9話 ウサギ屋、開発する
【ウサギ屋】の評判はわずか数日でスタイダスト全体に広がった。安さ、品揃え、品質、どれをみても十分に満足できる雑貨屋だ。近頃は新商品も増えて、なにやら空飛ぶ使い魔がいる……なんて噂もちらほら。真似をしようと試みた商人も居たそうだが、素材の原価がどうやっても割に合わない。何度計算しても赤字にしかならなかったらしい。
秘密は彼のスキル――【ザ・クリエイティブ―転生蘇生―】による副産物である。本来の用途は大量のMPと使用者の生命力を吸い、すべての素材から――作れないものはない――次元を捻じ曲げるような、この世にあってはならない存在でもある。また、素材によってエンチャントされる質が違うことが分かっている。
しかし、副産物――少ない材料から、ランクの低いアイテムを大量生産できること。これが『少ない原価』で『安い品』を『大量生産』できる仕組みだ。MPの消費も小さく、生命力も吸われることはない。命の危険を感じてまで100ゴールドショップを経営する必要はないのだ。
と言いつつ、店の店主である宮兎は過労死するのではないかと、オープンして一週間の間は思っていた。休み時間をとる暇もなく、文字通り『死に物狂い』で働いた。朝から夕方まで物を売り、夜はガラガラに空いた棚の補充と商品の生産。休みの日は【クエスト・ファミリー】と【オニガシマ】との取引、夜はゆっくりできるが疲れが取れた気はしない。なんやかんや2週間が過ぎて、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。
「飽きずにやれているようだな」
「おかげさまで、ミヤトの店は繁盛していますよ」
「よしてくれよ、嬢ちゃん」
50歳ほどの男性がニヤリと笑って、顎鬚を触る。場所はスタイダストの武器屋【ハウリングウェポン】だ。店内に並べられた数々の武器たちはすべて店主であるジェルズが作ったものである。彼の【鍛冶S】は素材そのものにエンチャント効果をもたらし、完成品は100年刃こぼれしないと評判だ。彼もまた商売人であり、ミヤトへ助言した張本人である。
彼と話すアスティアは、ジェルズに頼まれここにいる。宮兎の様子をなかなか見に行けないので、遠隔会話スキル【コール】で呼び寄せたのだった。本人へ通信を飛ばしても一向に返ってくる気配はなかった。噂どおり忙しいのだろうと、アスティアを選んだのだ。
「だが、【レイン・ゴースト】ってモンスターの話は気になるな」
「はい。ミヤトもジェルズさんにはお話しておきたいと言っていました。どのようにお考えですか?」
ジェルズは長年冒険者を経験している。しかし、新種の魔物を生み出す例外は初めてだった。呪術では決められたモンスターの召喚しか行えない。やはり、レベル500で発現したスキルが原因なのではと思う。
「ボウズのスキル、クリエイティブ系の最高峰。それが間違いなく原因だ」
「私もその通りだと思います。ですが分からないことが。何故、【ゴースト・クロス】の【亡霊の布】で、あの時だけ新種が生まれたのか……」
あの日、アスティアとティナにより、もう一度同じ材料でレインコートを宮兎に作ってもらった。だが、できあがったものは全て普通のレインコート。『物』にしかならなかった。他にも色々試したが、魔物が生まれることはない。
「ワシが思うに、モンスタードロップアイテムには、ごく稀にモンスターの魔力が付着する場合がある。その魔力が偶然、素材として使われ、新種が生まれた。話としてはありえそうじゃろ?」
「確かにそうですが、魔力を与えただけで新種が生まれる――いや、魔物が生み出せるアルケミストスキルは錬金術と呼べるのでしょうか?」
「レベル500という存在がもはや異常なのだよ。深く考えても、もう遅いわい」
ジェルズは始めからこの話題について、諦めがついていたようだ。新種のモンスターを生み出すスキルなんてものが存在すると知れ渡れば、宮兎の命に危険が及ぶ。ある程度話したら彼はもうこの話をお終いにしたいらしい。アスティアも悟ったのか「そうですね」とだけ返し、これ以上マイナスな話を展開させなかった。
「ですが、悪いことではなかったようですよ? 近頃は『お客様発注サービス』なんてはじめて大好評です」
「発注サービス?」
「はい。最近ではレストランやカフェ、大工などの経営者からの依頼が多く、一度に大量の品物を要求されるらしいのです。ですが、どうしても在庫不十分の時があるらしくて。そこで後日、大量注文された商品を配達しているようです」
「一人じゃ無理なサービスだろ。ボウズは本当に死ぬ気か?」
「言ったじゃないですか。【悪いことではなかった】って」
「……………まさか」
そのまさかである。大量注文された場合、どうしても在庫がない状況が多々発生した。そこで、日にちを改め、後日決められた日に商品を配達するサービスを開始――もちろん配達するのは【レイン・ゴースト】達だ。すでに数日、ウサギ屋で働いたところマスコットキャラクターとして早くも根付いた。スタイダストでは噂話の広まりかたが異常であり、この話題も全体に浸透するまで時間はかかっていない。街の中でレイン・ゴースト達が荷物を運んでいても、「お仕事をしている」ように人々見え、毒されてしまっていた。
「おいおい、それは本当に大丈夫なのか?」
「ただのレインコートとして隠すことは初日で諦めました。彼らも生き物で、じっとしていることは不可能だったのですよ。予定では閉店後に働いてもらうつもりが、今では開店から閉店まで働いています」
ジェルズはふわふわ浮かぶレインコートがストック棚を整理したり、商品を補充したり、レジをうったり、お客さんを案内したり、配達したり、様々な光景が飛び交い、思わず右手で目を隠した。見てられない――自分の想像だが、目の前で起きているような錯覚だったための行動か。
「それで客達は?」
「子供達にも人気で、大人達も感心してます。一応【スキルの一種】として共有していますので、今のところ隠せているかと」
「騎士団たちにはもう見られているんだな?」
「彼らも商品を既に何名か買いに来ています。騎士団でも話題になっているのか、配達していても挨拶を返してくれるようです」
(この街は本当に大丈夫か?)
