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26話 商品開発部、祝福の言葉を添える

あれぇ? まーた、主人公の影が薄い

「誕生日プレゼントを考えてくれ」


 店を閉めて、これから夕飯の買出しにでも行くかと準備を始めた所でこのような依頼が転がり込んできた。宮兎は依頼主――ツバキ・クチナシをひとまず2階へ案内して、何時ものようにアスティアを呼んだ。文句を言うわけでもなく、10分ほどでアスティアはウサギ屋にたどりつき、クロに案内されながら2階へ向かう。既に先客が座っていたので、何食わぬ顔で椅子に座った。テーブルを囲んで、宮兎の隣にアスティア、正面にツバキが座る。


 ここで【ツバキ・クチナシ】の説明をさせていただくと、彼女は宮兎と同世代であり、キキョウ・クチナシの実の妹だ。極東に暮らす人間の特徴ともいえる黒髪――右目を前髪で隠し、後ろ髪を少し高めの位置で結んでいる。赤い紐で結ばれており、彼女なりのオシャレなのかもしれない。オシャレといえば、彼女の服装は常に浴衣で、今日もトンボの絵が描かれた薄い黄色を纏っていた。


 何より額からは小さな2本の角が控えめに生えている。


「ツバキさん、誕生日プレゼントを作ってほしいとのことですが」


「うん、そうなのよ。ウチは【眼が良い】だけでウサギ屋みたいに生産系スキルを持っているわけじゃない。手持ちのお金で買うにも、スタイダストじゃあ『そういう物』はあまり売ってない。旅商人達もしばらくはこないって聞いたし、頼れるのはアンタだけなんだよ」


 ツバキはメインジョブを上位職【鑑定士アプレイザー】を取得し、サブジョブが下位職の【アーチャー】に設定されている。レベルは213。鑑定士職は特定の【スキル指南書】を読み、いくつかのパッシブスキルとアクティブスキルを取得することが条件で戦闘職ではない。これは【鍛冶屋ブラックスミス】にも同じように言えることだ。


「誕生日って、キキョウさん?」


 宮兎の問いにツバキは首を横に振る。はて、ツバキがあと親しいとすればアスティアとリャーミャ、可能性としては店の常連客か――宮兎は様々な模索をしてみたが、答えは直接本人に聞いたほうが早いと、再び言葉を投げかける。


「相手が分からないと俺も作りようがないからな。結局誰なんだ?」


「ウチはてっきり2人とも知っているものかと思ったけど」


 今度はアスティアが疑問をぶつける。


「私とミヤトが知っている……ティナさんでしょうか?」


「アルムント家の三女とは会った事もないわ。セルフィ姐さんよ。セルフィねぇさん」


「……………」


「……………」


「おいおい、2人とも知らなかったとは……え? 本当に?」


 セルフィ・ファイアット――通称不良シスター。愛に飢える女性だったが、近頃キキョウのことばかりを追いかけ、先日は家にまで押しかけたらしい。その日の夜にツバキが「兄貴が女をつれて帰ってきた!」とウサギ屋に態々報告しにきた。


 現状、2人の関係は曖昧なものだ。正式にお付き合いを始めたわけではない。セルフィもキキョウの傍にべったりとくっ付くものの、言葉にしてなかなか言い出せないようだ。キキョウは彼女の気持ちに気づいているのか気づいていないのか、本人だけが知るところである。ただ、ツバキを含めて夕飯をたまに食べたりもするらしい。セルフィは意外と家事や料理は得意で、クチナシ兄妹の胃袋はばっちり掴んでいる。


「だ、だってセルフィ歳を重ねるごとに呪いのようにブツブツ話しだすし……そもそも誕生日、私達に教えてくれなかったですし……」


 アスティアの目が泳ぐ。宮兎は悩む素振りを見せて「あれー? 来月じゃなかったっけ?」などと言い出した。ツバキは溜息を吐いて、話を無理やり戻す。


「話し、戻すけど。セルフィ姐さんと兄貴には正直くっ付いて欲しい! セルフィ姐さんは変な所で奥手だし、兄貴は兄貴で頭の中は【オニガシマ】のことでいっぱいだし、どうにか2人が幸せになれる誕生日プレゼントを作ってくれ!」


