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13話 シスター、微笑む

ランキング見て、吐きそうになりました。

 スタイダストの東に位置する区を【ランチ街道】と呼び、お昼になれば多くの人々が訪れ空腹になった体と心を満たすために集まる。ウサギ屋を出て、冒険者や仕事のお昼休憩に来ている人々に混じり、二人のシスターは落ち着いて話せる場所を探していた。


「やはり、東区はこの時間人が多いのですね」


「そりゃあ、スタイダストの腹を空かせた奴等が一度に集まるからね。あたしも週に3回は来るほどだし」


 未だに手をつないで歩く二人は姉妹のように見える。ただ、姉のようなセルフィが美味しそうな香につられ、あっちにフラフラ、こっちにフラフラとアスティアを連れまわしている姿を見れば立場が逆のようにも思える。その度にアスティアはぐっとセルフィと逸れないように手を握った。


「もう、セルフィったら。逸れたら大変ですよ?」


「平気だって。ほら、今日はここでお昼ご飯にしよう」


 目の前には小さなレストランが建っている。「いきつけなんだ」とだけ言って、セルフィはアスティアの手を引っ張り店内へ案内した。中へ入ると外とは違い、静かな雰囲気が漂う。誰もが楽しくおしゃべりをしているが、酒場とはちがい大声で叫んだりはしていない。


「いい場所でしょ?」


「確かにとても静かな場所です。ですが、お値段は大丈夫なのですか?」


「大丈夫、大丈夫。ここはどーんとお姉ちゃんに任せなさい!」


 お金がぎゅうぎゅうに詰められた長財布を胸の谷間からとりだし、ウィンクをアスティアにする。どこに入れて管理しているのかと盛大にツッコミを入れたくなった。


「ああ、ここに入れておけば盗まれる心配もないからね。一番管理しやすいし」


「…………そうですか」


 下を向いて、自分の平らな胸を見つめる。少々膨らみはあるものの、セルフィと比べれば平原と山脈。十年も経てばあれほどと言わないが、平均までには成長してくれるはず――自分の未来の姿を思い浮かべて両手で胸を押さえた。


「ほらほらいくよー」


 ウェイターに案内されることはなく、自分で好きな椅子に座って、メニューを選び頼む。料理が来たら食べてお金を払う。ヴァルハラではレストランとして当たり前のシステムだ。だが、水の一杯もウェイターに頼まなければ持ってきてはもらえない。


 セルフィは一番奥の二人用テーブルを選び、アスティアを座らせ自分も正面に座った。セルフィは近くを通ったウェイターへ水とメニューを要求する。一礼だけして過ぎ去るウェイターを見て、アスティアは不安になった。


「ここって高いのではないですか?」


「んや。それが意外と安いのさ。大体700ゴールドから高くても900ゴールドかな。安いのでいいなら500ゴールドでもお腹一杯になるし」


 あまりにもオシャレで味わったことのない雰囲気にどぎまぎしたが、値段を聞いて酒場の料理とさほど変わらないことに驚く。一分も経たずにウェイターがメニューと水の入った模様の入ったガラスコップを持ってきてくれた。


「どもー」


「あ、ありがとうございます」


 普通のコップかと思えば、透明の透き通るガラスに花柄のコップが出てきたことにアスティアは驚く。ふと周りを見れば、数人の客にはガラスのコップには模様が描かれたものが出されている。しかし、9割以上はヴァルハラでよく使われる普通のコップだった。


「模様入りのガラスコップを見るのは初めてです」


「んー、まあ数は少ないからね。この店でも常連客にしか出さないってシェフが言ってたし」


「ミヤトが作った真っ白の陶器も良いですが、模様入りガラスも神秘的で素晴らしいです」


 ヴァルハラで模様入り食器を作る職人の数はかなり少ない。また、ガラス職人と陶器職人は己の作った品にブランドとしての価値をつけ、商人達に高値で取引させる。職人が鮮やかな模様を入れるのにかなりの技術が必要とされる。模様や造形が珍しいものであれば通常の何百倍もする値段で取引されるらしい。貴族達は世界に一つしか作られない模様入りの食器などをステータスとして集めている。


