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19話 見習い少女、絶望を見ゆ

 走った――四人、いや、足音は三人だけだった。三人は後ろを振り向かず、全速力で神秘の草原を駆けた。ティナ、デスカント、ナノ――彼らは走り、サマエトは額から血を流してデスカントに背負われていた。呼吸が荒い。デスカントの背中が徐々に真っ赤に染まっていく。


「おい! 死ぬんじゃねえぞ!」


「ナノ! 可能ならヒールをかけ続けて!」


「さっきからずっとやってます! 【メガ・ヒール】っ!」


 走りながらナノはサマエトへ両手をむけ、【メガ・ヒール】を使い続けた。ヒールの上位互換スキルで、メインジョブが聖職者ならレベル180で会得できる。そもそも【ヒール】は傷を癒す力――傷を塞いだり、心を落ち着かせたりすることはできるが、欠損部分を復活させたり、体の疲労を取り除けるものではない。気休めといえばそうだが、応急処置と同じである。


「なんで、なんでっ……!」


 ティナは目に涙を浮かべ、およそ十分前の出来事を思い出した。





 それは――突然のことだった。


 討伐したはずのブラック・オーガが光に包まれゆっくりと立ち上がり始めたのだ。四人は硬直し、すぐに動くことができなかったのである。モンスターを討伐すれば、その経験値を体が吸い込み、レベルが上がる。あの場面で四人のレベルは確かに上がった。


 ブラック・オーガは討伐を完了していたはずだった。


 だが――ヤツは立ち上がった。


 ブラック・オーガの体がやがて輝きを失い、グニュグニュと体の構造が変化する。背中からは腕が2本生え、体の色は黒から赤色へ変化している。頭からは獅子の如くタテガミがあらわになり、角も額からもう一本突き破って合計三本になった。対照的に鋭かった爪は縮み、変わりに腕が巨大化する。巨大な牙も生え変わり、体が若干大きくなった。


 ブラック・オーガとは呼べない別のモンスターへと進化したのだ。


「ヴォギャアアアアアアアアアアアアアっ!」


「っ!」


 鬼の咆哮に四人は耳をふさいだ。ナノは目をぎゅっと瞑り、体が震える。ティナは眩暈に襲われながら、周りにも異変が起きたことに咄嗟に気がついた。


「皆さん、固まって!」


 ティナの指示が飛ぶ。四人は背を向けて円をつくった。そして――絶望する。


「おい、嘘だろこれ……!」


 デスカントの小さな叫びは残りの三人も共通して言いたかったことである。彼らの周りには、どこから現われたのか、数多くの下級モンスター達が集まってきたのだ。ゴブリン、オーガ、オーク……他にも昆虫型やニードルラットと呼ばれる角の生えたネズミ型モンスターもちらほら。ぱっと見ただけでも――50はいるだろうか。


「何故、下級モンスターがこんなに!」


「先ほどまで影すら見えなかった……まさか、僕達を罠に?」


「俺はこいつらがそれだけの知恵があるとは思えねえ。だが――」


 デスカントが睨む方向――ブラック・オーガとはもう呼べない鬼が不気味な笑みを作った。


「あの腐れ鬼野郎が呼んだに違いねえ」


「さきほどの咆哮、あれが原因だと、思います」


 ナノの言うとおり、鬼の咆哮はモンスター達を呼び寄せるための指示だった。これだけのモンスターを一度に従えさせることができるのはダンジョンボスや、ワールドモンスターと呼ばれる大討伐クエストの対象になるモンスターだ。


「………まさか!」


 ティナはポケットから乱暴に【ステラスコープ】を取り出して瞬時に鬼のステータスを確認する。これが――彼女が絶望を見た瞬間だった。周りのモンスター達の平均レベルは80ほどだ。しかし、鬼だけが――赤鬼だけが異質の雰囲気を漂わせていた。