騎士団は冒険者達とは違い、ダンジョンや冒険には出ないため平均レベルは150そこらだ。冒険者あがりの騎士を除けばレイン・ゴースト達にとって彼らは雑魚である。ただ、冒険者の街だ。レベル200越えはごろごろいる。何か間違いがあっても被害は少ないだろう。
「このあと私はウサギ屋へ行きますが、ジェルズさんも来られますか?」
「いや………ちょっと今の話を聞いて頭が痛くなっちまった。今日は早めに閉めて、休むよ」
「そうですか…………。あまりご無理をなさらず」
「そうするよ」
ガバガバザル警備の現状に頭痛を訴えるジェルズは、アスティアに「道中気をつけるんだぞ」と手を上げて店の奥へと消えていく。アスティアは頭を下げてハウリングウェポンを出るのであった。
◇
ウサギ屋の中は客足が少々減ったらしいが、それでも忙しいのは変わらない。
「はい、こちら商品ですね」
「おう、助かるよ」
「ありがとうございましたー」
レジをうつ宮兎は店内を見て感心していた。ウサミミがついたレイン・ゴースト達が、後日アスティアに刺繍してもらった【ウサギ屋】の文字を背負ってせっせと動き回っている。本質はレインコートなので力仕事はできないと勝手に思っていたが、意外と力持ちらしくダンボールを三個積み重ねて、クロミミが品出しをしている。
視線をずらして右を見ればシロミミがお客さんから商品を聞かれて案内をている。彼らは知能も高いらしく、店に置いてある100種以上の商品を場所、名前全て覚えたらしい。ご案内なんて朝飯前だ。
左を見ればモノクロミミがストック棚から商品を取り出して空になった商品棚へ補充し、後ろに下がっている商品たちを前だししている。商品が売れれば自然と棚の奥に商品が残り、見えなくなる。ソレを防ぐためには『前だし』が重要で、これをすることによって商品が売れ残ることがなくなるのだ。補充も閉店後に一人でしていたが、彼らのおかげでスムーズに在庫が陳列されていく。
と、レジにお客さんがやってきて慌ててニヤケていた顔を営業スマイルへと変える。
「いらっしゃ――って、アスティアか。いらっしゃい」
「一応、私もお客さんですよ?」
アスティアは頬を膨らましてレジに新商品のめんぼうと花柄のハンカチを置く。宮兎は営業スマイルで「イラッシャイヤセー」と返す。
「……何故、ぎこちないのですか?」
「身内が来ると、どうもな……」
宮兎のアルバイトあるあるその1。身内が来るとぎこちない挨拶になる。この身内というのは家族だけではなく、クラスメイトだったり、部活の先輩後輩だったり、友達やその両親だったり、なんとなくぎこちない動きと挨拶になってしまうのだ。
「まあ、別にいいですけどぉ」
「すねるなって。200ゴールドな」
アスティアはがま口財布から200ゴールドを取り出して、キャッシュトレイに置く。このキャッシュトレイの正式名称は『カルトン』と呼ばれ、宮兎も知らないことである。前の世界では『会計皿』と命名していたが、全然違う。
「それにしても繁盛していますね」
「ウサギ屋の名前を知らないスタイダストの住人はいないってほどらしいぞ。この間冒険者が態々言いに来たし」
「私も一安心です。名付け親としては、ほっとしますね」
お店の中には現在10名ほどのお客さんがいる。冒険者と庶民が一緒になって真剣に商品を選んでいる姿は珍しいものだ。そして何よりレイン・ゴースト達の働きが目に嫌でも入る。アスティアも店内に入ってすぐ、彼らと挨拶をして商品を選びはじめた。店にとけこんでいるのか、常連客なら違和感は感じないだろう。
「ところでさ、また新商品を開発したんだけど」
「またですか」
ビニール袋に入れられた商品を受取って、宮兎の言葉に眉をピクリと動かす。ここ数日で新商品のサンプルをいくつも開発しているらしいのだが、ほとんどがボツ商品だ。
「今回は『防犯ブザー』と『おもちゃのピストル』だ」
自信満々に目の前へ並べられた二つ商品。一つは卵型のオブジェになにやら紐がついている。もう一つは拳銃の形をしているようだ。
「また変なものを……」
「おっと、そんな顔で新商品達を見ていられるのも今のうちですよ?」
「……………」