 宮兎の作り上げる真っ白で形もシンプルな食器達は貴族達にとって未完成品であり、価値があるものとは認識されなかった。コーティグされていない皿など職人の手が加わっていない――ステータスとしては不十分だとされたのだ。高級食器の販売は貴族メインの商売で、普通のガラス製品や陶器などの平均価格は120から80ゴールドほどで、さほど打撃はなかったようだ。


「ガラスは良いからさっさと選んじゃって。お姉ちゃんお腹がすいて倒れそうなのよ」


 メニューの端から端まで睨みつけ、今日の生け贄を選ぶ。セルフィの血走った目に苦笑するしかアスティアはできなかった。 


 二つ折りにされたメニューを見てみると、セルフィの言葉通り値段は安く感じる。


(なるほど。このお店は雰囲気を楽しむお店なのですね)


 店の趣旨を理解し、納得した。さて、ではなにをいただこうかと目線をずらしていくと、カルボナーラを見つけた。近頃乳製品の値上げでクリームやチーズを食べていないアスティア。迷わずこれを食べようと心に決めた。


 それからセルフィが流れるように注文を済ませ、10分もしない間に料理が運ばれてきた。香ばしいクリームの香りと、パスタと一緒に絡めとられているベーコンの焦げる匂いが食欲を湧き立たせる。セルフィはハンバーグステーキを注文していたらしく、ジュウジュウ唸る鉄板を涎をたらしながら睨んでいる。


「お昼にそのメニューはどうかと……」


「お腹がすいてちゃ戦はできないってね。このあと教会へ戻って仕事でしょ? ついでに他の冒険者から理想の女性でも聞きなさい」


「それもそうですが」


 アスティアの言葉などほとんど聞いていない。目の前にある肉をすぐさま胃に収めたいらしい。鉄で作られたナイフとフォークを両手に持っているが、今にも口だけで食べてしまいそうだ。


「あ、お祈りも忘れてはいけませんよ?」


「堅苦しいなぁ。別に教会の外だし平気だって」


「いけませんよ? シスターたるもの、お祈りは必ずしなくてはいけません」


 ちぇっとだけ呟いて、ナイフとフォークをテーブルへ置く。両手の指を乱暴に絡ませた。アスティアも頷き、ゆっくり指を絡める。


「えー、サンキュー神様。感謝、感謝。はい、終了。いただき――」


「セルフィ…………」


「冗談だって! えーっと、神のご加護を与え下さる土の大精霊、クロニス様。我らへのお恵みへ感謝を――ウーラノス」


「ウーラノス」


「さあって! いっただきまーす!」


「落ち着いて食べてくださいね……」


 セルフィはマナーなどは一切お構い無しに肉へと喰らいついた。ランチのサービスでついてくるパンにも満足しているようだ。アスティアはそんな姉のような存在を見て笑い、自分も食事を始めようかとフォークを手に取る。


「あら?」


 ふと、パスタが乗っている皿――見覚えがる。


 見覚えもなにも、ウサギ屋で販売しているあの真っ白いお皿だ。目の前を見て、セルフィのパンの下にも真っ白いお皿が使われている。店内を見渡せば、客が食べている料理全てに――ウサギ屋で販売されている純白のお皿が使われていた。


 それがなんだかおかしくなり、クスっと笑ってアスティアはパスタをフォークで絡めとった。


「うん、おいしい」


 口の中では想像以上の味に満面の笑みがこぼれるのであった。





「ところでさ」


 お互いの皿の料理が半分になったところで、ようやくセルフィが会話を始めた。二人そろってあまりの美味しさに食べることに夢中になり、会話を忘れていたのだ。一旦、手に持っていた食器たちを置いて、こんな質問をセルフィは出してみた。


「ミヤトくんのどこがそんなによかったの?」


「っぶ!?」


 何をいまさら――とすぐにでも言い返したかったが、器官につまった物を無理やり水で流す。反応そのものが面白いアスティア、やはりセルフィにからかわれているだけなのだ。


「ごほっ……突然何を?」


「いやね? あたしはかれこれアスティアの恋を一年以上見守ってるわけなんだけどさ、ミヤトくんは優しいけどなんか弱そうだし、ぱっとしないじゃない? ある程度は鍛えているはずだけど、男らしさにかけるというか、頼りないじゃかなって」


「そんなことはありませんよ」


 彼の正体を知る人々が聞けば笑うに違いない。歴史上77人目、レベル500に達成した【赤い影】その本人だ。今すぐ訂正したい気持ちを押さえつけ、どのように返そうか頭を悩ませた。


