17話 見習い少女、黒鬼を討つ
おそくなりましたー!
ティナはギルドの一番奥の部屋――【転移クリスタル】が置かれた場所でパーティーのメンバー達と最終確認をとっていた。既にアイテム覧からすぐに扱いそうなアイテムをポーチやローブの中へ入れている。一々メニューを開いてアイテムを選んでいてはモンスターに狙い撃ちだ。
「まずは村へついたら神秘の草原の向かい、目標を確認するわ。周りに他のモンスターが居なければ作戦通りに」
朝一番にティナが一晩考えた作戦を彼らに伝えた。三人が納得いく内容で、満場一致で賛成を得た。
すでに武器を装備し、ティンはランクDの【エストック】を装備する。とある騒ぎの時にも見せた、あの長剣である。
ホーリーナイトのデスカントはランクC【ホーリーシールド】と【ホワイトレイヴ】を装備していた。ホーリーナイトの特徴は【盾】と【剣】の両方を装備できることだ。ランクCを誇る【ホワイトシールド】は大柄なデスカントの体さえも守れるほど大きな盾で、魔方陣が描かれている。魔法無効20%と光属性強化のエンチャントがついている。【ホワイトレイブ】はまるで鳥の羽を象ったような白い剣である。こちらも同じくランクC、エンチャントされている効果は闇属性に対してダメージ5%増加のみだ。
ナノはランクEの【聖者の杖】と呼ばれるロッドを装備している。世界樹の樹から作られた装備で、聖職者の誰もが最初に持つ装備だろう。杖の先がカタツムリのように渦を巻いているのが特徴的だろう。エンチャント効果は回復量3%アップのみ。
錬金術師であるサマエトは特に武器を手には持っていない。ただ、護身用に【ダガー】を懐に忍び込ませている。アルケミストは多くの素材をローブに隠し、ソレらを瞬時にスキルの材料にして戦う。長期戦になれば不利になる。強力なスキルで時間をかけずに戦うことが要となるだろう。
「皆さん、準備はできましたか?」
「俺はバッチリだ。早くヤツを倒したくてウズウズしているところだ!」
「デスカント先輩はもうちょっと落ち着きましょう。僕とナノさんは初めてのユニークモンスターですからね? 頼みますよ?」
「ガハハハハ! 大丈夫だって!」
豪快に笑うデスカントを見て、これほどまで自信があることは頼もしいと女性陣は感じた。モンスターの攻撃を受け止める役目の彼が逃げ腰では話にならない。大げさなほど、彼への信頼が高まる。
「ティナ先輩、そろそろ向かいましょう。私達の足で村から【神秘の草原】の【セーフベース】までは三十分はかかると思います」
「そうね。ナノの言う通り、おしゃべりもここまで」
ティナが部屋の中央にある、2mほどの巨大な【転移クリスタル】に触れる。【転移クリスタル】は冒険者のみが利用できる転移スキルが施されているオブジェだ。冒険者ギルドが主要箇所と認めたダンジョンや村などに設置され、冒険者達は遠出の依頼の際はクリスタルを使う。
神秘の草原までなら馬車を使ってスタイダストから丸々2日といったところか。今回はユニークモンスター討伐のため、早急にクリアが求められる。普段のティナならレベル上げもかねて、馬車を使って移動する。が、大きな目的はレベルを今日中に2上げること。2日も待てない彼女はクリスタルを使うことにした。
クリスタルを囲むように四人は手を伸ばして、順番にクリスタルに触れる。全員が触れたことを確認して、ティナが頷いた。
「準備はよろしくて? 【転移クリスタル】――起動!」
彼らの体が光に包まれ、クリスタルに吸い込まれる。やがて部屋は静けさを取り戻し、次のクエストに出発するパーティーが中へ入ってきた。
◇
「やっとついたか」
