76話? りゅうほうのおしごと
お久しぶりです。あけましておめでとうございます。
生きていましたよ。
「いつかしばくどーっ!われーっ!」
問:遠ざかって行くこの罵声をなんというか。
答:負け犬の遠吠え。
吉川は理不尽だ。「間にあわなかったから次行くけど、どこ行けばいい」って聞かれて「四郎助けてこいや」と言ったらコレだよ。まあいいさ。今度は間に合わないなんて事が無いように必死で走ればいい。
「……ま、予想が外れたのは俺も同じなんだが」
「自由にした次郎兄上がここに来た事がですか?」
うん、と小早川の問い返しに小さく頷く。四郎だけならばまだしも、毛利元就まで居るんだから、てっきり真っ先に置塩城に向かう物だと思ってました。黒田隆鳳さまだよー。
「何か拙かったですか?」
「いや、てっきり吉川があっちに行くと思っていたから、同じく自由行動の休夢のハゲ親父に『手伝うな』と伝えちまっただけさ」
「……それは鬼ですね」
俺も鬼だと思うわ。でも、戦力差があっても、ある一定の期間は籠城できないと籠城する意味が無い。籠城している味方を放置しないように早急に手を打つのは俺達総指揮官クラスの仕事だが、現場にそれを端っからアテにしてもらっては困る。ましてや、今回は演習だ。実戦じゃ絶対にやらないレベルまで追い込まないと実戦でやられる。
「果たして、小一郎は吉川が乱入するまで保つ事が出来るかな」
「攻め手は誰が居るんだ?隆鳳」
「淡河、衣笠、赤松の叔父貴、宍戸」
「じゃあ、無理だな」
有馬の源にぃは諦めが早い。思い切りがいいのは美点だが、そこは粘ってくれよ。確かに、宍戸以外はバリバリの武闘派だけどさ。
「そうですかね?私は意外と間にあうんじゃないかと思いますよ?」
「へぇ、小早川殿は何故そう思う?確実に殺しに掛かってきている様な顔ぶれじゃないか」
「まあ、確かに有馬殿の言う通り、確実そうな組み合わせではありますよ。でも、だからこそ、拙速を尊ぶ様な顔ぶれじゃないです」
「そりゃあわかるさ。時間が経てば経つ程締めあげられるのは目に見えている。だから速戦で挑むしかないじゃないか。いずれにせよ決着は早い」
腕自慢が異様に多い俺の家中でも剛力で鳴らす衣笠だけが武断派に近いかもしれないが、奴もどちらかというと鉄壁を敷いて迎え撃つタイプの将だ。淡河は言わずもがな戦術家。赤松の血筋が成せる業なのか、叔父貴も俺や有馬源次郎と同じく勝負所を嗅ぎわけて仕掛ける猟犬タイプの将だ。その土台となる補佐、副将タイプの宍戸。盤石と言ってもいい。
ただ、惜しむらくは源にぃの指摘の通り連携が不十分と言ったと事だ。そして安定するが故に時間はかかると思う。
将のタイプによって判断が分かれる所だろう。俺や源にぃ、あと余所の将ならば上杉師匠辺りならば城の破棄も見越した乾坤一擲の速戦を挑む。待つ事が出来ない訳じゃないが、俺は三好や毛利と戦い、源にぃは別所(淡河)や三好と戦い、上杉師匠は北条や武田と戦ってきた。それぞれが無為に待つ事の恐ろしさを身を以て痛感している。
どちらがまともかと言われたら待つ将だろう。だから小早川の様なまともな将ならば、灰色の頭脳を駆使した絡め手と断固とした意志を以て援軍を待つはずだ。そして手遅れになりそうなギリギリのタイミングで援軍は俺が手配してやった。小一郎の手腕に期待だな。
それはともかく、ヒートアップしてんな、コイツら。
「甘いですね。普段ならばともかく、今回の勝利条件は城を守り抜く事ですよ」
「追い払うという選択肢も立派な勝利条件だ。特に相手が緻密であればある程立ち上がりの間隙を縫う利点は大きい」
「何をどうしたらそんな結論になるのか……」
「俺はここに身を寄せる前、別所に与する淡河、三好に与する衣笠と殺し合いを続けてきた。それが答えだ。それと、認めたくないなら言ってやろうか?要は先の戦や今回の試し合戦でアンタがまんまと仕留められたやり口と同じだよ、偉大なる小早川金吾サマ」
「……口の減らない男ですね。発言もそうですが、貴方は少しは頭で考えたらどうですか?刑部尚書(有馬源次郎)」
大の大人が睨みあってみっともない。2人の相性の悪さは勘付いていたが、これじゃあっさり負ける訳だな。
まあ、俺と官兵衛も相性が良いかと言われたら「否ぁーっ!」と全力で答えるしか無く、むしろ相性が悪いと言うかまったく別のタイプだったからこそ、ここまで来れたと思う。
「……え?」と思うだろうか?