殴りたい衝動を抑えて、彼のプレゼンごっこに付き合うことにした。こんな時の宮兎の顔はいくら想い人とはいえ、殴りたいほどうざい顔をしている。どこからその自信が湧きあがってくるのか問いただしてみたい。
「まずはこちらの『防犯ブザー』。ちょっと可愛いオシャレなキーホルダーに見えるでしょう?」
「見えません」
「見えるんです! すげえ可愛いオシャンティーなキーホルダーの正体はなんと人攫い防止グッズなのです!」
スタイダストで人攫いが起こる可能性は残念ながらゼロではない。だが、冒険者がごろごろいるこの町で騒ぎをつくろうとする人攫いは少ない。彼らに勝てるほど、己を鍛錬していないからである。ただ、旅行先などでこのグッズは役に立つ可能性はあるのだ。
「この紐をひっぱると!」
『グルルルルゥゥゥガアアアアアアアアアァァァ!!』
「ひうっ!?」
「うわ、うるせっ!?」
紐を引き抜いた瞬間、まるでドラゴンの咆哮が耳元で轟くような騒音が店内に広がる。客やアスティア、宮兎までが耳をふさいで、とっさに地面に落として踏み潰した。バギっと割れた防犯ブザーなるものは、壊れたラジオのようにピロピロ音をだしたあとに何も言わなくなった。
「音量調整ミスったかな? んー、改良の余地ありだな」
「…………今のは?」
「ああ、防犯ブザーの紐を抜くと音が鳴って不審者を撃退、もしくは周りに危険を知らせる道具なんだけど、アレンジで【ベノムドラゴン】からとれる【毒竜の発声器官】を材料にしたんだけど……こっちじゃなくて【ベビードラゴン】にしておけば良かったか」
「良くないです!」
客達もすぐさま状況を理解して、ほっと胸をなでおろす。彼の新商品実験の失敗はここ1週間で日常となりつつあるからだ。買い物を続けられるほど、いつものことらしい。
「まあまあ、あとで改良するとして次は子供用のおもちゃ、その名も【魔弾銃―レプリカ―】だ!」
見た目はやっすいプラスチックで作られた銃のおもちゃだ。種類はリボルバー式のマグナムで、アスティアが手で持っても軽い。
「お? 気になるか?」
「危険がないか気になりますね」
「大丈夫だって! 子供用に俺がエンチャントしているからさ」
レベル500のエンチャントは信用ならないと彼女は心のそこから思った。
「仕組みは簡単。自分の魔力を装填部分に溜め込んで引きがねを弾くだけ。安全のために魔力調整をしているから、当たっても痛くないし、怪我もしない! むしろ魔力が当たった物へ吸収されて、MPのやり取りができるかもしれない効果的で、革命的な――」
「こうですか?」
魔力を貯め終えたマグナムを誰もいないタオルコーナーの商品棚へ向けて――撃った。
銃声と共に魔力の塊が弾となり――それは商品棚を一つ派手に吹っ飛ばした。棚は宙を舞い、収納していたタオルをばら撒いて、床へ叩きつけられる。
「……………」
「…………ま、まだ調整中って事で」
「ミヤトっ!」
店主とシスターが店内を追いかけっこする姿を見て、客達は今日もスタイダストは平和だと呟いた。
ちなみに後始末は全てレイン・ゴースト達が笑いながら(そうみえる)したそうで。
近頃、とあるゲームが大型アップデートするみたいですね。
皆さんはイカは好きですか? 私は食べるのは嫌いですがインクで塗るのは好きです。
今回はコメディ色の強い話になりましたね。まあ、新たにレイン・ゴースト達を従業員にしてのお話でしたがいかがだったでしょうか?
次回でウサギ屋開業編は終了となります。
あれ?何か忘れていませんかって? その忘れたやつらが出てくるんですよ。
それと、「小説家になろう勝手にランキング」様のほうで、総合ランキング150~100位あたりをウロウロしているみたいです。言い忘れていましたがランキングタグを下に設置しておりますので、ぜひぜひぽちってください。
ただ、作者が喜んでたくさん書きます。
お知らせです。
昨日はなんと2000人のアクセスがありました。やったね!
明日には総合PV10000越えできそうです。本当に読者の皆様には感謝しております。
最後ですが恒例の感想、評価、ブックマーク、誤字脱字などの報告は随時待っていますので気軽に送ってください。
それではまた明日お会いしましょう(=N=)/