 手が震え――ステラスコープが地面に落ちる。


「……に、逃げますわよ!」


「え? 先輩?」


「いいから早く! セーフベースへ避難しなさいっ! デスカント! 退路は開けそうですか!」


「残念ながら来た道は塞がれちまっている。かろうじてE地点へはいけそうだ」


「決まりね。デスカントとわたくしがザコを叩きますわ。残りの2人はアレと後ろからの攻撃を防御してください!」


 デスカント、ティナは剣を構え、鬼が居る方向とは逆に走る。下級モンスター達は動き出したことを合図に、一斉に襲い掛かってきた。ティナのエストックは飛び掛ってくるゴブリンやニードルラットを切り刻み、デスカントはホーリーシールドとホワイトレイヴでオーガやオークといった中型モンスターをなぎ倒す。


 徐々に退路が作られ、後ろの2人はスキルで壁や前の2人に補助スキルなどをかけて追いかける。順調に前へ進めている。そう思っている三人とは違い、サマエトは後ろを振り向きながらもあの鬼を不信に思った。


(何故、じっとして襲ってこない……? 下級モンスター達に指示ばかりで、自ら攻撃しようとは――)


 赤鬼が襲ってこないことにサマエトだけが疑問を持った。存在そのものが謎の鬼――モンスターがモンスターを使役し、襲ってくる種類をモンスターを従える王の意味をこめて【魔王種】と呼ばれる。だが【魔王種】が攻撃してこないことなんてありえない――サマエトは脳内で知っている知識を振り絞った。


 だが、予想ははずれる。サマエトの視線を感じたのか――赤鬼が笑った。


 突如四つの腕でオークとオーガをそれぞれ二匹ずつ掴んだ。何をするのかサマエトはちらりと振り向いて――血の気が引いた。


「ヴゴオオオオオオオオオオォォォ!」


 赤鬼はオークとオーガを地面に叩きつけて――潰した。足元に血溜まりが四つ生まれ、肉片をボリボリと食べ始めた。サマエトの中で恐怖心が煽られる。モンスターを喰らう赤鬼は常に笑い――不気味な牙を見せ付ける。ナノがサマエトの異変に気がつき後ろを振り向こうとしたが、咄嗟に彼女はサマエトに抱きかかえられた。


「え?」


 何が起こったのかわからなかった。体が宙に浮き、地面に転がる。ナノが立ち上がろうとすると、地面にはグチャグチャになったモンスターの死体が二つ、先ほどまで走っていた進路に転がっていた。あのまま進んでいれば、下敷きになっていただろう。


 ナノを抱きかかえたサマエトは全力で叫んだ。


「ティルブナ嬢! ヤツがモンスターを喰いはじめた! 何かしらスキルを使う可能性があるっ!」


 【魔王種】とは関係なく、一部のモンスターは餌を食べ、魔力を補給する。あの赤鬼が現在魔力不足で攻撃してこなかったとしたら――そして、今は餌を食べ魔力を補給し始めているとしたら。


「デスカント! ある程度道は開かれましたわ! 走りますわよっ!」


「おうよ!」


 四人は全速力で走る。モンスター達も後ろからわらわらとついてきている。モンスター達の群れを抜け、E地点と呼ばれる崖のアーチがしばらく続く場所へ出た。モンスター達は基本、自分達のテリトリーを離れた人間や獲物は追わない。だが、魔王種によって指示を受けている彼らにとって、今は関係ないこと。


「ティナ先輩! まだ追ってきます!」


「っく、こうなったら――」


 【スターダスト・ライジング】で時間を稼ごうと足を止めて、モンスター達と向き合った。視界に映ったのは――襲い掛かってくるモンスターと、魔方陣を展開させる鬼だった。ティナが足を止めたことで残りの三人もつられるように後ろを振り向き、同じ光景を見た。


 ティナはサブジョブにマジシャンを採用している。いくつかの魔法が使え、アルムント家でも魔法の授業が行われていたからだ。彼女の知識量はレベル400を超える魔術師と同等、それ以上を蓄え、展開される魔方陣でどのような魔法。スキルが発動するか見極めることができる。