基本は正反対だが、共通点は多いから人間的には相性が良いと思う。
だが、俺という将を客観的に評価すると、武力でいえば武兵衛、バランス感覚でいえば細川エレガント閣下との方が相性が良い。だが考えてみてくれ。俺と武兵衛が組んで――あるいは閣下と組んでここまで来れただろうか?いい所播州一国だろうな。俺と武兵衛だったらば共に考え無しに暴れ回って収拾がつかず、閣下とならば策を弄し過ぎて遅々として進まなかっただろう。俺と官兵衛の場合はバランスが悪過ぎて暴発できたと言うか……俺に比べて官兵衛の負担が大きい為、相性が良いとは言えないだろう。
だから相性の悪い2人を組み合わせる事を俺は忌避していない。それに本当に相性が決定的に悪い場合は議論すら起きないから……そんな奴らは流石に組み合わせはしない。
まあ、なんだ。要するにコイツらの関係性は発展途上という事だ。軍人に狎れ合いの意志疎通なんていらねぇんだ。これこそ出自の違う奴らをシャッフルしてお試し合戦させている大きな狙いでもある。今頃こんな光景はどこの戦地でも行われている事だろう。
「……お前ら、自分らはあっさりと負けたクセに人の戦なら論議がはかどるんだな」
「「………………………………」」
それを言うのは無しでしょう、という目をされてもさぁ。事実は事実ですしぃ?流石に鬱陶しくなってきたしぃ?
「岡目八目って言葉はある意味真理だよな」
「殿……その辺でご勘弁を」
ばつが悪そうにだんまりを決め込む2人に追い打ちを掛けてやると、廊下から姿を現しながら苦笑を噛み殺して江見下総守が声を掛けてきた。40は超えた静かな男だが、滲み出る無骨で歴戦の気配は流石だ。愚直そうな所はどことなく弥三郎おじさんと似ている。
まあ、弥三郎おじさんはあれでいて官兵衛を抑えて蔵書量ナンバーワンの地位を不動のものにする黒田家屈指の知識人であり、かつ休夢の叔父貴と並ぶ程の風流人なんだが……。
最近発覚したんだが、かつて使者として赴いたついでに毛利元就の刀の鍔をデザインした事があるとか、どんだけだよ!おじさん!
