15話 シスター、願い、そして出会う
うわー文字数がえらいこっちゃ/(^◇^)\
アスティア・リーリフィル、人生初めてのデートだ。彼女にとって異性とどこかへ出かけることはミヤト以外ではほとんどない。昔はよく2人でお使いにも行っていた。その時から手を一緒につなぎ、隣を歩いていたのだが、ある日から恥ずかしくなり手をつながず少し後ろを歩くようになった。
近頃はウサギ屋の話題もあって、手をつながずとも隣を歩く機会が増えている。欲を言えばもっと近くに、もっと長く、もっともっと彼のことを知りたかった。突然のデートだが、これはアスティア本人にとって紛れもないチャンスだろう。ここまでの過程がどうあれ、進展するには今日しかない――アスティアは決心していた。
とうことで朝からセルフィが教会へやってきて、服のコーデをしてくれた。普段から修道服しか着てないアスティアを、自らのポケットマネーで可愛くチェンジさせようとセルフィは奮発していた。彼女が選んだのは歳に良く似合う白のワンピースに、リボンの巻かれた麦藁帽子。時季に少し会わないが、アスティアの幼さがとても可愛らしく感じられる。
ワンピースの胸元にも小さな可愛いリボンが取り付けられており、丈の部分は赤いレースがほどこされている。まるで白い生地にバラが咲いているようだ。
その格好で時間の10分前に【フェアリー・ツリー】に連れて来られて、計画した本人は「頑張って」の一言でどこかへ去ってしまった。呼び止めようにも、すぐに人ごみに紛れて見えなくなってしまう。
「ううっ……慣れない格好はするものじゃありませんね」
ワンピースの丈は膝よりも上で、修道服とは違いアスティアの白くて細い足が丸見えになっていた。足元は可愛らしい青色のサンダルだ。春の格好ではないが、涼しさが伝わり、すれ違う人々はアスティアへ目移りをする。
自分の格好がおかしくないのか、チラチラ姿を確認して、時間が少し進むと、中央広場へ繋がる大通りから黒髪の青年が息をきらして走ってくる。目立つ髪の色に、アスティアは思わず笑みがこぼれた。青年――宮兎はアスティアの目の前まで来ると、すぐさま頭を下げて謝罪をはじめた。
「悪い! 遅くなってすまん!」
「私も先ほど来たばかりですので、気にすることではありませんが」
宮兎の格好を見て、仕事終わりにダッシュで来たことがすぐさま分かる。緩められた青色のネクタイ。スラックスからはみ出るカッターシャツ、手にはウサギ屋の鍵が握られている。
「そこまで急がなくても良かったのに」
「昨日の夜、セルフィさんからアスティアだけって聞いて……。流石に一人で待たせるのは悪いからな」
ここではじめて宮兎はまじまじとアスティアの姿を確認することとなる。いつもの修道服とは違い、年頃の少女がするファッションに少々驚いているようだ。オシャレをしているところを見るのはかなり久しぶりなのだ。
「あの……そこまで見られると、ちょっと恥ずかしいかも……です」
「あ、ああ。いや、アスティアが修道服以外ってかなり久しぶりだからさ」
麦藁帽子を両手で押さえ込んで恥ずかしさのあまり顔を隠す。宮兎もじっと見るのは悪いと思い、視線を少しだけずらした。だが、もう一度チラリと見て、頬をポリポリとかく。
「なんだ、その……似合ってるぞ?」
「本当ですか? お世辞じゃありませんか?」
「本当だよ。うん、すっごく可愛い」
宮兎と出会って三年。『可愛い』という単語をはじめて言われた。アスティアは一瞬呼吸が止まりそうになり、麦藁帽子を押さえていた両手を離す。彼と目があって、2人同時に真下を見下ろした。アスティアは体の体温が上昇していることを自覚し、宮兎もまた照れくささから頬を染めた。
誰もが初々しいカップルだと思っていた。そんな視線たちとは違う視点から――セルフィは物陰でお腹を抱えて笑っていた。
「いひひひひひ! 2人とも可愛いんだからぁ! お姉ちゃんもドキドキしちゃうよ」
セルフィは広場の回りを囲む木々に登って、双眼鏡を使い2人を観察していた。騎士団に見つかれば即刻職務質問だろう。そんなことはお構いなく、2人の表情を確認しつつ、どのような展開が訪れるのか期待していた。
不良シスターの行いなど知らないアスティアは今日の予定を宮兎へ話す。
「どこか、ゆっくりできる場所で話したいのですが」
「んー、いつもなら俺の家だけどせっかく外に出たんだし、どこか別のところへ行くか」