「おい、勝手にハードル上げるなよ」


 宮兎の指摘にツバキがぺろっと舌をだす。最初と話が違うし、2人が幸せになりたいなら他人に頼るなよと激しく言いたかった。


「セルフィ姐さんには日ごろから世話になってるし、ウチから感謝の気持ちを伝えたいんだ」


「私がセルフィなら、想い人の妹からプレゼントを貰えれば何でも嬉しいと思いますけど」


「普通ならそれでいいかもしれないけど、セルフィ姐さんだから」


 謎の説得力がある。「セルフィが普通じゃない」と遠まわしに馬鹿にしているようなものだが、本人達に悪気はない。ただ、事実を述べているだけなのだから問題はない、はず。


「んー、セルフィさんが欲しいと思うものね。いっそのことキキョウさんをあげたら? 『兄貴を幸せにしてください』って」


「言えるわけないでしょ! ウサギ屋、ちょっとは真剣に考えてよ」


「……結構マジなんだけど」


 ド直球はダメらしい。ならば――アスティアはアイテム覧から1つのアイテムを選び出す。


「これなんてどうでしょう?」


 テーブルの上に置かれたのはビンの中に入った【花】だった。宮兎はビン――【セーブビン】を見て、納得した。


「なるほど。【セーブビン】の中に花を入れて渡すのか」


「そうです。ちなみにこれは教会に通う子供たちから頂いた物です」


 名前の通り、中に入れた物の状態を長時間維持できるアイテムだ。流石に一生は無理だが、最高で30年は保存されるという。ビンが割れたりすると、急激に中の物の時間が進むので要注意。ヴァルハラでは近頃セーブビンを使った贈り物が流行しつつあるらしい。


「この花は【ダリア】だね。花言葉は【感謝】……か。うん、アスティア良い案だよ!」


「えへへ」


 ツバキの中でプレゼントは決定したらしい。だが、それなら別に何も作らなくても良くなってしまう。セルフィには2人ともお世話になっている身だ。贈れるものがあるなら何か作っておきたい。


「ちょっとまってろ」


 宮兎は1階、地下へと向かい、しばらくして戻ってきた。手にはなんと少し大きめの【セーブビン】が握られている。


「ほれ、俺特製のセーブビンだ。頑丈に作ってあるからモンスターのスキルをくらっても割れないぞ?」


「本当か!」


 ツバキはビンを受取り、とても喜んでいるようだ。【セーブビン】は決して安い品ではない。平均でも6000ゴールドはする。この大きさとなれば1万ゴールド以上はするだろう。値段をふと考え、急いでサイフを取り出そうとすると宮兎は静かに首を振る。


「御代はいいよ。これは俺とアスティアからのプレゼントってことで許してくれ」


「で、でも流石にこの大きさじゃ……」


「ここは誰もが喜ぶ100ゴールドショップ。100ゴールド以上の物は売らないよ。ほれ、今度ウチで何か買っていけばいいからさ、花は自分で選べよ?」


「…………分かった。ありがとう、ウサギ屋、アスティア!」


 ツバキはぱぁっと笑い、急いでウサギ屋を出て行ってしまった。取り残された宮兎とアスティア――アスティアは笑顔のまま、隣に立つ宮兎を見上げる。


「あれを本当に新商品にするのですか?」


「馬鹿言え。あんなもん毎日作ったら素材がいくらあっても足りねえよ。まず、100ゴールドじゃ絶対に売れねえ」


「うふふ、でしょうね」


「さーてと、晩飯の買出しでも行くか。アスティア、今晩食べていけよ」


「いいのですか? なら、お言葉に甘えさせて」


 こうしてウサギ屋の新商品は開発できなかったが、祝福の言葉は贈れそうだ。





「ごちそうさま」


「おそまつさま」


 クチナシ家――キキョウはちょっと出かけてくると夕食をすぐに済ませて家を出てしまった。あの日から2日が経ち、セルフィの誕生日を迎えた。本人は何も言わずに、何時ものように過ごしている。ツバキだけが朝からそわそわして、落ち着きがない。


 食器を片付けて、食後のお茶を互いに向き合って飲んでいると――ツバキは決心してアイテム覧から【セーブビン】を取り出す。


「セルフィ姐さん」


「ん? なあに?」


「今日、誕生日だよね。その……日ごろの感謝とこれからのことも含めて……お誕生日、おめでとう」


 テーブルの上には一本の紫色の花が入ったビンをセルフィに渡す。少し驚いたような顔をして、すぐに優しい笑顔をツバキに見せた。


「ありがとう、ツバキちゃん! うわ、誕生日プレゼントなんて何年ぶりだろう、あたし」


「【セーブビン】はウサギ屋とアスティアから、花はウチから。2人とも、なんだか照れくさいのか今日セルフィ姐さんに伝えてくれってコールがあったんだ」


「なるほどねえ」


 セルフィは2人から祝いの言葉は受取っていた。プレゼントは後で誰かが渡すから待ってて――この言葉を添えて。ビンに入った花を見て、セルフィが気がつく。


「この花、お庭に咲いているやつだよね?」


「うん。花の名前は――兄貴とおなじ【キキョウ】って言うんだ」


「そうだったんだ」


 セーブビンに入れられたのはクチナシ家の庭に咲くキキョウの花だった。態々里から持ってきて、自分達の名前の花を育てているのだ。セルフィはキキョウの名前を聞いて、花を見ながらニヤニヤ笑う。頬もほんのり赤くなって、見ているこっちが恥ずかしい。