そして、それを自慢げに毛利元就から見せられた時の俺の気持ちを察して欲しい……勿論、俺も速攻で依頼しましたけどね。「不斬」と呼ばれるようになった愛刀に鳳凰と藤の意匠の入った優美な鍔はちょっとした自慢です。
「遅くなりました」
「まあ、座れ。下総守。尼子は?」
「どのように攻略されたか、事細かに訊かれました。殿には申し訳ないが上申する為にも、もう少し身内で協議したいと」
「……それはこの月山の守備計画についてか?」
「否。新拠点について」
「ついに踏ん切りがついたか」
凡愚と噂されているが、やはり尼子義久は思ったよりも頭が回る。それに反骨心も決断力もある。
試し合戦で籠る人数を絞ってしまった為、あっさりと落としてしまったが、この月山の防衛力は日本屈指だろう。だが、尼子と毛利が共々に黒田家の下についてからは立地的にも用途的にも前時代的になってしまった。今回、あっさりと落としてしまった事で本拠移転の為の見切りがついたのだろう。
「移転先、及び築城計画、予算、移転後の月山の処遇案がある程度固まったら提出しろと言っておけ。計画案だから叩き台になる程度のもので良い」
「承知」
まあ、細かく指示する必要は無さそうだがな。謀略と外交に強そうと思ったが、尼子義久は綱渡りよりも安定を目指す地方内政の長官の方が適性があるかもしれん。将としては……まあ、現時点では必要性も無ければ、小早川と源にぃを御せなかった辺り適性もあまりなさそうだ。
「それで、下総守はどうする?その手腕を今回見せてもらったが、正直俺としては後方に置きたくない。俺の意向としては最前線、あるいは中央だ」
「ありがたい話ですが、美作に伝来の土地がある故に」
またか、というのが正直な感想。優秀な奴は大体土地を持っている。そして離れたがらない。俺としては近代日本のように軍は軍、行政は行政で専門化させたいと思っているのだが、これが最大の障害と言っていい。
改革を断行したいと思ってはいるが……まあ拙速に終わる物ではないという事も理解しているつもりだ。一足跳びに近代化を目指すにはあまりにも時代が悪すぎる。倒幕が成った後の明治時代でさえ西南戦争が起きた訳だが、戦国時代じゃ西南戦争で済む訳が無い。
利権を保証し、徐々に実権を奪う。そして何割かの税を徴収する……落とし所はこんな所だろう。江見下総守は武将としての才を示し、身軽になった所で軍の役に着けるから大丈夫だと思うが、「家」にしか存在意義が無い奴らからの反発は凄まじいはずだ。
「取り上げようというつもりは無い」
今は、と但し書きは付くが。
「領地の利権については黒田家の名の下に保障する。他の者と同じく、内政方から人を割いて派遣してやるから優秀な代官を置け。俺は腰の重い凡庸な領主では無く、身軽に数多の戦地に赴ける優秀な将、軍人としてのお前が欲しい」
「…………光栄に存じます。ですが、狡猾と思うかもしれませぬが、判断する前に幾つか宜しいか?」
「構わん。言え」
「一つ。先に何人か内政に長けた者の派遣をお願いしたい」
「いいだろう。各領主の領地で格差が広がる事はこちらとしても本意ではない」
むしろ、だからこそ領主を領地から引きはがしたいと思っているぐらいだ。行政組織の均一化は近代化への布石。こちらからこそお願いしたい。江見からすれば、その派遣されてくる者たちの様子を見て領地から離れられるか判断したいという所だろう。
「ただ、送り込む奴の所属は与力という形ではなく、黒田家の官僚のままとするぞ。それと何年か毎に入れ替える」
「意図を伺っても?」
「二つある。一つはいかな中央の人間でも現地入りすれば情報は限られてくる。だから、時流に取り残されない為の措置だ。二つ目は……言わんでもわかるだろう?送り込まれた奴が現地の者と癒着して利権を貪る事がお望みか?」
「成程。承知した」
俺達による乗っ取り、あるいは介入を警戒したようだが、流石にこうも明け透けに言われたら江見も苦笑いするしかないようだ。
まあ……乗っ取り、介入については否定はしない。領主が領地に介入せず、利権だけを持ち、実質的な支配権を公的機関が持つというひとまずの目標に自然に移行する為にも、百年単位の体制保持が必要だろうし、官僚が公的機関という信頼を積み上げる為には公平性と透明性が必要だ。
「で、次の要望は?」
「二つ。先だって息子……と孫を領主として姫路で教育させたい」
「預かる事はいいだろう。屋敷もくれてやる。だが、領主になるかどうかは倅と孫の才能に聞け。まあ、名将の息子が名将になった例など皆無に等しいから賢明な判断だとは思うがな」
まあ、その稀有なサンプルが視界の端で項垂れている訳だけど。なんだ、自分の事を皮肉られたと思ったのか?お前は父も兄も自身も弟も名将という未確認飛行物体級の存在だと思うぞ、小早川。史実じゃ長兄の息子の所為で台無しになったけどな!