ふとアスティアが思い出したのは昨日セルフィと行ったあのオシャレなレストランだった。値段も安く、飲み物も飲めるので話をする場所にはもってこいだろう。
「東の区に良いレストランがあるのですが。とても静かな雰囲気で話はしやすいかと」
「おー。なら行ってみようか。東の区はあまり立ち寄らないし」
「そうですね」
2人が歩き出そうと、一歩を踏み出した瞬間に宮兎はすぐさま立ち止まった。
「この時間、東の区は人が多いな。逸れたら危ないし、ほら」
彼が何気なく出した右手――アスティアの心臓はもう一度大きく飛び上がりそうになった。アスティアはゆっくりと左手を出して――しっかりと彼の手を握る。宮兎は「よし、これで大丈夫」と呟いて歩き出した。最初は後ろをとぼとぼついて行くだけだったが、頭の中に昨日の言葉がよみがえる。
『隣で一緒に歩いてくれるだけで満足かな』
ぎゅっと力を込めた。どうかしたのだろうか、宮兎は少し後ろに居るアスティアの様子を見ようと首を動かすと、スタスタと隣にやってきた。身長の差もあって麦藁帽子が顔を隠している。わざと隠していることを察して、何も言わずに「それじゃあ、何を食べようか」――優しく彼女に質問した。
◇
【フェアリー・ツリー】を出発して予定通り東の区へ到達した。アスティアに先導される形でお店に入り、セルフィと一緒に座った席へ二人で座る。ウェイターに頼まなければ水もメニューもやってこないことに気づき、慌てて声をかける。
「なんだかスタイダストじゃ見ない感じのレストランだな」
「とても静かで話しやすいでしょう? セルフィと昨日来てとて気に入りました」
「へえー」
それからウェイターが木製のコップに入った水と、メニューを持ってくる。互いに昼食は済ませていたので、コーヒーとクッキーの盛り合わせを頼んだ。コーヒーとクッキーは5分ほどしてウェイターに運ばれてきた。お互いに一口、一枚口にして今回の本題に入る。
「そんで? 昨日言ってた迷える子羊の相談は解決した……なら、俺を呼び出すわけないか」
「はい。昨日は数人の冒険者に質問してみたのですが、どうにも答えが曖昧で」
アスティアとセルティが質問した冒険者が未婚者だったのがまた良くなかった。女は体だの、性格だの、顔だの、どれもこれも2人は頭を抱えるような答えばっかりだ。一部、まともな答えが返ってきても初恋を夢見る少年少女達の妄想で、納得のいく答えではなかった。
「誰かを振り向かせる。恋がこんなに難しいなんて昔は想像もしていませんでした」
「そんなもんだろ? 世の中上手くいかないことが多いように、恋は基本上手くはいかないさ」
まるで経験したことがあるような言葉に、アスティアは不安がにじみでる。コーヒーカップを持つ右手が若干震えた。
「ミヤトは誰かに恋をしたことがあるのですか?」
「俺? んー俺はなかったかな。向こうじゃこうやって毎日、誰が好きだのって相談にはのってたからな。周りの話で『恋愛は難しい』って思ってるだけ」
「そう、でしたか」
ほっと胸をなでおろす。どうやら杞憂で終わったらしい。宮兎の初恋はまだだと確信して、心の中でガッツポーズをきめる。宮兎はそんなアスティアを見て、ニヤリと口元をつりあげた。
「俺からの質問なんだけど、アスティアはどうしたらいいと思う?」
「え?」
「異性の相手を振り向かせるためにはどうすれば良いか」
彼女の今の心情を野球のバッターの気持ちで答えるなら。二球とも直球真ん中ストレート、三球目も同じように勝負してくると確信して構えていると、頭にデッドボールをくらったような――非常に分かりにくいが、だまし討ちのような感覚に襲われた。頭が真っ白になり、何を答えていいのか上手く声が出ない。
「そ、それは……」
「うんうん」
アスティアは――声を出した。
「私は――やっぱり、その人と長い時間をかけて一緒に過ごすことが大切なのではないかって」
「どうして?」
「時々不安になる時があります……。別に好きな人じゃなくてもいいです。セルフィやティナさん、ジェルズさん、他の教会のシスター達、教会へ訪れる子供たちや冒険者、お父さんとお母さん――みんながいつの間にか居なくなるのではないか……と。命あるもの、死ぬことは百も承知です。ですが、あまりにもそれが突然で、予想もできなくて、大切な方々と二度と会えなくなる。それだけを考えると、とても怖くなります」
