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32話 亡霊魔術師、戦慄が走る

画伯伝説再び……っ!

「知っての通り、私の死霊魔術はこの魔導書を扱うわ」


「んなこと知ってる。まず、俺に何を作って欲しいんだよ?」


「よく見てみて」


 言われたとおり魔導書を観察してみる。大きさは大判サイズ、ページ数はかなりあるようで分厚い。表紙は何か動物の皮で作られているようで、裏表両方に魔法陣が描かれている。背表紙には何も書かれておらず、レジニーが昔使っていた魔導書とは違うようだ。


 昔は赤色の魔導書だったが、この魔導書は黒色だ。書かれている魔法陣もかなり複雑な形になっていた。今までは円の中に六芒星が描かれ、囲むようにヴァルハラ文字が書かれていた。黒の魔導書は円の中に小さな円がまた描かれ、小さな三角形が三つが無差別に重ねられ、ヴァルハラ文字がびっしり敷き詰められている。


「やけに古い魔導書だな」


「それもそうよ。これは王都の国立図書館の【閲覧禁止書庫区】に眠っていたお宝よ」


「へえ………。うええええ!?」


 宮兎は【閲覧禁止書庫区】と聞いて魔導書をレジニーに投げ返す。魔導書を見事キャッチしたレジニーはなんだか不満そうだが、宮兎は汚物でも見るような目で彼女の手に持たれている本を凝視した。それもそのはず――【閲覧禁止書庫区】とは【触ることすら許されない呪われた本】を保管する場所だ。


 そこに眠っている本、または魔導書、写本、これらは作者などによって呪いをかけられた危険なアイテムである。ある本は読んだだけで魂が吸われる――ある本は触れただけで精神が破壊される――ある本はたった1ページに書かれている魔法を詠唱するだけで大陸の半分が消滅する――どれもこれも噂話で、【閲覧禁止書庫区】自体が存在するかどうかも定かではなかった。


 しかし相手がこのレジニーだ。嘘を言っているとは思えない。


「心配しなくても大丈夫。この魔導書は【エリガリウスの魔導書】と言って、亡霊魔術のみを記した物よ。別に触れただけで魂が抜かれるとか、そんな心配はないわ」


「じゃあ何で【閲覧禁止書庫区】にあったんだよ?」


「愚問ね。『書かれているスキルが禁術』――人体の完全なる蘇生スキルが書かれているのよ」


「蘇生、スキル……」


 ヴァルハラでもっとも禁忌とされていること――それは死者を完全に復活させることだ。ゾンビや骨騎士ボーンナイト亡霊人形ゴーストドールなどは人間の部類にはならない。【死者】として生き続けなければならない。人ではなく、魔物に近い存在になるのだ。


 完全なる蘇生とは――人が人として蘇ること。これは神への冒涜であり、人が再び蘇る――新しい神が生み出されることに繋がる。ヴァルハラにとって絶対の神は【七大英霊神】のみで、それ以外の神は認められていない。


「エリガリウス――ヴァルハラでアルムントに続いてレベル500に達した伝説の1人。彼が作り出した【錬金術師】という職業と【亡霊魔術師】の職業――その偉大なる母はこの魔導書に己の全てを書き写した――その中に蘇生スキルが書かれているわけよ」


「……蘇生か」


 宮兎の頭の中に――とある単語が思い浮かんだのは言うまでもない。


 【ザ・クリエイティブ―転生蘇生リザレクション―】


 薄々は気がついていた。このスキルの本当の意味――そして本当の使い方――今は、そんなことはどうでもいい――宮兎は首を小さく横に振って考えを変える。


「実はね、かなり古い魔導書だから表紙がボロボロなのよ」


「見れば分かるよ。何千年前の品なんだろう? って、お前が持ち出して大丈夫なのか?」


「秘密に決まってるじゃない」


「うん、知ってた」


 もう何も驚けない。レジニーは「気にすることじゃないわね」と当たり前のように言って、魔導書をパラパラとめくる。確かに所々ページが傷み、シミになっている場所もある。ヴァルハラ文字で書かれているので、宮兎は全く読めない。