「セルフィ姐さん。兄貴とのことはウチ、応援してるんだよ。だから早く想いを伝えなきゃ」


「そうなんだけど……ほら、キキョウって真面目だし、あたしのことなんだかとても大切に接してくれるし、今の関係に甘えてる……って自分でも分かっているんだ」


「なおさら駄目だよ。兄貴は忘れっぽいし、今日だってセルフィ姐さんの誕生日なのに突然外に行っちゃうし」


「あたしが伝えてなかったのもあるからね。……ツバキちゃん、本当にありがとう。大切にするね」


「うん、ウサギ屋特性のビンだからちょっとばかしの衝撃じゃ壊れないからね。ずっと飾ってほしいかな」


 セルフィは頷いて、セーブビンをアイテム覧へ入れる。ツバキはプレゼントを渡せたことにほっとして、ゆっくりと立ち上がる。


「それじゃあ寝ようかな。明日も仕事だし……兄貴もいつ帰ってくるか分からないし」


「そうね。あたしも、もう少ししたか帰るね」


「分かった。セルフィ姐さん、誕生日おめでとう。おやすみ」


「うん、おやすみ」


 ツバキが自分の部屋へ向かい、セルフィはぼーっと動かなかったが、アイテム覧から【セーブビン】を取り出して、テーブルに置く。両肘をついて、ニヤニヤ笑いながら揺れるキキョウを見つめた。


 それから何分か経って、ようやく待ち人が帰ってきた。


「ただいま。お、どうしたんだそれ?」


「ツバキちゃんからのプレゼント。黙ってたけど、あたし今日誕生日なんだ」


 自分で言って、ちょっとだけ後悔した。どうせならキキョウにも祝ってほしかったのだ。セルフィは自分のこんなところにちょっとだけ嫌気が差した。キキョウはにっこりと笑って、背中に隠していた箱を見せる。


「俺が知らないとは一言も言ってないよ」


「あ」


「誕生日おめでとう、セルフィ。なんだかあの日からお互い一緒にいるけど、毎日が楽しいよ。だから、受取ってほしいな」


「……うん」


 箱を受取り、中を開ければリングにチェーンが通してあり、ネックレスの形になっていた。リングには「親愛なるセルフィ・ファイアットへ贈る」と小さな文字で書かれている。


「予約するのが遅れてさっき出来上がったんだよ。まあ……その、喜んでもらえるかどうかわからないけ――」


「嬉しいに決まってるじゃない!」


 セルフィががばっとキキョウに抱きついた。まさか抱きつかれるとは思っておらず、キキョウは目を白黒させる。彼女は構わずぎゅーっとキキョウをより強く抱き寄せた。


「ちょ、ちょっとセルフィ……!」


「だって、だってね……嬉しくないはずないじゃない!」


 首に腕を回して、セルフィはキキョウの顔を見つめる。ちょっと涙目のセルフィに思わずドキっとした。


「…………あたしの気持ち、もう知ってるんでしょ?」


「…………えーっと、それは、そうだなあ……なんだか、うん、なんというか」


「意気地なし」


 それでもセルフィは笑ってキキョウの胸のに顔をうずくめる。キキョウは両腕の行き場をなくし、手を閉じたり開いたりを繰り返し――ようやくセルフィを優しく抱きしめた。


「……ねえ、キキョウ」


「ん?」


「キスして」


「…………唐突だなあ」


「アルムント家のシスターの間はこれ以上のものはあげれないから……だから、私の気持ち受取ってよ」


「……俺もだけど、ツバキもセルフィからはたくさん大切なもの、もらってるから。でも、本当にいいのか? 俺――その、【鬼】だし」


「馬鹿。……そこも大好きなのよ!」


 やがて2人の影は重なり、しばらくの間離れることはなかった。テーブルの上の【キキョウの花】だけが、じっと2人を見守っていた。


 【キキョウ】の花言葉は――【誠実】、【清楚】、【従順】そして【永遠の愛】である。

はい、ツバキ回に見えてキキョウとセルフィ回でしたね。

キキョウの花言葉ですが、かなり偶然です。さっき調べてはじめて知りました。

そしてミヤトの【キキョウ】をあげるを実行するあたり策士ですよ、この娘。


さて、次回はやっと男のロマンがつまった商品ですよ!

乞うご期待!

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