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藤巴の野心家  作者: 北星
7.5章 富国の刻
97/105

75話 謀神を継ぐ者

|壁|・ω・`))))コソコソ

[壁])≡サッ!!

遅くなりもうした…

 吉川元春


 「わりゃぁ……バケモンけぇ」


 俺たちに与えられた任務は「自由行動」。他の隊よりも後発し、基本は攻め手側だが戦況により乱入を狙えと言われている。自由と言われて狙う事など決まっている。毛利として落とせなかったケリを付けに行く事だ。


 そんな事を思って赴いたのも束の間。今はただ、先んじて目の前の城にいるであろう男に向けて賛辞を贈る。

 鎧袖一触と言う言葉が相応しい。籠る人数を限ったとはいえ、目の前に聳え立つ月山富田城は紛う事無き名城。天下一と称されるその城の姿を、何度悔しい思いをしながら逃げる背中越しに見たかわからない。

 だが、落ちたのだ。堂々と棚引く十五文の旗がそう告げる。


 「駿河守様、どうするけぇ?」

 「先んじられる事は予想しちょったが、流石に落ちとるとは思わなんだ。又佐」


 隣に立つ香川又佐衛門春継も流石に動揺を隠せないようだ。彼は黒田左少将らと同じぐらい若いが、毛利に居た頃は儂と共に尼子戦の最前線に居た。それだけに事の重大さがよくわかっている。


 「今から置塩に向かって四郎を試すのもいいが……」

 「遠いんじゃ……」


 こちとら遥々山脈を越えて出雲に着いたばかりだ。ここから更に山を越えて置塩城に向かうのは少々骨が折れる。


 「月山の詰めは誰じゃ」

 「暫し……あっ」

 「なんじゃ」

 

 遊軍と申しつけられた時に参考になるよう送られてきた、各地で誰が戦っているのか記載された書状を取り出した又佐が固まった。余程都合が悪かったと見える。


 「攻め手は黒田馬廻り、江見。守り手は……尼子、小早川、有馬」

 「あの愚弟が。いや、内情に詳しい元尼子の江見が加わると……止められんわ」


 まさか弟が居てこの結果か。思わず頭を抱えたくなる。凡百が居て城が落ちるならばまだ話は別だ。だが、身内びいきと取られて構わない程に弟の事は評価しているつもりだ。


 確かに黒田左少将のような誇り高き獣を――絶対強者を相手するには分が悪すぎる。せめて人間が相手で時間を与えてくれるようならば、目を見張る策を考えつく男なのだが。それに加えて味方が宿敵尼子、守る城も月山富田城、更に有馬という、黒田左少将と同系統の将が居たら、纏まる物も纏まらんだろう。短期決着も然もありなん。


 「あー……素通りするのもなんだ。挨拶だけしちゃるか」

 「ついでに指示を仰ぐのも……」


 己の戦場を見通す眼が劣っていたと思われるのも癪だが……見通しが甘く無駄足踏んだのは事実じゃけんの。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 山名君


 「恙無く、作戦遂行中です」

 「お疲れ様です、山名殿」


 ああ、お疲れ様です、小一郎君。

 作戦行動のついでに見廻りも済ませてきましたけど、本日も平穏です。

 ……外をずらっと兵が埋め尽くしている事を除けば。


 なんとですね……今回判明しているだけでも衣笠、淡河、宍戸、赤松なんですよ。おかしいですよねぇ?4倍ですよ、4倍。なんなんですか!この絶体絶命の危機は!芥川山城に籠ってボクたちの猛攻を跳ね除けた三好家がどれだけ凄い事をやってのけていたかを身を持って実感中です。


 あ、殿が動いたやったー、という報告から始まり、衣笠さんかー、という報告が続き、うぇっ、淡河さんも?という動揺に変わり、西から宍戸さん、赤松さんもというトドメがどれだけボクたちをズンドコに叩き落としたか。


 ……………………………………さて、頑張りましょう。


 「外に動きはありましたか?」

 「いえ、まだですね」

 「そうですか……まあ、見事に別々の出自の部隊が揃いましたしね」


 淡河さんは別所。衣笠さんは三好。赤松様は西播磨の独立勢力。新参の宍戸さんは毛利。音頭をとって足並みをそろえるだけでも大変そうです……人事ですが。


 「この戦、彼らの足並みが揃ったら負けです」

 「四郎。当たり前の事を言うでない」

 「…………………はい」


 この親子は相変わらずですね。というかですね、毛利様、監査役だという事を忘れてバンバン口出してきます。なんでボクが現場責任者のような役になっているかというとですね……。


