10話 ウサギ屋、侵入される
おそくなりましたー!
てことでウサギ屋開業編終了デース。
スタイダストの夜はとても静かだ。騎士団の数名が警備のためにウロウロしているものの、これといって音は聞こえてこない。ただ、【ディアブロ盗賊団】なる輩が中央区と北の区に潜んでいる可能性から、ここ数日厳重な警備が行われている。
とはいえ上級貴族の方々の護衛が優先され、中央区ではさほど騎士団の数は変わらない。少人数の人間が、街灯の下でのんびり見張っているだけである。
これが仇となり、彼らの潜入と罪を見逃していることになっているのだ。
屋根の上を颯爽と駆ける三人の影があった。屋根と屋根をまるで忍者のように飛び回って、獲物の場所へ移動していた。
「ここです、姉御」
「よし、まずは様子を見るぞ」
全身を黒で統一した三人組。口元をバンダナで隠し、ローブで全身を包む。女一人に、男二人。彼らこそがスタイダストを騒がせる【ディアブロ盗賊団】である。元々は冒険者であったが、落ちこぼれの烙印を押され、気が付けば南の区へと追いやられていた。
三人とも下位職の【シーフ】であったために、身のこなしはそれなりに良かった。そもそも盗賊職であるので、本来の仕事で間違いはないのだが、冒険者としての恩恵を受けているいじょうは、彼らの行為は愚行と呼べる。
スキンヘッドの男が宙吊りになりながら部屋の中を確認する。彼の目にはぐっすり眠る一人の青年がうつった。ヴァルハラでは珍しい甚平服の青年は、ふとんを蹴り上げて、涎をたらしている。
「ぐっすり寝てやす」
「わかった。なら裏口から入ろう。1階が店になっているなら、そこに金庫もあるはずだ」
三人は蜘蛛のように地面につくと、女が目の前にある裏口の扉を触った。何かしらのスキルがかけられていないか調べているのだ。トラップスキルやロックスキルがかかっていれば、こちらもそれなりの解除スキルを使わなくてはならない。
「大丈夫みたいだね。あたしが開けるからヘッグは中を確認」
「了解」
ヘッグと呼ばれる白髪の男は腰に巻いているポーチから【暗視スコープ】を取り出して装着する。女は確認した後、慣れた手つきで鍵穴に針金を差し込む。針金に魔力を流し込みパッシブスキル【解除E】を使う。魔力が鍵の形を作り出し、いとも簡単に扉が開いた。
ゆっくりと開かれる扉の隙間からヘッグが顔を出す。【暗視スコープ】のおかげで、暗闇でも昼のように視界が良好になる。きょろきょろと用心して警戒する。動いている物体は特に見当たらない。問題ないらしい。
「エリメラ、こちらも問題なさそうだ」
ヘッグの声を聞き、女――エリメラとスキンヘッドの男――シングが【暗視スコープ】を装着する。ヘッグの後に続き、店内への侵入を成功させた。裏口から入れた部屋――店のバックルームには大量の商品と棚、一組の机と椅子が置いてある。その横には大量の紙の束が置かれていた。
「これが噂の100ゴールドショップですかね、姉御」
「ああ。商品はスタイダストで売っても意味がないわ。どこかに現金があるはずよ」
今回の獲物は商品ではなく、売り上げ――現金のみだ。100ゴールドショップ【ウサギ屋】の噂を聞きつけ、オープンから三日間の間はどれほど客の出入りがあったのか、観察していた。ざっと1日で10万ゴールドの計算だろうか。それからしばらくどのように忍び込むか計画を練っていた。その間、ウサギ屋の偵察はしていないが、レベル290の冒険者だと聞いている。三人でやれば問題ないと余裕を見せているのだ。また、彼らのレベルは平均180だ。対人戦を得意とする【シーフ】がアシストメインの【アルケミスト】に負けるはずがないとも思っている。
「起きてくると面倒っすねえ。先にやってきていいですかね、姉御」
「好きにするといい。その間、あたしとヘッグで探しておく」
「アイアイサー」