「ミヤトは当時から私に優しく、まるで本当の家族のように接してくれました。冒険者になった彼のお話しはどれもキラキラした宝石のように私の宝物なのです。ミヤトは私になかったものをたくさん与えてくれました」


「その結果が今の妹ポジションなんだけどね」


「むっ。今は! 今だけです!」


「はいはい」


 パンをかじり、質問した本人が興味が無さそうな態度をする。少々イラっときたアスティアはこんな質問をしてみた。


「思い出しました。セルフィさんはカップルを見ると『あたしも恋がしたい』ってまるで乙女のように呟くそうじゃ――」


「うわー! もういいから! その話題はもういいから!」


 スタイダストのシスター達の中で一番男勝り、かつ恋愛に興味が無さそうナンバー1と5年ほど前までいわれ続けていたセルフィ。しかし、シスター達が街の清掃活動で集まった時に、ふと通りかかったカップルを見て――


『あー、あたしも恋がしたいなぁ』


 ――と、ついつい口走ってしまったのだ。それからシスター達は愛に飢えてるシスターナンバー1として、1年間ほどセルフィをいじりたおした。不良シスターのいいお灸になったようで、この話題が出れば彼女は恥ずかしさのあまり、泣きだしそうになる。


 今現在も、こうやって時々思い出させることで彼女の抑止力として扱われている。


「私は恥ずかしいことではないと思いますよ? 女の子は誰だって恋はするものです」


「あたしがもう女の子と呼べる歳じゃないからね……下手したら一生、独身だからね」


 男性の平均結婚年齢は25歳なのだが、女性は17歳や18歳で結婚することが多い。セルフィの同期であるシスターは引退して子供がいる人もいるらしい。24歳は女性としてはまだまだ若いが、結婚年齢を考えると――そういうことだ。


「私のお母さんだって26で結婚したと言っていましたよ? まだ大丈夫ですよ」


「それはあなたのお父さんと既に交際していたからよ……あたしだって、あたしだってっ」


 いつの間に涙ぐんで、残りのハンバーグステーキとパンを胃の中へ流し込む。よほど気にしているのか、アスティアが食べ終わるまでずっとグスグス言い続けた。


 食事を終え、食後のコーヒーを頼み、落ち着いたセルフィはぶすっとして溜息をつく。


「アスティアの恋愛相談なのに、何であたしが悩んじゃうかな」


「あははは……。でも、セルフィは美人で誰にでも好まれそうな性格なのに、何故でしょうね?」


「世の中の男達は清楚で可憐な女が好きなのよ。あたしみたいなガサツで男勝りは友達で十分だと」


 過去にお試しデートで付き合った数々の男に言われたセリフだ。何度も性格をなおそうかと悩んだが、ストレスがたまり続けるだけで、むしろ機嫌が悪くなったのだ。


「あたしの王子様はいつになったら現われるのかしらねえ」


「今、好きな人はいないのですか?」


「ぜーんぜん。なんか、みんなあたしに冷たいし、体だけが目当てみたいだし」


「うんー?」


 アスティアの感想は、彼女と長年付き添えばその良さが分かる。教会でもセルフィを当初苦手としていたシスター達も今では頼れる先輩として当てにしているようだ。つまり、その一瞬だけでセルフィの魅力を感じ取ることは難しいのではないかと。


「あーあ、言われればミヤトくんは他の男と違って気軽に話せていいわね」


「え?」


「いやいや、異性としてじゃなくて友達としてね。なんだかんだで話も聞いてくれるし、さぞアスティア以外にもモテるんだろうな」


「うっ」


 アスティアには覚えがあった。とある冒険者の――少女。神の血を引き継ぐ彼女のことを――。


「きょ、教会に戻ってお仕事の続きをしましょう! そのあとは先ほどの続きです!」


「お? やる気になったね。うし、お姉ちゃんその頑張りに答えちゃうぞー!」


(本当に誘導しやすいなぁ……)


 何かとアスティアの今後、が不安になったがやる気を出したようなので、二人は会計を済ませて教会へ手をつないで戻った。

※追記

ガラス製品、陶器に関して修正しました。

ガラス製品や陶器の平均価格を120から80ゴールドとしています。

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