デスカントは村からセーフベースまでの三十分間が暇でしかたがなかった。四人は村の入り口に設置されたクリスタルまで転移し、村の中には入らずにその足でセーフベースを目指した。
【セーフベース】はモンスターが発生しない安全な場所のことを示す。冒険者ギルドの創立者達が命がけで見つけた、言わばオアシスである。ここを拠点とし、フィールドに存在するモンスターを狩るのだ。レベル300を超えるユニークモンスターなら2日間は追いかけなくてはならず、その休憩場所としてもセーフベースは重要なのだ。
2日間という数字は、ユニークモンスターの体力を全て削り事ができる平均的な時間からでている。ユニークモンスターの知能は高い。負けそうになれば、一旦自分の巣へと帰る。深追いするか、こちらも体を休ませて狩りに行くか。傷が1日で癒えるほど、モンスターも万能ではない。焦らず、じっくり時間をかけることが大切なのだ。
セーフベースは大き目のテントが二つ張られ、ボロボロの大型テーブルと椅子が四脚設置されている。草原から少しはなれた崖の真下につくられており、日陰になって太陽からの熱を防げている。春とはいえ、神秘の草原は気温が高く、熟練の冒険者達でもまいってしまうことがあるのだ。
ティナはポーチから地図を取り出し、アルファベットが書かれた地点を指差す。
「まずはA地点へ向かい、発見できなかったら東――逆ルートへむかいF地点、E、Dと周っていきましょう。【ブラック・オーガ】の目撃情報は最北端のE地点。もしかすると、まだここにいるかもしれないわ」
地図には【セーフベース】と書かれた場所があり、そこからA地点へ繋がっている。そのA地点が西はB地点、東がF地点とされ、道が分かれている。DとF地点も繋がっており、E地点から移動したとすればFかDだと考えている。
「それじゃあ、俺が先頭、その後ろにティルブナ、後ろをサマエトとナノ――このフォーメーションを崩さずに進んでいく。間違いないな?」
「ええ、わかっています。作戦通り、すぐに見つけたら僕が錬金術をすぐさま発動させますので、タイミング、間違えないでくださいね?」
「が、がんばります!」
「よし、それでは【ブラック・オーガ】の討伐へいきましょう」
ティナは最後のセリフを言い終えると、地図をしまった。それを皮切りにデスカントが歩き出し、ティナが後ろから続く。サマエト、ナノが肩を並べてさらに続いた。この陣形こそパーティーでよく使われる。前衛が目標を発見し、注意を引く。その間にサポートがモンスターの動きを封じ込めたり、前衛の能力を上げたりなどのサポートを行うのだ。
セーフベースを出て、広い草原へ出た。どこまでも続くような草原で、草食系モンスターがウロウロしている。彼らにちょっかいを出さなければ基本襲ってくる心配はない。
「それにしてもサマエト、お前よくこんなに日差しが強いのに、真っ黒のローブなんて着れるな」
先頭を歩くデスカントが声を出した。後ろを振り向くことなく、前を見続けている。質問されたサマエトは肩をすくめて、呆れたように呟く。
「アルケミストとは、大抵みんなこうですよ? 僕だって今すぐ脱ぎさりたいですけど、武器を捨てることと同じですから」
「大抵なら、稀におかしなヤツでもいるのか?」
「そうですね。まあ、メインジョブではありませんが【赤い影】なんて――本当に怖いくらいですよ」
【赤い影】の名前がでると、ティナがぴくりと反応した。ナノはそれを見過ごすことはなく、「あ、褒められて喜んでる」と小さな声で呟いた。
「サマエト、どのように【赤い影】様が怖いのですか?」
