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8話 ウサギ屋、増える

「ミヤト! 大丈夫で………すか?」


「ミヤっ…………ト?」


 結論を先に述べよう。盗賊団などという輩はウサギ屋には居なかった。そもそも、宮兎が追いかけている「ソレ」は人などではない。


「アスティアとティナ! 丁度いいところに来た! こいつ等捕まえるの手伝ってくれ!」


 ふわふわと空中を漂う3つの物体。まるでこちらを馬鹿にしたようにくるくると回っている。宮兎は悔しそうに「ソレ」を見つめながら頭を抱える。


「あ、あれはなんなのですか?」


「ミヤト、アレは一体……?」


「何って、見れば分かるだろ。レインコートだよ」


 レインコート――傘同様に雨具として使われる。ポピュラーな大きいサイズやポンチョタイプ、上下に分かれている物など、様々なタイプがある。元の世界では1823年にスコットランドの科学者がはじめてゴムを使った防水布を開発し、ロンドンで大流行したという。


 ヴァルハラでも【レインコート】と呼ばれるモノは存在するが、それは革で作られたフード付きの大きいコートのことを指す。防水はできるものの、水を含めばその分重くなり、あまり使われることはない。傘も存在するが、貴族達にしか流通していない気品のある高価なものである。


 革ではなく、宮兎が作った丈夫なビニール製のレインコートが3つ、空中でふわふわと飛び回り、まるで子供みたいに笑っているように見えるのだ。


「レインコートって……何故そんなことになっているのですか?」


 アスティアの質問に、「いやー」と言いにくそうに口ごもる。目線をそらして、言い訳を考えているようだが思いつかないらしい。観念したのか、ぽつぽつとしゃべりだす。


「あれだよ、あれ。新商品の開発ってやつだよ」


「新商品? それがどうしてこんなことになっているんですか!」


「お、怒るなよアスティア……。実は【ゴースト・クロス】の【亡霊の布切れ】を素材にして作ってみたんだけど、ちょーっと素材が新鮮だったらしくて…………」


「…………もういいです」


 溜息を吐くアスティアは【マリンズ・ロッド】をアイテム覧へ戻し、外に置き去りにしていた荷物を取りに出た。先ほどから何も話さないティナは、ぐるぐる飛び回るレインコート達を目で追いながら唖然としている。口が開いたままふさがらない。


「ひとまず、捕まえましょう」


 戻ってきたアスティアが頭上の物体たちを無視して奥へ進み、荷物を机の上に置いた。ティナも正気に戻り、アスティアへ駆け寄る。


「し、しかしアスティア。このモンスター達をどのように捕まえるのですか?」


「モンスター言うな。立派なサンプル品だぞ」


「ティナさんのおっしゃる通り、あれでは魔物同然です」


 言われても仕方がない。宮兎が開発した白いレインコートは、見方によれば絵本に出てくるシーツを被ったようなお化けそのものだ。ただ、アスティアが魔物とかたる理由が他にもあった。ポケットから円状のレンズを取り出した。


「若干ながら、彼らに魔力を感じます」


「…………マジ?」


「マジです」


 ティナは腕を組み、その言葉の意味を模索して、結論へたどり着いた。


「つまり、このレインコートは【魔物のようなもの】ではなく【魔物モンスター】そのものであると?」


「レンズで覗けば、疑問もすべて分かります」


 アスティアが取り出したレンズ――名前を【ステラスコープ】と呼ぶ。初心者から上級冒険者までが愛用しているアイテムだ。用途として、覗くと対象モンスターのステータスを確認することができる。名前も確認可能であり、冒険者達が始めて遭遇したモンスターのレベルを知るために良く使われる。


 人には効果が現われず、モンスターのみ活用できるのだが――使えるイコール魔物モンスターとなってしまう。


 青色の瞳がレンズ越しにレインコート達を確認する。数秒、止まったかと思うとアスティアは何も言わずにステラスコープをもう二枚取り出す。


「自分で見てもらったほうが早いです。ティナさんもどうぞ」


 二人は投げ渡されたステラスコープを危なっかしく受取り、片目を瞑って幽霊達を見つめる。


 ====================


  【ステータス】


  【レイン・ゴースト】


  Lv.260

  MP???/???

  STR ???

  VIT ???

  DEX ???

  AGI ???

  INT ???


  特性【物理無効C 水属性無効S】

  物理攻撃に対して30%無効 

  水属性物理魔法攻撃に対して70%無効


 ====================


「あー、こりゃ完全に魔物ですわ……」


「暢気に言っている場合ですか!?」


 どこか諦めたように呟く宮兎。ティナはレベルを確認して青ざめている。事実上、宮兎はレベル500。こんな魔物どもは雑魚当然なのだが、ティナにとってはレベル290のアルケミスト。差が30あるとは言え、3体の魔物を同時に倒すのは骨が折れる……と思っている。レベルで言えば宮兎、レイン・ゴースト、アスティア、ティナの順にならび、一番の弱者である彼女が怯えることは当たり前。