シングはニヤリと笑い、二階へと通じる階段をあがる。人殺しは基本やらない主義だが、相手が相手だ。殺さなくても痺れ薬か毒ぐらい盛らせてもらおうと、シングは毒つきナイフを取り出す。音を立てずに、階段を上がり終え、扉が現われる。鍵はかかっていないようで、簡単に開いた。玄関になっているようで靴が並べられている。シングは土足でお構いなく進んでいった。
「ひゅー。なかなかいい部屋じゃねえかよ」
リビングを見つめてシングは嫉妬にも似た言葉を吐く。元冒険者である彼が、元冒険者であろう店主を憎むとは皮肉なことであるが、彼は今成功者の一人なのだ。シングが恨むのも無理はない。
リビングを抜け、再び廊下が現われる。その一番奥の部屋が先ほど店主が寝ていた部屋だ。迷いなく進み、扉――襖を横にスライドさせて部屋へ入る。畳の部屋だが、シングにとっては関係ないこと。土足で入り、部屋の中央で気持ちよさそうに寝る黒髪の青年を見下ろす。
「ちょっとだけしびれてもらうぜ、へへへ」
毒つきナイフを青年の首元まで持っていこうとしゃがんだ瞬間――シングの首に何かが絡み付いてきた。
「――! ――!」
一瞬で口元もふさがれて声が出せない。息ができない苦しみから逃げるように腕を動かそうとしたが体全体がまるでロープに締め上げられたようになる。同時に彼の視界もふさがれて、深い闇の中へと堕ちていくのであった。
◇
「やけに遅くないか?」
「確かにそうだな」
エリメラとヘッグは地下へと通じる扉を見つけていた。しかし強力な【ロックスキル】によってなかなか開かない。この中に獲物があると睨んで、10分以上解除に専念している。一向に開く気配のない扉に苛立ちを感じていると、思い出したように二階へ向かったシングを気にしだす。
「まさか獲物は二階にあったのか?」
「それならあたし達に知らせに来るだろう?」
「…………ちょっと見てくる」
ヘッグは腰からダガーを抜いて、階段を睨む。まさか別のお宝があって独り占めしようとしているのでは? と疑い始める。彼らは結局、成り行きで集まった三人だ。絆もなければ、互いに隙を見て利益を多くかすめとろうなどと考えるほどである。
二階へ上がり、扉を開けて玄関を抜けていく。もう一つの扉をあけて、ヘッグは目を見開いた。
「お、おい! どうした!」
リビングの床に倒れている人物――白目を向いて、だらしなく涎をたらしながらビクビク震えているシングだ。暗視スコープおろか、身にまとっているのはトランクス一枚だけである。身包みを全てはがされたシングを抱きかかえ、最低限の音量で呼び起こすが、反応はない。脈と呼吸を確認して生きていることは分かった。
(何かが、まずい!)
と、ヘッグは背後に気配を感じて咄嗟に振り向く。
――誰もいない。
「な、なんだ?」
得体の知れない恐怖心にシングを支える手が震えた。今まで逃した獲物は彼らにはなかった。それは、平和ボケした貴族や商人ばかりで、厳重な防犯がされていなかったからである。彼らの実力が王都で通用するかといえば無言で首を横に振る。彼らの慢心が、さらなる恐怖を湧きあがらせてる結果となった。
「い、一旦エリメラに――」
ヘッグを抱えようと天井に背を向けた瞬間――体が何かにつかまれ、足が床から離れる。叫び声を出そうとしたが、口にも何かが巻きつき、声が出せない。ありえない出来事――何者かが天井から自分をひっぱている状況にヘッグは混乱する。
「――ん! んん!」
助けを求めるが解放する気配はまったくない。暴れてみるが、がっちりと固定されている。
ひんやり、ヘッグのこめかみに何かが突き出される。ヘッグは目に見えない何かを長年の経験から瞬時に判断した。この冷たい感触――銃口が向けられている。
「んんんん!! ん! んん!」
血の気が引いて、必死に抵抗した。
(やばい! やばいやばいやばい! 殺される!)