アスティアはコーヒーカップを置いて、目を伏せた。
「それが私自身の場合も――もう、誰にもあえない。朝、目覚めることがなく二度とこの瞼は開かれないのではないか。もう、一生暗闇の中で過ごしてしまうのではないか…………。夜になれば時々考えてしまうのです」
「うん」
「…………ミヤト、貴方もいつか元の世界へ帰ってしまうのではないか。とても――怖いのです」
「うん」
「だから――だからこそ、大切な人と多くの時間を過ごし、後悔しないように私は長い時間を共に過ごしたいのです。その時間の中で思いを伝えられたら――幸せなのではないかって」
アスティアは溢れそうになる涙をこらえて、にっこりと笑った。宮兎も微笑み返して、コーヒーを一口飲んだ。
「俺はもう帰るつもりはないよ。帰れる手段も見つからないし、見つけるつもりもないし。それに、迷える子羊への答えはそれで良いんじゃないか?」
「――それはどういうことでしょうか?」
「ただな? 何かその女性にアスティアの意見は話したのかなって。話を聞く限りじゃ思いつかなかったから、いろんな冒険者に聞いて回ったんだろ?」
「た、確かに私の考えは話していません」
本人なのだから当たり前だ。アスティアは宮兎が自分に何を伝えたいのかいまいちつかめない。首をかしげる仕草を見て、宮兎はもう一度コーヒーを口にする。
「アスティアの考えがあるなら、それでいいじゃん。答えがないから探していた。でも、今はアスティアの中に『答え』ができた。それを伝えてあげれば俺はいいと思うよ」
「あ」
言われて気がついた。セルフィの無理な質問から始まり、その答えを探していたが、自らの答えを始めは出せずにいた。しかし、先ほど口にした言葉――自分でもびっくりするほど本心が出ていた。胸につっかえていた『何か』がアスティアの中で取れた瞬間だ。
コーヒーを飲み干して、ふうっと一息つく青年。アスティアは青年の顔を見て――胸が熱くなった。
「って、またクサいセリフだよな。いかんいかん。昨日読んだ『花畑の恋花』の所為かもしれん。いやー、女性向き恋愛小説と思って侮ってたわ。めちゃくちゃ面白いな」
声を出して笑う宮兎につられて――アスティアも思わず声が出てしまった。
(ああ、私は本当に――)
彼女は願った。
(この恋が必ず実ってくれますように)
誰にも聞こえない心の願いを――静かに呟くのであった。
◇
「まさかバレてたとは……」
場所は変わってスタイダスト中央広場――【フェアリー・ツリー】の下でセルフィはベンチに座り、空を見上げた。セルフィは店の中までついていき、アスティアと宮兎の会話をずっと盗み聞きしていた。渾身の変装で絶対にばれていない自信があったのだ。
2人が店を出た後、再び追いかけようとした。だが、お会計をする時にウェイターにおかしなことを言われる。
『さきほど出て行かれたお客様が、一緒に会計を済ませていますよ』
『へ?』
話を詳しく聞けば、宮兎が全額払ったらしい。その時、ばれていないと話を聞きながらケーキを食べていたが、そのケーキ代を宮兎が払って行ったと。つまりは彼には全てお見通しだったのである。
残念なのが、宮兎がアスティア本人の恋愛相談だと分かっていても、その相手が自分自身だとは思ってもいない。
「どこでバレたんだろうなー」
本人がここに居れば「最初から」と答えてくれるだろう。セルフィはそのことを予測し、軽いショックを受けてうな垂れた。
「あーあー、それにしてもやっぱり羨ましい。あたしだって恋の一つや二つ――」
彼女は気づいていない。いや、中央広場にいる人間は誰も気づけなかった。大通りの方で人を乗せるためのバス――大型車を引っ張るためのモンスター【ジャイアント・ホース】――休憩のために道端で寝ていると、通行人が捨てたタバコの消えかかっていた火が、偶然モンスターの足に当たった。
人に調教されたモンスターといえど、痛みには反応する。何者かに攻撃されたと錯覚し、ジャイアント・ホースは後ろの大型車を横転させ、大通りを走り出した。
全長2mを超えるモンスターで、全力で走った場合、一般人がぶつかれば命を落とす。暴れ馬は建物に突撃しながら――中央広場へと駆ける。
「ん? なんだか騒がしいわね」
ぼーっと空を見ていたが、やけに騒がしいことにセルフィはようやく気がつく。怒鳴り声や悲鳴も聞こえ、ただ事ではないとすぐさま理解した。
「あれは――ジャイアント・ホースっ!」