「愚問ですよ、ティルブナ嬢。彼は数多くのレシピを発見し、リストに載っていない物まで作り上げています。サブジョブでは材料が倍になりますが――彼はそれすらを感じさせないほど繊細で、驚異的な武器を作り上げる。一度【龍剣――ホムラ】と【龍剣――ツララ】を創り上げたところをダンジョンで見たことがあります。僕は将来――彼のような錬金術師になりたいのです」
サマエトの言葉に、ティナはご機嫌のようだ。
「ティナ先輩も【赤い影】に憧れているんですよね?」
「ええ。私も一度だけ彼を遠くから見たことがあります。当時はレベル320と聞いていましたが、周りの冒険者を圧倒するほどの腕前。彼ほど冒険者に向いている人間はいません。ソロであの強さ――冒険者なら誰だって憧れますわ」
ここに本人がいれば「やめてくれ」と叫ぶだろう。
雑談をしている間にF地点――巨大な洞窟へたどり着いた。ここはとても複雑に見える場所だが、まっすぐ進めば出口へと繋がる一本道。道中に昆虫型モンスターが生息しているはずなのだが、四人は姿を見ることはなかった。洞窟は大型モンスターが余裕で出入できる場所だ。所々天井に穴が空いており、光が差し込む。この穴から飛竜型のモンスターが出入することも多い。
出口――光が見えると、すぐさまデスカントが反応した。
「っ! 伏せろ!」
3人は言われるがままに体をデスカントと同じように低くする。彼が手招きをして洞窟の入り口から草原を見るようにジェスチャーした。
「ヴオウ! ヴァオオオウ!」
獲物――【ブラック・オーガ】が丘を背に草原を歩いている。ナノはその醜い巨体に息をのんだ。
【ブラック・オーガ】は名前の通り下級モンスターのオーガからの突然変異だ。今のところ理由は明白になっていないが、冬の時期だけに現われ、夜になると凶暴化する。見た目は3mほどの巨体に体中が焦げたように黒くなっている。かなり筋肉質で頭の大きさと腕、足、胴体とほとんど変わらない。頭からは2本の巨大な角がこめかみのあたりから伸び、半円を描く。目は紅に輝き、口からはギザギザとした歯が見え隠れする。鋭く伸びた爪にかすりでもすれば重症になるだろう。
だが動きが鈍く、一瞬の隙をつき、致命傷をあたえることができればもぬけの殻へと成り下がる。
【ブラック・オーガ】と戦いは一瞬で勝敗が決まる――多くの冒険者がそう語るのだ。
「サマエト」
「準備はできています」
ティナの指示よりも前に、彼は両手に鉄鉱石を握り締める。ナノも聖者の杖を握り締めて、準備ができていることを伝えた。
「ナノ、大丈夫?」
「大丈夫、です。私だって冒険者なんですからっ……!」
「ええ、その調子よ」
それからデスカントの肩に手を置いた。
「どう? あの爪からの攻撃は守れそう?」
「問題ない。ただデカイだけだ。俺は体もデカイが度胸もドデカイからな」
「頼りにしていますわ」
四人はじっと【ブラック・オーガ】を睨みつけ――走り出した。
「はああああああああぁぁぁ!」
デスカントが雄たけびをあげて、ブラック・オーガへ突っ込む。ホーリーシールドを構えて、ホワイトレイヴを突き出す。ブラック。オーガもいち早く気がつき、デスカントで向かって右手を振りかざす。剣と爪が互いを弾く。追撃にブラック。オーガが左手を上からたたきつけた。デスカントもすぐさま反応し、盾を天へ向ける。
「ぐうっ! なんという威力!」
「ヴァアアアアアアアァァァ!」
予想以上のパワーにデスカントは押される。だが、サマエトがその後ろで鉄鉱石を地面にばら撒いた。
「先輩! 上手く避けてくださいよ! 【クライム・トーテム・ロックス】!」
両手に魔方陣を展開し、地面に勢いよく触れる。散らばった鉄鉱石が地面に潜り、ブラック・オーガの周辺で巨大な柱となって下から突き出した。一つがブラック・オーガの顎に命中し、よろける。デスカントが盾で左手を受け流して、脛を斬りつける。