「頼みたいのはこの魔導書に【カバー】を作って欲しいの」


「ブックカバーか。別にいいけど、それなら俺じゃなくても自分で作れるだろ?」


「私が欲しいのは【亡霊魔術師】にぴったりのデザインよ。シンプルなデザインはあまり好きじゃないわ」


「はあ……。そうですか……」


 レジニーは誰よりも個性を大事にしている。このゴスロリファッションなんてヴァルハラでもかなり珍しい服装だ。とは言え、今からデザインを考えている余裕はない。日を改めて時間を費やすしかないようだ。


「今日は流石に無理だからな」


「分かってるわ。これだけ伝えることができたら満足よ。それじゃあ、次の水曜日にまた来るわ」


 レジニーは王冠から日傘を取り出して、ゆっくりと開く。にっこり笑顔で手を振り――やがて床をすり抜けてどこかへ消えてしまった。亡霊魔術師とはやはりアサシンよりアサシンに向いているのではないだろうかと――自分のメイン職業が哀しくなった。





 水曜日――約束の日が訪れ、ウサギ屋の2階に人が集まっていた。ホワイトボードに【商品開発部リターンズ!】とかかれ、やる気満々の宮兎――ではなく、どことなくまた顔色が悪い。彼の視界には椅子に座って、またコーヒーを飲むレジニーと、その横で体を震わせて俯くアスティア、彼女の正面には今にも泣き出しそうなティナが座っている。


「え、えーと……。お集まりの皆さん、おはようございます。本日、新商品の【ブックカバー】のデザインを考えるために来ていただいたのですが……」


「私とティナさんは無理やりつれてこられたのですよ!」


「まあまあ、アスティアちゃん。落ち着いて私とコーヒーでも飲みましょう」


「れ、レジニーさんも少しは自重してくださいっ…………!」


「あらあら。一緒のベッドでキャッキャウフフした仲ではないですか」


「変な言い方しないでください! 襲われそうになって必死に逃げ出したのに!」


 あの日のことを思い出したのか、アスティアは明らかに疲れている。ティナにいたっては一言もしゃべらずにレジニーと目を合わせようともしない。


「……2人は何でここに?」


「あら、ウサギ屋の前に居たので私が連れてきたのよ。流石に抱きかかえるのは無理だから亡霊ゴーストに手伝ってもらったのだけれども」


「……………」


 レジニーが召喚する亡霊は、頭がなかったり、骸骨だったり、腕がなかったり、髪の長い女だったり、何も知らない人からすれば本当のお化けにしか思えない。ティナは自らの腕で体を抱きしめて、身震いをした。


「ミ、ミヤト……わたくし、今日は帰りたいのですが」


「あら、ダメよ。この前だって早く帰ってしまったじゃない。今日は最後まで居なさい」


「………はい」


(諦めたな、ティナ)


(心が折れましたね、ティナさん)


 するとレジニーが王冠からスケッチブックと色えんぴつを取り出して、机の上に置いた。1人ワンセット。ティナはきょとんとして受取るが、宮兎とアスティアの顔色が変わる。レジニーが何をさせようとしているのか――予想がついた。


「さて、皆さんには【ブックカバー】のデザインを決めて欲しいの。一応材料は目星を付けているから、表紙の模様だけ考えて頂戴」


「レジニーよ、それは俺とティナだけで考えるからアスティアは……」


「いいのよ。少女らしい絵も参考にしたいわ」


 それができないから止めとけと言いたかった。ストレートに伝えてしまえばアスティアがまた泣き出してしまう。なんとかオブラートに伝えようとあれやこれや考えるが、良い案に行き着かない。レジニーはモヤモヤとジェスチャーをする宮兎を真顔で見ることしかできない。


「大丈夫です……。少し練習しましたし、大丈夫……のはずです」


「お、おう」


「決まりですね。それでは、まず本を見ていただきましょう」


 王冠から飛び出した魔導書は乱暴に机の上へ乗った。アスティアとティナは魔導書を見て、興奮気味に立ち上がり、目を輝かした。そもそも魔導書というアイテムはなかなか見ることはできない。他の武器と違って数に限りがあるのだ。魔導書を作る際には魔術師系統の冒険者が10年以上かけて魔力回路を【本】へ移植する。その際に魔術師は全ての魔力を失い、冒険者としての使命も終わる。魔導書は人生の遺言とも言われ、貴重品として世に出回る。