 鬼が展開する魔方陣――ティナは呟いた。


「【ナイトキャノン】……っ! みんな、早く伏せて!」


 ティナの叫びと同時に魔方陣から閃光が放たれる。地面をえぐり、モンスター達を灰へと変える。眩い光が草原を包み込んだ。やがて――静寂が訪れる。


「……サマエトっ!」


「はあ………はあ……」


 ティナ、デスカント、ナノが目をあけて見た物は錬金術師の背中と岩の壁だった。サマエトが咄嗟に錬成した巨大な岩の壁。某ダンジョンの悪魔【ベルフエル】が最後に扱った【ギガ・ナイトキャノン】の下位互換のスキルである。一度の攻撃で100を超える数のモンスターを土へ返すことができる強力なスキル。直撃を食らえば彼女達は間違いなく死んでいただろう。威力は――分厚い壁が崩れる様子を見て理解した。


 難を逃れた――かに思えた。


 崩れた壁の目の前に――鬼が立っていた。あの一瞬でここまで近づかれてしまった。鬼の右腕が横へ振り払われる。避けようにも、近すぎるゆえ、逃げられない。


「がはっ……」


「サマエトっ!」


 ティナの叫びは虚しく、サマエトは血を吐きながら地面へ転がる。デスカントが武器を捨て、サマエトへ駆け寄る。ナノも追いかけるように走った。鬼が動く――ティナは怒りに身を任せ、剣を構えて突撃しようとした――が、足が動かない。


(な、に? 足が、動かない……っ!)


 自らの足を見て、失望した。震えている――足、手、体、自らが恐怖し、体が動かせなかった。デスカントはサマエトの体を抱きかかえ、ナノは【メガ・ヒール】を使い治療を始めた。


「くそ! サマエト! おい!」


「サマエト先輩! 先輩っ!」


 鬼は――人間達を見て、不気味に口元を歪めた。ティナはその表情を見てこのモンスターが我々で『遊んでいたのだと』分かった。鬼にとって遊び相手でしかなかった。動けない自分と、泣き出す僧侶、叫び続ける騎士に、血だらけの錬金術師――鬼は満足だった。


 鬼は背を向けて、どこかへ歩き出す。


「ま、待て――」


「ティルブナ! ヤツを追うな!」


「で、ですが!?」


「サマエトはまだ意識がある! すぐさま安全な場所で治療がしたい! 今はここから離れるべきだ!」


 ティナが視線を戻すと、鬼の背中はどんどん遠くなる。変わりに再びモンスターの軍勢がこちらへ駆け寄ってきた。怒りに身を任し、鬼と戦うこともできる。だが、それは仲間を置いて殺すことと同じではないはないのか――ティナの心の中で一瞬の迷いが生まれた。


「……デスカント、サマエトを担げますか?」


「ああ、問題ない。ナノ、悪いが俺の武器を預かってくれ」


「分かりました」


「急ごう、ティルブナ。モンスター達に追いつかれる前に安全な場所へ逃げるんだ」


「分かっていますっ……」


「…………悔しい気持ちは分かる。だが、今の判断は間違いじゃない」


 デスカントはサマエトを担ぎ、走り出す。武器を回収したナノもティナを見つめ、心配そうにしていたがやがて走り出した。数秒送れて、ティナは自分の頬を叩いて、3人の後を追った。


(普段ならあそこで判断を迷うことはなかった……。動揺、している。いえ、それはただの言い訳。あのモンスターへの怒りは――収まりそうにもないですわ)


 再び後ろを見たときには、鬼の姿は無かった。彼女は【ステラスコープ】で見た、【絶望】のステータスを思い出した。


(ワールドモンスタークラスのレベルに……一体何故?)


 ティナの疑問は誰にも聞くことができず、荒い吐息と足音だけが耳に響いた。





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  【ステータス】


  【絶望の化身 デーモンズ・オーガ】


  Lv.520

  MP???/???

  STR ???

  VIT ???

  DEX ???

  AGI ???

  INT ???


  特性【王者の革命】

    【捕食SS】

    【魔力製造G】

    【魔力操作S】


  自分のレベル以下の通常モンスターを操れる

  魔力源を捕食した場合、大幅に魔力アップ

  魔力を自力で製造できない

  魔力を自在に操れる


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