31話 亡霊魔術師、商品を依頼する
短いけど昨日2話投稿したので許してください。
レジニーがスタイダストに戻ってきて3日が経った。彼女が戻ってきたからといって、スタイダスト全体で何か大きな変化が生じるわけではない。スタイダストのほとんどの住人が同じように思っているはずである。
昔の人は言った――木を見て森をみず――これは一つ一つのことに気をとられて、全体が見れていないということわざだ。スタイダストの場合は逆で『森を見て木をみず』――だろう。小さな変化は、ウサギ屋で起こっていたのだ。
「だから何でまた朝から居るんだよっ!」
「貴方の使い魔が淹れてくれるコーヒーが美味しいからよ。ほら、モーノちゃんおかわり」
モーノはビクビクしながらレジニーのマグカップへコーヒーを注ぐ。やはり本能で分かってしまうものだろうか。この少女がどのモンスターや人間より危険人物だと。クロやシロは怯えてしまってキッチンから出てこない始末だ。
「朝から居られると迷惑なんだよ。ほら、さっさと王都へ帰れ!」
「王都には戻らないわよ? 変な噂があるけど、しばらくはスタイダストで活動するわ」
「……冗談だろ?」
「本気よ」
宮兎の手からウサギ屋のエプロンが落ちる。今から開店準備で、エプロンを着ようとしていた所だった。レジニーはコーヒーを飲み、満足そうに笑顔をモーノへ向ける。
「本当に美味しいわ。ふふふ、ちょっと欲しくなっちゃったかも」
モーノの体がバイブレーションのように揺れて宮兎の背中に隠れる。レジニーは声に出して笑い「冗談、冗談」と頬に手を置いた。この場に居る誰もが冗談と思えないのが怖い。
「大丈夫、貴方のご主人様が私の物になれば問題ないものね」
「大有りだっ! 良いから今から仕事なんだよ! 帰れ帰れ!」
するとレジニーは立ち上がり、リビングから出て行く。
「そうね。邪魔になるといけないから今日は帰るね」
「お、おう。そうか」
以外とあっさり帰り始めたので、拍子抜けしてしまう。宮兎に投げキッスをして、レジニーはリビングを後にした。取り残された宮兎とレイン・ゴースト達は互いに顔を見合わせて、ほっと息を吐く。なんだかとても疲れた気分だった。
それにしても、レジニーがここまで自分にこだわるとは当時は考えもできなかった。男女関係なく、人間に対して冷たい態度をとり、表情が豊かなほうではなかったのだ。いつも不機嫌で、話しかければゴミを見るような目で睨まれる。
宮兎も始めからレジニーと仲が良かったわけではない。ある程度の実力をつけた宮兎は女性冒険者から高い人気を持っていた。影で取り合いになるほど、強さ、若さ、そして人の良さが評価されていた。アスティアもティナもその頃は宮兎に深い感情は抱いておらず、気にもされていなかったらしい。
そこへレジニーが【変り種のアルケミスト】の噂を聞き、宮兎をパーティーへ入れたのである。これが女性冒険者達が宮兎をあきらめた大きな理由だろう。
エルフ族は人間や他の種族と違い体の成長が遅く、200年ほどの寿命を持つ。そして何より、【美の血族】と言われるほどエルフは皆、容姿端麗である。誰もが彼女の姿に釘付けになる。
思い返せば、宮兎もレジニーとはじめて出会ったときは見惚れていた。今と姿はほとんど変わらないが、彼女の美しさに頬が熱くなった事を覚えている。
それから2人でパーティーをしばらく組、レジニーが先にレベル300へと到達した。彼女の実力なら仕方がない。毎日パーティーを組むわけではなく、レジニーは個人でもダンジョンへ潜り経験値を稼いでいた。
すぐさま王都から派遣の依頼が届き、パーティーは解散され――しばらくして2人はまた再会した。
レジニーは王都へ派遣されていた間――宮兎の重要性に気がつき始めていたのだ。彼と冒険することがどれだけ楽しかったか。彼と一緒に食事を取る事がどれだけ嬉しいことだったのか。彼と肩を並べて野宿して見上げた星空がどれだけ綺麗なものだったのか――彼女は思い知った。
「はあ、なんであんな女の子になったんだろうか……」
まさか命まで狙ってくるとは思わなかった。彼女の好意は宮兎は確かに感じ取っている。だがそれが本物か、狂気なのか区別がつかない。受け入れてしまえば2人とも不幸になってしまう――そんな予感がするのだ。
「まあ、黙ってれば可愛いし――」
「本当ですか?」
「うおいっ!?」