「成程……ありがとうございます。して、判断までどれぐらいの時間をいただけますか?」
「派遣した者が赴任してから1年。そこで一回訊く。あとは……まあ、その時で良いな。まだまだ老けこむ歳でもあるまい?あと数十年は戦えるだろう?」
「流石に数十年はちと怪しいですな。ですが――死にゆくその時まで」
定年退職なんてないからな。でも、この時代の平均寿命を見る限りでは返事は早ければ早い方が良い。サラっと流したけど、まだ40ちょっとで孫がおるんやで……。
まあ、俺も10代で父親になった上に俺の爺様方も相当若いけどな。母の養父、赤松晴政は御歳51。父方の実の祖父、赤松政元は御歳63。オマケに俺の息子が生まれた事で宇喜多直家は33歳で祖父になりましたとさ……。
まあ、なんだ。とりあえず纏まってよかった、と言った所か。
「さて……こんな所か。それで、新入りであるアンタから見てどう思った?小早川」
「……異質、の一言かと。父が英雄梟雄の時代は終わった、と言った意味がよくわかります」
「流石、毛利の爺様はこちらの本質をよく掴んでいらっしゃる」
もっと踏み込んでいえば『家』という概念の否定に等しい。それはこの時代の全てに喧嘩を売る事だ。
「たった一人を頂点に、政治も経済も軍事も担う……言葉にすると頭悪いと思わないか?文に長けた者が政治を行い、計数に長けた者が経済を担い、腕っ節が強い奴が軍を担った方が余程効率が良いと思わないか?」
「……合理かと。納得はしたくないですが」
「だが、アンタも他人事ではない。俺ですら例外ではない」
今はまだ黒田家という重しがあるからこそ、この異質な体制が成り立っている。だが、黒田家が守り、育て上げた公的機関が機能した時は……。
それでいいと俺は思う。俺の子孫が俺と同じ働きをするとは思わない。息子だってそうだ。一郎、次郎――彼ら大きくなった時にやりたいと思った事をやらせてやりたいと思うのが親心だ。その結果が俺の跡を継ぐというのであれば徹底的に教育するだろうし、逆に才能を自分で見限って商売をやりたいと言っても俺は全力で応援するだろう。
彼らが大きくなった時、そう言いだせるような世の中になっていて欲しい。
もう武家は嫌だと思った父は大事な人を殺された挙句、俺を遺して戦場で死んだ。人を殺したくない、農民でいいと願った馬鹿は大事な物を奪われた上で修羅の道を歩む事になった。
もう沢山だ。もう、沢山なんだ。俺は……戦国時代なんて大っ嫌いだ。
「だが、だからこそ、これが俺の目指す理想だ」
「理想……ええ、まさに理想だ。そして左少将様が天下を目指す理由が良くわかる」
「嫌か?」
「否、とはいいません。というより実感がまだ薄いのかもしれません」
この時代では、どれだけ優秀な人間だとしても理解は難しいと思う。共感はもっとだ。だから急ぐつもりは無い。だから命令をせずに、こうして赤心を推して人の腹中に置く。
「お察しの通り、敵は多い。むしろこの国の全てが敵だろうな。そしてこちらとしても簡単に手を結ぶつもりもない」
「……成程」
「だが、しばらく時間を置くつもりだ。なにせ、新たに組み込まれた毛利という大所帯はまだこちらの目指す所を、異質なやり方を理解していない。そして、その周知と浸透は必要以上に急ぐつもりも無い」
「賢明かと思います。まず間違いなく反発を生みます」
特に毛利は土着の者の集まり。土地への執着心は余所と比べても強いはずだ。だから、毛利が降った時もそう大きく何かを変えている訳ではない。即座にこちらのやり方を押しつけていたら、三好と大友に付け込まれる大きな隙を産んだ事だろう。
だが、やらないという選択肢は無い。
「まあ、なんだ。ここで小早川と会見が出来た事は僥倖だ。だから言っておく――時間はある。時間があれば誰もが唸る答えを出す賢者の内外の活躍に期待しているぞ」
「御意……」
カタカタと平伏する小早川の身体が震えているが、笑う気はしない。むしろ考え無しにもろ手を挙げての協力の申し出がある方が怖いだろう。
だが、確信はある。
毛利家の上部は掌握した、と。
隆鳳「置塩に向かった吉川だけど、あれ、援軍に行った所で、絶対待ち構えられているよね。囲んでいるメンツ的に」
小早川「ホンマ鬼や……」
今年の抱負:今年はもうちょっと更新ペース上げられるように頑張る。