プロローグ2 青年、噂になる
アカマツ・ミヤト――彼を人々は【赤い影】と呼ぶ。メインジョブをアサシン職につき、サブジョブをアルケミスト(錬金術師)にする彼は異色の存在として冒険者達に語られている。彼の素顔を見たことがある人物は片手で数えられるほどで、彼の実力がどのようなもなのかは、ギルドに設置されている掲示板の張り紙で知らされている。
【赤い影 最難関ダンジョンをソロでクリア! レベルも500に到達。77人目の伝説へ】
「ついにやりやがったな、赤い影の奴」
「ああ。ここ二年の間であっという間にカンスト。大物になると思っていたけど、流石だぜ」
ガヤガヤと掲示板の前に集まる男達の話題は赤い影一色である。いまや世界中で【赤い影】の名前を知らない者はいない……とまで言われる。だが、本名を知っている人物がたったの五人だけとは驚きだ。
赤い影が身をおくこの街――冒険者の街【スタイダスト】。数多くの冒険者達がこの街に集まり金と名誉のためにダンジョンやクエスト、魔物達との戦いに明け暮れている。
ギルドは街の中心部に設置され、クエストの発注や冒険者達のケア、報酬のやり取り、情報の発信などなど要な場所である。朝から掲示板の前に人だかりが生まれ、現在お昼になっても人がいなくなる気配はない。冒険者達は朝から赤い影について物議を交わしている。そのほとんどが彼の正体についてだった。
「あいつの顔、見たことある奴いるか?」
「さあな。二年前にひょっこり現われたと思ったら一人でせっせとダンジョンにもぐったり、ユニークモンスターやらを毎日討伐に出かけたり、休む暇なく活動していたからな」
「ひえー、ユニークモンスターを毎日? 俺達にしちゃあ命がいくつあっても足りねえぜ」
「噂じゃあ【精華のレジニー】と一時期パーティを組んでいたって」
「じゃあレジニーなら知っているのか?」
「いやいや、レジニーも『顔は見てない』の一点張り。本当かどうか怪しいが、あいつがそう言うならそうなんだろうよ」
男達は次々と言葉を発し、情報を共有していくがこれといって発展はしない。自分達の持っている情報量ではあまりにも足りないのだ。分かっていることとはメインジョブがアサシンでサブジョブがアルケミスト。性別は男でレベルが500に達した。身長は男達の目測で165あたりと小柄。武器はアサシンらしくダガーを使うが、ほとんどがアルケミストのスキルで作られた獲物で戦い、状況に応じて戦い方が変わる。
メイン、サブ両方とも上位職なのだが異色な組み合わせが当時、赤い影が現われたころ話題となった。レベルに関しては彼を超える化け物が二人存在しているので釣り針としては若干小さい。
また、ソロプレイヤーであり、大討伐クエストにも参加するがチームで参加する姿は一度も見ていないとか。
「【赤い影】はなんというか、声かけにくいからな。よくレジニーはパーティーに誘えたよなぁ」
「レベル300越えは取り合いになるから、あえてヘルムを被って俺達から逃げているのかも」
「ちったあ協力してくれても罰は当たらないと思うがな」
宮兎が顔を隠す理由は彼らが話している内容が正解である。レベル300超えともなると超一流の冒険者だ。彼らのおこぼれをあやかろうと上級者から初心者まで彼らを我が物のようにひっぱりだこになる。300に達する前にソレを見ていたミヤトは前々から顔を隠して活動することを決意し、面倒事から逃げることにしたのだ。
他にも理由があるのだが、それは後ほど。
場所は変わり――スタイダストの北西に位置する小さな教会。そこへ宮兎は顔を出していた。いつものジーパンに今日は「冷やし中華はじめました」と日本語で書かれた半袖のTシャツを着ている。お得意の錬金術で作り上げた一品だ。
「おーい、アスティアー? いるかー?」
なんとも暢気な声が教会に鳴り響くと、奥の扉からシスターが出てくる。年齢は15歳ほどだろうか。肩まで伸びた茶髪とくりっとした青い目が可愛らしい少女が出てきた。宮兎の顔を見たアスティアと呼ばれる少女はにっこりと笑って肩をすくめる。
「赤い影様がなんて格好をしているのですか? もっとましな服があったでしょう」
「異世界語の服なんてそうそうお目にかかれるものじゃないだろ? オシャレと思って見逃してくれ」
アスティアは読めない文字を見て「ふーん」と首をかしげた。
アスティアは宮兎の正体――つまり赤い影の本性と、異世界の住人だという事実を知る数少ない人間の一人だ。異世界に来てかれこれ三年はお世話になっている。
「朝からミヤトの話で街は大騒ぎですよ」
「俺じゃなくて【赤い影】な。せっかく顔を隠して活動しているんだ。委員会にばれたら面倒なんだよ」
「それもそうですね。それで? 何しにここへ来たのですか? 昇華の儀はもう必要ないと思いますけど?」
「まあ、そうなんだけどさ……」
ここでこの世界における【レベルアップ】について説明させていただこう。人間がレベルアップする条件は体を鍛える、魔物を倒す、何かしらの経験を積むことだ。そして一般人は通常レベルは最大20までしか上がらず、アスティアの発言にもあった【昇華の儀】によって上限をあげることができるのだ。
【昇華の儀】によって最大レベルが20から50に変わり、50に到達すれば再び儀を行うことで80までレベルを上げることが可能なのだ。【昇華の儀】を行うことによって上限は上がるもののレベルはそのたびに1へと戻り能力値もそれにふさわしい値へと戻る。しかし、レベル20とレベル50からのレベル1は能力に若干ながら優越が生まれる。つまり昇華の儀を重ねたレベル20と一般人のレベル20は比べられないほど差が生まれる。
宮兎は合計20回の昇華の儀を行い、そのたびにレベル1に戻るものの先日、ついに500(カンスト)に到達した。