「レベル260のモンスターが街の中、しかもこの場所でウロウロしているのですよ! ちょっとは焦ったらどうですの!」


「ティナ、落ち着け。危険なモンスターなら既にやられているはずだろ?」


「で、でもモンスターどもはわたくし達を嘲笑うかのように煽っているではないですか!」


 ぐっと右の人差し指を騒ぎの原因達に向け、二人は視線を向ける。あまりにも落ち着いている宮兎とアスティアに少なからず不信感を感じた。アスティアは自分と同じくレイン・ゴーストより下のレベルのはずだ。どうして余裕を見せているのか理解できていない。


「アスティア! 貴女も危機感を持って――」


「ティナさん、アレを生み出したのは少なからずミヤトです。ちょっと馬鹿にされるような態度は癪ですが、襲ってこないところをみると、使い魔としての自覚はあるようです」


 ティナは言い返そうとしたが、言葉が出てこない。二人の先輩達を見て、ティナは心を落ち着かせようと思考を変える。


(そうよ。わたくしが落ち着かなくては……。アルムント家の三女としてこれしきのイレギュラー……!)


 落ち着きを取り戻したティナを見て、頷くアスティア。彼女の状態を見て判断したのか、パンっと両手を合わせる。


「まずは捕まえないと話になりません。私がやります」


 アスティアは両手をゆっくり離すとリング状の物体が出現する。天使の輪に酷似したリングは言葉では表せきれない温かみと、癒しを感じさせる。離れている二人は唾を飲み込む。右手に持ちなおし、1体のレイン・ゴーストに向かって投げつけた。


「束縛せよ! 【アンロス・リング】!」


 弧を描き、リングがレイン・ゴーストの1体を捕縛する。彼らにとっては十分な不意打ちだった。後ろからリングががっちり1体を取り押さえ、空中で停止する。これには「おお!」と冒険者の二人が唸る。残りの2体は顔(顔に見えるフードなのだが)をあわせると、一目散に逃げ出した。


「逃がしません!」


 アスティアが右腕を振れば、リングは1体目を捕まえたまま動き始める。次の獲物をロックオン。狙いをつけられたレイン・ゴーストは棚を掻い潜り、上手く撒こうとしている。器用にS字で曲がったり、低空飛行から急上昇したり、やりたい放題だ。


「頼むから商品だけは壊すなよ!」


「うるさいですね! こっちだって真剣なんです!」


 怒鳴られた店主はいじけたように部屋の隅でうずくまる。気にもせずにアスティアは巧みにリングを操り、振り向きながら逃げる2体目を壁際へと追い込む。その壁には――こちらを見つめていた3体目がいる。


 くるなくるなと言わんばかりに3体目が逃げようとするが、どこからともなく別のリングが頭上から降ってきたのだ。動けない3体目――勢いよく前を見ずに飛んでくる2体目とぶつかり、追ってきたリングに捕まった。


 リングにつれてかれ、アスティアの前に3体のレイン・ゴーストが並ぶ。


「言い忘れていました。私、リングは5つまで操れるの。覚えておいてくださいね?」


 にっこり笑うアスティアの眼は――笑っていない。


 ゴースト達は生まれてすぐ、恐怖という感情を覚えたようだ。





 リングから開放されたレイン・ゴースト達は意外と大人しく、横に並んで三人と同じ目線でふわふわ浮いている。元に戻った宮兎の右にはアスティア、左にはティナが並び、彼らを今後どうしようかと話している。


「しっかし、まさか魔物まで作れるとは」


「ミヤト、アルケミストとは呪術も扱えるのですか?」


「いやー、どうなんだろうね?」


 ティナの質問に、どのように返せばいいのか分からなかった。アルケミストとは錬金術師を意味し、作れる生き物は【フラスコ内の妖精ホムンクルス】のみである。使い魔として創ることができるが、攻守共に不慣れなもので、できることといえば偵察がやっとだ。【フラスコ内の妖精ホムンクルス】は魔物とは違い、レベルをもたない存在とされている。


 ティナの言う呪術とは上位職、呪術師――シャーマンや死霊魔術師――ネクロマンサーが得意とするスキルの名称だ。魔法と違い、モンスターの亡骸を媒体としてスキルを扱う特殊な職業だ。


「経緯はどうあれ、結果として魔物が生まれてしまった。その処分をどうするか、話し合わなければいけません」


 アスティアの「処分」の発言にレイン・ゴースト達は飛び上がり、本来の主である宮兎の後ろに隠れた。そっと覗くようにしてアスティアを伺う。


「完全に怯えられてるぞ、お前」


「燃やしましょうか?」


「意地悪するなよ?」


 ゴースト達をからかっているのか、笑みが黒い。宮兎は本気でないと分かっているが、後ろの魔物達にとっては一大事である。ティナは頭をかき、結論を出せきれないようだ。


「レベル260の魔物が人の言うことを聞くのは今までにないですわ。このレアケースをギルドに報告……すれば、討伐部隊がここまでやってきてしまう。だからといって隠すことはアルムント家の人間としていささかどうかと……ああ! もう!」