首をできる限り振ったが、今度は顔を覆いつくすように得体の知れない何かが巻きつく。涙を流し、荒い呼吸で何度も何度も助けを求め、許しを願った。
「ふんんん! はふんん! んんんんん!!」
何も――何も返ってこない。恐怖のあまり、全身が震え、目の焦点が合わない。涙と涎で顔中がぐしゃぐしゃになるが、全体に巻きつかれている何かで、外からは彼がどのような表情をしているのかは全く分からない。
そして――耳元でゆっくりと「カチッ」と小さな音が聞こえた。
◇
「遅すぎる」
一人待たされたエリメラは赤い髪を乱暴にかいて、機嫌の悪さをあわらす。やはり一人では地下へ通じる扉のロックは外せそうにない。三人のスキルを合わせてなんとかなるだろうのレベルだった。彼らが戻ってくるのをじっと待つが、戻ってこない。
(まさか店主にやられたか? いや、それなら通報されて今頃騒ぎになるはず)
店に侵入してかれこれ30分は経つだろう。見つかっているのなら通報され、騎士団がやってくるに違いない。その雰囲気もないということは、二人は何かを独占しているのではないかとエリメラもヘッグと同じ考えへ至る。
店の中をウロウロして証拠を残すようなことはしたくないのだが、戻ってこなければ話にならない。重い腰を上げて、二人が消えた二階へ移動する。進むにつれて、店とは違い生活感溢れる部屋――リビングへたどり着く。
二人の姿は見当たらない。首を傾げつつ、もう一つの扉を開き廊下へ進む。手前の部屋から、客室、風呂、トイレ、慎重に一部屋一部屋覗き込むが、男達の姿はない。残された店主のいる部屋。エリメラは同じように襖を開けて中を確認する。
素朴な部屋に布団が敷かれ、青年が寝ている。首を動かして様子を伺うが、変わったところはない。
「まさか、あたしを置いて逃げやがったかっ」
所詮は寄せ集めの盗賊団。いつ裏切るか互いに牽制しあっていたのだ。今日裏切られてもおかしくはない。疑問より、怒りがさきに頭へきたエリメラはすぐさま一階へ戻って、金になりそうなものだけ盗んで自分も逃亡しようとした。
だが、一階へたどり着いた瞬間――彼女は悲鳴をあげそうになった。
「な、なんだこれは……っ」
階段を下りてすぐ視界に入ったのは、泡を吹いて気絶するヘッグと白目をむいているシングの二人がまるで投げ捨てられたように床で寝ていた。駆け寄って二人の安否を確かめ、混乱する頭の中をどうにか整理しようと目を回す。
(どうなってやがるっ! 店主はさっきの部屋で寝ていた。何故二人は今ここで気を失っている? 誰が運んで、誰がやったのか………っ!?)
と――エリメラは気がつく。
背後に誰かが立っている。
殺気ではない。人がすぐ後ろに立っている気配がするのだ。足音もなければ、さきほどまで誰かがいた様子もなかった。しかし感じるのだ。自分の真後ろにひっそりと佇む誰かの気配を。
(ちくしょう…………ちぃくしょうっ! なんなんだっこいつは!)
後ろを振り向きたい。だが、それは見てはいけないようなものかもしれない。このままじっとしておけば助かるかもしれない。いや、助からない可能性のほうが高い。エリメラはほとんど本能が赴くままにブーツに忍び込ませておいた【シーフのナイフ】を抜き出し、勢いよく振り向くと同時に、俯きながらもナイフを突き刺した。
「くっ! ……………ん、ん?」
手ごたえはない。はっと気がついて正面を向くが誰も立ってはいなかった。変わりに、どこかの棚から落ちてきたのか、一枚の【レインコート】が床に置いてある。背に【ウサギ屋】と刺繍され、フードには黒いウサミミが取り付けられている。
エリメラはほっと息を吐いて、ナイフを元の場所へしまう。胸をなでおろし、視線を後ろへ戻す。
「な、なんだよ。驚かせやがっ――」
振り向いた目の前には、倒れた二人が【レインコート】を羽織り、宙に浮かんでいた。エリメラは何が起きて、どうなっているのか理解が追いつかない。二人の男は気絶しているようだが、宙にに浮きつつぐるぐると回っている。
「な、なにがどうなってッ――」
バサリっ! 突然何かが体に巻きついた。
「ひっ!?」
エリメラは体に覆いかぶさったものを目で確認して、思考が停止する。先ほど落ちていたレインコートが独りでに動いて、エリメラの体を包み込むように縛っているのだ。
「は、はな――むぐっ!?」
