


「私はこう見えて待つタイプのエルフなの。あら、その表情は心外だわ」


「だ、だってレジニーさんのアプローチの仕方はちょっと……」


「アスティアちゃん、それとティナちゃんはアタックが弱いのよ。自分では前に一歩踏み出したつもりでも、時間が経てばそれは足踏みしていることと一緒。彼はどんどん前へ進んでいくわ。同じようなこと誰かに言われたことあるでしょう?」


「まあ……」


 セルフィの顔が思いつき、アスティアは小さく頷く。それより自分の気持ちをレジニーに知られていることが曖昧な返事へと繋がった。レジニーもそれが分かっているのか、笑みを崩さず語り続ける。


「恐れることはないわ。誰しも愛を求めて、愛のために生きるの。生き物ってみんな、そうよ」


 レジニーの愛への考え方が少々歪んでいるのはツッコミきれない。またしも微妙な表情でアスティアは「はあ……」と曖昧に返す。


「レジニーさんは、その、ミヤトのどこが良かったのですか?」


「全部――とは言わない。でも、私に持っていないものを彼は持っていて、一緒に居れば与えてくれる。アスティアちゃんも似たような理由でしょう? アスティアちゃんが欲しいものをミヤトは持っている」


 言い終え、マグカップに入ったコーヒーを飲み干す。息を吐いて、王冠へとマグカップを収納した。便利なアイテムだなあ――とアスティアは毎度の如く感想を心の中で述べていた。


「さて、次は『赤い影』について語ろうかしら」


「私は――特に何も言えることはありません」


「『名付け親』、『育ての親』――貴女は十分に赤い影を知っているはずよ?」


「いいえ――何も語れることはありません。彼がどれだけ命がけでダンジョンへ挑戦し、どんな困難にでも立ち向かう――私の前ではまるで御伽噺のように『笑顔』で語ってくれます。それを真実として語っていいのか――いや、ダメだと私は思っています」


「ふむふむ、面白い見解ね」


 レジニーは腕を組んで珍しく真剣な表情だった。


「なら、【王都】で【赤い影】がどのような評価を受けているのか知りたいのではないかしら」


「王都――ですか……?」


「ええ。スタイダストに劣るとしても冒険者が大勢集まっているわ。もちろん【赤い影】の名前を知らない人は誰もいない」


 これにはアスティアも興味があった。スタイダストの外へはモンスター退治で何度か出たことはある。しかしそれはお散歩コースのようなもので、更にその先は未知の大陸が広がっている。外――まだ知らない土地のことを聞ける――自然を前のめりになってレジニーの話しを聞く体勢になっていた。


「興味は十分ね。それじゃあ――彼がまず王都で別の名称で呼ばれているのは知らないでしょう?」


「え? そうなのですか?」


「【赤い影】は彼にとって【名前】そのもの。異名ではなく本名扱いなのよ。委員会が認定したのは【赤い砂糖(レッドシュガー)】。意味は【不気味】、【恐怖】、そして【謎】」


「影の次は砂糖ですか」


「王都にとって顔も居場所も分からないレベル500の冒険者は【不安材料】でもあるの。身元が分からない化け物がこの世界で顔を隠して生活している――赤色の砂糖なんて気持ち悪いでしょう? だから皮肉も込めて【赤い砂糖(レッドシュガー)】なんて異名がついたのよ」


 アスティアにとっては複雑な気持ちにもなった。【赤】は宮兎の苗字から取り、【影】は彼と歩んでいく意味を込めてつけたのだ。これでは【砂糖】――宮兎を【脅威】の対象とされている。


「気にすることないわ。王都でも赤い影は英雄扱いだし、委員会が勝手に呼んでいるだけ。赤い影の方が知名度は高い。私はむろん影の方が好きよ。【赤いレッドジャドウ】は確かに上手いと思ったわ」


「……ありがとうございます」


 レジニーの言葉に少しだけ救われた。責任をちょっとだけ感じていたのだ。赤い影の名前があるから――そのようなことになってしまったのではないかと。だが、レジニーの言ったように世間一般では赤い影の名が主流だ。嫉妬している冒険者が呼んでいるにすぎない。


 と――レジニーの表情が険しくなる。


「でも、気をつけて。委員会は【赤い影】を欲している。いつだれがスタイダストに来るか分からない」


「え?」


「王都は今でも赤い影の身元を調べているわ。今は私が上手く隠蔽工作しているからしばらくは大丈夫。それでもずっとは無理。アルムント家の兄弟が派遣されるほどなら問題ない。いざとなればティナちゃんの力を借りられる。でも――」


「ちょっと待ってください。突然言われても……」


「頭の隅にあれば十分よ。問題は――他の四人が派遣された場合。確率は0に限りなく近い」


 レジニーは立ち上がり、アスティアを見下ろす。


「しばらく私もスタイダストへ残るわ。その間に――何もなければ私達の勝ち。変化があれば――彼を守らないと」


「れ、レジニーさん。話が全く――」


 背を向け――歩き出す。


「貴女も私が守るから安心して。大丈夫――何も心配はいらない」


 それだけ――たったそれだけを言い残して、日傘をさしてレジニーは去って行った。


「……お会計、私が払うの?」


 もちろん次の日の朝、ベッドに潜り込んだレジニーからきっちりコーヒー代を受取ったのは言うまでもない。ただ、この話題を口にしようとしても何を質問すればいいのか――アスティアには何も分からなかった。

ふと、この物語の終わりをどうしようかと考えます。

頭の中では一章として終わることを目標に構成しています。

80話か90話、へたしたら100ほどでしょうか。


今回の話も終わりへの伏線ではありますが、かなり後々なので今は気にする必要はありません。


次回のストーカー話の犯人を考えるのです! 誰とはいえませんがね!

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