 「山名殿。仔細を。愚息にもわかる様に」

 「あ、はい」


 ……なんか、気に入られたみたいです。毛利様に。それは非常にありがたい事なんですが、ありがたくない事に四郎君からの視線がですね……。


 「まず、細川さん率いる鞍掛山別働隊の移動は完遂したと連絡がありました。今のところ補足されたような動きは敵陣から見られないので、まず安心といっていいかと思います」

 「50名も移動してよく捕捉されませんでしたねぇ……」

 「具足を脱いで、地元の民に見えるように扮してバラバラに移動させましたので。時刻もあえて夕刻を狙い、農作業などから戻る民のように見えるように扮し、かつ最悪捕捉されても夜陰に乗じて逃げられますから」


 そして鞍掛山城で具足を借りて再武装です。ちょっとお金がかかりましたけどね……ふふふ。

 感心していただけたようですけど、これは毛利様の入れ智慧じゃなくて黒田家固有の隠行法ですよ、小一郎君。

 隠密行動は夜陰に乗じて動くべき、と思いがちなんですけどね。夜は民が家から動かないからバラバラに動くとは言っても、50名も動くと逆に不自然なんですよ。


 「他には」

 「はい。休夢様はやはり遊軍のようです。味方になってくれるかどうかは不明ですが……」

 「送り出した使者は荒木信濃守さんでしたね。どうでしょうか?」

 「非常に影が薄い方ですが、その器量は殿と参謀総長が味方になってもなお警戒する程ですので、率なくやってくれるものだと信じたい所です」


 率なくこなすから影が薄いとも言うんですが……しなのんさん、貴方は民に扮しなくても普通に通り抜けちゃいそうな気がします。


 「的確。だが、仕掛けがやや遅い」

 「しょ、精進します」

 「そうでしょうか?私は山名殿の仕掛けが遅いと思いませぬ」

 

 四郎くーん!?君、父君に反発したいだけじゃないですかー!?


 「『やや』という言葉の意味が理解できぬか?」

 「一日や二日ならば想定の範囲内の誤差でしかありませぬ。敵方はまだ集合したばかりで足並みを整えていない状況ではありませんか」

 「儂ならば足並みが揃わずとも今日、あるいは明日には一当て行う」

 「様子見と牽制の為ですね。戦力差を考えれば十分ありえます」


 武兵衛さんと左近さんが得意です。その戦い方。特に左近さんはそれに本命を混ぜる事がありますから現場は大変です。そしてそれを見事に捌き切った芥川山城の三好長逸……城の堅牢さもありましたけど、あれは敵ながら素直に凄いと思いました。


 だからこそ、毛利様の言っている『やや遅い』という感想はわかります。ボクとしても本当ならば、今この時点で休夢様の参戦確約までこぎ着けておきたかったと思います。順調に事が進むならば挽回できる程度の遅延ではあるんですが……これで交渉がもたついたら本格的に拙い事になります。


 「四郎。汝はそれに対応しながら次善の手を仕掛ける事が能うるのか?」

 「次善は無理でも、目の前の敵の足を遅延させることは出来ます」

 「ほう……?」

 「偽書、流言を用いて疑心暗鬼を誘います」

 「汝にしては悪くないが甘い」

 「求めるのは時間です。成功するかしないかまでは求めておりません」


 ははぁ、そう返しますか。毛利様の言うとおり、甘い所が散見されますが、これで実地を踏んで経験を積めば……いやいや、毛利様が役目を忘れて指南し始める訳です。毛利様は逆に辛すぎですけどね。


 「……続けよ」

 「偽書を用いて誰か――この場合は縁のある宍戸殿でしょうか。彼以外の部隊にこちらから宍戸殿宛の偽書を掴ませ、彼がこちらに通じていると思わせ反目を狙います。成功せずとも多少の時間稼ぎにはなります」

 「握りつぶされたら終わりじゃ」

 「想定内です。ですが、中身を見ずに握りつぶす事はありませぬ。握りつぶされたら潰されたで、こちらに対しての警戒の度合いが高まり、より慎重になるはずです」

 「大筋で悪くない。続けよ」

 「流言は休夢様との交渉が決裂した場合に行います。休夢様、あるいは他の別の部隊が後方より向かってきている、と。それで警戒の目を散らします」

 「四郎。流石にそれは確認しない程甘くは無いと思うけど」


 うん、小一郎君の言うとおり、ボクもちょっとそっちは危うい気がします。多少の時間稼ぎにはなりますけどね。


 「それに、交渉が決裂した後という事は偽書を仕掛けた後という事だよね?警戒度を高められた所に流言を撒いた所で効果があるかな?」

 「他ならいざ知らず、このテの戦に強い淡河さんがいますから、ボクは難しいと思いますよ。今回の攻め手の中で、作戦立案方面の経験と功績が一番ある方です。それに守りに強い人ですから、少数で城に籠っているこちらの心情や思いつく策なんて一通り予想していると思います」


 流言飛語はまあ基本ですよね。

 基本……ですよね?