袖の部分で口を塞がれ、エリメラの体も宙に浮かぶ。ぐるぐると何度も何度もバックルームを飛び回り、気が済んだのかまるで空き缶を捨てる感覚でレインコート――もとい、【レイン・ゴースト】達は盗賊団を地面へ叩きつける。
「いたっ! な、なんなのよあんた達!」
途切れそうになった意識を、叩きつけられた痛みで呼び覚まされた。左右で伸びているヘッグとシングはは目覚めそうではない。エリメラは空中でこちらを見てケラケラ笑うレイン・ゴースト達を見て思わず叫んだ。これでは魔物ではなくてイタズラするお化けだ。
しかし、エリメラは彼らがモンスターと知ることはなく、「まさか本当に幽霊なのでは?」と新たな疑問に自分の首を絞めていた。
「に、にげなきゃ……」
二人を置き去りにして逃げようと手を伸ばすと――服に何かが引っかかり、ひっぱってしまった。
「え?」
プツンっと音がして、棚から垂れていた紐へ目線がうつる。
『……グルルルルルルぅぅぅぅ!』
「ひいいいぃぃぃ!?」
すぐ近くで聞こえるはずのない【ヘル・ドッグ】の鳴き声が聞こえる。地獄の火山ダンジョンに生息するモンスターで、初心者冒険者達にトラウマを植え付けることで有名だ。彼らの血液はマグマのようにあつく、飛び散った血を浴びればたちまち体が炎に包まれる。
元冒険者のエリメラにとってもヘル・ドッグの鳴き声そのものが恐怖に直結する。
『グガアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!』
「ああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァァァァぁぁぁ!!」
エリメラは二人の男の首根っこを乱暴に掴んで、裏口から勢いよく飛び出して走り去っていった。レイン・ゴースト達はその様子を見て、3体でハイタッチをする。
ちなみに泣き声の正体は『防犯用グッズ』の改良版、その名も『防犯ブザー・ワンワンバージョン』である。この日にまたアスティアにこっぴどく叱られた宮兎はバックルームの適当な棚に放り込んでおいたのだ。
盗賊団がいなくなりレイン・ゴースト達は散らかった店と部屋を主人が起きる前までに掃除をしようと、ロッカーから掃除用具を取り出すのであった。
◇
「ふーん、結局【ディアボロ盗賊団】は捕まらず行方不明ってことか」
「そうらしいのです」
あの日からさらに一週間。休みの日にアスティアは昼食を宮兎と共に食べ、姿を見せなくなった盗賊団の話題で食後の会話を進めていた。
「まあ、いいんじゃないか? もうスタイダストにはいないってことだろう?」
「まだ警戒ランクDですので、もう少し捜索は続くようですよ」
「なんにせよ、ウチは被害にあわなくて良かった。あ、クロ、コーヒーおかわり」
【クロ】――クロミミのレイン・ゴーストがコーヒーカップに熱々のコーヒーを注ぐ。宮兎やアスティアは彼らのことを【クロ】、【シロ】、【モーノ】の愛称で呼び、今現在も二人がリビングで食事中の間、掃除をしたり、洗濯物をたたんだりしている。
「ゴースト達にやらせて大丈夫なのですか?」
「俺が頼んだわけじゃないんだけど……なんかすげえメイドみたいに働くんだなぁ、これが」
ここ数日間、レイン・ゴースト達は家事まで手伝うようになった。流石にすべてはできないが、宮兎の生活はかなり楽になった。
「なんでだろうな?」
「何故でしょうね?」
二人は知らない。レイン・ゴースト達が主人とその友人に尽くす喜びと守る楽しみを覚えてしまったことに。
皆さんは梅干は好きですか?
私は梅味のスナック菓子が大好物です。
遅くなってすみません。やっとかけました。
こんかいで、ウサギ屋開業編は終了です。
次回の予定としてはメインヒロイン(?)であるアスティアの話になります。
彼女が教会でどのようなお仕事をしているのか。そして宮兎との距離は縮まるのか!
ぜひご期待ください!
お知らせです。
昨日は2200人超えアクセスとともに総合PV10000人突破しました!
めでたい! 今日はちょっと遅かったのでアクセス数は伸びないと思いますが、日間ランキングに載ることは諦めてませんよ!
その前に1日3000人アクセスだね!
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