27話 商品開発部、男の願望器を産み落とす
遅くなって申し訳ないです。
昨日の夜うっかり寝ちゃって
それは――ちょっとした偶然で出来上がってしまった。今回、ウサギ屋にやってきた依頼主は珍しく2人組みの男達だった。
「ミヤトさん! どうか力を俺達にかしてください!」
「師匠! どうか、どうかお願いします!」
「勝手に師匠って呼ぶなよ」
レジの前で宮兎に頭を下げる2人――デスカント・バルトラーとサマエト・ウェイガンである。少し前に彼らを【デーモンス・オーガ】の襲撃から救出し、あの日からたびたび顔を出すようになっていた。休日の水曜日に何事かと思えば――とある夢を叶えたいと……。
ちょっとした蛇足だが、錬金術師であるサマエトは宮兎の作り出す素晴らしい商品と、あの日に助けてもっらたことが重なって、勝手に【師匠】と呼び始めた。何度も「やめろ」といい続けているが、もうほとんどテンプレ的なやり取りとなっている。
「……もう一度聞くぞ? 何を作ってほしいって?」
2人は顔を合わせて、期待の眼差しで――宮兎へ答えた。
『女湯を覗くためのアイテムがほしいんです!』
「………………」
さてさて【女湯】とは、近頃スタイダストに極東からやってきたとある商人が運営を始めた【銭湯】のことだろう。スタイダストに1つの風呂に大勢で入る文化はなく、受け入れられるかどうか問題だったが、どうやら繁盛しているようだ。一度は行ってみようかと考えていたが、まさかこんなタイミングで銭湯つながりの言葉を聞く事になろうとは思ってもいなかった。
「いやさ、デスカントはともかくサマエトみたいな色男はモテモテなんじゃないのか?」
「しれっと俺のことを馬鹿にしないでください……」
「悪い悪い」
落ち込むデスンカトを無視するようにサマエトが反論する。
「いいえ。僕は正直な所、学園ではちょっと浮いている存在です。錬金術師の職業で対人戦を無敗を保っているので――気味が悪いと噂されている始末。ティルブナ嬢以外はほとんど話しかけてもくれません」
自分で語って哀しくなったのか、落ち込んだ様子を見せる。宮兎は頭をかいて「こりゃ重症だな」と溜息を吐きながら呟いた。
「てか、誰の裸を見たいんだよ? 誰でもいいのか? 銭湯には若い女性ばかりとは限らないんだぞ?」
そもそも銭湯に多いのはちょっと高めの年齢の方々が多く足を運ぶ。若い人達が常に銭湯でお湯に浸かっているとは宮兎の言葉通り限らない。すると、デスカントが一枚の紙を宮兎へ渡す。
「これを見てください。4日後に日曜日の午後から【冒険者育成学園】のとある団体が貸しきり予約をしています。代表者の名前を見ていただくと分かりますが――」
「……ティルブナ・F・アルムント――お前らバレたら殺されるぞ、ガラドンドに……。そもそもこの団体名簿、どこから手に入れたんだよ……?」
「師匠、無駄な詮索はおやめください。ただ、ここにその名簿がある。それだけで十分でしょう?」
「え? ああ、うん……はい」
サマエトの目力に押されて宮兎は頷いてしまった。そもそも自分が加害者になった場合、面倒なことになるのではないかと自分の安全を優先したい気持ちがあった。
「お願いします! 俺達の夢を叶えてください!」
「師匠! この通りです!」
「だから師匠って呼ぶなよ。あー、はいはい。分かったよ。なんかそれっぽいアイテム作るからちょっと待っとけ」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます、師匠!」
「だから師匠はやめろ」
苦笑しつつもバックルームへ入る。何を作ればいいのか頭をひねっていると、先日キキョウから珍しいモンスターの素材を買い取ったことを思い出す。10個ほど買い取ったので、1個ぐらい試験的に扱ってもいいだろうと地下室へ足を運んだ。
「あ、アスティアを――って、今回は呼ばないほうが、いいか」
女湯を覗くためにアイテム作るから早く来て! なんて馬鹿みたいな会話だろう。流石の宮兎も今回ばかりは自重した。
地下室へ入り、目的のものをアイテムボックスから取り出す。そのアイテム素材はビンに入っており、小さな【目玉】が液体の中でプカプカと浮かんでいる。
【ビジョンズ・アイ】と呼ばれるモンスターからドロップする【幻視の眼】。ビジョンズ・アイは冒険者達に幻覚を見せるモンスターで、見た目は巨大な目玉で、周りにうようよと触手がくっ付いている。女性冒険者達は気持ちが悪いと近寄らないが、ビジョンズ・アイはかなりのレアモンスターなので、ドロップアイテムを求める者も多い。
「とりあえず、これでいいか」
他にも伊達メガネや【祝福の香水】、【幻夢の果実】などなど怪しいアイテムを揃えて――錬成する。
この時に宮兎は気がつかなかった。机からぽとりと落ちた【ステラスコープ】も一緒に魔方陣へ吸い込まれてしまったことを――結果、とんでもないアイテムが出来上がってしまうことを……。
「……なんだか、違うのができちゃった」