「魔導書……しかも黒!」


「ティナは詳しそうだな」


「もちろんですわ! 魔導書の中でも【黒】は最高位を意味する色。この色の魔導書には禁術が記されていたり、危険性の高さから【閲覧禁止書庫区】に保管されていたり――」


 ティナは自分の言葉で固まった。それもそうだ――ここにあってはならない品物だから。


「ふふふ、心配する必要はないわ。禁術といっても私程度の実力じゃ発動することもできない高度なスキルよ。安心して、触っても大丈夫」


 レジニーの言葉に誰も頷けない。宮兎はわざとらしく咳払いをして「か、各自始め!」と早口で作業開始の合図を出す。


 さて、レジニーの依頼はこの魔導書に似合う【ブックカバー】のデザインだ。亡霊魔術師の名にふさわしいデザインが良いだろうと宮兎は頭の中で構成を整える。ある程度テーマが決まった所でスケッチブックを手に取り描き出した。


 つられるようにティナも描き始め、少し遅れてアスティアも作業を開始する。しばらくの間は紙の上を色えんぴつが走る音と、レジニーがレイン・ゴースト達にコーヒーを要望する声と注がれる音、最後に飲み干した後の「美味しい」だけが何度も繰り返された。


 時間は30分ほど経っただろうか。始めに完成したのはやはり宮兎だった。レジニーの要望で全員が終わるまで待ちたいとのことで、遅れてティナ、アスティアの順番で描き終える。


「皆さん完成しましたね? では、まずはミヤトから見せていただきましょうか」


「おうよ。テーマは【悪魔】だ」


 宮兎のスケッチブックには動物の頭蓋骨が描かれている。見た目はヤギの頭蓋骨のようだ。頭から伸びる禍々しい黒い角――不気味な形の頭はまさしく【悪魔】だ。


 もともとヤギは新約聖書で悪しき者の象徴として扱われる場合があるらしい。これは現代でも有名な神【アモン】や【パン】と呼ばれる山羊神が大きく影響している。また、司祭やシャーマン信教、邪教徒がヤギの頭蓋骨を被り、祈りなどを奉げた【黒教神】のイメージが強いからだ。


 始めて見るティナとレジニーは宮兎の見事なスケッチに感動したようだった。


「ミヤト、貴方絵も得意なのね。ますます愛したくなるわ」


「そのくだりやめろ! まあ、純粋に褒めてくれるなら嬉しいけど」


「ミヤトは何でもできるイメージがありますわ。今度、わたくしをスケッチしてみませんこと?」


「うーん……まあ、機会があれば」


「その時は私もお願いね。もちろんアスティアちゃんも。裸で抱き合う三人の美少女の絵画――ああ、うっとりしそうだわ」


『ご遠慮します』


 ティナとアスティアが真顔で拒否するとレジニーは残念そうに「そう」とだけ答える。本当に残念そうにしているところを見ると、本気だったことが伺える。宮兎も変な事にならなくて良かったと一安心だ。


「では、次はティナちゃんね」


「わたくしは、ミヤトほどではありませんが」


 ティナの絵――いや、模様か。黒い魔導書に描かれている魔法陣より更に複雑な幾何学模様だ。いくつもの円が重なり合い、三角形や五芒星が見事に描かれている。無差別に配置されているようで、計算された美しさ。3人はそれぞれの感想を述べた。


「これは立派な魔法陣だな……これだけ正確に書けるならランクSの使い魔も召喚できるぞ?」


「さすがアルムント家の三女……ティナさん流石です!」


「私も純粋に驚きましたね。貴女、職業は魔術師系統?」


「その通りですわ。メインジョブが【魔法剣士マジックナイト】、サブジョブが【上位魔術師ハイ・マジシャン】です」


 ブラック・オーガを討伐した際にレベル200へ到達したティナはメイン、サブの職業を上位職へ転職させていた。魔法を使った剣術を得意とするマジックナイト。最高位魔法が扱えるようになったハイ・マジシャン。元々魔法スキルが得意な分類だったため、彼女は前々からこの職業を決めていたらしい。