耳元で囁かれ、口から心臓が飛び出しそうになった。尻餅をついて振り向くと、満足そうに先ほど出ていったはずのレジニーが立っている。レイン・ゴースト達もキッチンへ一目散、逃げ出してしまう。
「可愛いと言いました? うふふ、やっと私の気持ちが――」
「お前たった今帰ったじゃん! この扉から出て行ったばかりじゃん! 何で後ろに居るんだよ!?」
「私は亡霊魔術師――壁のすり抜けなんてお手の物よ」
アサシンよりアサシンしている亡霊魔術師。宮兎は力なくうな垂れ、右手で顔を覆った。首を横に振っているのは頭の中で何かを否定しているらしい。
「もう、そんな顔をしないで? ミヤトの約束、きちんと守って【委員会】に上手く話しをつけているんだから」
「それに関しては、本当に感謝してるよ。うん、本当に」
【委員会】――冒険者ギルドを統括する組織の名称だ。この組織がギルドの中枢機関であり、ギルドの本体と言えるだろう。レジニーと宮兎の約束――委員会はレベル500の冒険者を王都へ呼び出し、【保護】と言う名の【監禁】をしている。レベル500の存在はヴァルハラにとってとても重要な戦力である。
万が一、ワールドモンスターがヴァルハラに現われた時、ベストな状態で戦力が揃ってなくてはならない。また何かしらの犯罪組織が生まれ、平和のバランスを崩してしまう可能性だってある。その抑止力、または即戦力としてレベル500の冒険者は王都のとある施設に集められるのだ。
宮兎はその噂を既に知っており、レジニーへ上手く見つけられないようにお願いしていたのだ。
「私が調査員の目を欺くためにどれほど苦労しているか。すこしはご褒美を貰っても罰は当たらないわ」
「ご褒美って……」
「もちろん心臓が――」
「絶対にヤダっ! てか意味ないじゃんソレ!」
宮兎は立ち上がって頭を抱える。レジニーが一番信頼できて、王都での隠蔽を働きやすいだろうと頼んだが、本当に任せてよかったのか不安になってきた。いっそのことアルムント家の長男か長女に泣きついて助けを求めたほうが早かったのかもしれない――なんて事も考えた。
「ところで、今日はアスティアちゃんは来ないのかしら? 私、まだ彼女と愛しあえていないから」
「やめろ! アスティアにトラウマ植え付けるきか!?」
実はレジニーがスタイダストへ帰還した次の日――朝一番に彼女が会いに行ったのがアスティアだった。よっぽど気に入ったのか、なにやら布団の中でゴロゴロしていた(どんな格好で、何をどうしていたかは語れないのでご想像にお任せする)らしい。アスティアが疲れた表情でその日の昼に教えてくれた。
「いいじゃない。まだ私も彼女も処女よ? 2人で誘惑してあげるから男なら同時に愛してみせなさいよ」
「ああ、もう! 朝からお前と話すと頭が痛いわっ! ほっとけ! アスティアも俺のこともほっとけ!」
「ふふふ、やっぱりミヤトの慌てている顔が一番そそるわ」
「……………」
勘弁してくれ――大声で怒鳴りたい気持ちになったが、その元気も吸い取られている。元々レジニーが女の子を『そんな目』で見ていることは知っていた。本人が直接「男より可愛い女の子のほうが愛せる気がする」なんてことも話してくれた記憶も蘇った。
(確かにそんな台詞も言ってたな……。こりゃ、一番の被害者はアスティアになるぞ……)
今日も今日とて、この場を去ったレジニーがアスティアの元を訪れナニをしだすのか予想がつく。
ここでレジニーが手を叩いた。
「思い出した。ミヤトに頼みたいことがあるのよ」
「……血液か? 内臓か?」
「違う違う。そっちじゃなくて――商品についてよ」
商品と言われて、宮兎は首をかしげる。レジニーは微笑みながら、頭の王冠を右手に取り、左手に向けて上下に振った。ストンっと一冊の分厚い魔導書が出てきた。
前回から気になる人もいるだろう、この王冠。名前は【旅団王の小さな冠】と呼ばれるレアアイテムである。【リュック】や【アイテムボックス】、【ポーチ】と同じでアイテムや素材、武器やを収納するための品である。制限がなく、いくらでも取り込むことができる【課金アイテム】でもある。
「はい、これ」
「これ……と言われましても」
渡された魔導書と笑顔のレジニーを交互に見比べて、宮兎は戸惑うばかりであった。
朝にアスティアとレジニーがどんな格好で何をしていたはご想像にお任せします。……お任せします!