しかし、簡単にレベルが上がるわけではない。よって人々は有る程度のレベルまでくると【昇華の儀】を拒み、妥協をしてしまう。多くの冒険者がレベル400にも満たないでその生涯を終える。
冒険者にとって重要な【昇華の儀】は神の力が及ぶ教会でのみ行われ、スタイダストにも10を超える教会が存在する。その中でもひときわ小さな教会がこの【リーリフェル教会】だ。この教会はアスティアの家族が営む教会であり、母親もここの元シスターである。現在はアスティアが受け継ぎ、両親は王都へ旅行中だ。
「ちょっと実験もかねてお前に見て欲しいんだ」
「実験? なんの実験ですか?」
興味を持ったアスティアが宮兎に近づいてニヤニヤと笑う。彼女はシスターであり、冒険者にも憧れる少女だ。すでに冒険者になる夢は諦めているが、自ら昇華の儀を行いレベルの上限を上げているほどだ。その辺の冒険者よりよっぽど頼りになる。現在は宮兎と共にランクA以上のダンジョン攻略を夢見ている。
「えっと、これなんだけど」
宮兎が宙に手をかざすと、長方形の画面が現われる。指で画面をスクロールさせて【ステータス】の部分に触れた。
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【ステータス】
Lv.500/500(MAX)
MP1403/1403
STR 957
VIT 865
DEX 1521
AGI 1644
INT 1095
メインジョブ 【アサシン】
サブジョブ 【アルケミスト】
アクティブスキル数 40
パッシブスキル数 74
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「アクティブスキルとパッシブスキルが一個ずつ増えています……。レベル500で習得したのですね?」
「そうそう。今回の実験はスキルの実験ってこと。前みたいな失敗はしたくないからさ」
「確かに、そうですね……」
失敗とは――かれこれ二年前になる。レベルが280に到達した宮兎はアルケミストのアクティブスキル【ザ・クリエイティブ】を手に入れた。初めは素材だけが頭の中へインプットされ、指定された錬金を成功させるたびに何が作られるのか解禁されていくというシステムだった。
何ができるかお楽しみ状態のこのスキルを宮兎はウキウキで朝から晩まで使い、数多くのアイテムを量産させた。
その中の一つが【失敗】だったのだ。
アイテムの名前は【子羊への救済DX】。
ビンにつめられた青色の液体だった。当初の宮兎は態々アイテムの効果を一から十まで確認するわけではなく、他人からの情報や名前から推測し、どのような効果が実際に現われるのかワクワクしていたのだ。【子羊への救済DX】は一時的な能力アップアイテムだと思い、何も疑わずに飲み干して――後悔することになる。
【子羊への救済】と呼ばれるアイテムの正体はギルドが初心者冒険者に向けて支給する【経験値増加アイテム】だったのだ。これを飲めば三日間、経験値を3倍で取得することができ、高値で取引される高級アイテム。
所謂、【課金アイテム】だ。
宮兎が作った【子羊への救済DX】は効果が更にアップして一年の間、経験値が10倍になるぶっこわれアイテムだった。このアイテムの製造方法は実は解明されておらず、多くのアルケミスト達が人生をかけて探し続けている品物だった。
素材アイテムが大討伐クエストで偶然ドロップした【千年竜の眼】と、これまた偶然に初心者用のダンジョンボスが落とすレアドロップアイテム【石巨人の心臓】、さらにいくつかの下級モンスター素材を使った一品である。先に述べた二つはかなりの激レアアイテムで特に千年竜の眼は1000年に1体現われる竜から二個だけドロップするアイテムだ。ほとんどが宝石として加工され、素材としての価値がなくなってしまう。
偶然とは怖いもので、こうして宮兎の経験値インフレ生活が始まった。
宮兎の頭の中で異世界での生活は別にチートを望んでいたわけではない。ゆっくりと経験を積み、ゆっくりと一人前の冒険者として成長していくことが彼の夢であり目標でもあった。だが、知らず知らずに経験値のインフレが始まり、そこから30年は掛かると言われたレベル400まで僅か一年で達成し、効果が消えてもなお成長は止まらず、昨日――レベル500に達してしまった。
レベル290に三日もかからず成長した彼は、自分だけがズルをしていることに負い目を感じ、ソロでの活動を開始。アカマツ・ミヤトはレベル290で止まり、冒険者を表向きは引退。彼は赤いヘルムを被り【赤い影】という名で活動を開始した。(ちなみにこの名前はアスティアが命名)
「でも結果としてミヤトは英雄ですよ」
「だから俺は一歩一歩、確実に成長するスポコンモノが好きなの! はじめからチートってなんかズルみたいで俺は嫌だ。分かるかな? 青春とは日々の成長で育み、友やライバルとの熱い熱いドラマが生み出す感動の――」
「はいはい。異世界語は使わないでくださいね。それより実験です。どんなスキルなのですか?」
「…………ちったぁ語らせてくれても。まあ、うん。それがこれなんだわ」
【アクティブスキル数】の項目をタップして、40種あるスキルの中から一番下のものを選択する。
「えーっと、ざ・くりえいてぃぶ……りざれくしょん?」
二人の目には【ザ・クリエイティブ―転生蘇生―】の文字が映っていた。
赤い影?
フル○ル亜種かな?
なんて思うかもしれませんがアスティアさんの中二ネームなんで気にしないでください。
今日はここまでです。
明日の00:30に投稿予定です。
まだ話の本筋は見えませんがここまで違和感や良かったところがあれば感想、評価お待ちしております。