 金髪をぐしゃぐしゃにして頭を抱えるティナ。珍しい光景だと二人は感じる。ティナを良く知る人物達が、考えるより先に行動に移すタイプの彼女がこうして悩んでいる風景を見れば滑稽であろう。ポニーテールを振り回し、天井に向かって叫ぶ姿は見ていて飽きない。


「……アスティアはどう思う? 俺は別に隠し通せればいいと思うんだけど」


「正直、分かりません。幸い、【レイン・ゴースト】などという魔物はこの世に存在しません。新種ですので、はじめてみた人間に【魔物】だと感知させなければいくらでも誤魔化しはできます」


「んー、そうだな………いっそのこと従業員専用レインコートとして扱うか?」


「はい?」


 意味の分からない発言に声を出したのはティナだった。


「いやさ、雨の日でも外で作業しなきゃいけない時だってあるわけよ。まあ、動くけどレインコートとしての性能は俺が保証する」


「…………普通のレインコートとして偽るわけですか?」


「そうそう。人を襲うわけでもないし、動いても『あー、そういうスキルなんですよー』なんていえば大丈夫だって」


(いや、駄目でしょう……)


 口に出そうになったが、心で留めることができたティナは代わりに溜息が漏れる。しかし、心のどこかではこのモンスター達をどうすることもできないことは薄々気がついている。宮兎は一度も彼らを処分したり、攻撃するような発言をしない。生みの親だからなのか、情が移っているのは確かだった。


「ミヤト、何かがあっては遅いのですよ? わたくし達で対処できないことが起こるかもしれませんのよ?」


「何が起こるかはわからない。でも、起こらなければいい。それだけ。何かが起こっても俺が責任を持ってどうにかする」


「どうにかって……」


「信じてくれ」


 笑顔から真剣な表情に変わり、ティナは自然に視線をそらしてしまう。


(ずるい……この時にその顔は……)


 気づかれないよう顔も俯き、前髪で隠す。真っ赤な顔を見られてはいけない。顔の熱が引くのを待ったが、静まらない胸の高まりに諦めてぷいっと上を向いて腕を組んだ。


「仕方ありませんわね。この事は黙っておきます。しかし、不祥事があれば討伐対象になることをお忘れなく」


「ありがとう、ティナ」


「うっ…………あ、アルムント家の女は心が寛大ですの! ありがたく思いなさい!」


 にっこり笑顔で宮兎は返し、次にアスティアへ視線を向けた。


「何も言わなくていいです。どうせ反対しても聞き入れないのでしょう?」


「……おう」


「別に私は気にしていません。ただ、きちんとこの子達にはどっちが上の存在で、どちらが下の存在か知ってもらわないといけません」


 ギロリと宮兎の後ろを睨む。ささっと隠れる3体を見て、一瞬にして表情を崩した。今にも大きな声で笑いたいのを我慢して、レイン・ゴーストに近づく。


「嘘ですよ。ですが、悪戯は駄目ですからね。仲良くしてください」


 3体に、にっこり微笑む。アスティアを見つめてフードが縦に動いた。納得している合図なのか。ティナも頬の赤みが引いたからなのか、ゆっくり近づいて1体にそっと触れてみる。


「本当に大人しいのですね」


「だろ? ま、従業員が増えたと思ったら一石二鳥だ」


「あ、そうだ」


 何かを思いついたアスティアはアイテム覧から【裁縫道具】を取り出す。


「見分けがつかないのは面倒なので、こうしてあげれば――できた!」


 【裁縫SS】の実力を持つアスティアは――レイン・ゴースト達のフードにそれぞれ真っ白のウサミミ、真っ黒のウサミミ、右が白で左が黒のウサミミを取り付けてあげた。早業だったが、このぐらい造作もない。


「これで、【クロミミ】、【シロミミ】、【モノクロミミ】と見分けがつきます」


「おお、ナイスアイディアだ」


 レイン・ゴースト達は取り付けられたミミを確認すると、兎のようにぴょんぴょん跳ねて嬉しさをアピールする。彼ら(?)の反応につけてあげた本人も大満足だ。


「か、可愛い……」


「ティナさんが言うなら間違いありませんね」


「よし、それじゃあ今日から従業員として頼むぞ!」


 びしっと敬礼する宮兎の真似をして、レイン・ゴースト達は背筋を伸ばして挨拶を返した。背筋はないのだが、不思議と見える。


「…………って、働かせるのですね」


「当たり前だ」


 こうして従業員が増えた。やったね宮兎。

はい、どうも作者です。


マスコットキャラクターのレイン・ゴーストが増えましたね。

さてさて、実は彼らの存在は物語にとってもキーになるのですが、まだまだ先のことです。


あー、ヒロインより可愛いんじゃn(


お知らせです。


いくつかの誤字脱字を修正しました。報告があったものも修正しています。

気づいたものは修正していますが、何故か気づかない方が多いので読者の皆様のお手を煩わせますが、お気づきの場合はお知らせください。


昨日はちょっとへって1700人ほどのアクセスでしたね。

目標は一日3000人ですかね。あとは日間ランキンg……おや、誰か来たみたいですね。


そんなわけで明日も更新するぞー! 頑張れ自分! 「(・N・ )「<ウオー

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