宮兎の予定ではメガネ型の【幻を見せる】アイテムを作る予定だった。本当に女湯を覗かせるわけにはいかない――見つかればガラドンドに殺されるのは確実。そこで、頭の中の妄想が現実にあるように見せかけるアイテムを作ったはずだった。もちろん使用回数制限付きで。だが、出来上がった品物を実験的につかってみれば――壁が透けて見える。
「……とんでもない発明をしてしまったかもしれない」
ひとまず出来上がったものを2人に見せて、適当な言い訳を考えて今日は帰ってもらおう――失敗して見れないといえば帰ってくれるはずだ。何もできなかったというのはプライドに反するので、一応完成品は見せる。
1階へ戻ってくると、2人は宮兎の顔、そして手に持っているメガネを見て興奮気味に近づいてきた。
「ミヤトさん! 完成できたんだな!」
「師匠! ちょっと貸していただけますか!」
「いや、ちょーっと失敗してだな。何もみえ――」
と、手に持っていたメガネが宮兎の手の中から消える。アレ? と思ったときには、何故かサマエトの掌に乗っていた。宮兎からすれば――メガネが勝手に瞬間移動をしたような――そんな感覚だった。サマエトもデスカントもよく理解できていないようだが、メガネを見えて嬉しそうに笑った。
「師匠から手渡しで受取れるなんて、感謝の言葉しかありません!」
「ま、待て! 俺は渡して――」
「ミヤトさん! それでは失礼します! このあとクエストがあるので、急ぎますね!」
「あ! ちょっと!」
手を伸ばしたが――2人は転移系アイテムを使ったのだろう。体が光に包み込まれて、消えてしまった。残されたアイテムの製作者は冷や汗を流して「まずいことになった……」――誰にも聞こえない小さな声で、己の愚かさを呪った。
◇
4日後――宮兎はメガネを回収するべく銭湯へやってきた。極東の商人が作ったとだけあって、日本に昔ながらにある、小さな銭湯を思わせた。2人はすでに銭湯へ入っているのだろうか、そもそも団体客は来ているのだろうか。色々な思考が頭の中で飛び交い、入り口で立っていると――気配を感じ、アサシンのクセで建物の横に隠れてしまった。
「げえ! アスティアっ!?」
団体客がどうやら来たらしい――そして目を疑った。ティナの後ろには学園の生徒達と思える集団が数名見える。中にはナノとリャーミャの姿が見える。リャーミャは【冒険者育成学園】の【道具サポート科】に所属していると聞いたことがあった。なによりティナの隣にはアスティアがいる。もしかしたら誘われてきたのかもしれない。
これは意地でもメガネを回収して、事件を未然に防がなくてはならない。
団体客が銭湯に入り、受付を済まして女湯の暖簾をくぐっていく。確認を終えて、宮兎も建物の中に入った。お金を払い、男湯へ入る。風呂に入るつもりは全くない。ロッカールームには誰もおらず、ただカギが刺さっていない場所が二箇所だけあった。
「まずいっ!」
ドアをあけて男湯へ入ると、サマエトとデスカントがお湯に浸かりながら、壁を凝視している――壁の向こうは女湯だろう。静かなのはまだ誰も入ってきていない証拠だろう。サマエトの頭にあのメガネがかかっている。どうやら被害は出ていないようだ。
「サマエト! デスカント! ちょっと待て!」
名前を呼ばれた本人達は宮兎の顔を見てびっくりしているようだった。もちろん2人は真っ裸である。宮兎は服を着たままズカズカとタイルの上を歩き、2人の目の前に立った。
「ミヤトさん、どうしたんだ? そんな鬼の形相で」
「それより、このアイテムは素晴らしいですよ、師匠。まさか【透視】のエンチャントアイテムを創り上げるなんて、歴史的大発明ですよ!」
「師匠言うな! そんなことよりメガネ返せ。事情が変わったから、今日の【覗き見作戦】は中止だ!」
サマエトの頭からメガネを奪おうとするとデスカントが立ち上がって邪魔をする。
「ミヤトさん! せめて、せめて俺達に夢を見させてください!」
「んなもんまた今度いい夢見れるメガネ作ってやるから! それをひとまず返せ!」
「何故邪魔をするのですか師匠! この間は賛成して作ってくれたのに!」
「してないから! アスティアが来ているんだ。お前達に裸を見せるようなことはさせんぞ!」
アスティアの兄として、父親として、保護者として宮兎は2人を止めなくてはならない使命感を抱いていた。実際にはどれも当てはまらないのだが、彼の中でアスティアはそのくらい大事にされている存在なのだ。
「アスティアって、シスターのアスティア嬢ですか?」
「ああ、そうだよ! 良いから早く返せ!」
「師匠のお願いでも、目の前に吊り下げられた大きなオカズを目の前にして――引き下がることはできません!」
「師匠じゃねえって言ってるだろ!」
サマエトは立ち上がって逃げようとする。デスカントも立ちふさがって邪魔をしようと考えているらしい。だが、忘れてはいけない。ここにいるのはレベル500のカンスト勢だということを。
「いい加減にかえ――」
『ティナさん、今日は本当にありがとうございます』
『いえいえ、日ごろの感謝をこめて、招待しただけですわ』
(ヤバイ! 入ってきた!)