「ヴォウグウウウウウウゥゥゥッ!?」
血が溢れ出し、膝から崩れ落ちる。デスカントは後ろへステップして地面から未だに伸び続ける柱をかわしていく。やがて柱はブラック・オーガを囲み、逃げ場を無くす。
「てめえ殺すきか!」
「先輩なら避けれると信じていましたから」
「っけ。言ってろ。ティルブナ! ナノ!」
「わかってます!」
返事をしたのはナノだ。彼女が聖者の杖を――ブラック・オーガへ駆け寄るティナへ向ける。
「聖者の鼓動、その者への力を与えん! 【アーク・アッパー】!」
ティナの体から赤いオーラが漂う。【アーク・アッパー】――術を受けた人間は30秒間だけ攻撃力が2倍になるスキルだ。一度使うと5時間のインターバルが発生する。ここぞというときに使われ、ティナの作戦通り、一撃でブラック・オーガを沈めるつもりだった。
「ブラック・オーガ! 覚悟っ!」
ティナが驚異的なジャンプ力で宙へ飛ぶ、手に持った【エストック】が光り輝き、やがてティナ本人も包み込まれる。
「【スターダスト・ライジング】っ!」
ティナの体が――まるで流れ星のようにブラック・オーガへ剣を突きたてる。ブラック・オーガはとっせに腕で振り払おうとしたが、その腕すらを貫通し、心臓を貫いた。ぽっかりと胸に穴があき、ティナは返り血一滴も浴びず、背を向けて着地した。立ち上がると同時に、鬼は力なく倒れる。
【スターダスト・ライジング】――スタイダストの名前の由来ともなっている【流れ星】を意味するスキルだ。代々アルムント家の冒険者がこのスキルを覚え、初代の伝統を受け継いでいる。名前の通り自らの体を高速で移動させ、敵を貫くスキルだ。
「おお! やった、やったぞティルブナっ!」
「特に問題はおきませんでしたね。それにアルムント家の奥義、しかと目に焼き付けさせてもらいました」
「てぃ、ティナ先輩やりましたね!」
三人は和気藹々とリーダーへ駆け寄る。ティナもほっと息を吐いて緊張を解いた。すぐさま四人の耳元に軽快な音楽が流れると、レベルアップの知らせがやってくる。ティナはもちろんレベル200へと上がり、ナノにいたっては3も上がっている。男性陣は1ずつ上がったようだ。
「レベルもみんな上がったようですわね。本当に、一瞬の戦いでしたわ」
「まあ、俺もはじめてのブラック・オーガ戦だったが、なかなかに緊迫した戦いだった」
「先輩が僕のスキルを避けられなかったらどうしようかと、ヒヤヒヤしました」
「おいおい、それはどういうことだよ?」
「せ、先輩方! け、喧嘩は――」
「ナノ、あれは男同士友情というものですわ。心配しなくてもだいじょ――」
ガタンッ
背後で聞こえるはずのない――音が聞こえる。何か巨大なものが立ち上がり、地面を叩いた音だ。四人は背後から先ほどまで向けられていた殺気と――同じものを感じる。
すぐさま振り向いて――目を疑った。
「な、なんで……っ!」
そう――ここから彼女達は本当の【イレギュラー】と出会い――己の無力さを感じることとなる。
遅くなって申し訳ありません。
お知らせなのです。
活動報告にも書きましたが多くの読者の皆様から異世界の経済が壊れるのでは?とご指摘をもらいました。
感想の返信ではあれやこれやと反論していた私でしたが、ここまで多くの意見をもらい、どうにかしようと思ったしだいです。
現在どのようにするか迷走中であり、しばらくは更新に集中したいので、修正はかなり後になると思われます。
違和感がものすごくあるかもしれません。
ですが、いい案が思いつき次第、早急に修正いたしますので少々お待ちください。
よろしくお願いします。