セルフィの視界にようやく現われた暴れ馬は、建物などの障害物に激しくぶつかりながらこちらへ向かって来る。中央広場の出入り口は南と北の大通りのほかに西口と東口がある。だが、多くの人は北へと逃げて、ジャイアント・ホースも彼らの後を追おうとしている。
「まずいわね……このままじゃ」
可哀想なことだが、あのモンスターを討伐しなければ死者は間違いなく出る。セルフィはメニューを開き、アイテム覧から【クリスタル・ロッド】を取り出す。彼女もまた、シスターであり、自らの体に【昇華の儀】を『実験的に行われた』人物だ。レベルは――250。
ジャイアント・ホースの進路の正面へ立ち、両手で持った【クリスタル・ロッド】へ祈りをささげる。
「我、光の加護を結晶として再生させん――【クリスタル・ミラージュ】っ!」
セルフィからおよそ5mほどの距離で透明の箱がジャイアント・ホースを囲う。一度は正面からぶつかり、ジャイアント・ホースを跳ね除けた。だが――。
「ヴぁあああああああああああああ!」
「っく! 大人しくしなさいよ!」
何度も何度も障壁へぶつかり、箱から出ようとする。このまま箱を押しつぶしてジャイアント・ホースを始末すればよいのだが、その余裕を与えてくれない。むしろ押されて、障壁が崩れないように集中することで手一杯だった。
何度も何度もぶつかり、やがて小さなひびが生まれる。セルフィはここで逃げ出せば確実に被害が出ることを恐れ、自分がやらなくてはならないと使命感を抱いた。
(この子を止めないと……。でも、力が強すぎて――っ!)
ジャイアント・ホースは大人しいモンスターとしてよく馬車の馬代わりとして使われる。セルフィ本人もここまで興奮したジャアント・ホースははじめてだった。
(何かが干渉している? いや――そんなはずは――)
その時だった。ジャイアント・ホースの体当たりに耐え切ることができなかった障壁が――砕ける。
(あ……)
そのままの勢いでセルフィへ走り出す。逃げ出そうにも5mの距離はどうしようもない。とっさににセルフィは目を瞑り――頭の中でアスティアの顔が浮かんだ。
(お姉ちゃん、だめかも……)
ぎゅっと瞼に力を込めて――衝撃に備えた。
(……………あれ?)
その場に座り込み、【クリスタル・ロッド】を抱きかかえていたが、来るはずの衝撃は襲ってこなかった。ゆっくりと、ゆっくりと目をあけると――男性の背中が映った。
「どうどう、大人しくしとけよー。いい子だから」
男性――後ろ姿から推定するに年齢はセルフィとさほど変わらないだろう。極東の人々が好んで着用する着物と羽織――両手に持った2本の【カタナ】と呼ばれる武器をジャイアント・ホースに押さえつけ、動きを止めていた。ジャイアント・ホースを正面から受け止め、一歩も下がらない。
男性は動きが止まったジャイアント・ホースの首元を撫でて落ち着かせる。大人しくなったこと確認して、カタナを腰につけた【サヤ】へと戻し、アイテム覧へと収納した。男性は振り向いて――素顔を見せる。
「アンタも無茶するなよ…。シスターだからといって命をはることはないんだぞ?」
(あ、角……)
【鬼族】の証――額から伸びる角。男性――キキョウ・クチナシはやれやれといった様子で座り込んでいるセルフィへ手を差し伸べた。
「ほら、立てる?」
「あ、ありがとう」
頬染めてぼーっと彼の顔を見つめる。視線に気づいたキキョウは「ああ、これね」と額を触る。
「見ての通り【鬼族】なんで、力には自信あるんだよ。まあ、ちょっとびっくりするよな」
「い、いえ……そんなことはないけど……」
「そうか? それにしても、俺が駆け出すのが遅かったら確実に死んでたぞ? 他人を思いやるのはシスターの務めかもしれないが、自分の命を大事にしないと――って聞いてるか?」
セルフィは一瞬で――心を奪われた。頬が熱い、心臓がうるさい、なによりこれが――恋なのかと。
「おーい……。あー、俺まだ仕事残ってるからいくぞー?」
背を向けて去ろうとするキキョウに、セルフィは我に返り、背中を追った。
「ま、待って! ちょっと待って!」
こうして【オニガシマ】の店主キキョウ・クチナシと【不良シスター】のセルフィ・ファイアットは【フェアリー・ツリー】の下で偶然の出会い――運命の出会いを果たすのであった。
後日ウサギ屋に「兄貴が女つれて帰ってきやがった!」と妹のツバキが大騒ぎで駆けつけてくるのは、また後日……。