 内通工作と分断狙いも基本ではありますが、偽書はまあまず違う方面軍がこうも揃う事が無いでしょうから、珍しいとは思いますけど。

 それに、なにがあるかわからないのがこの試し合戦なので……何か本当に他の戦地では「味方のふりをして頃合いで裏切れ」と命令を受けた部隊とかいそうです。


 「ですよね。でも、だからといって、偽書の前にやったとしたら、まだ交渉中の場合もありますし、もし本当にそれで交渉が纏まってしまったら、それこそ本末転倒ですし……指揮官としてはちょっと採用しづらいですね」

 「……だ、そうだ」

 「…………………………」


 先の策が良かったからか、毛利様もちょっとバツが悪そうですね。面白そうにしているのは小兵衛教官だけですが……あの、今更ですけど止めなくていいんでしょうか。


 「四郎の提案はいいとは思うんだけど……採用するにはちょっと一貫性が足りない気がするかな?少なくとも今の二つは併せるべきじゃないと思う。だから、採用するならどっちか一つ」


 小一郎君も容赦無いですね。まあ、今回はためし合戦ですけど、負ける訳にはいかないので当然と言えば当然ですが。


 「……では、偽書の計を」

 「採用します。四郎。早速取り掛かってください」

 「了解」


 やや気落ちした様子で立ち上がって部屋から出て行く四郎君を毛利様がジッと見つめていました。そして、彼が出て行ったあと、小さくため息を一つ。


 「指揮官殿。そして山名殿。頼みがある」

 「お伺いしましょう」

 「この度の試し戦、四郎と替わってもらえんかの?」

 「それはつまり、前線に四郎君が出て、ボクは補佐に入るという事でしょうか?」


 別にボクとしては異存は無いんですけど……四郎君からすると、それは結構厳しいんじゃないですかね?実働経験、実戦経験が無いので彼のいる所に大きな負担が生じる事は間違いないと思います。


 「指揮官として許可します。四郎は実務部隊へ。山名さんは幕下に入ってください」

 「いいんですか?小一郎君」

 「こういう時に経験をしないと、多分……四郎はもっと良くなるはずです」

 「公私混同に対しての温情。感謝する」


 頭を深々と下げる毛利様に対して、いえいえと小一郎君は微笑みかける。

 確かに……四郎君は戦を経験した方が良さそうですけどね。


 「山名さんとしても悪くないと思いますよ。多分ですけど、山名さんは最前線に立つより、後方に座る将が向いていそうです。そう思いませんか?毛利殿」

 「然り。将としての才はある」

 「そうでしょう、か?」


 できればボクも殿や武兵衛さんみたいな感じに……なれそうにないですけど、ボクが見た優れた将ってそんな印象なんですけど。


 「若君と山名殿。共に、将の将。甲斐の武田が理想形と儂は見る」

 「……えーっと」


 誰の話でしょうか?小一郎君が将の将というならわかります。丁寧でそつがなくて、纏め上げるだけの器がありそうです。ボクは“虎”と謳われるほど苛烈になれないといいますか……まず、将が居ません。


 「過分な評価を。ですが、ご期待に添える様、精進致しましょう」

 「差し出がましくなければ指南しよう」

 「是非に」


 ……わー、凄い事になってるー。小兵衛教官は……あ、駄目だ。物凄い顔で笑いをかみ殺しているから助けてくれそうにない。

 

 「息子も物に成ればいいが」

 「……中々有望なご子息ではありませんか」

 「甘言は無用。若殿。アレは成るまで時間がかかろう」

 「ボクからすれば、十分早熟だと思いますが」


 小一郎君もそうですけど。少なくともボクは黒田家で死ぬほど鍛えられなければ、ずっと甘ちゃんのままだったと思いますので。


 「頭で戦をしている内はまだ尻の殻も取れておらん。成るまで時間がかかるであろう……四郎は一番儂に、若い頃の儂に似ておる。頭で戦する事も……血の繋がった家族が苦手だった事も。だからか、側に居るとその危うさも愚鈍さも手に取る様にわかる。前途多難じゃ」


 ……血筋ですねぇ。

吉川「なんでそんなに早く城を落としたんじゃ」

隆鳳「引き当てた場所が一番遠いところだったからだよ」


やはり尼子は被害者枠…

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