女湯側から聞き慣れた声――アスティアとティナの会話が聞こえる。それからもぞろぞろ多くの人たちが女湯に入っているのだろう、ザワザワと騒がしくなる。
「おい、いいから早く渡せっ……!」
「嫌ですっ!」
「ミヤトさん、諦めてくれ!」
こうなったら実力行使。立ちふさがるデスカントの腕を掴むと、流れるような動作で一本背負いをした。2mほどの巨体を軽々と持ち上げ、投げられた本人も、見ていたサマエトも口を大きくあけてその事実を受け入れるのにしばらくかかった。
ガタンッ
大きな音と同時にデスカントがタイルの上で伸びる。目を回して起き上がれそうにない。ギロリと振り向いて、今度はサマエトにゆっくり近づく。
『なにか、大きな音が聞こえませんでしたかティナ先輩?』
『そうね。男湯に誰かいるのかもしれませんわね』
ナノの声も聞こえる。サマエトは近づく宮兎に背を向けて、メガネに手をつけた。
「っく! こうなったら一瞬だけでもっ!」
「待てコラあああぁぁぁ!」
サマエトに恨みはなかったのだが、思わず肩を掴んでロッカールームへ投げつけてしまった。メガネはその場に落ちて、タイルの上を滑る。サマエトは扉を突き破る。
「はあはあ、危なかった……」
転がっているデスカントもひょいっと掴んで、扉の前へ投げつける。気を失っているが、体が丈夫とこの前聞いたので大丈夫だろうと自分に言い聞かせる。
「さてと、メガネは」
メガネを拾い上げて、事件を未然に防ぐことができ一安心する。なんだかとても疲れた気分だったが、ここで自分も男――ちょっとした下心が芽生えそうになたった。
「……いかん、いかん! 何のために休日を浪費してここまで来たんだ。さっさと帰って寝ようかな」
メガネをアイテム覧へ戻そうとした時――独りでにまたメガネが動く。「あ!」と叫んだ時には遅かった。メガネが女湯と男湯を隔てる壁に吸い込まれ――壁が一瞬にして透明になった。
「へ?」
「あ」
宮兎とアスティア――二人の目があった。宮兎の目には、まだまだ未熟な体を薄いタオル一枚で前を隠し、じっとこちらを見つめる少女が映る。一方のアスティアはお風呂場なのに服を着て、間抜け面でこちらを凝視する一人の青年が映っているのであろう。
そしてアスティアの後ろには顔を真っ赤にするティナや、今にも悲鳴を上げそうなナノ、他にも様々な表情をしている女子生徒たちが宮兎の目に映る。
「ミミッミミミミ、ミ――」
「ちょ、ちょっと待て! 待て待て待て! 俺じゃない! 俺のせいじゃないって!」
左手で目を覆い、相手右手を横に振って自分のせいではないと主張する。だが、何も事情を知らない彼女達にとっては――宮兎は大胆な覗き魔にしか思えなかった。
「いや、その、だからっ! ………退散!」
「ミヤトぉぉぉ! ティナさん、追いますよ!」
「え? あ、はい! 皆さんも急いで!」
こうして――宮兎はあっけなく捕まりこれまでの事情を全て洗いざらい話すことになった。彼の優しさとしてはデスカントとサマエトの名前を出さなかったことだろう。事件の主軸となっている人物だろうが、未遂に終わらせたため、ミヤトなりの配慮だった。
メガネはあの後壁から摘出されて、地下2階で静かに眠っている。というのもあのメガネも【魔物】の一種で自らの意思で行動できることが後々分かったのだ。
男のロマンが詰まった魔物は――再び地上に出て多くの夢を叶えるチャンスはめぐってくるのだろうか。
てことで男のロマンが詰まったメガネの話でした。
ロボとか期待してた人ごめんなさいね。
さてさて、次回で商品開発部編は終了です。
次の章ですが、名前だけ出て姿を見せてないあの人が登場!
乞うご期待!