「これだけの魔術回路を書けるのであれば【召喚術士サマナー】や、それこそ【亡霊魔術師ネクロマンサー】にだってなれたはずよ」


「いいえ。わたくし達アルムント家はやはり【剣】を大事にしておりますから。メイン、サブどちらかには必ず剣術スキルを扱える職業に就きたいのです。魔法剣士ですと、やはり上位魔術師と相性が良いので」


「残念ね。亡霊魔術ならいくらでも教えれたのに」


「恐れ入ります」


 レジニーに褒められたことが嬉しかったのか、ティナに笑顔が戻る。宮兎も彼女達の距離が縮まったことを感じ取って優しく頷いた。


 だが――余裕を見せれるのもここまでだ。


「では最後にアスティアちゃんの絵を拝見しようかしら」


「は、はいっ……」


 宮兎は息を呑み込んで、アスティアも緊張した表情でスケッチブックを裏返す。


「こ、これはっ……!」


「っひ!?」


 小さな悲鳴を上げたのはティナだった。レジニーは珍しく動揺したのか、椅子を後ろへ蹴っ飛ばして立ち上がった。宮兎は白目を剥きそうになる。


 スケッチブックに描かれたもの――いや、それは【モノ】と呼べるのだろうか。まるでモザイクがかかったような理解不能な黒い線。よく見てみれば、それは達磨のような――何かを形を成している。翼にも見えない物体は紙いっぱいいっぱいに広げられ、スケッチブックの白を切り裂く。地面――なのだろうか。そこは血のように赤色が乱暴に塗られて地獄絵図とかしている。


 誤魔化そうとしたのか、黒や紫、茶色で全体を薄く塗りそれっぽい技法を使ったつもりだろうが、逆に悪化して真ん中に描かれている物体が毒の霧を吐き出しているようにも見えてしまう。達磨のようなものには角が生えているのか――不気味だ。


 小さくこちらを睨みつける赤い丸――心臓を貫かれるような鋭いまなこは恐怖で足が震えそうだ。現にティナは過ぎ去ったはずの恐怖が蘇り、唇の色が青くなる。宮兎は白目を剥いて、本能が「この絵、見ちゃダメネ」と拒否反応を起こした。


 立ち上がったレジニーにいたっては、彼女の中で戦慄が走り――足がガクガクと震える。レジニーは思い出したのだ。唯一未だにレジニーすらソロでクリアできない――冒険者の墓場とも言われたダンジョンの存在を…………。


「【闇の大神殿】のダンジョンボス、【ベルフエル】っ! そうだ、まさしくこのおぞましい姿っ! 思い出したぞ! 私がソロで挑み、無残な敗北を与えられた憎き悪魔の存在っ! この恐怖――なんと久々に感じたでしょうか! まさに【黒の魔導書】に相応しい最高のデザ――」


「え? スズメさんですよ?」


「ほえ?」


 レジニーはまるで後ろからトンカチで叩かれたような衝撃を受けたに違いない。宮兎もティナも既に気を失いそうになるが、アスティアの一言で現実に戻される。


「す、スズメ?」


「はい。ほら、元気に翼を広げて飛んでいるじゃないですか」


「そ、その赤色は?」


「夕焼けですけど」


「その黒、紫、茶色の霧はっ……?」


「雲をイメージしました」


「その禍々しい悪魔の角はっ!?」


「角? くちばしに決まっているじゃないですか」


「あ…………」


 レジニーは力なく座り込み、疲れた表情で宮兎へ顔を向ける。


「ミヤト、貴方のデザインを表紙に、ティナちゃんのデザインを裏表紙に…………アスティアちゃんのデザインを、内側に採用して……ね」


「……………おう」


 こうして無事に【ブックカバー】のデザインは完成した。この日、レジニーはウサギ屋を去るとき、なぜかアスティアにものすごく優しい視線を向けて無言で頷いたのであった。ティナはまた泣きそうな顔で帰宅し、アスティアは採用されて満足したのか「スケッチブック貰っちゃいますね!」と嬉々として教会へ持ち帰った。


 後日――リーリフェル教会を訪れたセルフィから「ミヤトくん! 悪魔祓いできない!?」と大声でコールが飛んできたのは本人には内緒である。

さてさて、実は次回で亡霊魔術師帰還編終了です。

なんだか短くてごめんなさい。


次の編は【青年ストーカー対策編】です。

ミヤトが被害者です。加害者じゃないよ?


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